74.戦獣奪還戦(5)
遮蔽物ごしに、労働力とアカツキ兵士は撃ち合いを続ける。いつ、何処かのタイミングさえ合ってしまえば。飛び交う鉛玉は文字通りに朱色を『散らす』だろう。
その死地の中心に、二人は居る。対極にある赤と青は混ざり合う事はない。敵として立ち合ったのならば、その現実と向き合わなければならない。
スオウは跳ぶ。執拗に鉛の雨を差し向けられようとも、彼女はその先へと強く躍動する。
同時にアカツキ兵士も、彼女を逃さない。口々に投げつけられる雑言から察した理由は、相も変わらず『繁栄を妨げる存在』でしかないと一辺倒なモノだった。
だからか、彼女は何処かでほくそ笑んだ。
『なんだよ、繁栄って』、そう呟いた。
そして呟いた上で、跋扈の末にかつての同胞を切り伏せるべく、得物を携えて差し迫った。
「……与えられた任があるっつったよなぁ、アサギ。…こんなバカの一つ覚えで『繁栄だ』『繁栄だ』っつー国の任務に応える義理も、価値もあると思うか?」
「ある」
━━しかし、止められた。目の前に立ち塞がるアサギは、彼女のカマイタチを手で受け止めていた。
「即答かよ…」
「当然だろう。価値や義理で測るならば基準になるのは僕自身だ。……僕はそういう役職にある以前に、ターコイズ中将の側近だ」
その手は単なる人の両腕ではない。淡く、青く揺らめくそれはスサノオにおける『剣』の精神を体現したといっても過言ではないと、彼はターコイズの懐刀となった。
人として、兵器として。彼は尊重されたが故に破綻者(イレギュラーである事を己の存在理由とした。価値とした。義理とした。
「忠義を翻す…決して易くない行為を君達は選んだ。━━だから、『任務』は遂行する」
焚き付けられる炎を彷彿とさせる淡い揺らめきは、より強く両の手に纏う。 与えられた恩赦へ、彼はただ応えたいだけだ。忠義を貫く事で返せるのならば、アサギの目的は変わる事はないだろう。
受け止めた刃を払い除けるアサギとスオウの間には、再び間合いが開く。
「……それが例え、『キナリに付き従え』って任務だとしてもか? 今回の作戦、アイツの独断らしいじゃねぇか」
「……………」
「そこに中将の意識なんてあるのか? 彼奴がどうなってるかってのは、アタシ達よりもお前のがよく知ってんだろうが。
知らずして、見ずして、ただ黙って従う事と。反旗を翻したとして彼奴の首、その腕で切り落とす事。あの中将ならどっちが喜ぶと思う?」
答えは無い。アサギはただ静かに、自らの腕を構える。とはいえ、スオウの言葉でアサギの呼吸は僅かばかり止まったのも事実だった。
あるのはただ、弾丸の飛び交う死の音ばかり。痛みに悶える兵士の声はかき消され、血と肉の匂いは火薬の臭いに上書きされる。層が幾重にも織り連なる光景を前に、率いる犠牲を無為にする事は当然不可能だ。
答えは変わらない。忠義と責務の上に成り立つ任務を全うする。━━そう口に仕掛けた瞬間だった。
「━━!」
思考の合間、間合いが開いた。彼女にとっての隙が発生した。
息を潜め殺す、姿を陽炎に溶かした獣。その好機を逃すまいと、対応する暇も与えず。
英雄は、迅の一文字をその瞬に体現した。
「━━お楽しみだったかしら?スオウちゃん」
「いや、ナイスタイミング。…だがアニシモは人工労働力の指揮にタスクを割いてくれ。
敵兵に邪魔されンのは、どうにもストレスでしかねぇ」
視線は吹き飛んで、かつ何事も無かったかのようにその場に立つアサギへと向けられている。ダメで元々、決定打には程遠い様子見の風刃を、スオウは得物から振るった。
アサギは、ただ右腕を振るった。横に薙いだ。青い揺らめきは消えず、破綻者としての能力も、戦意も喪失していない。 靄を十字に払うと、その衝撃はアカツキ兵士と労働力、双方の銃撃戦を止めた。
一歩、一歩と、剣の体現者は迫る。
一刻、一刻と、間合いが詰まる
アニシモの一撃によるダメージの一切を、感じさせなかった。そこに佇むのはただ二振りの剣を持つ、静かなる鬼だ。
「……本当に大丈夫かしら?」
「さぁな。……痩せ我慢である事を願うぜ、アタシは…!!」




