表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/60

罠を置く場所

森の端は、音が変わる。


乾いた葉擦れが減って、湿った土の音が増える。


踏むたびに、靴底が少しだけ吸われる。


ここから先は、森じゃない。


森の“外側”だ。


モリはそこで足を止めた。


足場板を一枚置く。


沈みを測る。


板が沈むなら、体も沈む。


体が沈むなら、音が出る。


音が出るなら、戻る手順が崩れる。


だから先に、測る。


ユキが鼻先で空気を割った。


湿地の匂い。


泥。


腐りかけの水草。


それとは別に、もう一つ。


獣の匂い。


濃い。


新しい。


「いる」


モリが小さく言う。


マコトが隣で頷いた。


今日は声が明るくない。


明るいのに、落ちている。


森の外側に来ると、彼女もちゃんと変わる。


「……うん。いるね。でかい」


今日は二人で決める日だ。


戦う日じゃない。


戦う場所を決める日。


化粧のお礼にマコトも討伐に名乗り出てくれた。


痕跡はすぐに見つかった。


倒木。


折れ方が雑だ。


斧で切ったんじゃない。


押し潰している。


樹皮に、深い爪の跡。


熊の爪より長い。


幅がある。


その下に、羽毛混じりの毛。


ふわふわじゃない。


硬い。


針みたいに指に刺さる。


モリは毛を布に包み、袋に入れた。


持ち帰るためじゃない。


匂いを覚えるため。


マコトが目を丸くする。


「……アウルベア、だよね?」


声は小さい。


でも少しだけ、嬉しそうだ。


嬉しそうなのに、浮かれない。


礼儀のある強者は、怖さもちゃんと知っている。


「そうだろうな」


モリは淡々と答えた。


淡々としていないのは腹の内だけだ。


生活圏に近い。


近いと困る。


困るから、近づけない。


罠を作る。


殺すためじゃない。


近づけないため。


寄せて、止めて、逃がす。


短時間で終わらせるため。


モリは荷から細いロープを出した。


霧を結ぶ紐じゃない。


ただの結束。


静音。


湿気に強い。


手順は同じだ。


結び目は少ない。


ほどくのは一回。


地面を掘る。


深くしない。


深い穴は事故を呼ぶ。


呼ぶ事故は増える。


増えると人が来る。


人が来ると、輪が揃わない。


だから浅く。


足を取るだけ。


落とし穴じゃない。


踏み抜き。


表面の苔と枯れ葉を剥がし、下に細い枝を格子に組む。


枝は新しいものを使わない。


折る音が出る。


枯れ枝を拾う。


拾って、短く折る。


音を立てないように、布で挟んで折る。


格子の上に、泥。


その上に、落ち葉。


最後に、苔を戻す。


苔は“ここにあった”形に寄せる。


違和感があると、獣も避ける。


避けたら意味がない。


仕上げに、横の木へロープ。


足を取った瞬間、横へ引く。


倒すためじゃない。


向きを変えるため。


モリはロープの張りを指で確かめた。


強すぎない。


強すぎると切れる。


切れたら音が出る。


音が出たら、獣が荒れる。


マコトは見ているだけじゃない。


落ち葉を拾う。


苔を寄せる。


手が大きいのに、作業が丁寧だ。


「すご……こういうの、めっちゃ生活だね」


小声。


それでも、言葉があるぶん怖くない。


「生活だ」


モリは短く返した。


罠は一つじゃ足りない。


道は何本もある。


アウルベアはでかい。


でかいくせに、森で消える。


だから、線で囲う。


三つ。


間隔はユキの鼻が決める。


ユキが首を振る場所は避ける。


そこは匂いが濃すぎる。


近い。


近い場所で罠を張ると、踏む前に襲われる。


最後に、逃げ道。


罠を置いたら、必ず逃げ道を作る。


自分たちのためじゃない。


獣のためだ。


逃げ道がないと、獣は暴れる。


暴れると、森が壊れる。


モリは足場板を置き直し、濡れた地面に“踏んでいい線”を作った。


線は目立たない。


でも、足は迷わない。


迷わないから、走らなくていい。


走らないから、音が出ない。


作業が終わる頃、森の音が一段落ちた。


鳥が鳴かない。


虫も鳴かない。


遠くの水音だけが聞こえる。


マコトが笑いそうになって、喉で止めた。


「……これ、ほんとに“いる”やつだね」


モリは頷いた。


「だから、ここでやる」


家の近くじゃない。


門の近くでもない。


森の生活圏を、戦場にしない。


帰り道。


モリは手を洗い、指の泥を落とした。


罠は汚い。


でも、汚いまま帰ると道具が腐る。


腐ると、生活が崩れる。


マコトも黙って手を洗う。


「ね、モリさん」


声は小さい。


でも、弾む。


「今日のこれ、めっちゃ怖いけど……めっちゃかっこいい」


モリは肩をすくめた。


「かっこよくなくていい。壊れなければいい」


マコトは笑った。


「それが、かっこいいんだよ」


モリは答えなかった。


答えなくても、嫌いになれない勢いが隣にいる。


次は、準備の続き。


短く終わらせるための準備だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