~キオク(2)~
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鏡に写る自分の姿。
ヒトの形をしているそれを、自分だと認識することが出来なかった。身体の中に巡る『何か』が、鏡面に手を付いて『誰?』と問い掛けるワタシを否定している。
「”━━━━━”ちゃん、どうしたの?」
誰かを呼ぶ声が聞こえる。彼女の唱える名前は、脳内で文字の羅列として処理され、自分を呼んでいる事に気が付かなかった。
ワタシは彼女に対してどうやって返せば良いのか。どう反応すれば良いのか。その方法が分からない。分か『れ』ない。考えようとしても、それを諦念が邪魔し続ける。
だからワタシは、ただ困った瞳で首をかしげ、彼女を見つめることしか出来なかった。思考を表出させる為の機能が、ワタシからはごっそり抜け落ちていた。
「うーん…そっか!!そんな時もあるよね!
ねぇねぇ、また『空』のお話、してもいいかな?聞いてくれるの”━━━━━”ちゃんだけなんだ!」
ワタシよりも少し年上だと思われる筈の彼女は、年甲斐もなくはしゃいでワタシの思考を受け流し、お話を続けようとする。それを後ろで『またやってる』と、呆れた表情を浮かべる二人の姿が、ワタシの視界には見える。
何とか個人を識別するだけの回路はワタシにも残っている。お陰で彼女達の名前だけは分かる。
嬉々とした表情でワタシの手を引く彼女が、『トリオン・カーディナル』その後ろにいる二人は『クジャ・ライム』と『サルベント・ディブル』。特にトリオンは、ひっきりなしにワタシに空の話をしてくるお陰で、イヤでも記憶にこびりついた。
ワタシの隣に座り、少し土の色が混ざった様な赤茶けた緋色の瞳を輝かせ、彼女は語り始める。
「空にはね、『星』っていう、キラキラしたのが見えるの!空が真っ暗になる『夜』が訪れた時に、空一杯に広がるんだって!
そう、例えるなら…硝子の粉みたいな!」
爛々と、笑みを浮かべながら空を語るトリオン。彼女はいつも明るく、ワタシに話し掛けてくれる。その時に決まってするのは、『ソラ』というモノの話。
「もうちょっとまともな例え方ってなかったかなー……硝子の粉って………」
『硝子の粉』という例え方に、苦笑いを浮かべるサルベント。
サルベントはとてと強い人だったし、何より優しげな笑みがとても安心できた。このメンバーの中で、一番力仕事をしてくれるし、料理も美味しくアレンジしてくれた。
「まぁまぁ、トリオンらしいじゃん?そっちの方が。
なんかこう、色々と型破りだよねー」
それを凛とした表情で宥めるクジャ。
クジャは仕事が上手くて、ワタシはそれを何度も真似をした。クジャは、イヤな顔せず、何度も教えてくれた。
トリオンの話す空の話は分からなかったけど、ワタシ達は仲間で、トモダチ。それだけはちゃんと『記憶』として落とし込むことが出来た。
存在証明すら曖昧な存在であるワタシと足並みを揃えてくれる三人とも、大好き。大好きな、大事な存在。
大事な、存在だった、のに━━━。
カラダが━━━━━熱く━━━━━━━。
「……………………………………………………」
ワタシは、呆然と立ち尽くす。周囲を見渡す事なく、ただ赤い点滅を繰り返す部屋の、礫と錆びた赤色の混ざった地面の一点を見つめていた。
口の中を反芻したくない。内側には、『何か』の感触が、”ぐにぐに”と感じられたから。
遠くからは『実験は失敗だ』『実験は失敗だ』と、幾度となく矯声が木霊していて、それがワタシの目の前に広がる惨状を指し示していることは分かった。
「………………………ぅあ…………………ぁ………」
言葉を、感情を、手の内で転がす事が出来ない。全てが張り詰めたようで、操作しているというよりもただ振り回されているだけだ。
あの時、一瞬だけ。身体の熱さを、渇きを、強く感じてしまった。枷の外れた、鍵の壊れた、熱い何かがこの場所を駆け巡った。それを、あろうことかワタシは、『主観視点』で覚えている。
残酷なまでに心には平静が広がっている。『その瞬間』を通過した途端、不思議とワタシの中で欠けた箇所か満たされてしまった。……満たされてしまったんだ。
やっとの思いで首をあげ周囲を見渡す。
「ト………………ク…………サ………………」
掠れた声で彼女達の名前を呼んでも、残骸となった皆は
二度と起き上がる事は無かった。




