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第45話 見えざる脅威


 オリオン連合王国第一王女、『ルーナ』、18歳。

 彼女もまた一族の掟に従い、南方の国『シリウス』でハンター修行に励んでいた。

 そして五年間の修業期限が終わりに近づいたので故郷のトリスターに帰還していたのだが……。

 その矢先、『例のダンジョン』の噂を耳にし、好奇心から探索に向かった結果、行方不明になったという。



「例のダンジョンで、ですか? 私達はまだ入ったことはありませんが、弱い魔物しか出ない安全なダンジョンだと聞いていました」


 イリスは首を傾げた。

 ルーナ姫と面識はないが、シリウスは『アウトランド』でも魔物が強い地方のひとつだ。そこで五年近くも修行していたというなら、それなりの腕があるはず。

 だというのに、入れ食い状態の低難易度ダンジョンで不覚を取るとは考えにくい。


「それについては私からご説明します」


 そう言って前に出たのは、親衛隊長フォード卿だった。

 癖のある金髪に精悍な顔立ち。高く通った鼻梁と鍛え抜かれた体格を持つ、二十代後半ほどの男性である。


「実は例のダンジョンで大勢の行方不明者が出てるのです。私達が調べた範囲でも千人以上」


 千人……。イリスたちは息を呑んだ。


「……え!? 嘘でしょ!? そんなに人が消えてるなら、もっと大騒ぎになりません? いくらトリスターが百万人の大都市だといっても――」

「そう、そこが問題なのです。あのダンジョンで行方不明になったハンターには共通の特徴があります。それはダンジョンの評判を聞きつけ、トリスターの外からやって来た者たちなのです」


 その一言に場がざわつく。

 フォード卿はしばし沈黙し、空気が落ち着くのを待ってから言葉を続けた。


「トリスターに在住、もしくはトリスター近郊で活動するハンターなら、街に知人や仲間がいますし、行方不明になったら騒ぎになります。ですが遠方から訪れた者なら、街に縁も薄く、姿が消えても目立たない」


 説明を聞いた裕真の背に、冷たいものが走る。


「そ……それはつまり……何者かが目立たないように獲物を選んでいると?」

「ええ、人なのか魔物なのかは分かりませんが、何らかの意思が介入しているのは確実かと。ダンジョンを利用して誘拐……もしくはその…殺害を……」


 最後の一言は萎むような小声となり、卿自身も口にしたくない可能性であるのが伝わってきた。

 篤志が眉をひそめ、問いを投げかける。


「でもそれならルーナ姫は? この国の要人でしょ?」


 代わって答えたのは、フォード卿の隣に控えるセラン嬢だった。


「姫様方は身分を隠して修行をしております。悪しき考えで王族に近づく者もいますので」

「あ……。なるほど」


 考えてみれば当然のことだ。篤志は少し気恥ずかしそうに視線を逸らした。


「ちなみに修行の件を知るのは、王宮でもごく一部です。姫様不在の間は影武者が公務を務めています」


 影武者たちもまたオリオン一族の者であり、国王と同じく変身魔法を得意としている。

 王家900年の歴史でも、見破られた例はほとんどないと聞かされ、裕真は思わず感嘆の息をもらした。


「なるほど、ダンジョンの何者かも国家機密までは知りようがないと」

「ですが、そのおかげで大々的に捜査する事も出来ません……代々守ってきた王家の秘密が露見してしまいますから」


 セラン嬢の顔が曇る。

 本当は大規模な捜索をしたいのに、代々受け継がれる掟に縛られて動けない……という葛藤が滲んでいた。


「でも姫さま以外にも千人以上消えているのでしょう? ダンジョンを封鎖して調査する名目としては十分じゃないですか?」


 イリスの言葉に、国王が低く「うむ」と唸った。


「そうしようとしたのじゃが……『国民議会』が猛烈に反対しての」

「……国民議会?」


 思わずこぼれた疑問に、フォード卿が答える。


「連合王国の政治は三部会の合議制で成り立っています。ひとつは我ら『オリオン王家』、ひとつは貴族や騎士による『貴族院』、そして有力な平民――大商人や資産家によって構成された『国民議会』の三つです」


 フォード卿がバルコニーの方へと手を伸ばした。そこから望む街景の中心に、白亜の大理石で築かれた巨大な建物が見える。荘厳な列柱を連ね、まるで神殿を思わせる威容を誇る、それがトリスターの議会場だった。


