第六十三話 狂言狂いの王子vs狂言回しの王女 後編(ヴェネットside)
(なっ!? こんの卑怯者おおお! 不意打ちは反則でしょうがあああっ! このこのこのこのぉ!)
観客となった生徒達やガーディは唖然としているが、ウルティアのことはもちろん、何より自分の身体が酷く傷ついたのではないかと感じたヴェネットは、対照的に憤りを見せる。
爆心地から燻る煙で彼女の状態は見えないが、少なくともそれを起こした犯人であるキルティアスは、愉悦に満ちた表情で高らかに笑っている。
「あはーっはっはっはっ! そーれ見たことか! 油断するにも程があるぞ! さっきも言っただろ! 奇襲、不意打ち、何でもあり! 模擬戦だからって気を抜いていたらすぐ死ぬぜぇー!」
感情的になることはあっても丁寧語を崩さず、紳士的に振る舞っていた先程までとは打って変わって、狂気的で語気も強くなり言動に理性を感じられない。
「ウルティアさん!? 大丈夫ですか!? ウルティアさーん!」
「流石は【狂言狂いの狂王子】。すぐに人を騙しやがる」
「普段からちょくちょくこっちの教室にちょっかいかけて来るし、一々態度が気に食わないから面倒だったけど、昨日は一度も来なかったな。まさか今日のこの時を見越してたのか?」
「ものすっごく外面は良いのよね。謙虚に振る舞うし、案外礼儀正しいし。だからこその二枚舌が腹立つわぁ」
「本当は王子なのも嘘なんじゃないかと考えたことあるわ、あたし」
本気で心配するガーディを他所に、ノータス側の生徒達は口々にキルティアスへの悪口を言っている。
魔術学院全体を通して、マギアゼテラの国民を始め国外での評判も概ね良好ではある。だが、数少ない不評な点の大部分は、プアースとノートスの格差という社会問題に起因するいじめの助長だ。
特に現国王キルティア・フォン・マギアゼテラが在位して以降の十数年間、いじめの件数は如実に増加傾向にあり、必ず割を食うのは、そのどちらでもない中間層の環境に当たる生徒達なのだ。
彼ら彼女らが何かしらの被害を被り、それを目撃したプアースの生徒らがノータスの仕業だと喧伝するが、大体の事件においてノータス側の生徒は冤罪であり、むしろプアース側の生徒自ら行っていたという事案が数知れず。無論、あまりの陰湿さに苛立って暴動を起こす生徒もノータス側にいた事もあるが、その場合プアース側の変わり身も素早く、途端に被害者意識になって自分達の潔白を証明する。この応酬が何年も続いているのだ。
そのため、まさに今この場で起こっていることは、長きに渡るいじめ文化の氷山の一角に過ぎない。
(ウルティア! 大丈夫!? 死んじゃいないでしょうね!?)
「それとも何かー? 当たり所が悪くて一発で死んじまったかなー? おいおい冗談はよしてくれよ。この程度でやられるなんて拍子抜けだぜ」
「……ここまで気を使って頂けるなんて、私はつくづく幸せ者ですね」
「何!?」
煙の中から、特に息が上がった様子もない声が聞こえたことで、全力で煽り散らかしていたキルティアスの顔が渋面になる。
やがて煙が晴れて無くなった所には、爆発による火傷どころか塵芥一つ被ってないウルティアが、にこやかな笑顔で立っていた。
「あなたが使った魔法は、パシュタロットの正典に記された爆発魔法【エクスプロード・マイン】ですわよね? 地面を対象にとって、そこを直接爆発させる遠隔攻撃が可能な魔法だと記憶していますわ。ですので私は、ファダニエルの正典の土魔法【ソイル・ウォール】で壁を作り、イゲオルムの正典の支援魔法【エンチャント・ブロック】で強固に変化させることで、爆発から身を守りましたの。あまりにも急を要しましたので、間に合って良かったですわ」
爆発地点から少しだけ前進しながら、ウルティアは淡々と説明する。しかし、彼女の話を聞けば聞くほど、ヴェネット以外の周りの者達は開いた口が塞がらなくなっていた。
それもそのはずで、ウルティアは開始とほぼ同時の爆発魔法に対処するために、土魔法と支援魔法を何も唱えずに連続で発動していたのだ。これが意味することは、思わず数歩後退していたキルティアスが呟いていた。
「お、お前…………な、何故【無詠唱】で魔法が使えるんだ! それは、ノータスのクラスじゃ絶対に習わない……だけじゃない! そもそも、無詠唱魔法が使える奴すらヒュムノスでもひと握り。ましてやエルフが、しかも二つ同時に! 有り得ない……こんなことは……こんな屈辱は絶対に有り得ない!」
いつしか頭を振って目の前の事象を否定し始めるキルティアスだったが、徐に指で空をなぞると、その軌跡に白く小さな光の礫がいくつも残留して十字を描く。
「有り得ないんだぁ!」
そして、叫ぶと同時に腕を振り払うと、光の十字がウルティアに向かって回転しながら差し迫った。
