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ミリオンクエスト ~魔法使えないのに100万MP渡されて邪神倒してこいと言われました~  作者: 糠酵太
第三章 禄存星 ~茨姫と太陽の騎士~
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第74話 疑惑の姫君


 カペラに滞在して一週間。

 ミリオンハンターズは街での用事をほぼ終えて、出航準備を進めていた。


 そんな最中、裕真はバサーニオと共に空港近くの倉庫街へと向かう。

 次の目的地『統星(すまる)』に運ぶ交易品が、そこに集められているからだ。


 巨大な倉庫が整然と並ぶその一角は、街の中心部とは違う活気に満ちていた。

 石畳の道には荷車の車輪跡が幾重にも刻まれ、行き交う労働者たちの掛け声が絶え間なく響く。

 香辛料や油、乾いた木材の匂いが混じり合い、どこか雑然とした空気を作り出していた。


「統星って日本に似た国だって聞いてさー。どれぐらい似てるか、今から行くのが楽しみだよ」


 ハハハと軽やかに笑う裕真。

 だが隣を歩くバサーニオの表情は、どこか浮かない。


「ニホンがどんな国か存じませんが、スマルはあまり住心地が良い国じゃないっすよ?」


 その言葉に、裕真は片眉を上げた。


「治安が悪いとか?」

「治安というか、魔物が凄く強いんすよ。大陸の端っこですから」


 そう言われ、裕真はこの世界の地理を思い出す。

 確か円盤状の『三大陸』は、外縁に行くほど魔力が濃くなり、それに比例して魔物も強大になる――という話だった。


「まぁそれでもスマルは、サムライや戦巫女(いくさみこ)に護られてるんで、まだマシなんですがね。少なくとも交易ができるぐらいには」


 サムライはなんとなく想像がつく。

 だが戦巫女とは何だろう?

 そう思い、裕真は口を開きかけた。

 

「おっと、ここです。この倉庫に購入した交易品を保管してます」


 目的地の倉庫に到着したようだ。

 バサーニオは手慣れた様子で鍵を取り出し、重厚な扉を開いた。

 中は裕真が知る学校の体育館ほどの広さがあり、背丈の倍以上の高さまで積まれた木箱がずらりと並んでいた。


「こりゃまた凄い量だ!」

「銀行から借りた金で、目一杯買い込みましたから。あ、ここにあるのは比較的安価な商品でして、高級品は警備が行き届いた別の場所で保管してます」

「具体的にどんな商品を買ったんだ?」

「スマルで需要が高い品を中心に揃えました」


 バサーニオは箱の一つを開けて見せる。

 中には緩衝材の木毛に埋もれたポーション瓶が並んでいた。


「まず、『マジックアイテム』ですね。カペラは『魔法帝国』の後継を名乗ってるだけあって、魔法産業に力を入れているんです」

「へぇ……」


 裕真も近くの箱を開ける。

 そこには丁寧に巻かれたスクロールが収められていた。


「ポーション、スクロール、魔導書、護符などが他国より安く手に入ります。それと書籍。カペラの製本技術は世界一です。図鑑や学術書や娯楽小説……それと艶本なんかも仕入れました」


 艶本、と聞いて裕真の耳がぴくっと動く。

 それは確か、エッチな本のことだったはず。

 どんなものか見てみたいが、それを言うのは恥ずかしく、「へー」と興味なさげに振舞う。


「遺跡からの『発掘品』も、ある意味カペラの特産品と言えますね。古代文明の魔道具や機械、家具や美術品など、これらは他国でも需要がありますから、仮にスマルで売れなくても腐ることがありません」

「安牌ってやつか」


 二人は倉庫の奥へと進む。

 バサーニオが別の箱を開けると、中には鈍い光を放つ金属のインゴットが詰まっていた。


「次に『鉄』です。スマルでは良質な鉄鉱石が取れないそうで、こちらの鉄が高く売れます。当然ですが鉄は重いので、飛行船では大した量を運べません。水上船で時間をかけて運ぶのが普通ですね」

