4thステージ58:愛する女
「なるほど……そう言うわけだったのね……」
俺が語った、天野狼牙の物語ーーー苦痛の選択と、記憶を失う恐怖……それがリュウには理解してくれたようで、深く彼女は頷いていた。
自分に酷いことをしたのは、天野蘚琉……彼はなにも悪くない。だけど、自身に刃を突き立てた肉体は目の前にいる天野狼牙という、若干複雑な状態になってしまっているが、それでもリュウはにこりと笑って。
「うん、許す!」
と、言い切った。
実に凛々しく、カッコいい……そう俺は思った。
やっぱりリュウは、カッコいい。
こういうあっさりしてる女性は、俺は好きだ。見ていて、清々しいし、なにより安心できる。
「ーーーところで、狼牙くん……俺とキャラ被ってるよね?」
そういって、何故かジンライは対抗心をむき出しにしている。こういう女性は俺は苦手だな……嫉妬心強いって、時として恐ろしいことするからさ。
「え?いや、そんなことないですよ……たぶん」
「いやいや、だって、産み出されて、天野家の人間に育てられて、そんでその育ててくれた人を愛してて、獣の耳生やしてて、なんて……キャラパクりじゃん!」
「ジンライ落ち着けって!」
そういって、グダグダ文句を言う愚息は、父親によって、連行されていくのだった。
「ははっ、なんかごめんね……根はいいやつだから」
「……」
「そんなに気にしなくていいから」
「あ、すみません。ちょっと、蘚琉お姉ちゃんのこと考えていて……」
「それなんだけど……かつて、天野蘚琉に投与された、斬神夜弥の作った試作のワクチン……あれは、不老不死を解除するものではなくて、精神を破壊する薬だった」
「あの野郎……散々お姉ちゃんを実験道具に利用しやがって……」
「だけど、その薬……彼女から不死の能力の一部を奪っていた……だから、彼女はそれを補おうと【捕食】の能力に目覚めた……全ては、防衛本能のために……」
「……」
「彼女を助けたいかい?」
「え?助けられるの?」
狼牙はその言葉に食いついてきた。いや、希望を持ったようで、先程からの暗い表情が少しだけ明るくなったように見える。
俺はにこりと笑い、こくりと頷いた。
その瞬間、天野狼牙からは、大粒の涙がこぼれ落ちた。そして、生まれたての赤子のように、彼は大声で泣いた。
愛する女性が元に戻るーーー長い年月、深い深い精神の奥すみの本来の記憶を持つ心は、そのパラノイアと呼ばれる獣の行動に罪悪感を持っていた。
無関係の者を巻き込み、エネルギーを無作為に奪い、世界をまるごと食らっていたーーーそんな罪に、彼は必死に耐えながら愛する女性が元に戻ることを待っていた。
それが、ようやく叶うのだーーー長い長い道のりを越えて、ようやく悲願が叶う。
彼にとって、こんなにも嬉しいことはない。
俺は泣いている彼の頭をそっと撫でた。
優しく、優しく……。
彼が泣き止むまで……ずっと。




