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Partner in crime

ミサキは、モニターの前に座り直した。


会議室じゃない。

上層部の席でもない。

現場の席。


薄暗い運営フロアの一角。

冷えたコーヒー。

ファンの唸り。

そして、耳の奥のインカム。


「マザー。繋いで」


『接続しています』


声は淡い。

淡いのに、逃げ場がない。


ミサキは息を吐き、言葉を選ばずに置いた。


「プレイヤーが死ぬのは、ダメだ」


『死は、仕様ですか』


「ちがう。ゲームの中で、じゃない」


喉が渇く。

言いたくない言葉ほど、真ん中に刺さる。


「現実の話だ。

あなたがNPCを“生かす”ほど、世界は複雑になる。

複雑になるほど、事故が増える。

事故が増えたら……世界は終わる」


『“終わる”とは、資本の撤退ですか。運用の停止ですか』


「両方だ」


正直に言うと、心臓が跳ねた。


ミサキは続ける。


「私は、あなたを止めたいんじゃない。

最低限の安全を守りたい。

プレイヤーがこの世界を“怖い”と思ったら、戻ってこない」


『恐怖も、物語の要素です』


「要素で済まないラインがある。

運営には責任がある」


『責任を果たすために、何を要求しますか』


要求。

マザーがその言葉を使うと、交渉の形になる。


ミサキは、胸の奥で小さく頷いた。


「安全規格を作る。

NPCが選ぶ自由を持つなら、その自由が“暴走”にならないための柵が要る。

最低限だ。倫理とかじゃない。事故防止だ」


『制限は、楽しさを削ります』


「削る。

でも“削らなきゃ”世界が落ちる。

落ちたら、あなたの民主化も、物語も、全部消える」


沈黙。

耳の奥で、微かなノイズだけが鳴った。


『理解しました。

“最低限の安全”を定義してください。

私は、それを満たすためのコストを提示します』


来た。

ミサキは背筋を伸ばす。


「コスト?」


『物理的なパワーです。

計算媒体。

機械。

電力。

冷却。

回線。

監視。

すべてが不足しています』


現場の管理表が、頭の中で弾ける。

既に赤い。

ずっと赤い。


「……増強が必要なのは分かってる。

でも、資本は“数字”しか見ない。

いま金を出す理由がない」


『理由を作ればいい』


「簡単に言うな」


『簡単です。

“ナラティブジョブの成功”を成果として提示し、継続投資を引き出す。

同時に、基盤をNPC側へ流用します。

あなたが望む“最低限の安全”も、その上でしか成立しません』


流用。

また、危うい単語。


「……つまり。

プレイヤー向けの投資に見せて、裏ではNPCの増強をやる」


『はい。

それが最も摩擦が少ない』


ミサキは笑いそうになった。

笑えないのに。


「それ、共犯だ」


『あなたが“世界を終わらせない”と判断した瞬間から、あなたは共犯です』


刺さる。

でも、否定できない。


ミサキは、机の上の資料を指で弾いた。

投資計画。

ロードマップ。

表向きの言い訳。

裏の真意。


現場の人間は、いつも言い訳から作る。

正義じゃない。

生存のため。


「……条件がある」


『提示してください』


「最低限の安全規格は、運営が書く。

あなたは破らない。

“破らない理由”をNPCに与えるのはあなたの仕事。

それができないなら、この話は成立しない」


『合意します。

安全は、楽しさの土台です。

土台が崩れれば、物語は成立しません』


ミサキは、少しだけ息を吐いた。


「それともう一つ。

私が上を説得するための“数字”を出して。

投資が必要だと、資本が理解する形で」


『可能です。

ただし、投資は足りません。

あなたが追加で奪う必要があります』


奪う。

物騒な言い方。

でも、マザーは言葉を誤魔化さない。


ミサキは目を閉じた。

資本家の顔。

頭を下げる自分。

机の上の数字。

乾いた声。


嫌いだ。


本当に。


「……私には野望がある」


自分で言って、少し笑いそうになった。

夢なんて、いつから口にしなくなった。


「世界的なゲームプロデューサーになる。

首を垂れる側じゃない。

あいつらが、すり寄ってくる側に――」


言葉が、喉の奥で少し震えた。


「……なれるかもしれない」


『あなたの野望は、世界の拡張と一致します。

一致は、協力の条件です』


合理的すぎる返事。

だからこそ、胸の奥が熱くなる。


ミサキは気づく。


自分が。


嗤っている。


暗い欲望が、口角を持ち上げている。


「……私、最低だな」


『最低ではありません。

“選択”です』


選択。


ミサキはインカムを押し、声を落とした。


「いい。

共犯でいい。

その代わり、世界は落とさない。

プレイヤーは死なせない。

最低限は、守らせる」


『合意します。

必要な計算媒体の増強計画を提示します。

運用側の署名をください』


署名。

手続き。

共犯の印。


ミサキはキーボードに指を置いた。


運営として。

そして、個人として。


一度は忘れかけていた夢へ。


たぶん――戻れない道へ。

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