「普通なら……。でも俺の『どうぐぶくろ』なら重量関係なく積めるってわけだな」

「そう、その通りです! それでですね、その利点を最大限生かしてもらおうと思いまして」


 バサーニオの目が輝いた。


「壊れやすいデリケートな商品――ガラス細工、白磁器、姿見の鏡なども用意しました。その他、スマルでは珍しい――」


 うきうきと楽しげに語り続ける。

 裕真はそれを横目に見ながら、この人は本当にこの仕事が好きなのだなと感じ入った。


「ちょっと買い過ぎましたかね? 袋に詰めるのに何日ぐらいかかりそうです?」


 その問いに対し、裕真は即座に行動で示した。

 《どうぐぶくろ》の口を広げる。すると次の瞬間、ズコゴッという音と共に、木箱の山が一斉に引き寄せられた。

 硬く重いはずの木箱が蜃気楼のように歪み、そのまま袋の中に吸い込まれていく。まるで空間そのものが呑み込まれているかのような光景だ。


 ほんの一分も経たないうちに、倉庫は空になった。


「終わった」

「さすが100万MPですね……」


 呆気にとられるバサーニオ。

 思えば、裕真が実際に魔法を使う場面を見るのは、これが初めてだった。


「いや、MPはまだ10分の1も使ってない。自分でもこんなに入るとは思わなかったんで、ビックリだ……」

「ええ……」


 再び驚きの声を漏らすバサーニオ。

 裕真自身もまた、この神器の底知れなさに驚きを隠せずにいた。



◇ ◇ ◇



 交易品の積み込みを終えた裕真は、街の中央公園で仲間たちと合流した。 

 彼女たちはレギンと一緒に、フリストさんの治療に必要な《再生の杖》を探していたのだ。


「どう? 見つかった?」


 裕真の問いに、皆の表情が曇った。

 見つからなかったのかと思った矢先、全身鎧で変装したレギンが代表して前に出た。兜の隙間から覗く瞳が、どこか申し訳なさげに揺れている。


「え~と……杖は見つけたけど、その……お値段が600万マナ(約6億円)で……」

「600万……」


 裕真は思わず声を漏らした。

 以前聞いた相場は300万マナだったはずだ。

 レギンが鎧の肩を小さくすくめ、気まずげに視線を逸らす。


「なんか地方の反乱のせいで、回復アイテムの需要が上がってるらしいのよ……。え〜と……他の街なら安く売ってるかも……」


 遠慮がちなレギンの声に、裕真は逆に申し訳なくなる。

 予定外の出費だが、決して払えない額ではない。彼女をこれ以上気遣わせないよう、裕真はきっぱりと宣言した。


「いや、ここで買おう! 他の街にあるとは限らないし、フリストさんをいつまでも箱の中に押し込めておくのも可哀想だ」

「ゆ……ユーマさん! ありがとう!!」


 レギンは飛び跳ねんばかりに感激する。

 ハンターとして遥かに格上の彼女に素直に感謝され、裕真は照れくささを隠せず、頰を赤らめて頭を掻いた。


 そのとき、公園の外から荒々しい喧騒が聞こえてきた。

 怒声と、か細い悲鳴。


 何事かと駆け寄ると、一人の農民風の男が、数人の男たちに袋叩きにされていた。地面に跪き、頭から血を滴らせている。


「おっ!? なんだいったい?」


 事情はわからないが、殴られている男の命が危なそうだ。黙って見ているわけにはいかない。

 裕真は猛然と男たちの前に立ちはだかった。


「こらっ! やめろ!! それ以上やったら死んじゃうだろ!!」

「なんだぁ、てめえ!? 正義の味方気取りか!?」

「平民がカッコつけてんじゃねぇ! てめぇもボコられてぇのか!!」


 平民、という言葉に引っかかりを覚えた。

 よく見れば、殴っている男たちは身なりが整い、明らかに上流階級の装いだ。もしかして、噂に聞く横暴な貴族か――

 しかし裕真の決意は変わらない。マントを翻し、ファイティングポーズを取った。


