3.出会い、始まりて
諸々の手続きの後、自分の置かれた状況を改めて確認する。
まず、自分の階級。『兵長』から『上等兵』へと降格となった。何一つ文句の出てこない処遇だ。死罪が妥当だと思われるのにも関わらず生かして貰っている以上、むしろ温情がありすぎるだろうと勘繰る程だ。
そして自分の編属先について。『第8戦獣調教班』に関しては、兵器の一つである『戦獣』の調教を諸活動とする部隊だと説明を受けた。…此方は逆に、まるでマニュアルでも読んでいるのかと思う程整然とした冷たい言葉だった。
どちらにしても何処か浮き足の立つ、違和感が僕を取り巻いている事に変わりは無い。
「(地下だと…やっぱ少しだけ冷えるな。)」
なんでも、第8戦獣調教班の活動拠点となる基地は地下にあるらしい。冷えた空気の充満する階段に薄暗い明かりを灯し、何とか足元が見える程度の視界の中。細々とした靴音が壁に吸い取られていく。年季の経った石材の壁は煤か鉄粉でくすみ、所々が石灰に溶食されている。
此方に戻って来てやっと世界に身体が順応し始めてきたのか、身体の違和感が徐々に軟化している様に思える。指を動かせばラグもなく指が動く。深呼吸をすれば肺が満たされ、緊張を解す事が出来る。
何より、この窮屈な世界を『そういう世界だ』と、納得し受け入れる事ができ、心の中には余裕が生まれつつあった。
……いや、それでも。だからこそ悪い意味で角の立つ部分もある。この世界は全て『内側』で解決してしまっており、彼方側の世界とは異なり『外界』を必要としていない。
交通機関は地下鉄で事足りており、商品の流通等もこの建物内で殆ど行われている。機械の駆動する環境音はすでに静寂の一部として組み込まれたのか、不思議とそれを『やかましい』とは微塵と思っていない。色々な事が良い意味でも悪い意味でも新鮮であった。
「…考えても見なかったな。この世界に『違和感』を抱くなんて。それ程あの世界が良かった訳でもないのにな」
どうせ誰もいない。自分の独り言は誰の耳に届く事もなく、壁を跳弾して消え失せる。
彼方側の世界も、此処とは別の方向で『違和感』が飽和していた。善悪の価値観や言語は似たり寄ったりではあったが、彼方の世界は『勇気よりも無謀を称賛する』世界だった。
如何に無理を押し通し、それを成し遂げられるか。負荷を徹底的に掛け、その上で出た成果を何よりも至高とする、効率や合理性とは程遠い認識が強かった。
だからこそ、常に不足していた物は『労働力』。酷く当然だった。それさえ手に入るのであれば、元々手元に現存する命が壊れようが関係ない、本末転倒だ。あの世界ではそういった圧力に反抗の牙を示した途端、必要以上の報復も待っていた。
…それでも、この世界とは違って『色』に溢れていた。窓からモノクロしか見えないこの世界とは違い、空を仰げば見える澄んだ空の色は━━
此方の世界には存在しない『青空』は、何よりも尊かった。
「…っと、第8戦獣調教班って此処か」
一見すれば白の蛍光色が目立つ普通の通路なのだが扉の周囲には獣臭さが充満している。独特の薬品臭さも混ざっている当たり、一切合切の空気の清浄されていないという程の悪臭ではないのが救いだった。
秘匿されるような部署なのか、それとも兵器として運用される以上は相応の危険が伴うからなのか。地下にある事を反芻しても、どうしても飲み込むことが出来ない。
……唐突にこの扉の向こうに足を踏み入れる事が億劫になってきた。そんな時に限って、同僚の言葉を思い出してしまう。
”国の暗部だとか、特殊部隊の隠語だとか…。”
「(中で何をやってるのか…一切合切情報が無いのが怖すぎるっ…!!)」
ゴクッと、乾いた唾が器官の膜に張り付いた。もし仮にそれが正しい情報だとするならば、9人の味方を見殺しにした戦犯をそんな特殊な部隊へと配属する筈がない。
悲しきかな、一番納得出来るのは『第8戦獣調教班への編属』という言葉が、軍の隠語で『死罪』を意味する事だ。自身の存在は間違いなく、此処で消却されるだろう。
死ぬかもしれない覚悟をへし折った上で、恐怖を与えて『死』を迎える、蜘蛛の糸がちぎれるというのはこういう事なのだろうか。
全身の感覚を脱力感が支配する。腰が砕け、膝は笑う。乱れた呼吸の末、立つ事すら叶わず誰もいない廊下の壁に凭れ掛かり、顔を膝に埋める。
「…どう殺されんのかな…俺…。無為な拷問の末に晒されるか…人体実験として生かされながら殺されるのかな…。そりゃそうだよ…9人…。9人も見殺しにして…生きてて良いって方が非現実的だ…」
ポジティブ思考なんて、元々柄ではない。順応してきたからこそ、機械人間じゃない自分が露呈する。これは恐らく『宇涼逢丞』の側面だ。此処にきて自然に自分の中に溶け込んだ、自然な恐怖が明確に表れる。
どのように殺されるのか、どのように処されるのか。せめてもの情けで、遺言位は言わせてくれるのだろうか。先は暗闇に侵食されるのにも関わらず、恐怖のあまり顔が紅潮し熱くなる。
涙が流れないのは機械人間と呼ばれる所以なのか、打ち震える中で辛うじて表出するのは冷や汗であった。自身の責が実体を得たかの如く、自分に重く、重くのし掛かってくる。
━━━ガチャッ
……扉が開いた。死の秒読みが遂に始まったのだと、反射的に顔が上がった。
「…こんなところで何してますか。アナタ。」
「…へ?」
自分の表情を覗く様に顔を近づけて来る、褐色肌の小さな子どもの姿が見える。
……彼女が自分の命を奪う処刑人なのだろうか。いや、恐らく違う。暗部であるのならば断定は出来ないが、そもそも「自分を殺す」という殺気が存在しない。
自分は少なくとも分隊長に任命される位には修羅場を潜ってきている筈だ。隠している殺気というか、「らしさ」があれば何となく自分の結末が見えてくる筈なのに、目の前に現れたこの子どもからは、そんなものを微塵も感じさせない。
「何してますか。と、聞いているのです。アナタの名前をワタシは知りません。故に、何をしているかも分からない」
「あ、あぁ…。すまない。ウスズミ・フォルシー。本日付で此方の第8戦獣調教班へと編属されてきた。…階級は上等兵」
何故だか、圧倒されてしまった。簡潔に自己紹介をしてしまった。




