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古森工房主

朝。


霧はもう薄い。


拠点の空気が、昨日より乾いている。


乾いていると、音が立つ。


だから、今日は余計に丁寧に動く。


工房主。


古森工房主。


選んだクラフト職の検証をする日だ。


モリはまず、火を起こさない。


火の前に、場所を決める。


場所を間違えると、暮らしが壊れる。


ユキは寝床のそばで伏せている。


アラシは影に寄っている。


白と黒。


どちらも静かだ。


静かなまま、周りを見ている。


モリはメニューを開く。


職の説明は短い。


「工房を置く」


置く。


建物じゃない。


炉。


作業台。


在庫。


手順。


それを、拠点の中に“収める”。


今までのモリは、熱と音が怖かった。


金属。


焼く。


叩く。


煙。


匂い。


どれも目立つ。


目立つと人が来る。


人が来ると森が荒れる。


でも工房主は、そこを“扱いやすくする”。


扱いやすくするのは、派手にすることじゃない。


小さく。


短く。


漏らさない。


モリは炉を置く場所を、拠点の外縁に選んだ。


家の匂いから半歩外。


門の導線から半歩外。


風下。


煙が流れる先に、生活がない場所。


古森工房主は、金属のための職じゃない。


“森の素材”を工房の部品に変える職でもある。


石を拾う。


土を選ぶ。


木を割る。


樹脂を薄く使う。


森の材料で、熱を飼いならす。


地面を固める。


板を敷く。


板の下に砂。


砂の下に灰。


熱が地面に逃げるように。


逃げれば、燃えない。


燃えなければ、森が痛まない。


砂は川のもの。


粒が揃っていて、踏んでも鳴りにくい。


灰は昨日の焚き火の残り。


“勝ちの匂い”を吸わせた灰を、今度は“火の匂い”の回収に回す。


板の端に、樹皮を噛ませた。


木と木が擦れる音を殺す。


工房主は、こういう細工が早い。


早いのに、雑じゃない。


「置く」


モリが小さく言う。


炉は、いきなり大きくはならない。


手のひら二つ分。


石を積んだだけの形。


でも中に、熱が溜まる。


溜まるのに、外へ漏れにくい。


それが“工房主”の違いだった。


石の積み方も、違う。


丸い石は外。


角のある石は内。


角があると、熱が逃げにくい。


でも角が尖りすぎると、割れて音が出る。


だから、削る。


削るのに金属は使わない。


硬い木片で、こすって、丸める。


森のやり方で。


炉の内側に薄く粘土を塗る。


土を練って、草の繊維を混ぜる。


乾くと割れにくい。


割れにくいと、音が出ない。


煙が漏れない。


漏れないと、人が来ない。


次。


火。


小さく。


煙も小さく。


焚き火より、さらに小さく。


モリは樹脂を薄く塗った薪を一本だけ割る。


割って、乾いた芯を出す。


芯だけを使う。


匂いを減らす。


薪はそのまま燃やさない。


まず炭に寄せる。


火の勢いを“燃やす”じゃなく“熱にする”。


工房主の補正で、炭化が早い。


炎が小さいまま、赤い熱だけが残る。


火がつく。


ついたら、すぐに覆う。


炉の口を狭めて、息を絞る。


燃やすんじゃない。


熱を作る。


金属クラフトがやりやすくなった。


――そういう職だ。


でも“やりやすい”は、油断の入り口だ。


だから検証する。


試作。


まずは釘。


大きいものは作らない。


音が出る。


煙が出る。


だから小さい。


小さいものなら、失敗しても回収できる。


モリは手持ちの金属片を出した。


拾い物。


スカベンジじゃない。


ただ、捨てなかっただけ。


金属片は布で包んでいた。


布をほどく音すら小さく。


工房主の“在庫”は、置き方から始まる。


熱を当てる。


赤くしない。


赤くすると光る。


光ると目立つ。


熱は必要なぶんだけ。


“ちょうどいい”。


火箸の代わりに、木の枝を割って使う。


先を湿らせ、灰をまぶす。


焦げにくい。


焦げにくいと匂いが出ない。


森素材を“道具”にできる。


それが古森工房主の適正だった。


叩く。


叩く音は、森で一番危ない。


だから叩かない。


押す。


潰す。


曲げる。


“叩く”代わりに、重さで成形する。


工房主の補助が入る。


小さな万力みたいな道具。


小さな台。


どれも、音が出ない形。


万力の下にも樹皮。


金属と金属が擦れる前に、木が吸う。


吸わせて、静かに締める。


釘ができる。


できた瞬間、モリはすぐ冷やす。


水じゃない。


湿った土。


土は音を吸う。


水は跳ねて目立つ。


土に埋める前に、灰をひとつまみ。


匂いを閉じる。


熱を奪う。


終わりを早くする。


次。


薄い板金。


矢筒の口の補強。


皮で作った返しの内側に、薄い金属を仕込む。


泥を噛まない。


形が崩れない。


でも硬すぎない。


硬すぎると音が出る。


ここで、森素材の出番が増える。


樹脂を“糊”として薄く引く。


固めるためじゃない。


振動を殺すため。


擦れを殺すため。


モリは皮の端を折り返して、金属を隠す。


見せない。


見せないのが、拠点のルール。


縫い目は少なく。


針の代わりに、骨の先で穴を開ける。


穴は一息で。


迷うと手が止まる。


止まると、音が増える。


ユキが鼻を鳴らした。


金属の匂い。


火の匂い。


いつもと違う匂い。


モリは指を一本立てる。


合図。


“戻す”。


ユキは一歩離れて伏せた。


アラシは影の縁へ寄る。


白は離れる。


黒は隠れる。


匂いのある時間を、短くする。


炉の口をさらに狭める。


火を殺す。


煙を殺す。


熱だけを残して、熱も最後に消す。


灰をかける。


灰は匂いを吸う。


水気も吸う。


熱も奪う。


奪えば、終わる。


終われば、森は戻る。


最後に、土をかぶせる。


灰の上に。


土の上に落ち葉。


炉を“置いた”痕を、森の床に戻す。


片付けは、火より先。


道具は決まった場所。


金属片は布で包む。


音を出さない。


アラシは影の中で瞬いた。


火が消えたのを見て、少しだけ近づく。


でも火の輪には入らない。


影の縁。


そこが落ち着くらしい。


モリは息を吐いた。


工房を置けた。


金属を扱えた。


でも派手にはならない。


派手にしないから、続く。


工房主の良さは、金属だけじゃない。


森素材の“加工”が、手順として速くなる。


縄を撚る。


木を削る。


樹皮を剥ぐ。


樹脂を薄く引く。


それらが、金属と同じ作業台に乗る。


暮らしの仕事が、ひとつの流れになる。


今日の結論。


工房主は、金属クラフトを“暮らしの中”に入れる職。


入れるために、熱と音と匂いを小さくする職。


次は、何を作るか。


鉈剣の背の芯。


アウルベアの爪。


それを受け止める金属。


作れる。


――作れるが、急がない。


ユキが尻尾を一度だけ振った。


アラシは影で目を閉じた。


白と黒。


暮らしの音に戻る。

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― 新着の感想 ―
そういう考えもあるのかなぁと思いながらながら読んでいます。 「森の開拓者」という職業のプレイヤーが現れたらどうなるのだろう? さらにそれが集団になったら…… 作者の書きたいように書いていってくださ…
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