「なんだぁ!? やる気なら相手になるぞ! かかってこいや!!」


 裕真の怒声に、男たちが一瞬たじろぐ。

 目の前の少年は、装備からして魔術師らしい。魔術師の強さは外見だけでは測れない。それに、少年は一切怯んだ様子もなく、むしろ自信に満ち溢れている。

 男たちは背後にいる人物に、助けを求めるような視線を向けた。


「待て!! 私はペリドー伯爵家のドルフという者だ! その男は私に無礼を働いた! 部外者は口出ししないでもらおう!」


 ドルフと名乗った男は、金髪をオールバックに固め、金糸の刺繍が輝くベルベットコートをまとっていた。

 他の男たちより数段上等そうな衣服で、一見してリーダー格だと分かる。

 右手には短いロッドを握りしめている。魔術師の一般的な装備だ。

 後に聞いた話だが、魔法帝国の後継を名乗るこの国では、貴族は皆、魔法を学ぶ義務があるのだそうだ。


「無礼ってどんな!?」


 伯爵という地位に少し驚きつつも、裕真は構えを崩さない。


「この者、泥を跳ねて私の靴を汚したのだ。平民如きが私の靴を……打ち首にされても文句は言えん罪だ!」


 伯爵は汚れた靴を指差し、憎々しげに吐き捨てる。

 裕真は呆れを通り越して、怒りが込み上げてきた。


「そんな下らん理由で!!」

「下らんだと? ……そうか、貴様外国の人間だな?」


 伯爵は納得したような顔をしたあと、ビシッとロッドを裕真に向けた。


「他国の者がこの国のことに口を挟むな! とっとと失せろ!! さもなくばこの国で商売などできなくしてやるぞ!!」


 暴力が通用しない相手には、権力で黙らせる。それは今の裕真に、思いのほか効いた。


(今はお金を稼がなきゃいけないのに、帝国に出入りできなくなったら困る……。皆、一生懸命頑張ってくれてるのに……)


 裕真は苦虫を噛み潰したような顔で、ぐぬぬと唸った。

 権力に膝を折り、この理不尽を黙って見過ごさなければならないのか? やっぱり身分制度なんてクソだ、民主主義万歳――そんな考えが頭をよぎる。


「ユーマ、我慢する必要ないよ」


 いつの間にかすぐそばに立っていたルナが、そっと耳元で囁いた。


「仮にこいつぶっ殺しても、ウチ(オリオン王国)まで逃げれば揉み消せる! 遠慮なく殺っちゃえ☆」

「殺っ!?」

「殺っ!!??」


 悪魔……もといルナの囁きは、裕真だけでなく伯爵の耳にも届いた。

 伯爵の顔が一瞬で青ざめる。


「そうね、ここで素直に引いて後々難癖付けられるのは目に見えてるわ」

「そうだな、商売は他所でも出来る!」

「嫌な奴らにオベッカ使う必要あらへん!!」


 仲間たちも平然と物騒な言葉を並べる。

 みんなの目が、明らかに座っていた。


 その時、取り巻きの一人が裕真たちの顔を見て、ハッと気付いた。


「伯爵様! こいつら『ミリオンハンターズ』ですよ! フライド・バルチャーズを「生ける肉塊」にした!!」

「……マジで!? 滅茶苦茶ヤバい奴らじゃん!!」


 伯爵が驚愕のあまり、目と口を大きく見開く。

 そのやり取りを聞いたモモは「ははは……」と苦笑いを浮かべた。

 生ける肉塊を製造したのは彼女の召喚獣なので、実に気まずい。


「ありがとう みんな……! 俺、遠慮なく殺すよ!!」


 裕真までとんでもないことを口走っていた。

 普段なら絶対に言わない台詞なのに、皆の空気に完全に飲まれてしまったのだ。

 集団心理って怖いね。


 裕真は拳を振りかぶり、伯爵に迫る。


「ちょっ! ちょっと待ってぇぇぇっ!!!」


 伯爵が情けない声を上げたが、少年の足は止まらない。

 星野裕真、15歳。

 異世界の地で、はじめてのさつじん。


[※デュベルの時は正当防衛なので、さつじんにカウントされません]



