第三話の一 近場の村
ようやくヒロインの少女が、自分の名前を名乗ります。
でも、ユウとレイは会話で呼び合ってたせいもあり自分から名乗ってません。昔の人は貴族や王族などの一定以上の地位にある人しか名字がなかったのを知識として知っていた為、警戒してわざと名乗らなかった訳です。そのくだりを書こうとすると長くなりそうだったので会話だけでサラッと流してます。
少女は、何となくの雰囲気で目が覚めた。
少しひんやりした空気が少女の頬をなで、半ばまで眠気を運び去っていく。
「・・・・・・んむ~~」
手の甲で瞼を軽く擦りながら、少女は上半身を起こす。
そして、何気なく昨日焚き火をした辺りに視線を動かすと、人が二人座っているのが見えた。
ユウとレイだ。
ユウは昨晩と同じように火を起こしてお湯を沸かしており、レイは縮こまって何やらごそごそやっていた。
「・・・・・・・・お主達、お早う」
「ん・・・・お早う」
「起きたか、お嬢ちゃん。お早うさん。ちゃんと寝れたか?」
「うむ。昨日の晩御飯のせいか、『えあこん』とかいう魔法のせいかは知らぬが、身体が冷えずによく寝れたぞ」
「そら、良かったわ。お嬢ちゃんしかこの辺りの地理に明るくないから、元気でいてくれないとこっちが困るしな」
「レイ、何か現金な奴っぽく聞こえるから、『風邪引かなくて良かった』とか『寝心地悪くて寝られなかったって事はないか?』って、素直に聞きゃあいいのに」
「いいじゃんかよ。ちょっとひねて言ってみたいお年頃だし・・・・」
「レイ、お前は俺と同い年だろ!」
「いいじゃん。俺はいつも、背伸びしたがる年頃の心を忘れない、純情ボーイの少年だから」
「心はジジイだって、いつも言ってる奴が、何言ってんだよ」
「あ~あ~☆聞こえな~~い」
「答えてんだから、聞こえてんだろう!」
「ぷっ・・・・」
ユウとレイが作業をしながら交わしている会話を聞いていた少女が、急に小さく吹き出す。
「どうした、お嬢ちゃん?」
「いや、笑って済まない。ただ、お主達のかけ合ってる会話で、よく意味が分からぬ言葉もあるが、会話の中で矛盾点を突かれてごまかす所とごまかせてない事を指摘する所が面白くての」
「そうなのか?・・・・レイは、ウケた事についてどうよ?」
「まぁ、正直、こんなんでウケるとは思わなかったが・・・・面白いと感じてくれたんだったら、いいんじゃない?多少でもウケてくれて、よかったじゃん」
「いや、何と言うか・・・・そんな程度でウケるモンなのか?」
「・・・・どういう事じゃ?」
「いや、普通に会話してただけで、何処にウケる要素があったのか、皆目分からない」
「一応、面白かった所は、今言ったぞ」
「そうだけど・・・・いつもレイと会話してる話の流れだから、別段面白味があるとは思わないんだけどな?」
「まぁ、俺らが別段、何とも思ってない事でも、他人には面白いって感じる事もあるってこった」
「そういうもんなのか?レイが言うなら、そうなんだろうけど・・・・」
「そういうもんだ。だから『お笑い』ってのは、難しいんだ」
「まぁ確かに、初対面の相手とかには笑いのツボが何処か分からないから、意図的にウケを狙っていくのは難しいな。気心とか笑いのツボが知れてる相手だと簡単なんだけど・・・・」
「ま、その辺りは、時間をかけてボチボチ探っていきゃいいんじゃね?特に、急ぐような用事がある訳じゃ無いんだからさ。気長にいこうよ」
「そうだな・・・・って、そんなに長期間、ずっとココに居る気かい!」
「今んトコ、還れる宛てがある訳でなし。長期滞在の可能性・・・・最悪、永住の可能性も考慮して、衣食住の環境を確保する必要を感じているだけだ」
「いやまぁ、そうかも知んないけど・・・・まだやりかけのゲームとか、読みかけのマンガとか小説とか、続きが見たいTV番組とか、気になるモンが一杯あんだけど」
