5thステージ20:無像の親
■■……そう呼んでいた人物。
今では思い出すことが出来ない……。
なぜだ?
なぜ、唐突に思い出すことも、語ることも叶わなくなるのだ?
この原因を探るため、時の監視者ディルは、時空間図書館へと向かった。
■■に何が起こったのか……そして、誰がその■■の記憶を奪ったのか。
彼女は、確かめに行ったのだ。
一方、俺はといえば【戒めの呪い】にて魔法を完全に封印されてしまっているため、調べたくても出掛けられないし、監禁されているため、外にすら出ることを許されない。
「■■ママの行方……あれ?冥界で捕らわれてるんだったよね?」
「う?うん……たぶん、そうじゃねーかな?」
ずいぶん曖昧な会話だな。
ヤバイ……■■ママについての記憶が消えていく。
薄れゆく思い出……消えゆく楽しい一時。
「いやだ……いやだ‼■■の記憶が消えてく‼」
「■■の記憶が無くなると……俺たちはどうなるんだ?」
不意にライパパの放ったこの言葉が、俺たちにとって恐ろしいことだと悟った。
■■ママの記憶が無くなるということ……それは、俺たちの関係の軸になっている繋ぎ目が剥がれ落ちてしまうこと。
すなわち、俺たちのこの仲良しこよし状態が消え去るということだ。
例えばライパパならば、元の態度の悪い兄を憎む虎獣人に戻り、ボル伯父さんならば、元の暗黒賢者へと戻り、世界を壊す。
彼らがこうして、穏やかに仲良くしていられるのは、天野翔琉の干渉があったからこそだ。故に、■■ママの記憶……そして、人物の喪失というのは、彼らのこの幸せが苦痛に移項する時と言えよう。
無論俺も同様だ。
■■ママの記憶が、人物が居なければ俺は生まれなかった。
すなわち、俺は消えてしまうかもしれないってことだ。
「ライパパ……」
「ジンライ……」
初めて、父親に対して自身の弱さを見せたかもしれない。
普段なら、■■ママが居たからそちらへと流れていっていたからな……。
親子、そして伯父のいるこの空間は、俺にとっては今最も安心できる空間だったのかもしれない。
同じ種族の者同士……今、この場では分かり合えていたと思うんだ。
だけど、その終わりは突然来た。
何の予兆も無く……俺たちの中から、■■の記憶は消え去ったのだ。
もう、誰だったのか……いや、存在していたことも思い出すことが叶わない■■。
その結果として俺は消滅はしなかった。
ライパパも、ボル伯父さんも、元の悪い状態に戻ることは無かった。
だけど、その代わり俺たちの心には大きな穴が開いてしまった。
深い深い、何かが埋まっていたはずの心。
いったいなんなのか……もう思い出すことが出来ないのだったーーー。
「ヨルヤ様のご指示通り……地上から、天野翔琉の事を消したぜっと……」
四大冥界鬼族の1人……記憶を司る悪魔マクスウェルは、オールドアがかつて保管されていた塔の上から、神のように下界を眺めていた。
マクスウェルには、固有の能力がある。
その名も【調整】ーーー記憶に関する事象を、自由自在に操れるというのが、この能力の特徴だ。
事象……それは、下手をすれば、概念として処理される場合もあるほどだ。
故に、この能力にはいくつかの制限が存在する。
その秘密を知ることができれば、マクスウェルを倒すことなど、その辺の蟻にでも出来るかもしれない。
彼の能力の秘密を解くことは、即ちマクスウェルの敗北を自動で決定付ける事に他ならないのだが、ジンライたちはその事を知らない。
だからこそ、彼らの愛しい者の記憶を奪われ、心に穴が開いたのだろう……。




