4thステージ50:懐柔されし者
風がたなびく草原ーーー否、墓というべきか。
創始神墓地ーーー始まりの神が埋葬された場所として語り継がれているこの地。
そもそも、なぜこんなところにいるのだろうか?
先程までの黒い空間から出たものはいいけど、いったいなんなんだよこの状況。
「さっきの黒い空間は、空間魔法ってことか?でも、なんでここなんだ?」
初めてディルに出会った場所にして、初めてこの世界へと降り立った場所だ。思えば、俺の全ての始まりはあの爆発事故だったな。悪いときのロギウスの策略……まあ、邪神アマギの手のひらで踊らされていた傀儡の一人にすぎない時の話だけど。
「おーい!アマデウス!レネン!ディル!ヒョウ!エン!エン嫁!ライ弟子!ライ!ジンライ!」
俺は辺りに向かって仲間たちの名を呼び続けた。だが、返ってくるのは自分の声のやまびこだった。
山々に反響したからやまびこなのだが、この辺で山と云えば、野原の中央にある湖の上に浮かぶピラミッドくらいなものだが。
ピラミッド……古代エジプト文明の王家が代々、自身の威厳を表す象徴として作られた巨大な墓のことだ。未だに謎が多い、ピラミッド。内部構造の複雑さ、そして侵入者用の考えられた惨い罠の数々ーーーまあ、これらの他にもまだまだ謎があるのだが、今考えるのはこのピラミッドについてより……あの強敵にどうやって立ち向かうか……それを考えるべきだな。
「あー、でも喉乾いた……湖の水少し飲むか?……まあ、煮沸すれば大丈夫だろう」
そういって、俺は湖の水面に顔を近づけた。すると湖底から手が出てきた。驚いたのも束の間……俺はその手によって、湖に引きずり込まれたのだったーーー。
水中で息が……できる?
はっ、となって周りを見ると、辺りは草原では無くなり、生物を寄せ付けない土地へ……そして、上空のピラミッドが逆三角形になっている。だが、それより気になるのは、辺り一面に張り巡らされた荊と、赤く淀む湖の水面だった。
「ここは……どこだ?」
「ここは、あなたのいた世界とは逆の世界よ」
唐突に後ろから声がして振り向くと、そこには胸に穴の空いた女性がたっていた。神々しい……のだが、痛々しいーーーそんな雰囲気だった。
「あなたは誰ですか?」
「おやおや……お前、あの小娘の仲間じゃないのかい?」
「小娘?天野蘚琉か?」
「いやいや、確か……水の魔法を操っていたなーーー名前は確か、リュウ」
「リュウ?彼女がここに?」
「ええ……まあ、それは1ヶ月以上前の話だけどね……」
「1ヶ月!?じゃあ、1ヶ月前から、パラノイアは……」
「いいえ、あなたが帰ってきたときは、あの小娘が逃げてから数時間後ぐらいだったはずよ……私が言っているのは、お前ーーーいや、天野翔琉が闇の空間に閉じ込められてからってことよ」
「!? なぜ、そのことを!」
俺の中の危険信号がアラームを鳴らしている。この女……何者なんだ?
「あー、自己紹介がまだだったわねーーー私は始まりの神と呼ばれた女……名前は無いわね……」
「あなたが、始まりの神……この世界すべてを悪魔と共に生み出した、元天使……」
「あら、よくご存じね……流石は、ヨルヤ・ノクターンが興味を持った人間……とだけ、言っておこうかしら?」
「ヨルヤ……ノクターン?」
確か、悪魔の名前がそうだったがーーー俺に興味がある?ってどういうことだ?