「そっちかよ!気にしてんのは・・・・親とか友達関係とか、他に気にするモンがあんだろうに」
「ホンの、ジョークです・・・・でもなぁ、父親の方は、向こう数年は遺跡の発掘とかで未開拓地行ってるから連絡取れないし、友人関係はレイが居るからなぁ・・・・優先的に気にする必要を感じないんだけど」
「まぁ、お互い彼女も居ないような、寂しい学生生活送ってたしなぁ。いいとこ、出席日数とか位か?心配すんのは・・・・」
「当面はこっちに居るしかないから、衣食住の確保とか『お笑い』の研究とかの必要性があるってのは分かる」
「まぁ、何にせよ、案内して貰いついでにお嬢ちゃんを家に連れてってからの話だな」
「そうだな」
「・・・・お主達は、珍しいのぅ。道化の者でもないのに、人を笑わせる事を考えるのは」
「そうかい?別に、珍しくないと思うけどな、お嬢ちゃん」
「いや、道化師や喜劇役者でもない限り、自分から笑われようという人間は、普通いないぞ」
「俺達にとって『会話の中にネタを仕込んで、如何にウケを狙うか』って言うのは、自然の事なんだがな。だよな?レイ?」
「まぁ、少数派の考え方ではある自覚はあるけどな。ただなぁ、お嬢ちゃん、たまにはそういう少数派の考えの人間もいるって覚えとけ。もしかしたら、将来役に立つかも知れん」
「『もしかしたら』と言う所に、そこはかとない自虐を感じるが・・・・あい分かった。お主がそう言うならば、そうなのであろう」
「そう言う事だ、お嬢ちゃん・・・・さて、話は変わるが、そろそろこっちに来て腰掛けとけ。朝御飯にするぞ」
「朝食か?・・・・分かった」
レイの言葉に答えてから、少女は起き上がって流れるよな歩みでユウとレイの近くまで行くと、昨夜座った場所に腰を下ろす。
「ふむ・・・・昨日とはまた違った形の紙鍋じゃのう?端っこに注ぎ口のような、少し飛び出た部分があるが、何か意味があるのか?」
「よく気付いたな、お嬢ちゃん。新しく作った紙鍋だ。それと、意味があるか云々についてはまぁ、実際に見てのお楽しみだ。さて、と・・・・」
レイは昨日の紙鍋をほぐしたらしき、折り目の付いた紙をおもむろに手に取り、もう片方の手でペンらしき物を握る。黒く、何やら文字らしき物が書かれた円筒形の細長い代物だった。
「あいにく、早描き術の一つの『天国の扉』は習得してないから、めっさ速攻で描き上げるって訳にはいかないけど・・・・」
レイはそう言うと、『ズギューーーーン!』とか『ズアァァァァッ!』といった擬音が似合う勢いでペンを動かし、斬り殴る感じで紙に何事かを描いていく。
「・・・・・・おし!終~了~☆後はコレをこうして、こうやって、こう!」
ペンを懐にしまって、紙に新たな折り目を付けてからパッと描き込んだ紙を半分程開くレイ。
すると、紙から鳥の囀りと周りの雰囲気を壊さない程度の音量で音楽が流れ始める。
曲目は不明だが、よく学校の給食時間にかかるような静かでゆったりとした音楽だった。
「な、何じゃ?紙から音楽が!しかも、小鳥の囀り付きで!」
「これが、『練習帳』の機能だ。食事の時間が、少しは和やかになるだろ?」
「しかも、ほんのかすかに若葉の香り漂うそよ風が心地良く吹き出しておるぞ!」
「ふっふっふ・・・・ちょっと、いい感じだろ?」
「というか、レイ。お前、演出効果も描けるのかよ?」
「いいトコ、このレベルだけどな」
「いや、できるだけで凄いって!やっぱ、レイはMoeE使目指せるんじゃないか?」
「『練習帳』程度だからできるだけで、Moe使みたいな芸当は無理だって。コツさえ掴めりゃ、カタチを事細かに思い描かないで済む分、エフェクトの方が楽だよ」
「そうなのか、レイ?普通は、そっちの方が難しいはずなんだけど?」
「そうだよ」
「そうか・・・・レイが言うなら、そうなんだろうな」