「この三つの勢力が、互いに拮抗する事でどの階層の民にも公平な政治を――というのが当初の理想だったのですが、現在は『国民議会』の一強となっております」

「へぇ……」


 王家より国民の方が強いということだろうか。裕真の想像以上に近代的な権力構造に目を見張った。


「恥ずかしい話だが、今のトリスターは金の力で支配されておる。その金を握る『国民議会』が一番強いのじゃ」


 国王は肘掛けに体を預け、深いため息を吐いた。

 王家は千人以上が行方不明になっていることを理由に、ダンジョンの封鎖を提案したのだが、国民議会と貴族院に却下されたのだ。


 曰く――


 そのような事実は確認されていない。

 単に故郷に帰っただけではないか?

 仮に行方不明が事実だとしても、ダンジョンとの関係性は証明されていない。

 そんな曖昧な理由で、莫大な利益を生むダンジョンを封鎖するなど以ての外。


 あげく、「王家は財宝を独占するつもりか!」「これは権力の暴走だ、断固抗議する!」など声を荒げたのだ。

 

 裕真はこめかみを押さえた。

 ダンジョンの脅威より、金勘定を優先するのか……と。


「強欲な商人共め! 目先の利益に惑わされおって!!」


 フォード卿は議会でのやり取りを思い出したのか、声を荒らげた。

 ヒナ姫がびくりと肩を震わせる。国王は視線で卿をたしなめたあと、裕真に向き直った。


「ユーマくん…… 君に重大な使命がある事は承知しておる。だが、よければ娘の探索を手助けしてくれないか? 回り道になって申し訳ないが――」

「何をおっしゃいますか! こんな大事件、ルーナ姫の件が無くても見過ごせません!! 是非協力させてください!!」

「おお、ありがとう! ユーマくん!」

「では早速、例のダンジョンに――」

「お待ちください」


 すっかり行く気になっていた裕真を、セランが制した。


「いきなり向かわれるのは危険です。ユーマ様はトリスターの外から来た、犯人のターゲットになる人間です。たとえユーマ様のお力でも、正体の分からぬ罠に踏み込むのは無謀です」

「う……。そう言われると……」


 頭が冷える。

 チート魔力を持つ裕真は強いが、無敵ではない。直接攻撃ではなく、思いもよらぬ罠を仕掛けられれば危ういのだ。

 デュベルに睡眠薬を盛られたり、パックに変身魔法をかけられたりした苦い記憶が脳裏をよぎる。


「何か対策はあるんですか?」

「はい、ただ少々準備が必要でして……しばらくお待ちいただけますでしょうか? そう長くはかかりませんので」


 自信ありげなセラン嬢の言葉に、裕真は胸をなで下ろした。


「分かりました、それまで家で待機してます」


 そう答えてから、ふと別の疑問が浮かんだ。


「あの……ところでヒナ姫様は、もう修行を終えたんですか?」

「いえ、私は修行を終えてませんし、姫でもありません。オリオン一族から除名された身ですので」

「えっ!?」


 驚きに声が裏返る。


「ハンター修行をリタイアしましたので……。モンスターと殺し合うくらいなら平民として慎ましく生きます」


 割と深刻な話を涼しい顔で言い切るヒナ。

 裕真は「そんなの許されるの?」という表情で国王をうかがった。


「ふっ、実はヒナと同じ道を選ぶ者は多いのじゃよ。まぁ誰もがオリオンの名を継ぐ必要は無いからの」


 穏やかな笑みを浮かべる国王。除名といえど親子の縁まで断たれるわけではないようだ。


「辞める自由もあるのか……ちょっと安心しました」


 無理やりハンターを強いられるわけではないと知り、裕真は安堵の息を漏らした。



 ◇ ◇ ◇



 謁見終了後。

 王城を後にした裕真たちは、送迎を断って歩いて帰ることにした。

 頭を冷やし心を落ち着けたいのと、夕飯用の惣菜を買って帰るつもりだからだ。


「いや〜……えらい話を聞いてしまった……。一見平和なこの街で、そんな大事件が起きてたなんて」

「例のダンジョンに行かなくて正解だったわね……私達、もろにターゲットだし」


 そこでふと裕真が思いつく。


「ダンジョンを封鎖できないのなら、せめてハンター達に知らせたらいいんじゃないか?」

 

