5thステージ24:修復
魔法も使えない今となっては、歩いていくしかない。
この場所から、俺がジンライたちと仲良く暮らしていた家までは、ざっと40km。
フルマラソンよりは、数は少ないけど……流石に遠いな……。
この広大な魔法の世界では、野蛮なモンスターや、盗賊なんかが居るのが当たり前な世界ーーーそんな、ところに生身の人間が……魔法も使えぬ人間が普通に歩いていくなど、自殺行為にも程がある。
だが、それでも俺は家へと向かった。
自殺行為にも程がある状態でも、俺はーーー。
「お?珍しいね、こんなところに人間がいるなんて」
聞き覚えのある声だった。
懐かしくて、思わず涙が出てしまいそうなこの声……それは、現光の大魔導士ボルの声だった。
後ろを振り向くと、そこに確かに居た。
もふもふした毛並みに、少し怖さもある容姿の虎獣人ボルが、俺の後ろに立っていた。
「ボル……」
俺は思わず抱きつきたくなり、勢いよくボルの元へと駆け寄るが、彼の放った一言が、俺の歩みを唐突に止めた。
「ん?あれ?なんで俺の名前を?」
「えっ?ボル、俺だよ。分からないの?」
「んん?というか、初対面だよな?俺たち……」
「‼」
初対面……ボル?
どうしちまったんだ?
「ボル?俺だよ?■■だよ?……あれ?」
今俺何て言った?
「俺の名前は■■■■……?」
あれ?
なんで、自分の名前が言えないんだ?
「■■■■‼……あれ?え?自分の名前が言えない……」
「???」
「ボル……俺は■■……うぅ……」
「名前が言えないとは……それは辛いな。他には、なにかないのか?俺とお前が知り合いだという証明……」
「ボル……本当に俺のこと……分からないんだね」
そういって俺は彼に別れを告げて去ろうとした。
もう、親友には俺の存在は透明になりすぎていた。
なにより、俺の存在は名前さえも言えないほどに、この世界では綺麗に消されてしまっている。
記憶を司る悪魔マクスウェル……きっと、あいつの仕業だろう。
大方、俺がもしもこの世界へと自力で戻ってきた時の応急処置として、この世界での俺の居場所を無くしたわけだ。
そうすれば、俺は行き場を失うから自分の手元に戻ってくると……そう思ったに違いない。
「ぬけぬけとそんなことしてやらねーよーだ……さてと、じゃあ……」
「おい、待て」
「ん?どうしたんだい、ボル?」
やや息を荒げながら、ボルは俺の肩に手を置く。
そして、次の瞬間そのまま地面に押し倒してきた。
すごい力&重さもあるので、簡単に振りほどけない。
というか、ライにもこれ、前にやられたんだけど……兄弟って似るものなんだな……とか思ったけど、この状況は危険だ。
「はぁ……はぁ……」
「ちょっと、ボル?退いてくれるかな?」
「はぁ……はぁ……」
「ボル?顔が近いんだけど……」
「はぁ……はぁ……」
「近い、近い、近い、近い‼」
「この匂い……」
「???」
「この匂い……俺は覚えてる……名前は分からないけど、初対面のはずだけど……俺の鼻は……俺の頭は……この匂いを覚えてる……」
「ボル?」
と、俺の顔にポロポロと涙が落ちてくる。
大粒の涙……それは、悲しみの涙というより、嬉しさからくる暖かい涙のようだ。
「■■……■■……なんで、言えないんだろうね……大切な友達の名前を……」
「ボル……」
「ごめんね……■■……。■■の記憶や、■■の思い出はどうやら失われてしまったみたいなんだ……そして、■■という言葉も……」
「だね……でも、ボルは思い出してくれたんでしょ?」
「うん……思い出せたよ……俺の大好きな親友の事を……■■……ああ……会いたかったよ」
「うん、それは分かったから……早く馬乗りになってるこの態勢やめろ‼」
ボルは涙を流しながら笑っていた。
本当に嬉しそうに……初めて心を開いてくれた、あの浜辺の時のように。
素直で純粋な、優しい笑顔に俺は思わず笑っていた。
だけど、この状況だけはなんとかしてくれぇぇぇぇ‼