「お主達、会話して勝手に納得してるでない。私にも分かるように説明してくれぬか?」
「説明も何も、見たまんまだよ、お嬢ちゃん。『練習帳』の紙を媒体にして、そよ風と音楽を貴方にお届けってやっただけだけど」
「いや、そうでなくてな・・・・今のだけで聞きたい事がたくさんできて、どれから聞いて良いものか・・・・」
「取り敢えず、さきにメシにしようよ、お嬢ちゃん」
「しかしだな(くぅ~・・・・←お腹の鳴った音)・・・・・・・・そうじゃな、お主の言う通りかも知れん」
少女のお腹が可愛く鳴ったところで、この場にいる全員が朝御飯にしようという雰囲気になる。
レイは傍らに置いたマイバッグに手を入れて、何やらもぞもぞと容器のような物を取り出す。
「・・・・非常食だが、食事を手早く済ますにはもってこいの物だ」
レイの取り出した物・・・それは、白地(?)にオレンジ色の縞模様が入り、茶色と黒で何やら文字らしきモノが書かれた密閉容器だった。
それが三つ、それぞれに透明な薄膜に包まれた状態で地面に置かれる。
「ユウ、お湯の方は?」
「おう、良い感じの沸騰具合だ」
「了解☆」
レイは地面に置かれた容器を包んでいる膜(注:透明フィルムの事です)をピリピリ剥がし、密閉容器の蓋部分をペリペリと半ばまで剥がしていく。
ちなみに紙のように薄い蓋の裏側は、銀色をしていた。
少女が首を伸ばして容器の中を覗いてみると、何やらオレンジ色のもじゃもじゃした塊と、所々緑色の混じった黄色い塊がチラリと見えた。
「のう?これは一体、何と言う食べ物じゃ?」
「質問は後だ、お嬢ちゃん。今から気が抜けない作業をするからな」
「・・・・そうか」
ユウとレイが二人がかりで、慎重に紙鍋を持ち上げていく。
少女が雰囲気にあてられて無言になる位、二人の表情は真剣そのものだった。
「・・・・・・・・ユウ」
「おう」
慎重に無言でゆっくりとお湯の重みで底が少したわんだ紙鍋を容器の近くまで運んだ二人は、今度は手早く紙鍋を傾けて容器の中にお湯を注いでいく。
少女は、紙鍋の注ぎ口のような出っ張りは、お湯を容器に注ぐ為のものだと理解した。
三つの容器にお湯を入れ終わると、紙鍋の中のお湯はほぼ空だった。
「よし、終わった!ユウ、お疲れ☆」
紙鍋を地面に置いて素早く容器の蓋を軽く閉じながら、レイはユウの労をねぎらう。
「あぁ・・・・しかし、運ぶのに不安定な紙鍋でお湯を注ぐのは、神経使うな」
「火傷したり、途中でお湯こぼしたら、シャレにならないからな・・・・あ、そうだ、お嬢ちゃん、食い物できるまでの間に、ユウにクリーニングの魔法をかけて貰っておけ」
「?クリーニングの魔法?昨日、お湯が沸くまでの間にかけて貰った魔法か?朝に、またかけて貰う必要があるとは思えぬのだが?」
「人間、夜の寝てる間も汗かいたり、身体に雑菌が付着したり湧いたりするんだよ。いいから、かけて貰え。スッキリするから・・・・」
「う~む・・・お主の意図は分からぬが、分かった。では、ユウと言ったか?頼む」
「ハイよ。クリーニング」
ユウは、少女に手早くクリーニングの魔法をかける。
ちなみに『クリーニング』の魔法は、人間の場合には垢などの老廃物とか余分な油脂とかの汚れを、不必要な分だけ分子あるいは原子状にまで分解し、身体から外側へ気圧差を生じさせる事により汚れを排出して身体を綺麗にする魔法である。
生活魔法の中では、比較的定番で使用される魔法の一つである。
「うむ、すまぬな・・・・まぁ、軽くではあるが、全身が顔を洗ったようにさっぱりした感じがするのぅ」
「『感じ』じゃなくて、理屈は洗顔と一緒だ。身体を清潔に保つのは、健康に生きる大事な一要素だからね」
「ケンコウ?・・・・とは、何じゃ?」
「え?・・・・・・簡単に言うと、無病息災の事」
「なるほど、分かった。病気を患う事なく、平穏に大過なく無事に一生を生きるという事じゃな?」
