4.待ち構える前途多難
※少しばかりギャグを挟みます。
「ウスズミ…。ウスズミ……」
興味を自分の表情に向けているのか、名前を二、三度、噛み締める様に呟く彼女は体制を屈め、至近距離で蒼白になった自分の顔を覗く。
声を聞く限り女である事は分かった。が、それ故か身体を壁を背にしているのにも関わらず、座りながらも少しばかり腰が引けてしまう。
「わかった。皆に話してこよう」
自分にそう告げて、出てきた部屋へと戻る彼女。……見えなくなってから訪れた感情は『助かった』という安堵だった。
つい先刻、機械人間と呼ばれた筈の自分であっても。いざ『死』を前にすると此処まで命にすがる気持ちになるのかと、呼吸出来ている事実が骨身に堪えた。
芽吹いた恐怖は『新鮮さ』を帯びていて、それでいて少し懐かしい。本来であれば捨ててはいけない物を「軍人だから」と捨てた『つもり』になっていた、ただそれだけの事なんだと、何処か感じていた情けなさを手放し、スイッチを切り替える。
……柄にもなく一服したい気分に駆られ、周囲を見渡す。喫煙所などある筈もなく、口寂しさを紛らわそうと腰のポーチに入っている固形の糖分を口に転がした。
安堵の直後、疑問が訪れる。褐色の肌にくすみ濁った緑色の髪…彼方の世界でいう『薄葉柳』という伝統色が該当するだろうか。それとは違った意味で対照的な、深い緑の瞳。彼女の背丈はどれ程見積もっても140cmを少し越した程度だった。
「(……軍に在籍していたか……? あんな、幼い子どもが…)」
勿論、兵長という身分があったからとて在籍する軍人の名前を全て記憶している訳も無い。むしろ逆だ。在籍しているからこそ軍のローブを着用しているのだろう。
この国では少なくとも齢十二を越えれば国家の膝元……国防軍である『八百万の祝詞』へと入隊する権限が与えられる。少年兵は決して多くは無いが、確かに在籍している。…けれども、彼女の纏う『あどけなさ』にも似た…子ども然としている人物は見たことがない。
「お待たせだ。入ってきていいよ。ウスズミ」
「はっ。了解!」
反射的な返事と敬礼、例え相手が年下でも出てきてしまう。彼女の素性も階級も知らないからこそ、上官である余地が残されているからだろう。
……此処まで上の人間に従順だった記憶はないのだが、此処まであからさまに心構えが変わるのは彼方の記憶が反映されているかはなのだろうか。荷物を携え、彼女の後ろを付いていく。
小さい身体だが、彼女からは何処か『威圧感』を感じる。戦獣調教班という組織の体を表しているのか、どうにも気が引けて仕方がない。
「みんな。ウスズミを連れてきた」
「はっ! 元総合防衛行動師団『アマテラス』、第六防衛部隊所属! ウスズミ・フォルシーと申します!
本日付で此方の総合支援行動師団『ツクヨミ』、第8戦獣調教班へ編属となりました! 先輩方のご指導、ご鞭撻を……」
「ワタシたちの班長となります。よろしく。ウスズミ」
「はい! よろしくお願いしま━━━━ん?」
『班長っていったか今?』と口走り掛けたが、ギリギリで踏み止まる。理由は簡単だ。自分は何も聞いていないからだ。
仮に、仮に『班長』や『部隊長』として編属されるならば当然、形だけだろうが直前だろうがその種の伝達が自分に為されて然るべきなのだ。あの軍曹がそこまでドジだとは自分も思っていない上に、本部からも『班長としての編属』とは伝えられていない。
なんなら、此処にやってきたのは罰であって、罰として送り付ける輩に一部隊の長を務めさせる訳がない。
「ウスズミは上等兵なのだろう。ワタシたちはみんな二等兵だ。二等兵では、班長にはなれない」
トントン拍子に話が進んでいく。どうやら自分の意思は度外視されているようだ。
「いやいやいやちょっと待って欲しい。ってことは此処部隊長というか…指揮官無しで存在してたって事? そんな事ある?え?此処何なの? 何も聞いてないのだが……」
「ウスズミ、情報量が多い」
「多くもなるだろう!というより、そもそも多いんだよ情報量が!」
思わず声を荒げてしまう。比例して声量も。決して怒っている訳では無いのだが、突拍子もない事態に出くわした以上、情報量だって必然的に多くなる。
そんな自分の形相が如何なるものだったのか、彼女は不安げに唇を少しだけ、ぽかんと開けていた。……泣きたくなったのは自分も同じだ。
「━━ハハハッ!!! いやー…安心したわ、堅苦しいヤツじゃ無さそうで良かった良かった。来て早々コントとはよ!」
そして、そんな自分の様相を茶化す声も聞こえてくる。
目配せをすると、褐色の少女と同年代か一歳差程度の背丈・恰幅をした少女が、けたたましく僕に歓迎を浴びせていた。
「別にそういうつもりではない!