「まあ、そんなこと今のあなたには関係ないわねーーーどうせ、次の物語で語られるだろうから……」
「メタキャラなのな……あなた……」
「当然よ?なんと言っても、世界を生み出した神様ですからね」
えっへん!と、言わんばかりに自慢気に彼女は言った。どや顔が若干うざったいが、まあ敢えて口に出して言うものでもないので、言わないでおこう。言ったら言ったで、面倒なことになりそうな予感がするしーーー。
「それでーーーそんな、神様が、なぜ俺を湖に引きずり込んだんですか?」
「は?あなたを助けるために決まってるじゃない」
「え?それはどういうーーー」
ことなんですか?と聞く、まさにその時ーーー赤く淀んでいた湖の水は、突如として外界の様子を投影する。
湖の畔を歩いている2つの影ーーーそれは、ディルとエンだった。
「あ!ディルに、エン……無事だったんだ!」
「いいえ……違うわよーーーあれは確かに、あなたの仲間ではあるけど、あなたの仲間ではない……」
「はあ?何を訳がわからないことをーーーとにかく、合流しなきゃ!」
「荊……捕らえよ」
俺が湖に向かって飛び込むより先に、始まりの神は俺を拘束した。この荊……棘が痛い上に、魔法を吸いとってやがる。これじゃあ、燃費が今最悪な神魔法はおろか、他の魔法も使えないじゃないか。まあ、とかげとかみたいに部位を切り落とせば抜け出せるんだろうけどーーー。
「なにするんですか!」
「ふぅ……危ない危ない……感謝しなさいよ、天野翔琉……あなたが今思ってるほど、外は平和でもなければ幸せでもないのよ!」
「それってどういう……‼」
外界に見える湖ーーーそこには、俺の影が投影されていた。そして、その影は俺のまさしく影武者となって、外界……つまりは、表側の世界にいた。
だが、出現したのも束の間……その影武者は無惨に殺された。それを実行したのは、俺の愛しい仲間であるはずのディルとエンだった。
「‼」
「ね?これで分かった?今のあの世界は……いや、ここ以外の全世界は、ひとりの女の手に落ちた……全世界で、あの女から逃げ切れているのは、私を含めてたったの5人だけ……2人は裏の世界、3人は時空を操る魔女が保管していた図書館……そこにしか、もう……あの女ーーー天野蘚琉の記憶操作から逃れている生物は存在しない」
「記憶操作?」
「あの女の能力【捕食】を応用した技よ。全ての生物から、記憶を食らいつくし、そこに新しい記憶を植え付けて、自分に従順な家来を作るーーー記憶を根底からいじられている以上、逆らいもしなければ、不思議にも思わないーーー言わば、究極の洗脳ともいえるかしらねーーー」
「究極の洗脳……また、洗脳かよ……洗脳好きだな、この世界ーーーえっと、生き残ってるのがあなたと、俺とーーー図書館の3人って誰だ?」
「図書館の3人は、一人はあなたの子ども、一人はあなたを愛する虎(弟)、一人はーーーあの小娘よ」
ジンライに、ライ……そして、リュウはどうにか無事みたいだなーーーあれ?
「そうだ!闇に飲み込まれてしまった、アマデウスとレネンは?!それに他のみんなは……」
「ふふっ」
軽く笑う彼女は、俺の口元を指でチャックをした。そして、彼女は湖に向かって指を鳴らすと、水面にあの女……天野蘚琉と、そこでひれ伏し、懐柔される仲間たちが映し出された。まるで、動物のように扱われている俺の大切な仲間たちーーーあるものは、鞭でぶたれ、あるものは、網に捕らえられ、あるものは首輪を付けられーーーそして、いたぶられている。
「‼」
「天野蘚琉……自称、全世界の王は、あなたの取り巻きが気に食わないみたいね……だからこそ、あなたの仲間には酷く当たり、あなたの仲間はより強く記憶をいじったーーーだから、あの子達には、あなたに対する愛情は、今となっては単なる憎しみにへと変えられてしまったーーーそれが、彼女の目的。あなたを絶望させて、殺すーーーそれが、彼女の狙いなのよ」
俺は驚愕した。なぜこの女、ここまでして俺を殺そうとするんだ?
いや、殺すなら俺を殺せばいいーーー関係ないやつらを巻き込むなよ。