「何か、大袈裟っぽいけど、そんな感じです・・・・」
「話し中済まんけど、ユウにお嬢ちゃん、ボチボチ食べられるよ~」
レイの呼びかけで、いそいそと座り込む少女とユウ。
レイは容器を片手に持ちもう片方の手で容器の蓋をほとんど剥がしかかっていた。
レイの手にしているモノ。
スチロールの容器に入れたお湯で戻ったそれは、ラーメンだった。
「・・・・のう?お湯を入れただけの割に良い匂いがするのう。何と言う食べ物じゃ?」
「お嬢ちゃん、これは、ラーメンっていうやつだ。その中の、カップ形の容器に入っているラーメンだから、カップラーメンって言うやつだ」
「カップラーメン?」
「そうだよ、お嬢ちゃん。ただ、できあがった後の麺の延びが早いから、早いとこ食べた方がいい」
「麺が延びる?」
「厳密には、ふやけるって事だけど、そうなると不味くなる」
「レイの言うとおりだ。質問は後にして、早いとこ食べようか?」
「そうなのか?・・・・で、どうやって食べるのじゃ?近しい物でスープの中に入った縮れたスパゲッティのような印象を受けるのじゃが、スープの中に入っている故、スパゲッティのように手掴みで食べる訳ではあるまい?」
「「あっ!」」
少女の言葉を聞いて初めて、ユウとレイは顔を見合わせ『ウッカリしてた!』というような表情を浮かべる。
ちなみに現実の歴史を紐解くと、スパゲッティというパスタを食するのにフォークを使うようになったのは、百年単位で割と最近らしい。それまでは、手掴みで食べていたそうだ(主に農村部と労働者層の話ではあるが・・・)。
かてて加えて、中華圏を含めないと、食器として箸を使う文化はあまりない。
二人は、その事をうっかり失念していたのだ。
「そうだ!お嬢ちゃんは、フォークなら使えるよな?だったら、こっちを使いな」
そう言ってレイが少女に差し出したモノ。
それは、白いプラスチック製のフォークだった。
「お嬢ちゃんは箸を使えないだろうから、こっちのフォークを使いな。フォークに絡めるようにすれば食べられるだろう?」
「昨日のスプーンといい今日のフォークといい、この白い材質は一体、何でできておるのじゃ?近しいと思われる素材を、私は知らぬ。見た事がない素材故に質問してよいものか否か考えあぐねておったが、興味を抑えられぬ。良ければ、教えてくれぬか?」
「・・・・お嬢ちゃん、結論から先に言うと、今は答えられない。もたついていると、せっかく作ったラーメンが延びる。質問は全部、食べ終わった後にしてくれ。それほどに、食べ頃の時間が短い食べ物なんだ」
「あい分かった・・・・では、今日の御飯が食べられる事を神に感謝して」
「「いただきます」」
ハグ!ズゾゾゾゾゾ・・・
ユウとレイは、即座に箸で麺を容器から引き上げると、一気に口に入れて啜り込む。
「旨いぞ、ユウ」
「あぁ、やはり鉄板の旨さだ」
「・・・・・・・・・・」
「どうした、お嬢ちゃん?フォークに麺を絡めた所で固まって?」
少女は、レイの台詞通りにフォークで麺を絡めて持ち上げた所で、動きが固まっていた。
若干、眉を顰めているのは、決してレイの見間違いではなかった。
「・・・・あ!」
何かを思い出したように、ユウが声を上げる。
「レイ、今思い出した!麺文化のほとんどない地域では、『啜って』食べる習慣がないんだった」
「あ、そうか!と、言う事は・・・・」
レイは、改めて少女を見る。
少女は変わらずにフォークで麺を絡めて持ち上げた所眉を若干顰めたまま動きが固まっていた。
現実でも欧米地域では食事の際、不必要な音を立てなければ立てない程上品でスマートな印象を与える傾向があるという。別の言い方をすれば、不必要な音を立てて食べるヤツはめっさ下品だと言う事だ。
「あ~・・・・お嬢ちゃん、済まん。食欲に負けて、ちょっ不作法したな。失礼」