ウルテマの正典の聖魔法【ホーリー・クロス】。
キルティアスもまた、無詠唱で魔法を発動できる才覚の持ち主であった。
しかしウルティアは、それを避ける予備動作をするどころか、逆に真っ向から対峙して、魔本を持って待ち構える。
「エリディブスの正典よ……模倣せよ!」
親指と小指で魔本を開いたまま表紙を上向きにして構えたウルティアの前に、瞬時に薄い膜が出来上がると、それは迫り来るキルティアスの魔法を鏡像のように写し取り、完了と同時に黒と紫の入り交じった光の礫で作られた十字を形成し、即座に発射して寸分の狂いもなく着弾させ、お互いに相殺させることに成功した。
十字の回転する向きまで反転して模倣したこの魔法は、エリディブスの正典の闇魔法【ダーク・ミラージュ】。
「聖魔法には闇魔法を、というのは相性補完としては正しい。これで、合っていますわよね? キルティアスさん」
「ぐぬぬぬ…………!」
魔法は、術者同士の魔力量に差がほとんどない場合、魔法そのものの相性による優劣で勝敗を分けることになる。
十三種ある魔法の中で、ほとんどの魔法の相性関係は複雑怪奇に絡み合っているが、聖魔法と闇魔法の二つのみ、互いが互いに有利な関係が成立している。
「では次は私から────参りますわ!」
ウルティアが攻勢に移り、その場に伏せて地面に手を添える。すると、地面が山なりに盛り上がりながら急速にキルティアスに迫っていく。
土魔法【ソイル・ノック】。
彼女が当たり前のように無詠唱で魔法を唱えていることに、もはや興味すら薄れた彼は、横に飛び退きつつ間髪入れずに短縮詠唱。
「デュダルフォンの雷よ……轟け!」
伸ばした片腕の親指と人差し指、中指の三本を振り下ろし、その指の軌跡の延長線上に当たる位置に落雷を発生させる。
雷魔法【サンダー・フォール】。
しかし、光の速さで降り注ぐはずの魔法は、すんでのところで氷の壁に遮られることとなる。
「ラハブレアの氷よ……我が盾となれ!」
滑らかな曲線を描いた氷の壁が貫かれることはなく、その曲面に沿って伝導され地面を焦がした。
氷魔法【アイシクル・ガード】。
「ちっ、防御が早すぎる!」
「まだまだ、勝負はこれからですわ!」
◇ ◇ ◇
「す、すげぇ……」
二人が戦う様を周りで見ている生徒達の中から、そんな声が上がることに時間はかからなかった。
キルティアスは人格面での評判は悪いが、それでもプアースの上位に相当する魔法の威力・詠唱速度・魔力量を誇る逸材。腐っても魔法の国の王子という肩書きに偽りのない実力者なのだ。
しかし、そのキルティアスと戦うウルティアは、生徒達から見れば全く違う国から来た全く違う人種の女の子であり、王女だろうと留学であれば関係なく在籍するノータスの一生徒でしかない。
そのため、いくら王族同士のいざこざに由来する決闘だからって、魔法初心者がプアースに敵うわけもない。そう思われていた。
戦いが始まるまでは。
「ウルティアさん……だっけ。昨日今日魔法を習ったような初心者が、何であんな……」
「そ、そうだ! 誰かあいつに入れ知恵したんだろ! じゃなきゃあんなに魔法を使いこなせるわけがない! 例えばガーディ先生、あんたとかな!」
「わ、私!?」
プアースの男子生徒が、ガーディを名指しする。
「そ、そうだ! あんたら大人があいつを極端に贔屓して、ノータスじゃ教えない魔法も教えたんだろ! そうじゃなきゃ、あの練度で何発も魔法が詠唱できるわけがない!」
「そうよ! それに何より、彼女がこの国にやって来たのは二日前! 魔法に関する授業を受けたのだってつい昨日のこと! たったの二日よ! それだけであそこまで知識があるなんて信じられない! 何かの間違いよ!」
プアースの別の女子生徒も、ウルティアに対して思うところがあったようだ。
ただ、彼女の言っていることに間違いはない。
昨日のウルティアは、二日前に通された部屋で起床し、部屋に用意されていた教本などの勉強道具一式を持って、アナスタシア学院長の元に早朝訪れていた。そこで担当となるガーディの紹介をしてもらい、今後の予定を軽く話した後、ノータス達が待つ簡易学習室に行き、丸一日みっちりと魔法に関する座学を習っていた。実技は今日が初である。
その間、小休憩や昼休憩、放課後などはあまり外を出歩かず、日中は自分の席で、自室に戻ってからは部屋の机で、魔本と向き合って過ごしていた。
プアースの生徒達とは、教室の階層も違うためウルティアにはまず会わない。そして本人が基本的に廊下にすら出てこないので、様子を見るには自分から簡易学習室にまで降りてこないと知る由もない。そのため、女子生徒の言っていることは憶測でしかないのだが、根拠となる部分が時間しかないため、あまり踏み込んだ発言とはなっていない。