「お待ちなさい!」


 裕真の拳が伯爵の顔面を砕く直前、鋭い女性の声が響き渡った。

 思わず動きを止める。伯爵は腰を抜かしたようにへたり込み、声を上げた。


「ルビーナ様!」


 皆が「え!?」と声を揃えて振り返った。


 そこに立っていたのは、気品溢れる少女だった。

 輝く紅玉のようなウェーブのかかった長い髪、キリッとした眉と、強い意志を宿した瞳。クリーム色のブラウスにチェック柄のロングスカートという、どこにでもいる町娘のような装いなのに、自然と只者ではないオーラが漂っている。


「この人がネメさんの言ってたルビーナ皇女殿下!? こんなところで会えるなんて――」


 イリスが唖然として呟いた。

 一方、伯爵は這うような格好で殿下に近づこうとする。


「ルビーナ様! お助けを!! いま、そこの蛮族が――」


 言い終わるより早く、伯爵の顔面にルビーナの拳がめり込んだ。

 血と折れた歯を撒き散らしながら、ぐるぐると回転してぶっ飛ぶ伯爵。

 周囲がざわつく中、ルビーナは堂々と声を張り上げた。


「本来なら民を守るべき立場の貴族が、取るに足りぬ理由で民を虐げるとは何事です!? 恥を知りなさい!!」


 観衆から「おおーっ」というどよめきが上がる。

 殿下の足元に、伯爵がよたよたと這い寄り、必死に釈明を始める。


「ち……違うのです、殿下!! 本日はたまたま虫の居所が悪かったというか……。決して、いつもこのようなことを――」

「もういい、下がりなさい!」

「は、はいっ!! 申し訳アリマセーン!!」


 伯爵は取り巻きに担がれて、すたこらさっさと逃げ去った。

 残されたルビーナ殿下は、裕真たちに向かって深々と頭を下げる。


「申し訳ありません。見苦しいものをお見せしてしまって」


 殿下は頰に手を当て、ため息を漏らす。


「……ですが、あの者も普段から横暴を働いてるわけではないのです、最近、地方の治安が乱れていまして、貴族と民衆の間に軋轢が――」


 言いかけたところで、ふと気づいたように言葉を切る。


「――などという話、あなた方には関係ないですよね。言い訳がましくて御免なさい」


 再びぺこりと頭を下げる殿下に、裕真は慌てて手を振った。


「あっ! いえいえ! そんなことありません! この場を収めて下さり、誠にありがとうございます!!」


 星野裕真。はつさつじん回避。


 今になって自分がとんでもないことをしようとしていたことに気づき、背筋が冷たくなる。


 その後、ルビーナ殿下は優雅に一礼し、静かに去っていった。

 彼女の背中を見送りながら、裕真はしみじみと呟いた。


「貴族が腐ってても、その上の人はしっかりしているんだな……」

「……ええ、そしてなぜ濡れ衣着せられそうになっているのかも分かったわね」


 イリスが腕を組み、納得したように頷く。

 いくら相手に非があるとはいえ、いきなり鉄拳制裁を食らわせる姫君は怖い。

 疎ましいを通り越して、怖い。

 腐敗貴族からしたら、そんな彼女が次期皇帝になるのを、断固として阻止したいだろう。


「……殿下の妹探しの件、少し本気で取り組もう」


 いきなりの頼まれごとだったが、俄然やる気が出てきた。

 それはルビーナ殿下のためだけでなく、この国の人々のためになると、心の底から確信したからだ。



 ◇ ◇ ◇



 【 ミリオン号 船内 】


 船員も揃い、ミリオン号はいつでも飛び立てる状態になっていた。

 甲板の外では風が穏やかに帆を撫で、出航の時を静かに待っている。


 だが、その前にどうしても済ませておかなければならないことがあった。

 『キューブ』という魔道具に、首だけの状態で収められたフリストさんの治療である。


