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新たな国境

国境の手前は、ざわざわしている。


風の音だけじゃない。

人の声が重なって、風より先に耳に刺さる。


怒鳴り声。

笑い声。

値切りの声。

警告の声。


鉄の鳴る音。

革の擦れる音。

香辛料みたいな匂い。

甘い果実酒の匂い。

それに――焦げた魔法の匂いが、まだどこかに残っている。


停戦。講和。

そう言葉では言っても、国境は急に“平和な街角”にはならない。


ただ、変わった。


変わったから、人が集まった。

集まったから、ここはバザーみたいになった。


布の天幕が、あちこちに張られている。

木箱が積まれて、即席の台になる。

香を焚く者がいて、煙が低く漂う。


その煙の向こうに、検問がある。

槍が立っている。

目が立っている。


“中東のバザー”みたいな雑然さ。

わくわくするのに、どこか危ない。

危ないのに、目が離せない。


プレイヤーは、そういう場所が好きだ。


「ねえ、見た? 緩衝地帯の評議所、あれマジで出来てた」

「出来てた出来てた。騎士団も魔族の巡察も居た。並んでんの、変な感じ」


噂話が、通貨みたいに回る。

金より軽い。

軽いから速い。


「でもさ、これって結局――ナラティブジョブのせいじゃね?」


軽い声で言ったのは、弓を背負ったプレイヤーだった。

口調は冗談っぽいのに、目だけは真面目だ。


「NPCが勝手に“生活”しだしただろ。

あれで、魔族側も人間側も、戦争だけじゃ回らなくなったんじゃないの」


別のプレイヤーが鼻で笑った。


「NPCが自立したから講和? 盛りすぎだろ」


盛りすぎ、と言いながら否定はしていない。

誰もが、あの変化を見ているからだ。


戦場の外で、NPCが動く。

護送する。治療する。取引する。逃げる。怒る。


それが“戦争のコスト”を、見える形にした。


見えたものは、放置できない。

放置できないから、手順が要る。


その手順の入口が、いま目の前にある。


検問の列。

列は二本に分かれている。

ひとつは、武装が強い者。

もうひとつは、荷が多い者。


列の間を、案内のNPCが歩いている。

歩き方が人間くさい。

焦ってない。

でも、目は休んでいない。


「交易なら、札を見せてください」

「観光なら、こっちの印を。緩衝地帯の内側は、勝手に入らないで」


口調は丁寧だ。

丁寧だから余計に、命令の重さがある。


検問の脇。

ほんの小さな空き地で、人間側の騎士団と魔族側の巡察が向かい合っていた。


互いに武器は持っている。

持っているが、抜いてはいない。


人間の騎士は、胸当ての上から布束を取り出した。

通行札。

血盟の印じゃない。

きちんとした手続きの印だ。


魔族の巡察は、それを受け取り、爪の先で角度を変えて光に透かした。

疑う動作。

だが、ただの拒絶ではない。

確認だ。


「……偽造ではない」


魔族の声は低い。

低いが、乱暴じゃない。

言葉が短いのは、仕事の声だからだ。


騎士が頷く。


「こちらも、そっちの印を確認する。

——“共同管理”だ。面倒だが、やる」


面倒だが、やる。

その言い方が、戦争の言い方じゃなくて、生活の言い方だった。


魔族の巡察が、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「……我々も同じだ。

争いは、在庫を減らす」


騎士が一瞬だけ笑いかけて、すぐ真顔に戻る。

笑っていいのか分からない笑いだ。


でも、その一瞬で空気が変わる。


“敵”じゃなく、“隣”として扱う練習が始まっている。


その横で、別の噂が落ちる。


「レッドネーム、ここらで狩られてたってさ」

「当たり前だろ。今いちばん“言い訳”できない場所だもん」


笑いながら、目は笑っていない。

危ない匂いが、常にする。


誰かが、香辛料の袋を開けて客を呼び込む。

別の誰かが、魔石の欠片を光に透かして値段をつける。

革細工の露店が、穴の位置を指でなぞって丈夫さを語る。


その全部の背後に、槍がある。

目がある。


“中”と“外”が混ざりかけて、まだ混ざり切らない場所。


国境というのは、本来そういう場所だ。


その雑踏の端に、少しだけ静かな塊があった。


ベイル・キーパーズ。

前線で名が通った攻略チームだが、今日は“押しに行く”顔じゃない。

見るための顔だ。


リーダーのカイトは、人の流れから半歩だけ外れて立っていた。

盾は背中。武器は抜かない。

抜かないからこそ、周りがよく見える。


「……派手だな」


誰かが笑いかけて、すぐ口を閉じた。

ここは笑う場所でも、怒鳴る場所でもない。

油断すると、すぐ火が付く。


カイトは天幕の向こう、検問の槍を見た。

槍はただ立っているだけじゃない。

立つ角度が揃っている。

視線が交差している。


騎士団の装備。

魔族の巡察隊の装備。

どちらも“攻め”の構えじゃない。

止めるための構えだ。


「講和ってのは、こういう地味な場所から始まる」


カイトの声は小さい。

小さいから、仲間の耳にだけ入る。


「でも、地味な場所ほど狙われる」


仲間が頷いた。

狙うのは魔族だけじゃない。

レッドネームも、煽りも、面白半分も来る。


天幕の影で、客引きが手を振る。

その手つきが妙に丁寧で、妙に慣れている。


「……見ろ。あの動き。

“交易”を口実に人を溜めて、揉め事が起きたら逃げ道にする」


カイトは、言い切らずに止めた。

決めつけると、外す。

外すと、無駄に燃える。


「今日は、見て帰る。

必要なら、狩る。

それだけだ」


それだけ。

それだけと言えるのが、強い。


プレイヤーの一人が、列の先を見て言った。


「怖いな」


怖い。

でも、来る。


怖いからこそ、“中”が見たくなる。


別の一人が、肩をすくめた。


「怖いけどさ。

……中は、違うらしいぞ」


噂は、また次の噂を呼ぶ。


そして列は、少しずつ前へ進む。

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