 しかし篤志は渋い顔で首を振った。


「それは止めた方が良いですよ……。もし行方不明者が生きているなら、犯人を刺激するのはマズいです。親衛隊の作戦を待ちましょう」


 なるほど、と裕真はうなずいた。計画が漏れたと知った犯人が、逆上して最悪の手段に出る可能性もある。

 そう考えていた時、大通りの方が妙に騒がしいことに気づいた。人だかりができている。


「ん? なんか妙に騒がしくないか? 武装した人達……ハンターか? それがいっぱいいるぞ?」


 集団は街の外へ向かっているようで、口々に興奮した様子で何かを語り合っていた。

 もうすぐ日が暮れるというのに、なぜ外に向かうのか。そう疑問に思った瞬間、答えが向こうから飛び込んできた。

 

「見つけたっ! ユーマ〜っ!! ダンジョン! ダンジョン行こうぜ!!」


 喜色満面のラナンとアニーが駆け寄ってくる。


「ラナン! アニー? 急にどうしたんだ!?」


 かなり急いできたのだろう、アニーは息を切らせながらも笑顔で叫んだ。


「『神器』ですよ!! 例のダンジョンで新たな階層が見つかって、そこで『神器』が発見されたのです!!」

「えっ うそっ! 『神器』が!?」



- - - - -


【発見された神器】


《極上ティースプーン》                   

これで液体を掻き混ぜれば、どんなものでも極上のお茶になる。

泥水でも、毒液でも、煮え立つマグマでさえも。


なお、このスプーンを生物に突き立てると、全身の体液がお茶になり即死する。


- - - - -



 裕真たちは顔を見合わせた。

 発見された『神器』は戦闘用ではないようだが、『神器』というだけで歴史的にも資産的にも計り知れない価値がある。


「だから言ったろ〜、神器があるかもって! 新階層にまだあるかも知れないぜ!! 俺達も探しに行こう!!」


 ラナンがわくわくと目を輝かせる。まるで散歩を待ちきれない犬のようだ。


「ちょ……ちょっと待って!!」

「じゃあ、あのハンターの大群は――」


 嫌な予感に裕真とイリスの声が震える。


「もちろん神器目当ての人達ですよ! 売れば一生遊んで暮らせて、王様に献上すれば爵位と領地! 自分で使えば英雄になるのも夢じゃない!! そんなの探すなって言う方が無理ですよ!!」


 そんなに凄いのか……と裕真は心の中で唸る。ハンターたちが目の色を変えるのも無理はなかった。



「私達も神器を見つけるぞ~!!!」


 オレンジ髪の少女が、大剣を掲げて元気よく声を張り上げた。どうやら彼女もハンターのようだ。


「うん! 魔物退治に戻るのはもっと探索してからで良いよね♪」

「そうそう♪ 危険な賞金首はユーマさんが退治してくれたから、しばらく放っておいても大丈夫よ!!」


 仲間らしい金髪セミロングの少女と、紫髪のエルフの少女も同意する。


 前回、喫茶店でパフェを食べていた三人――スリス、テイル、ノウトである。

 どうやら彼女たちも、仲間内で交わした誓いより先に、物欲に流されてしまったらしい。

 もっとも、そんなことは裕真の知る由もない。


 

 裕真は直感的に危機を察知した。 「これは罠だ!」と。

 

 ダンジョンの危険を知らされた直後に、突如現れた新階層と『神器』。

 そして、それに湧き上がるハンターたち。

 まるで事件の黒幕が、更なる獲物を集めるためにエサをばら撒いているようにしか見えない。


 止めなければ……そう思ったが、何といえばいいのか分からず、言葉が喉でつかえる。

 実際、あのダンジョンに何が待ち構えているのか、裕真にも分からないのだ。

 かといって姫様が行方不明になった件を口に出すわけにもいかない。

 曖昧な情報だけでは皆を説得できない……。



 そんな葛藤の最中、声が響いた。



「みなさんっ! これは罠です!!」



 振り返ると、目が覚めるようなピンク髪の少女が、必死の形相で叫んでいた。

 頭には羊や山羊のように巻いた角が生えている。おそらく『魔族』だろう。


「あのダンジョンは邪教徒の仕掛けた罠です!! みなさんを捕まえ、魂を奪うための!!」


 彼女の叫びに裕真の鼓動が跳ね上がった。自分が抱いた直感を、代わりにきっぱりと言葉にしたのだから。

 周囲はざわつき、困惑と怪訝の視線を向ける。しかし少女は怯まず、さらに声を張り上げた。


「入ってはダメです! お願い! 私を信じて!!」



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