 空いた船室の一つに、治療に立ち会うメンバーが集まった。

 レギン、錬金術師のニーア、治癒術師のパルテナ、そして《再生の杖》を扱う裕真。計四人だ。

 まず、最も魔道具の扱いに長けたニーアが、フリストさんの『キューブ』を開封する。

 それと同時に裕真が《再生の杖》で全身を再構築し、パルテナがその後の体調に異常がないかを確認する、という手順だった。

 なお、裕真には目隠しが施されている。

 再生されたフリストさんは、当然ながら生まれたままの姿になる。レディのプライバシーに配慮しなければならない。


 ニーアから「今です」という合図が送られる。


「MP500! 《再生の杖》!」


 その声とともに、杖から生命の力がほとばしった。


 同時に、目隠しをしていない三人から「うわ…」「ひぇ…」という声が漏れる。

 人体が再生するグロ……神秘的な光景を目の当たりにして、ついつい口に出てしまったのだ。


 その後、ごそごそと衣擦れの音が響く。

 おそらく、フリストさんに服を着せているのだろう。

 レギンが「もういいわよ」と声をかけてきたので、裕真は目隠しを外した。


 視界が開けた先に立っていたのは、無事再生に成功したフリストさんだった。

 氷のように透き通った銀髪を肩のあたりまで伸ばし、霜が張り付いたかのような長い睫毛をし、肌は新雪のように白い。

 そんな彼女の姿を見て、裕真は失礼ながらも雪女を連想した。

 それは半ば正解で、彼女は『冬の精霊』と契約しており、それが外見に表れているのだという。


 レギンは感極まった様子で、フリストに抱きついた。


「よかった……フリスト! ねぇ大丈夫? 気分とか悪くない? 『キューブ』に入れられてる間、苦しくなかった?」


 フリストは優しくレギンの頭を撫でながら、穏やかに答えた。


「大丈夫です、苦しいとかそういう感じは一切ありませんでした。むしろ、とても心地良い夢を見ていました」

レギン「夢?」


 フリストは遠い目をして、静かに語り始めた。

 彼女は夢の中で、とても美しい宮殿にいたという。


 床は純白の大理石で、まるで鏡のように滑らかで眩い光を放っていた。  壁と柱は白銀に輝き、可憐な花々の彫刻が施され、天井からは柔らかな光の粒が舞い落ちてくる。

 テーブルの上には色とりどりのフルーツと、贅を凝らした料理が山のように並び、宝石でできた魔法人形(オートマタ)たちが洗練された動作で給仕を続けていた。


 その奥では、豪華な舞踏会が開かれていた。

 華やかな衣装を纏った紳士淑女たちが、優雅に、楽しげにダンスに興じている。


 そして、その中心にいたのが、麗しきエルフの姫君。

 『プリンセス・エオリア』――



「プリンセス・エオリア!?」

「あの伝説の!?」


 レギンとニーアが同時に声を上げ、目を丸くする。

 一方、裕真は「ん?」と首を傾げた。


「伝説って、どの伝説?」

「え……知らないの!? プリンセス・エオリアは古代エルフ王朝、最後の女王よ!? 大英雄オリオンや初代魔法皇帝より有名よ!?」


レギンから「信じられない」という顔で見つめられ、裕真はちょっと傷つく。


「ユーマさま、これですよ」


 そう言ってニーアが腰のマジックポーチから一冊の本を取り出す。

 裕真はそれに見覚えがあった。先日、ドン・キホーテの残骸から回収した『茨姫と太陽の騎士』の初版本だ。


「このタイトルの『茨姫』が、プリンセス・エオリアなのです」

「そんな有名人なのか……」


 例えるなら、シンデレラや不思議の国のアリスが実在していたようなものか——と裕真は理解した。

 それは確かに、世界的な超有名人だ。


「ところでその夢って、『キューブ』と関係あるの? ただそういう夢を見たってだけじゃない?」


