ナラティブジョブシステム
運営から通知が来た。
森の生活は、通知の音で壊れる。
だからモリは、鳴った瞬間に切る。
切ってから、落ち着いて読む。
タイトルは、やたら明るい。
「利用者カムバックキャンペーン」
明るいのに、内容は重い。
世界の“職業”が増える。
大量に。
しかも、ただ増えるだけじゃない。
このゲームは、戦闘職とクラフト職を組み合わせて遊ぶ。
戦闘だけでも、クラフトだけでも、長くは持たない。
持たないように作られている。
今までは、その組み合わせの“味”が決まっていた。
強い人は強い。
作る人は作る。
中間の人は、中間で止まる。
そこへ運営が、奇策を落としてきた。
新機能。
戦闘職。
クラフト職。
それぞれのレベルと熟練度。
その組み合わせから、AIが“その人に合った物語っぽい職”を生成して候補を並べる。
その中の一つになれる。
中級者以上。
ある程度積み上げた人ほど、だいたいこの機能で次のジョブに行ける。
――運営の言い方は、そうだった。
モリは、派手な言葉を信用しない。
でも、仕組みは見る。
仕組みは、手順になる。
手順になると、暮らしが守れる。
カムバックキャンペーン。
戻ってくる人のため。
戻ってきた人を離さないため。
そして、既存の中級者にも餌を撒く。
餌は“新しい自分”だ。
モリは息を吐く。
餌は嫌いだ。
でも、餌の形を知っておけば、踏まずに歩ける。
現在のモリ。
戦闘職:魔物使い。
クラフト職:ブッシュワーカー。
魔物使いは、ユキと組んで戦える。
ただ連れて歩くだけじゃない。
呼吸を合わせる。
距離を合わせる。
暴走させない。
戻す。
それができる。
ブッシュワーカーは、自然物全般のクラフトがまんべんなくできる。
樹脂。
縄。
木。
香草。
灰。
土。
そういうもの。
逆に。
鉄器みたいな“熱と音”が要るものは、扱いづらい。
森でやると目立つ。
目立つと人が来る。
人が来ると森が荒れる。
つまり今のモリは、
“森の中で完結する強さ”を作ってきた。
誰かに見せる強さじゃない。
暮らしを壊さない強さだ。
画面に、候補が出た。
戦闘ジョブ。
三つ。
一つ目:ウルフライダー。
狼と組む。
乗る。
走る。
速さで勝つ職。
ただ速いだけじゃない。
“相棒の呼吸”に合わせて、森を壊さない線を選ぶ。
相棒を信じる職。
説明の端に、小さく注意が出る。
「騎乗中は視界が狭くなります」
「転倒時、落下ダメージが発生します」
モリはそこを見る。
速いと、音が出る。
速いと、匂いが伸びる。
速いと、足跡が大きくなる。
でも。
速いのは、逃げる時に強い。
大物対応。
撤退。
短く終わらせる。
それはモリの課題でもある。
ウルフライダーが“狼”を名乗るなら、
走るだけの職じゃない。
追う。
追い過ぎない。
囲う。
追い込みすぎない。
呼吸で止める。
ユキと、被る。
被るが、違う。
ユキは“受け止める”。
狼は“流す”。
流しながら、線を引く。
モリは首を傾げた。
森で、騎乗は目立つ。
目立つのは嫌だ。
だが、境界の外へ出るなら――話は変わる。
二つ目:深き森の罠師。
罠の数じゃない。
罠の派手さでもない。
“寄せる”。
“逃がす”。
“事故らせない”。
森を壊さずに勝つための戦闘職。
モリの段取りが、そのまま職になる。
説明には、こうある。
「罠は攻撃ではなく、導線です」
「討伐よりも、終わらせ方を重視します」
モリは小さく息を吐いた。
分かっている。
分かっているからこそ怖い。
運営が“分かっている言葉”を使う時は、だいたい罠だ。
ただ。
この職は、モリの生活と一番噛み合う。
森での戦いは、森を壊さないための戦い。
倒すより、整える。
暴れさせない。
人を呼ばない。
罠師が増えるなら、森が荒れる。
真似が増える。
人が増える。
――それが嫌だ。
でも、モリが罠師になるなら、
“真似されない罠”を選ぶ理由もできる。
罠師は、派手さを嫌う。
派手さを嫌う職は、信用できる。
