~内側(1)~
「━━結果としてですが、『プロトタイプ』は彼の手に渡ってしまいました。今現在、編成した捜索部隊を表層区街全域に投入し、行方を探っています。内乱が大きくなる事も考えられる為、既に表層居住者にはシェルター居住区への避難勧告を通達済みです。報告は以上となります。
また、此度の内乱により、ウスズミ・フォルシー上等兵の『軍罰該当者』への登録を申請致します。防衛の要である兵器の奪取は重罪ですからね」
時は僅かに遡り、軍内部・匿務会議室。敵国による奇襲攻撃の詳細と、優男の巻き込まれた騒動に関しての説明が当人の口から綴られていた。
戦死者は0に留める事が出来たが、辟易とした状況の中で発生した内乱に対して、そこに居る誰もが穏やかな表情を浮かべなかった。
「ふん。随分と都合の良い…。貴様があの段階でウスズミとやらを始末してさえいれば、此処まで大事にはならなかった問題ではないか。
貴様も此処で腸を切るか?キナリ」
毒を含ませた言葉を吐くターコイズ。奇襲による憤りが最も強かったのは彼だった。キナリと共同作戦に踏み切った物の、出し抜かれた相手に27人も負傷させられたのだから。
しかし、最も腹立だしさを感じている箇所を分かっているように、キナリは吐かれた毒に対して嘲りを返す。
「おやおや、落ち着いて下さいターコイズ中将。敵の思惑、目論見、任務………。それらが『一切思い付かないから』と、腹いせに若人の腹をかっ捌こう等と…」
「━━貴様若造がァッ…!!」
懐に収めた拳銃が空気に触れる。銃口はキナリを向いている。しかし周囲の空気は激憤するターコイズを置き去りにし、依然として静まり返っていた。
当のキナリも、脅迫に対して眉を一つも動かす事はない。しかし、その目は口程にモノを言う。
態度や本心は、露呈させようと思えば露呈させられる。隠すという選択肢を放棄すれば、意思は露骨になる。……それが分かっているからか、キナリは挑発的な余裕をターコイズの逆鱗に突き立てているようだった。
「……そこまで」
キナリの隣に座る、燻した銀色の髪と髭を蓄えた壮年の男、『ガンメタル・ホーマ』の鶴の一声は、二人の争いを諌めた。
「それ以上は私達…延いては元帥の目にも毒だ。ターコイズの毒気は浸透しやすく、キナリの嘲りもこの場の空気を淀ませる。お前達の諍いに時間を費やすべきではない。今は有事なのだ
……此度の無礼、何卒御許し願います。元帥」
深々とした辞儀に対し、『元帥』は肯定も否定もしない。座したまま『報告を続けよ』とだけ口にする。その 静かな声色は、席を立つ二人の争いの火種を無理矢理摘み取った。
硬直の後、ターコイズは手元の拳銃を懐に収めると、気まずさを粗野で隠すように着席する。
「…腹の色が分からぬ以上、同じ軍属とは言えど相容れぬモノもいる。だからこそ言いたい事があるのならすぐに言う事だ。ウグイス嬢」
「……ガンメタル中将。その呼び方は止めてくださいと、以前具申した筈です」
一方ガンメタルは、場の空気を気にする事なく左向かいの女性に襷を渡す。『嬢』と呼ばれる女性の将校『ウグイス・コルテッツ』も、冷淡にガンメタルの発言を受け流し、手元に資料を手繰り寄せると素早く目を配らせた。
「キナリ中将、ツクヨミに一つ不可解な報告が上がっています。
敵国奇襲時、地下拠点BA-08区画で『黒い残滓』が区画付近の壁面に付着しているとの事です。上層でそのような物は確認されていますか?」
「BA-08付近……あぁ、第8戦獣調教班の周辺かい?大穴以外にも何か出てきたの?」
「”何かしらの戦闘行為が確認された。ただし、敵兵士と思わしき死体は見当たらず、『肉』とも『脂』とも言い難い…布地と固形物。そして、壁面や床に染み付いた液体。それらしか発見されなかった。”
……レポートにはそう記載されています。もし上層で同じような痕跡が発見されたのであれば、共有をお願い致します」
5秒が経過。キナリは答えない。
10秒が経過。キナリは答えない。
15秒、20秒と、彼は考える素振りだけは解かない。
『出すべき情報を吟味しているのか』『彼の事だから、きっとからかっているのかもしれない』……ウグイスの集点はそこに集まる。1秒がただひたすらに重い、室内には次第に悪辣な、喉を突く緊張感を包み込む。
「━━それは地下……第8戦獣調教班の周辺のみにしか確認されていない物か?」
そして、遂に回答が……否。厳密には『意図せぬ回答』が虚を突いた。
先程癇癪を起こした張本人であるターコイズが質問を投げ掛けてきた事が、ウグイスをより驚かせた。
「…その通りです。今のところは、ですが…」
資料を目で追いながら、若干の戸惑いを感じさせる声でウグイスは返答する。目上の者に対して正確な情報を伝えようとしているのか、その背中には僅かに焦燥を帯びている。
質問したターコイズはというと、視線はウグイス…ではなくキナリの方へと向いている。……影を帯びた視線には、普段が中将達が目の当たりにしている温厚さが感じられなかった。
それが分かると、ターコイズは何処か勝ち誇った声色で、震えた笑い声の後に続ける。
「━━はは、元帥。我等の推し進めていた『プロトタイプ計画』……どうやら、此処で頓挫してしまったようです」