「すまないな。これからは、『郷に入っては郷に従う』ようにする。不作法を許してくれると助かる」
二人の謝罪の言葉で、少女の動きが再稼働する。
「う・・・・うむ。いきなりじゃったから、少し驚いただけじゃ。それが『正しい』食べ方であるなら、気に病む事はない。予め言ってくれれば大丈夫じゃ」
「お嬢ちゃん、ありがとな。まぁ、でも。気を付けて食べるに越した事はないから、気を付ける。それより、麺が延びるから早く食べてくれ」
「・・・・そうか、分かった」
少女は改めて、フォークに絡めた麺を口に持って行き、ぱくりと頬張る。
「!」
少女の味覚に、少なからぬ衝撃が走った。
『こ、この味は・・・・』と・・・。
お湯を注いで作っただけという、少女の感覚からすれば手抜きと取られても仕方ない超簡単な作り方で作られたラーメンという物は、その作り方に反比例した旨さが少女の口に広がる。
麺には小麦粉を使っていると思われるが、あまり小麦の味は感じられずスープの味が勝ちすぎている。
にもかかわらず、少女の舌には美味しいと感じるこの味・・・。
スープだ。
スープが要なのだと悟った少女は、容器に口を付け静かにスープを一口、口の中に流し込む。
このオレンジ色の澄んだスープ、これが味の根幹を成していた。
だがこの味は、何と表現すべきか?
スープの味のベースは、鶏かそれに類する鳥だというのは少女でも分かった。
だが、それ以外の味が一言では言い辛い味なのだ。
変な言い方だが安っぽい味と言われればその通りなのだが、それだけでは済まない隠れた奥深さのような味の存在を感じる気がする。何を言っているか分からないと思うが、言ってる本人にも何が言いたいかよく分からない味だ。
しかし、スープを胃に収め、鼻に留まる独特の香りと舌に残った後味の余韻を感じていると、また次の一口が欲しくなる。そして次の一口を飲むと『まぁ、こんなモンだろう』という程度の、独特の風味が口の中に広がる。独特の風味以外にコレと言った感慨もないが、そのままスープを嚥下した後の余韻を感じると、また次の一口が欲しくなる・・・。
簡単に言ってしまうと、後を引く味だ。
クセになる味と言ってもいい。
単体だと塩気と香りが若干強いスープは、麺と具の卵と香草らしきもの(注:ネギです)で程よくマイルドになり食欲を促し、少女の手を知らずに動かす。
気付くと少女は容器に口を付け、最後の一滴まで飲み干していた。
「・・・・・・・・これは・・・・・・驚いた」
自分で気付かぬままカップ麺を食べ終えていた少女は、ようやく言葉を口にした。
「この味は、何と表現すべきか・・・・独特の風味はクセがあるようなないような、それでいて次の一口が欲しくなる、不思議な味じゃ。何と言うか・・・・これより美味しい食べ物があるのは知っておるが、この後を引く味わいが残る食べ物は知らぬ」
「ハマりやすい味だろ、お嬢ちゃん?」
「嵌まる?・・・・ハマる・・・・そうじゃな。そう表現した方がしっくりくるな」
「だろ?」
「しかも、どことなく・・・・何と言うか大人は無論の事じゃが、むしろ大人よりもこう・・・・」
「子供が好きそうな味・・・・ってか、お嬢ちゃん?」
「そうじゃ、そうなのじゃ。大人はもとより、好き嫌いのハッキリしている子供にもハマる?・・・・ような味じゃ!」
「まぁ、そうだろうなぁ。会社は違うけど、割かし似たような味のお菓子を作るトコもある事だしな・・・・このラーメンを創り出した人は、老若男女誰でも人を選ばないで好かれる味を目指して、鳥味のスープを基にしたそうだ」
「ほう、そうなのか?」
「まぁ、都市伝説みたいなモンだから、本当かどうかは知らんけどな・・・・他にも『自分の子供が好き嫌いが多くて、キライじゃない鳥味なら大丈夫だった』とか『当時、比較的安く入手可能だったのが鳥だった』とか『宗教で牛や豚は禁忌のトコロもあるが、鳥が禁忌のトコロはないから鳥味にした』とかいろんな説がある」