「ちょっと皆さん、落ち着いて下さい! 私をはじめ学院の先生方は、あなた達生徒の一人一人を大切に考えてますが、かといって誰か一人を特別扱いしたりはしません。皆最初は同じで、同じ魔法初心者です。そこには種族も年齢も関係ありません。ウルティアさんに嫉妬するくらい羨ましいと思えているなら、それは彼女の努力の成果と、あなた達の怠慢でしかないです!」
「は、はぁ!?」
(ワーオ、中々に思い切ったことを言う先生ね。びっくりしたぁ)
名指しで話題に挙げられたガーディだったが、逆に彼女に言い返されてしまったプアースの生徒達は、二の足を踏んで次の言葉が出てこない。
「ナプリアレスの正典より。汝、その毒を欲するならば、散布せよ! 【ヴェノム・パドル】!」
その時、咄嗟に行動を起こした者がノータス側にいた。レメリーだ。
彼女は地面に手を添えつつ、もう片方の手で魔本を開き、静かに、しかし語気の強い声で魔法を唱えた。
するとプアースとノータスを分けるようにして水溜まりができ、現れた濃い紫色の液体からは異臭が立ち込めている。だが、微弱な風がその匂いをプアース側に流しているのか、ノータス側には来ていない。
「うぇえええっ! くっせぇええええっ!」
「なんなのよもぉおおおおおおっ!」
その匂いを吸い込んだ生徒達は、悶え苦しむようにして地面に倒れ込んでいる。
「私、ウルティアさんと同室なんだけど……あの子、とにかく魔本を読み込んでいるの。たった三冊の教本しかないのに、丸一日読みふけっているのよ。元々夜型の感覚だからずーっと観察してたんだけど、寝る間も惜しんでずっと読んでるの。おかげでむしろこっちが眠くて……ふわぁ」
徐に立ち上がったレメリーは、垂れた前髪の隙間から覗く目を光らせて、プアースの生徒達を見つめる。
「何が言いたいかっていうとね、あの子はただひたすら努力していたの。周りはヒュムノス、自分はエルフ。皆は魔法が当たり前の生活にいた中で、彼女は初めて触れる。そんな状況なの。だから周りに追いつくために、ずっと魔本を読んでいた子なのよ。そんなことも知らない癖に、憶測で非難しないでよ!」
「だからっていきなり毒魔法はねぇだろ! この学院において対人では使っちゃいけない決まりだろうが! 忘れたのかよ!」
「……あくまで牽制だろう。こうでもしないと、この場でただ一人の教師に向かって先手を出していたのは、貴様らの方ではないか?」
レメリーの行動に補足を加えたのは、腕を組んで決闘の様子を見ているイーハだった。視線はウルティアとキルティアスの方だが、言動の矛先はプアースの生徒達である。
「俺は教室での彼女しか知らん。だが、積極的に魔法の知識を習得しようという心掛けは、挙手の頻度や授業への集中力から見て取れる。それにだ。今正に貴様らの中の最上位の実力を持つ者を相手取っているというのに、あのような楽しんだ表情が貴様らにはできるのか? 俺には無理だが」
「くっ……」
イーハの言葉に対しプアースの生徒達は反論できず、苦虫を噛み潰したように悔しがっている。
ようやく緊張感漂う空気が落ち着いた気がして、ガーディは胸を撫で下ろした。
◇ ◇ ◇
「ハァ……ハァ……すごいですね……流石はプアースの頂点……」
「ゼェ……ゼェ……てめぇもな……魔力底なしかよ、全然通らねぇ……」
ウルティアとキルティアスは、お互いに息を切らしており、汗も多く流している。
魔法の撃ち合いが乱発し、攻撃しては防御するか避けるか打ち消すかの繰り返しで、魔力をどんどん削り合っていた決闘だったが、いよいよ終わりが見えてきていた。
制服の上から時折怪我も負っているが、エメトセルクの正典の生命魔法によって治癒しているため互いに無傷。しかし、服に着いた裂け目自体は治らない。
「参った。俺の負けだ……認めるよ、強いなお前」
「……素直に受け取って大丈夫ですね?」
「んだよ疑うのか? ほら、握手でもしてやんよ」
そう言ってキルティアスが差し出した手を、ウルティアは一瞬躊躇うが、少し頬を緩ませながら掴もうとした。
その時、
「はい、油断大敵どうも!」
突如、ウルティアの身体が横に吹き飛んだ。
防御は間に合っておらず、受け身すら取れないまま地面に転がってしまう。
何が起きたのかは、少し遅れて理解が追いついた。
魔法。それも強力な風の魔法である。
だが、どうやらそれを巻き起こしたのはキルティアスではないようで、彼は突然の出来事に理解が追いついていないようだ。
ガーディが張った天体魔法は解除されている。そのため、これを行ったのは第三者。では一体誰の仕業なのか。
ウルティアがそこまで思い至った時、キルティアスの背後に見知らぬ人物が立っていた。
「おお我が息子よ。怪我はないか?」
彼を息子と呼ぶその人物の登場で、練習場の空気は一段と冷え切ったものとなった。