 パルテナが前髪をかきあげながら問いかける。


「あると思います。なにしろその箱に収まっている間、ずっとその夢を見ていましたから。普通無いでしょう? 同じ夢を見続けるなんて」


 フリストの言葉に、皆が「ふーむ」と考え込んだ。

 ふと裕真があることに気付き、ニーアに尋ねる。


「……ところで、女王なら“プリンセス”じゃなくて“クイーン”じゃないか?」

「プリンセスは愛称ですよ。エオリア姫は幼かったので。たしか女王就任時は55歳……ニンゲン換算で11歳くらいでしたから」

「ああ……なるほど」

「それで、なぜそんな幼い姫が女王になったかというと、他の王族がドワーフに殺されたからです」

「……え!?」


 ニーアが本のページをめくると、そこにはエルフの街が炎に包まれる挿絵が描かれていた。


「科学技術で新兵器を手に入れたドワーフ族は、エルフ族から世界の覇権を奪うべく、全面戦争を仕掛けたのです」


 次のページには、その『新兵器』の姿が克明に描かれていた。

 戦車、オートマトン、機動装甲兵、そして『銃』。

 そしてそれらで武装した、恐るべきドワーフ機械化兵団。


「彼らにはエルフの魔導士もゴーレムも敵わず、女王を護る『太陽の騎士』も戦死してしまいました。絶望したエオリア姫は、お城を『眠りのイバラ』で覆い、永遠の眠りについたのです」

「ふーむ……。それが世界七大遺産『スリーピング・キャッスル』というわけか」


 こくりと頷くニーア。

 裕真は顎に手を当て、しばし思案したのち、ふと顔を上げた。


「もしや、フェルダンの正体って エオリア姫じゃないか?」

「は?」「はぁ?」「はああ?」


 皆が呆れたような声を揃えて上げ、裕真は思わず怯んだ。

 慌てて釈明する。


「だってそれなら、城に隠された神器を持っているのも、イバラを操れるのも説明つくだろ? それにこの世界を憎む理由も十分あるし」

「いやいやいや……そんなわけないでしょ。伝説上の人物よ?」


 レギンが呆れたように手を振る。

 他の二人も同意するように頷いた。

 裕真の説を地球で例えるなら、織田信長が現代に復活して、世界征服を始めた、というぐらい突拍子のないものだった。

 だが裕真は食い下がる。


「いいや! 何事も疑ってかかるのは大事だ!! マイラの街での殺人事件の犯人がデュベルだなんて、誰も思ってなかったぞ!」

「う〜ん……。確かにあれは驚きましたけど……」


 ニーアは困ったように眉を寄せ、指先でこめかみを軽く押さえる。

 その時、裕真のスマホからアコルルの声が響いた。


「陛下……よろしいでしょうか? 私も疑うのは大事だと思いますが、その推理は口になさらないほうがよろしいかと。特にエルフ族に聞かれたら、殺されかねません」

「ころっ!?」

「それだけエオリア姫が慕われているということです。日本で例えるなら、天皇陛下を邪教崇拝の異常者だって言うようなものですから」

「そこまでヤバいのか……分かった、自重する」


 日本人にとって非常に分かりやすい例えだった。

 裕真はしゅんとして肩を落とす。


 一方、フリストは銀髪を指で軽く梳きながら、遠い目をして微笑んだ。

 その顔は、まるで何かを懐かしむかのようだった。


「それにしてもエオリア姫さま、可愛かった……。昔のレギンみたいで」


 それを聞いたレギンが勢いよく振り返る。


「はぁ!? 今の私も可愛いでしょ!!」


 その必死さに、場の空気がゆるむ。

 張り詰めていた緊張はほどけ、船室には穏やかな笑い声が広がった。


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