少なくともモリの目にはそう見えた。
三つ目:茨罠のルパリウス。
ルパリウス。
フランス語の“狼猟官”――狼を狩る役目の名から来る。
文字通り、罠と狼の職。
茨。
縄。
棘。
自然物で“縛る”。
縛るのは、手足だけじゃない。
逃げ道。
角度。
呼吸。
獣の動きを、狼猟官みたいに追い込みながら整える。
狼のように静かに回り込み、
罠のように一瞬で噛みつく。
止める。
逃がす。
削る。
血を出しすぎない。
でも、相手の自由は奪う。
森が怒る寸前で、勝ち筋を作る。
説明を読んで、モリは目を細めた。
“狼”が入る。
つまり単独じゃない。
召喚。
共闘。
あるいは。
自分が“狼の動き”になる。
ルパリウスは、罠師より戦闘寄りだ。
罠師が線を引くなら。
ルパリウスは線の中を走る。
茨で縛り、狼で追い、短く終わらせる。
危ない。
強い。
強いほど、派手になりやすい。
茨が暴れると、森が痛む。
狼が吠えると、人が来る。
でも。
“狼猟官”という名前は、秩序の匂いがする。
狩りの手順。
追い込みの段取り。
逃がすための門。
モリは画面から目を離して、ユキを見る。
ユキは眠そうに目を細めている。
狼が増える。
それは、ユキの居場所を狭めるかもしれない。
狭めたくない。
次。
クラフト職。
三つ。
一つ目:古森工房主。
工房を“置く”職。
置くといっても、建物じゃない。
手順と道具の配置。
小さな炉。
小さな作業台。
小さな在庫。
拠点を、拠点のまま強くする。
説明の文面は、静かだ。
「工房は発展ではなく、整備です」
「設備は小さく、機能は深く」
モリの胸が、少しだけ軽くなる。
拠点を大きくしない。
拠点を派手にしない。
でも、できることを増やす。
炉。
炉がある。
つまり鉄器にも手が届く。
だが“小さな炉”。
それなら、音も煙も抑えられる。
ただし。
工房を置くと、人が来る。
来ないように置く必要がある。
気づかれない配置。
門と同じ。
モリは考える。
工房主は、拠点に縛られる。
拠点を守るにはいい。
でも、境界の変化に遅れる。
二つ目:スカベンジワーカー。
拾う。
分解する。
使える形に戻す。
戦利品や廃材を“暮らしに変える”のが上手い。
ただし欲張ると荷が増える。
荷が増えると音が増える。
音が増えると、森が荒れる。
説明には、やたら現実的な注意が並ぶ。
「解体時、臭気が発生します」
「分解速度が上がるほど、目立ちやすくなります」
運営が素直だ。
素直な注意は、信用できる。
スカベンジは、モリの“回収癖”と相性がいい。
矢を拾う。
罠を片付ける。
素材を折り畳む。
捨てない。
増やさない。
ただ。
拾う職は、欲と隣合わせだ。
欲が出る。
欲が出ると、森が荒れる。
だからこの職は、
“拾わない手順”まで含めて強い人向けだ。
モリは嫌いじゃない。
でも、油断すると危ない。
三つ目:魔獣革師。
魔獣の皮と骨と爪。
匂いを抜く。
柔らかさを残す。
音を殺す。
濡れても冷えない。
“生活の装備”に落とす職。
今のモリがやっていることが、職になる。
説明には、短い一文がある。
「魔獣革師は、勝利を誇りません」
モリはその一文を、二度読んだ。
誇らない。
戻す。
暮らしに変える。
魔獣革師は、派手じゃない。
それが良い。
だが。
革師が増えると、素材目当てが増える。
大物狩りが増える。
森が荒れる。
つまり。
自分が選ぶ職は、自分だけの問題じゃない。
森の人口も変える。
風向きも変える。
モリは画面を見たまま、指を一本立てた。
合図。
――誰にじゃない。
自分にだ。
“急がない”。
ユキが横で耳を立てた。
何かが変わる匂いを、もう嗅いでいる。
職業が変わると、やり方が変わる。
やり方が変わると、暮らしが変わる。
変えるなら、段取りで。
モリは画面を閉じた。
閉じてから、もう一度開く。
候補は消えない。
消えないことを確認して、息を吐いた。
どれになる。
それで、森はどうなる。
答えは、まだ出さない。
出さないことも、手順。




