72.戦獣奪還戦(3)
「これって……もしかして『蛸』の…」
「おっ、今まで地下に居た割には博識じゃないか、兄弟。
それはさておき、お望みの結果はこんなもんか?殺さずに無力化、合格点には届いたかね?」
思想・肉体・精神性。それらを『愛国』へと差し向ける機構を、クレランスは保有している。クレランスより位階を賜った将校は、その機構を応用して、将校は人造破綻者としてその才を開花させる。
与えられる権能は二つ。作り上げられた破綻者としての能力は、自らの名となり、勲章となって語る事を許される。それは責任であり、枷にもなり、自らの生きる運命を強制的に狭めるモノとなる。
「っっ…離してくださいっっ…!」
「おいおい、これでも手緩い方だろ?ウスズミの身内とは言えど、敵国の兵士であることに変わりはねぇしな。
かといって、俺もガキを縛って興奮するような卑劣漢じゃねぇ。━━この後はどうするんだ?兄弟」
振りほどこうと苦悶を浮かべるルリを逃がさぬよう、変質した両腕の『触手』は更に渦を巻く。賜った能力を、四人の将校は『誇り』とした。ラヴは保有する『狼の統率力』と『海洋生物』の能力を駆使して、その誇りに掛けて彼女を逃がさないだろう。
しかし、それまでだ。彼は質問のバトンをウスズミへと投げる。既に無力化は終わっていると、尻目にルリを抑える事に専念を始める。
「……あ」
一方、腕の中で藻掻き、足掻こうとするルリの視線の先。迫ってくるのは、よく似た雰囲気を持つ誰かに連れられて、此方へと向かってくる『見知った顔』。
トクサ・アグリース。ラヴから労働力を伝って、何故だか飛翔するワカバに彼女は連れられている。
その末にルリの目の前に着地、邂逅する。
「━━どうなってる、ウスズミ。なにかの、罰ゲームか?」
ただし、『ラヴの腕が触手となっている』『ルリが此処に居る』『その触手がルリを縛っている』、以上の事実はまず真っ先にトクサを混乱させた。
その様相は、端からすればシュール極まりない光景。優劣など気にもならない。ただ目の前の情報を処理するのに精一杯となる。
「色々訳有りだ。…飛んできた事にも疑問が残るが、手短に彼女には聞かなくてはならない事がある」
ただし、当人は至って真面目だ。今のルリには底が無いようにウスズミには感じ取れている。現状も、ルリが『譲歩』しているかもしれない。無力化が許されている今、彼は躊躇無くルリへと歩み寄った。
「……ごめんなさい、班ち……ウスズミさん」
「好きに呼んでくれて構わない。大丈夫だ。……まさか君が先鋒だとは思わなかったよ、ルリ」
決して遠くない記憶。ウスズミはあの時、此処まで大きな事態に巻き込まれるとは思っても見なかった。しかし、胡蝶の夢から手繰り寄せられたもう一人の自分が定着した瞬間。既にレールは敷かれていたのかもしれない。
それはルリも同じだった。特に彼女からすれば、不変を継続していた筈なのにこのレールへと巻き込まれた。
「……なるべくしてなった訳じゃないです。ただ、私の過ごしてきた毎日の、何処かのタイミングで仕込まれた毒に自分から気付いてしまっただけです」
彼女はウスズミの前で、『ルリ』であろうとする。与えられた権能を悟られないように、あくまで自然体を維持する。今繰り広げているのは、単なる他愛ない会話だと釘を打ち込む。
「本当は私、第8班のままで居たかったです。お仕事は少ないけれど、平穏が続くあの場所に…ずっと居たかったです。無い物ねだりだって分かってますけど……」
「……………………」
「私だってそんな我が儘じゃないですから。無理なことは無理だって割り切ります。私には私にしか出来ない事がある。
……ですので、どうかこの手…触手?を離してください」
━━沈黙するウスズミ。ラヴはルリの動向を見るべく、決してその触手を離そうとはしない。
葛藤が無いと言えば嘘になる。そんなものは隙にしかならないと分かっていても、久しく詳細の分からなかった彼女がこのような様相となっている事も含めて、『一手』を打てずにいる。
「君にしか出来ない事……? (……何故だ…?此処まで含ませているのに…敵意を感じない…?)」
「ウスズミ、あぶない」
彼女は既に無力化の猶予は与えた。話も終わった。ならばもう『無力化』に付き合う必要は無い。…彼女の瞳はそう語る。
一切の動きを止めたかと思えば、僅かな隙間からは青色の一閃が宙に稲妻模様を描く。それは、彼女の保有していた槍。腕を縛られ、脚を抑えられている筈なのに、一切の微動もなくひとりでに動いた槍は、ラヴの触手を切り離した。
トクサも同じく戦闘態へと移行。ウスズミの目の前に迫り来る触手の破片と礫を、腕の一振で防ぎ切る。
「ちっ……奴さんあんな芸当まで……!! おいウスズミ、あの娘っ子は元からあんなんだったか!?」
「ちがう。ルリはもっと、おとなしかった。━━今までのルリじゃない」
いち早く反応するトクサ。ウスズミよりもルリを長く見てきた彼女も、変わり様に辟易としていた。
転じてルリ。彼女は手元に戻ってきたら槍はウスズミ達へと向く。切っ先は…否。槍全体が僅かに白く、濡れている。周囲を見れば『それ』がなんなのかは明らかだった。
━━ラヴは、すかさず自らの得物をその手に抜いた。
「まさか嬢ちゃん……労働力の動力核を一瞬で狙い穿った…。とか言うんじゃねぇだろうな…?」
携える槍を一周回し、動力液を払うルリは何も答えない。
ただし、これ以上の答えは無いだろう。核の無くなった労働力は活動の継続が出来ない。
分かりやすく訪れた『死』。もたらしたのは、彼女に与えられた権能。彼女に関しての情報が、ただひたすらに累積され、ウスズミは戦いだ。
「……範疇を越えている。君に与えられたモノは一体…??」