「たかがと言っては失礼だが、食べ物一つで諸説入り乱れるとは、大層な食べ物じゃのぅ」
「まぁ、類似の食べ物全部を合わせると、何百、何千万(注:実際は、億単位と言われてます)の、本来なら飢餓で死ぬ運命にあった人達を救ったって言われているからな」
「そんなにあるのか!」
「おわっ・・・・お嬢ちゃん、やけに食い付きいいな」
「驚かせたのなら、済まぬ。じゃが、それならコレは、もっと沢山あるという事か?」
「あるにはあるが、俺達は持ってないぞ」
「そうなのか?」
「当たり前だ。頼まれた買い物ついでに、放課後に食べる用で普通にお店で売ってるヤツから好きなのを数個選んで買って、学校から借りたマイバッグの中に放り込んでいただけだからな。そんなに多く持ってる訳がない」
「頼まれた?売ってる?ホウカゴ?ガッコウ?・・・・お主達は、道に迷った迷子と言っていたが、商人か何かか?あと、店で買ったというなら、何処で買った?作ったと言う事は、コレは材料さえあれば私でも作れる代物なのか?作れるなら、材料は?分量は?」
「ちょ、ちょっと待って、お嬢ちゃん。食い付きっぷりが凄くなったぞ。そんな一遍には答えられないって」
「・・・・そ、そうだな、少し興奮してしまったようだ。だが、質問には答えてくれぬか?ラーメンとか言う食べ物の情報なら、別に報酬を用意しても・・・・」
「そうは言われてもなぁ・・・・」
「・・・・・・ちょっといいか?」
今まで黙って聞いてたユウが、軽く手を上げて発言する。
「何か、食べ物関係で食い付きが良くなるけど、何か理由があるのか?」
ユウの質問に、暫し押し黙った少女だったが、軽く息を吐き出すと淡々とした口調で話し始めた。
「・・・・・・・・昨日も何かの拍子に言ったかと思うが、この辺りはここ数年、不作続きでのぅ。備蓄を切り崩して今まで保たせてきたが、もう無理じゃ。何とか凌いではおるが、皆、死ぬ程飢えていないだけで、ずっとひもじい思いをさせておる。特に子供は、見るに忍びない。じゃから、食料不足を解消できるなら、糸口でも良いから掴みたい。そう思っておる」
「そうか・・・・レイ、どう思う?」
「どう思う?って、凄え抽象的な質問だけど・・・・昨日襲ってきた獣達が飢えていたりとか符合する所があるから、少なくとも嘘じゃないのは分かる。だけどなぁ、今聞いたところで、今日明日にでも解消できるような、どっかの宗教家のパンと魚みたいな都合のいいモンある訳無いじゃん」
「まぁ、そうだよなぁ」
「しかし、お主達はこのラーメンとかいう物だって持っていたし、魔法も使えるし、私などでは知り得ない知識も持っている。じゃからと思ったのじゃが・・・・」
「『そんな簡単に、人は便利になれない』って、どっかの誰かが言ってたよな、ユウ?」
「それ、アニメの台詞だ・・・・それはともかく、俺らが知ってる知識なんて、一朝一夕じゃ無理っぽいのが多いしな」
「そうだな。カップ麺一つにしても、原料の生産力、作る製造力とそれを裏打ちする技術力、できた物を各地に送り出す流通力、それらを滞りなく動かす為の資本力を始めとして、どれが欠けても実現できないモンが多いよな」
「そうなのか?」
「まぁね。ただ、究極的な事言うと、結局はそれらを生み出せる人の力、その人を作り育てる教育の力ってのが大きいと思うよ、お嬢ちゃん。何にしても、ある日突然ポンとできるモンじゃあない。文化とか文明が教育によって熟成されて、実現できるレベルになった時に初めてポロンと生み出されるもんなんだ。そこまでのレベルに達していない熟成度で実現しようとしても、結局机上の空論止まりだったり失敗に終わるだけだ」
「・・・・何ぞ、聞いた事のある話じゃの」
「「え?」」
