41.指導者との邂逅(1)
皆目見当がつかない場所の中、飼い犬のように手を引かれて右往左往に目が回り始める。同じ閉鎖空間だとしても、此処は少しばかり勝手が違った。練った粘土の様な湿り気の強い臭いに、この身体は拒否反応を示していた。
「ちょっ…少し待って欲しい。せめて何処に向かってるくらいは…」
「リーダーん所だよ、アンタが行きたいっつったんだぜ?」
…何故此処まで無邪気に矛を差し向けられるのだろうか。もしくはこれが彼にとっての『仕返し』なのだろうか。自業自得だからといって、傷つけられた経験を根に持つ事は別におかしなことでもない。
ただロウのされるがままに連れられ、目的の部屋に到着した頃には辟易としていた。
「…ロウ、客人はもうちょい丁寧に扱いな。さっきまでぶっ倒れてたんだろ?」
「安心してくれリーダー。此奴軍人だからこの程度じゃくたばらないさ」
『はぁ』と、僕とリーダーと呼ばれる男の溜息が重なった。…大体同じ気持ちを抱いているのか、彼と目が合ったと同時に互いに乾いた笑いがこぼれていた。
彼は席を立ったと思えば即、部屋の奥にある戸棚に歩き始める。久方ぶりに耳にした木の板を鳴らす靴音が、僕の中で踊る。だが、安心を抱いたからこそ芽生えた違和感もあった。
「(何故…木が…?)」
「まぁ、一杯どうだ。モノが限られてっからロクなモンは出せねぇが、少しは気持ちに折り合いを付けられるかもしれねぇしな」
憶測の傍ら。気がつくと男は草臥れたタンブラーを僕の前に差し出していた。一礼と同時に掴んだタンブラーからは、確かな熱気が右手を緩やかに温めていく。どうやらロウにも同じモノを渡したらしく、そのまま踵を返した男は自らの座っていた椅子に腰を下ろすと、僕に目線を移して続けた。
「ロウ、連れてきて貰って悪いんだが、席を外してくれ。
あの子達を此処まで引率してきたコイツに、少しばかり興味が沸いた。」
一言の返事が僕の横から聞こえたと思えば、既に彼の姿は無かった。…過去に対峙した彼は、あそこまで騒々しい者ではなかった。今の環境が心地が良いのか、やはりアレが彼の素の性格なのか。
「色々と考えたくもなるよな。あんな面白い奴が、俺達の名前を騙って悪くどい事を働いていたんだ。そうでもしねぇと、この街で生きられなかったんだろうな」
「…ロウという名前は貴方から貰ったと、彼は言っていました。その口ぶりからするに、貴方達は反国家組織『I=O=A』で間違いなさそうですね」
「あぁそうだぜ。自らの意思でこの国に抵抗する『反乱軍』。平等である事を、成長の義務を許される事を信条を芯とする、平凡で特別な軍人の『敵』さ」
物怖じせず、僕を見据えて言葉を連ねる彼。トゲも敵意が無い代わりに、自信と誇りが刃を為しているように思えた。かといって、僕が臆する理由も負い目を感じる必要性も、また無い。
「…僕達はこの組織に与する意思は有りません。この組織を回すに値する程の物資は持ち合わせていません。何故、僕達を助けたのですか?」
僕の聞きたかった、大きな疑問の一つ。反国家組織である事が分かった以上、尚更事の真偽は確かめなければならなかった。…万が一彼が僕達の隠匿する情報を知ってたとなれば、命の主導権を握られかねない。
自分の視線が、きっと冷たい物だったのだろう。それとも、淹れてくれた飲み物に口を含んでいないからか。彼は少しばかり困ったように眉を曲げた後、僕のそばに置かれたタンブラーを豪快に掴み、口へと放り込んだ。
「ほれ、毒なんか入ってねぇさ。深く考え過ぎな上に、勘繰り過ぎだな。…まぁ無理もねぇ。どうやらアンタ達は、今は手配されてる身柄らしいからな。
…宣言しておこう、俺と組織の誇りや面目…その他諸々全財産を賭けて、そんな己の利益のみを目下に入れた選択はしてないぜ。I=O=Aの指導者『カラスバ・ガーネット』は徹底した人間好きなもんでな」
不敵に口角を上げ、飲み干したタンブラーを僕の目の前に置く。…一連の動きの迫力に、呆気に取られしまい脳が白紙化してしまった。そんな僕の様子を見て面白かったのか、遠ざかるカラスバの笑い声が聞こえたと思えば、ケトルに入れられた茶のような飲料がゆっくりと注がれていた。
「困窮、失望、自棄。袋小路に追い詰められた奴等はどっかしらで都合良く『助けてくれ』って願う。それが自業自得であってもだ。俺が得をしなかろうが都合の良い存在になろうが、機会ってのは平等だ。捨てられたモンを拾い上げる機会だってあって良いだろう?
強いて言うならば、助けたかったから助けた。アンタ等が本当に悪人ならば突き出すのが通りだが、俺にゃどうにもそういう風には見えなかったもんでな」
「(捨てる神あれば…ってやつか。)…改めて、助けてくれた事強く感謝します。同時に有りもしない疑いを差し向けて、申し訳ありません。カラスバ・ガーネット」
カラスバの人柄と、その行動理念は凹凸を嵌め合わせたようだった。彼の在り方がそのまま、僕を助けた理由となった事に、一切の矛盾と違和感を感じ取らなかった。…何より、渦巻くような悪意を一切感じる事が無い。
キナリの内側や、トクサのもう一つの側面のような『深淵』を彼からは一切感じない。今、目の前のカラスバという男は、等身大で僕と向き合っている。…認識を改めるに十分過ぎだった。
「知ってんぜ。既に嬢ちゃん達に名前は聞いたさ。ウスズミだろ?そんな型苦しくならなくったって大丈夫さ。
…そういやウスズミ、アンタ腹減ってねぇか?」
「…………?」




