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神様失格 ~宵蛍~  作者: しまいるか
八分の七バースデーケーキ
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八分の七バースデーケーキ 1

 自分のことを巻き込まれ体質などと大層な評価をしたことはなかったが、いよいよこれは冗談では済まないかもしれない。


 放課後、管理棟の多目的室を開け、むせ返るような甘ったるい匂いとともに丸ごとケーキになった部屋を見た時、俺は自分の運の悪さを呪いながらそんなことを思った。


 ――そう、部屋は、丸一面がケーキと化していた。


 床はスポンジで、長机はビスケット。ホワイトボードは艶のあるチョコプレートに変わり、中央のホールケーキは一切れだけ欠けていた。


           ―◆―◇―◆―◇―◆―


 この話を始めるには、少しだけ朝に戻る必要がある。


 その日、寮のダイニングに下りていくと、食堂の隅に置かれたコーヒーのエアーポットの前に宮前晴(みやまえはる)が立っていた。晴は、俺――暁湊(あかつきみなと)の寮友で、同じクラスの男子だ。片手に自分のマグカップを持ち、無防備な欠伸顔を晒しながらゆるゆると液体を注いでいる。


 俺に気づいた晴は、少しだけバツの悪そうな顔をした。


「おはよう、湊。悪いね」


 何がだ、と思う間もなく、晴が一歩横にずれる。空いた場所に立って、俺はポットの頭を押し込んだ。


 スコン。


 気の抜けた音がした。


 もう一度押す。


 スコン、スコン。


 それだけだった。


 どうやら俺の目の前で、律儀に役目を終えたらしい。


 だから悪いって言ったじゃん、と晴は肩をすくめて、自分のマグに鼻先を寄せた。悪気がないだけに、余計に腹も立ちきらない。


 恨むぞ、と口だけは悪態を付きながら晴に顔を向けると、その後ろ側に共用棚が見えた。その中には、晴や他の寮友の名前が書かれたマグがいくつか並んでいる。俺は、マグカップの底を見つめながら、そのまま棚の中に戻した。そのマグの側面に俺の名前はない。寮生なら誰でも使える、共用物であった。


 向かいの席では、(しずく)がバターロールをちぎりながら、そのやりとりを面白そうに眺めていた。しかも、その手元のカップには、なみなみと黒い液体が入っている。


「持ってないねえ、湊」


「うるさい。お前、コーヒー飲めたのか」


「これが初挑戦」


 雫は勢いよく一口飲み、すぐに顔をしかめた。苦味を追い出すみたいに、ほんの少し舌先を出す。


「もう二度と飲まない」


 そう言って、カップを俺の前に押し出してくる。


「私の飲みさしをもらう権利をあげる。感謝してね」


「傲慢すぎる」


 雫はすでに興味を失ったのか、ロールパンを齧っている。言い方は釈然としなかったが、とはいえこのまま捨ててしまうのは憚られる。俺はもう一度棚から共用マグを取り出し、雫の使っていたカップからコーヒーを移し替えた。


 その後も、寮を出れば俺の自転車だけが鳥の落とし物を被弾し、急ぐ日に限って信号は赤く、ホームに着けば電車のドアは目の前で閉まる。


 ちょっとツイてない日、というのは誰にでもあるだろう。こういう日は何をやっても小さい不運が連鎖し、上手くいかない。


 それくらいでいちいち腹を立てていたら身が持たない。


 だからその時も、俺はまだ、今日は少し持っていないだけの日なんだろうと思っていた。


           ―◆―◇―◆―◇―◆―


 そんな朝の延長で、俺は雫と並んで朝凪あさなぎ西高校へ向かっていた。


 朝凪西高校の二年目は、俺の人生でいちばん騒がしい幕開けだった。しかも晴れやかな意味ではない。これから先のことを思えば、あれはどう考えても悲劇の部類に入る。


 ()()()()から1か月。ようやく生活の形だけは落ち着いてきたが、だからといって面倒が消えたわけではなかった。むしろ、落ち着いた顔をして日常に居座られるぶん、始末が悪い。


 その元凶は今も俺の隣を歩いている。


 鼻歌まじりに通学路を行く雫は、どう見ても高校の朝に馴染みすぎていた。こっちは未だに、こいつが横にいるだけで一日の難易度が上がる気がしているのに、本人は気にも留めないらしい。


「なんでそんな嫌そうな顔してるの」


「別に。元々こういう顔なんだから仕方ないだろ」


「えー。でも眉間のシワすっごいよ」


 雫はくすりと笑って、先に曲がり角を折れた。俺も半歩遅れて続く。


 教室棟2階の廊下は、予鈴前のざわめきでまるで落ち着きがなかった。誰かが走り、誰かが忘れ物を取りに戻り、扉の開け閉めがやたら響く。


 その騒がしさの中で、妙に鋭い声がひとつ混じった。


「ふざけないで!」


 反射的に顔を上げる。少し先の廊下で、二人の女子が向かい合っていた。どちらも同じクラスの顔だ。新見澪にいみみお白岡詩乃しらおかしの。普段はよく一緒にいる印象のある二人だった。


「私の気持ち知ってる癖に、絶対わざとでしょ」


「ち、違う! あれは詩乃のことを考えて――」


 新見の声は焦って裏返り、白岡の声は抑えているぶん余計に刺々しかった。通りすがりの何人かが足を緩める。でも、止まりはしない。こういう時、人は見ていないふりがうまい。


 次の瞬間、白岡がこちらへ向かって駆けてきた。勢いのまま俺たちの横をすり抜ける。肩がぶつかるほど近かったのに、向こうは俺たちなんて視界に入っていない顔だった。


「ちょ、詩乃、待って!」


 新見も追おうとして、一瞬だけ立ち止まる。その顔に浮かんでいたのは怒りではなく、追いつけないと分かっている人間の焦りだった。


 クラスメイトではある。けれど、ここで事情を聞くほど近しい相手でもない。俺は足を止めないまま、新見を横目に通り過ぎた。雫だけが少し楽しそうに振り返る。


「これは何かありそうな予感!」


「物騒なこと言うな」


 そう言いながら、俺は教室の扉を開けた。

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ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


拙い文章でお恥ずかしい限りですが、この先も含め、少しでも魅力を感じていただけたなら幸いです。


もしよろしければ、本ページ下の★をクリックして、応援していただけると泣いて喜びます…!


初心者ではありますが、これからも頑張って書いていきますので、どうぞよろしくお願いします。



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本作は、連作短編集『神様失格』の第1部「宵蛍」から、

第1章【八分の七バースデーケーキ】をお届けしております。

第1章は5/11に完結予定です。


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