「どうした、お主達?急に惚けたような顔をして?前に言うたであろう父の旧い知己じゃ。その者が、そのような事を言うておったわ。父も共感してはおるのじゃが、如何せん状況が状況じゃ。民の救済の方が優先されて、学舎を作る予算は先送りにされておる。それに、その者が仕切っている農園の維持にも多額の予算がかけられておるしのぅ。そこから試験的に栽培されている作物が、救済に役立っておるから現状維持の予算を確保する大義名分になっておるが・・・・」
「・・・・・・・・ユウ、聞いたか?」
「あぁ、ちょっと興味深いな」
「そうかの?」
「ちなみに、お嬢ちゃんは今言った農園?ってのは、好きなのかい?」
「無論じゃ。父の旧い知己の考えは面白いしいろいろ珍しい作物も見れるし周りに造った村の施設で働く、私の知己や仕事をなくした者達の救済措置にもなっておるからの」
「・・・・お嬢ちゃん、助けたお礼の追加で、そこの見学もいいかな?」
「・・・・・・・・父の許可が必要じゃから、約束はできぬ。じゃが、許可が貰えるよう口添えをしてやる事はできる。それで良いか?」
「ん~~、まぁ、OKでしょ。俺達も、行動の制限をされてまで見たい訳じゃないし」
「行動の制限?どういう意味じゃ?」
「お嬢ちゃんは何とも思ってないようだけど、そういう場所ってのは大概機密だったり門外不出の場所だったりして、入ったら最後、抜け出せなくなって他の場所に行けなくなるって事がままあるからな」
「そんな事はないと思うのじゃが・・・・」
「それは、お嬢ちゃんの言う民ってのが、お嬢ちゃん家の身内同然だからでしょ。外部の人間にまで同じ条件で見学させてくれるとは、思えないんだよな」
「まぁ・・・・言われてみれば、他所の土地から来て居着く者はおるが、出て行く者はほとんどおらぬのは確かじゃが・・・・じゃが、居着く者は皆、自主的に残っておるのであって、強制や無理矢理にではないぞ。皆、笑顔で働いておるし、小金を貯めたら家族の元へ帰って行く者もおる」
「お嬢ちゃんがそう言うなら、そうなんだろうな。だけどそれは、お嬢ちゃんから見た視点でそう見えるだけの場合もある」
「そんな・・・・」
「お嬢ちゃん、覚えておけ。物事を見る目は、幾つも持っておけ。人の上に立つ奴程、物事を複合的、客観的に見る視点とセンスが必要になるって事をな。その考えを持たないと最悪、国を潰すか自分が殺されるかするぞ」
「・・・・父も似たような事を言うておったわ・・・・あい分かった。今の言葉、改めて心に留めておくとしよう。お主のその言葉、的を射ているように感じるが、何ぞ経験でもあるのか?」
「究極的には、コレも教育の賜物ってヤツだ。俺みたいな奴でも、それ位の事は考えられる程度に教育を受けている。無論、ユウもな」
「そうなのか・・・・・・・・・・・・ならばお主達、私と共に我が居城へ来てみぬか?そこで今一度、父上の家臣達に教育というものの重要性について話して貰いたい」
「・・・・『居城』ね」
「・・・・まぁ、ようやく信用してくれたって事かな」
少女の言葉に、ユウとレイは今更感を目一杯漂わせてポツリと漏らすように呟く。
「?・・・・お主達、私をバルガ領主ラルゴ・バルガが一子、ルナ・バルガと分かっておったのか?」
「「いや、別にそこまでは・・・・」」
ユウとレイは同時に右手を左右に軽く振って、否定の意思を表す。
「ただな、襲われてた時の連れの人達を『臣下の者』と言ったり、自分のトコの領民を『民』と言ったり、そこかしこに貴族か地主の娘かなと思われる言動があったからな。そこそこ身分がある娘と、予想はしてた」
「あと、なかなか名前を名乗らなかったり、領民に心を砕いている所とかな。親の代行かも知れないけど、自身で危険な現場に出向いて来るから、さすがに領主の娘とは思わなかったけどね」
「そうなのか?」
