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23.破綻させる者(1)




 鉄と歯車に閉ざされた国が、大きく燃え上がりつつあった。


 廊下には、既にその命を終えた撹乱・撤退行動用囮戦獣『シン』の亡骸と、シンの放出した煙幕の残滓が空気を淀ませている。体力の消耗は必然的に避けられない。身を隠しながらただひたすらに僕達は移動の選択肢を取り続ける。


 管と空間とを繋ぎ合わせ、この国の殆どが一繋がりの構造物で埋め付くされた。だからこそ、この国は『要塞』の名を冠するに至る。故に表層基地内部のデザイン自体は単純というか、単調だった。


 しかし、『構造』となれば別だ。通路の先々に分岐があり、殆どの壁が身を隠す遮蔽物として十二分の価値を持つ。それこそ、手元にある煙幕弾を必要とせず僕達二人が雲隠れをするには十分な環境を成している。



 「………っっ」



 その一角。僕はトクサを降ろし、物陰で漏れる嗚咽を殺す。歯を食い縛らなければ、痺れる痛みで声が漏れそうになる。懐からトクサにも使用した応急キットを慎重に取り出し、まだ少しだけ余裕のあるガーゼに消毒液を浸す。


 これを患部に叩きつければ、絶え間の無い穿つ様な痛みの波が待ち受けているだろうが、傷の一つ取っても命取りだ。……だが、実のところ今の僕の精神では、これしか答えが見当たらないのが正直な話だ。



 「━━━━━ッッああっ……!!!」



 全身に無意識に力が入る。顔にガーゼを宛がうと、案の定想像した痛みが傷口に集約した。等間隔で強く針を刺されているような”ズクズク”とした疼痛が滲み、強く食い縛る歯を一層軋ませる。



 「………やっぱり、血。…いたいのか?」


 「しっ……静かに……」



 歪んだ顔を彼女に向けると、トクサは言葉を止めた。彼女には悪いが、今はその思いやりを無下に落とすしかない。


 一言、二言交わせば、その次の瞬間背後から脳髄を撃ち抜かれるかもしれない。トクサの声は『儚げ』や『憂い』という言葉が合う、それ程にか細いが、何故だかその声は耳に残る。


 それが僕だけに留まる事なのか分からない以上は、これ以上目立つ行動や物音を立てる事を控えるのが、セオリーに沿っているだろう。


 此処まで、命の一切に関わる怪我をしていない事だけは、とにもかくにも強運だと自分に言い聞かせるように暗示を繰り返すと、少しだけ気持ちはマシに思えてくる。



 「…………いたくない。いたくない」



 反響を可能な限り抑えた、か細い声を更に研ぎ澄ましたウィスパーボイスで、まじないのように『痛くない』を繰り返しながら僕の肩を叩くトクサ。不思議と疼痛の等間隔の裏を拍子取る彼女の励ましは、僕の精神面を統一していくようだ。


 きっと、気のせいだ。その励ましの横で、僕はオニビの弾倉(シリンダー)に弾丸を込めているから、落ち着いているだけだ。これ以上、彼女の『不思議さ』を詮索するのを、何故だか今の僕は嫌がっているようだった。


 ━━その嫌悪には、あまり心地良くない確信があった。



 「(気のせいじゃない…。この身体は間違いなく…あの時に『変質』した。)」



 一つ一つの弾丸を見つめる、裏側に走る戦の音の中。妙な確信は、やけに僕の背中を突付いてくる。 振り切るように、少しばかり雑に最後の炸裂榴弾を込め終えると同時にホルスターにオニビを収納する。音が奥へと響かない様に気を遣っていたにも関わらず、耳腔には冷たい鋼がぶつかり合った甲高い音が纏わりついて離れなかった。




 …………だからこそ、気付くことが出来たのだろう。



 「ッッ━━━━!!!」



 僕とトクサの背後。距離は不明。


 けれど確かに感じた、『僕達以外(それ)』の気配。眼球には映らない何かが。


 間違いなく、自分の視界の範囲内に存在している。



 トクサを壁に寄せ、なるべく彼女へと攻撃が届かない様に周囲を警戒する。手にはナイフを握り締め、僕の胸元を中心に構える。


 けれども、言い表しようもない恐怖で目の前が僅かに明滅し始める。過敏な感覚だけが暴走する、『金縛り』に近い間隔が全身を空間に爆着させた。


 根拠や理屈等、今自分の感じている感覚を文字に宛がおうとする事がどうしても出来ない。本来であれば伴う筈の理屈や経緯が欠落し、其処にいる何かが僕達に対して『毒』、あるいは『牙』を差し向けている。


 『現象という事実だけが、ただそこに在る』。



 「(さては此奴(コイツ)かッ…!! 『侵入した』のはッ!!!)」



 剥き出しになった心臓を今、空に晒されている気分だった。


 相も変わらず確証が無いのにも関わらず、僕を取り巻く毒気は『私がやった』と、そう告げているように感覚が叫び続けている。


 暴走した感覚が僕の全てをその一点のみに引き寄せ、狭苦しくなった視界の中、僕は盲目的に毒気の発生源を探っている。


 「(何処だ……何処だッ……何処だッッッ!!!)」





 ふと、明滅が激しくなった、その時だった。




 「━━━━━━ウスズミ、リラックス」



 全てが主観に囚われたとしても、彼女の声はその隙間を縫って、僕を振り向かせた。


 主観だった視点はその一瞬で拡大し、より今居る世界の形をはっきりとさせる。そのお陰で━━━







        ”ビギィィッ”!!



 「はぁぁッ……はぁぁ…ッッ」


 ”へぇ……私の『瞬発力』でも砕けないんだ。そのナイフ。それに私、見えてない筈よね? 中々にタフで鋭いじゃない。”





 ━━首を穿とうとする先端の尖った『爪』を、受け止める事が出来た。変わらず姿が見えずとも、今度はハッキリと”それ”の実体を掴めている。語り掛けてくる声も、呼吸も、少しだけ聞こえた舌なめずりまで、明確になって聴こえてくる。


 声で分かったのは、この惨劇のトリガーを引いたのは女性だという事だった。



 「………目的は何だ……何者なんだ貴様っっ……!!」



 ただ、依然として精神面はガタガタと音を立てている。消失した正気はすぐに戻る事は無い。思った事を自身の中に留めておく事が出来ず、戦色に染まった国に僕の問い掛けが吸い込まれる。



 ”………………ふふっ”



 微笑みが耳を掠めると同時に、僕の身体にのし掛かる重量が、空気に似た『ふわり』とした感覚で、前方へと抜けて出た。途端に、身体が軽くなる。


 『僕に一閃を穿った敵が、僕との間合いを取った』と、取り巻く浮遊感と発生した事象を直結させる事に差程時間は用さなかった。




 「あくまでも私達の日常…食事や排泄と同様に『進軍』を続け、領地を拡大する。


 私達の文化を広め、皆と手を取り合える理想郷を作り出す、そんな愛に繋がれた国。


 ━━━━さて、何処でしょうか?」



 予想通り、それは『女性』の姿をしていた。白色に少しばかりの錆色を混ぜたようなくすんだ長髪以外に目立つ、頬に刻まれた『虎』を彷彿とさせるペイント模様(パターン)。━━姿形だけならば間違いなく人だ。


 …………しかし、間合いおよそ5m程の短い距離。彼女は音もなく、『地面からグラデーションのように』顕出したその現象は、人の生態から掛け離れた異常性を放っていた。




 「答えは簡単━━。進軍都市国家『クレランス』。


 私はその国の将軍であり、英雄。名を、『アニシモ=リオニグレ』」


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