…ともかく、編属されたからには色々と教えてもらうぞ。こちとら何一つ分かっちゃいないんだ」
「ウスズミ、まずみんなの名前を教える。座ってほしい」
一方的な進行に、どっと疲れが噴出する。溜息を一つ大きく吐いた後、彼女が用意してくれたであろう席に座る。たったそれだけの事なのに、褐色の彼女は満足げに柔らかな微笑みを浮かべる。
彼女の言葉は何処か拙い所はあるものの、取り入ろうとする様子も丸め込もうという様子もなく、ただ純粋に自分を迎える気概しかなさそうであった。テーブルに足を乗せながら品のない笑いを発していた薄紅色の髪をした彼女も、手を引かれてテーブルの前に連れていかれる。
整列する様子を、自分は眺めている。…たった5人なのにも関わらず、ガヤガヤと統率の文字があるようでないような…見ているだけで『前途多難』の四文字を彷彿とさせる様子を目の当たりにしていると、『班長』として(半ば自動的に)任命された自分の精神的な疲労度が、進行形で溜まっていくようだった。
「せーの…」
「「「「「「ようこそ第はtせうっじょうkふぁnへ!!」」」」」
「(せめて揃えろ)」
もう突っ込んだら負けなのだろうと、静聴に徹する。
「順番に名乗りますね。”リンドウ・ダミア”と申します。此方では主に調教記録等を纏めておりますので、何か不備がありましたら教えてください」
「(そしてそのまま進行するのか…)…はい、よろしくお願いします」
突っ込みを我慢するのは予想以上に大変だが、その直後の物腰の柔らかそうな、かつ几帳面さを感じさせるいかにも年長者といったような言葉に、少しだけ心労が軽くなった気がする。
リンドウという名前に違わず、特徴的な薄い青紫色の髪の毛が照明に照らされている。
「”スオウ・ガエボルグ”だ! これでもスサノオにも居た天才戦士様だからな。ハッキリいってもっと動ける部隊に配属されてぇ! 以上!よろしくな!!」
「(頭弱そうだな…。)…前線向きっていう奴か。よろしく」
先程、自分を茶化してきた少女だ。正直な感想が零れそうになるが、上手く言い直して誤魔化す。…ご満悦な表情をしている当たり、気づいてなさそうだった。
しかし同時に快活な性格に合った明るい紅色を『自分の色だ』と主張するかの如く、髪の毛も瞳も同じ色に輝かせている。
「…”クロガネ・ホーマ”」
「…あ、よろしく」
温度差が酷い。片目の隠れた黒髪の少年は自身の名前以上何も口にしなかった。…決して初対面の人間を性格で差別するわけではないが、対応の悪さは印象の悪さに直結する。
…それにしても”ホーマ”という名前には聞き覚えがあるが…。考えようとしたが、その隣にいる青色が特徴的な少女の視線が痛かった為、そちらを優先する事にした。
「ごめんなさい…。気を使わせてごめんなさい…。”ルリ・ベルトロール”です…。補給部隊だったので調教に使う道具とか此処に宛がわれる予算とか…そういうの管理してます。ごめんなさい…」
「謝りすぎじゃないか…?いや、こっちこそ申し訳ない。よろしく頼む」
性格に難は有りそうだが、真面目なのは間違いないだろう。それはそれとして、彼女に予算等を任せて良いのだろうかと不安になるが…。今は溜飲を下げる事にする。
「”トクサ・アグリース”。それがワタシの名前だ。よろしく頼む。ウスズミ」
「…あぁ、よろしく頼む」
彼女だけは、どうも他のメンバーとは違うように思えてしまう。自分に向ける「ほっ」とした様な、安心を寄せてくる柔らかな微笑みには、一切屈託がない。変に勘繰る必要は無いのにも関わらず、何処かに陰りがあるかのように見えてしまうのは何故なのだろうか。
自己紹介を終えたと分かった瞬間、トクサとスオウ以外の皆は裏側へと戻っていく。…仕事中にわざわざ時間を割いてくれたのだろう。打算で動く者や、派閥などのない、「仲間」を大切にする班だと分かっただけでも収穫だ。
「…班長、か」
9人を見殺しにしてしまった、失格の烙印。
押された先に待っていたのは、再び『指揮官』という立場だった。