「そうだよ、お嬢ちゃん。普通、領主の娘ってのは、嫁に行く日まで城の中で習い事や社交のマナーを学んで、城からはほとんど出ないって感じだからな」
「大きい王国などはそうなんじゃろうが、私の所はそれほど大きい領地ではないのでな。そんな優雅に暮らせる余裕などない」
「あれ?そうなの、お嬢ちゃん?」
「せっかく名乗ったのじゃ。お主達も『お嬢ちゃん』以外の呼び名で呼んでくれぬか?『お嬢ちゃん』という呼称は、どうもむず痒い。私の方も、これからお主達をユウとレイで呼ぶ事にする故に」
「んじゃ、お嬢☆」
「レイ、お前安直すぎ!」
「んじゃ、ルちゃ(『ん』は省略)☆」
「後ろにリブレが付きそうな呼び方は、止めとけ。あと、小首傾げながら言うの止めろ。男がやっても可愛くない」
「んじゃ、ナっち☆」
「昔いたアイドルみたいな呼び方も、止めとけ。ココには、俺しかネタの意味分からん」
「んじゃ、バァちゃん☆」
「名前から離れてるぞ」
「んじゃ、ルの字☆」
「レイ、お前わざとやってるだろ?」
「うん☆」
「お前なぁ・・・・」
「んじゃ、ユウはお嬢を何て呼ぶんだ?」
「・・・・姫?」
「お前も大概に安直だぞ、ユウ」
「・・・・ここまで、私の意見を聞く気なしか?」
「「今のは、いいツッコミだ!」」
「二人して、何で同時に親指を立てておるのじゃ?意味が分からぬ」
「いいタイミングでツッコミ入れてきたからだよ、お嬢」
「そうなのか?」
「まぁ、いい間合いでのツッコミだったのは確かだな、姫」
「ユウの方も、存外不真面目というか、俗な者よの。レイがレイだけに、もう少し真面目な抑え役かと思うておったが・・・・」
「いや、俺は真面目だぞ。上に『不』が付く位には」
「・・・・・・お主な・・・・まぁ、良い。好きに呼べ。不思議と腹も立たぬから、許す・・・・で?ユウとレイ、二人共どうする?」
「どうするも何も、お嬢。行きがかり上、お嬢の家まで送り届けるつもりだったから、居城とやらまではついて行くよ」
「教育についての話をするしないは別にしてだけどね。あと俺達の、今後の仕事の口利きをして貰うつもりだからな」
「言われてみれば、そうじゃったな。なら、話は簡単じゃの。取り敢えず、一番近くの村に行くとするか。そこで馬車なりを借りて、居城へ戻る。直接歩いて行こうとすると、二日程かかる故にな」
「了~解だ、お嬢」
「じゃ、早速、発つ準備を始めるか?」
そう言いつつ各々が立ち上がって、この場所から発つ為の作業を始める。
「それでは、村へ行くとするかの」
「「ハイよ」」
準備が終わった三人は、ルナを先頭に、マイバッグを二つ持ったユウ、束ねた剣を背負ったレイの順で、手近な村へと歩き始めるのだった。
おかしい・・・。
村に着くとこまでいくはずだったのに、ラーメンやら何やらのやり取りが思いの外延びてしまい、結局、村に向かっていくトコまでになっちゃいました。
ラーメンのくだりは少女が調理の簡単さとそれなりの美味しさに驚く位で、さらりと流すつもりだったのに・・・。
ちなみに出てくるカップ麺は、大○府池田市にある会社の、一番最初に製品化したインスタントラーメンのカップ麺版をモデルにしてます。あくまでモデルですので、決して現物そのものではではないです。
あと、少女の中では、ラーメンのインパクトが強すぎて、その前の『練習帳』についての質問は綺麗に忘れてます。
あとスパゲッティという言い回しですが、パスタという小洒落た言い方や英語風のスパゲティではなく、わざとイタリア語風の古めの言い回しにしてます。
補足で、健康という概念は、何をもって健康と言えるかによりますが、公式に(世界的に?)明文化されたのが二十世紀半ば(一九四八年)と、割かし最近の事と言われてます。
経験則や故事成語の類いで言葉になっているものはもっと昔からありますが、翻訳魔法だと概念的な意味を持った言葉が持たない相手にはそのまま伝わらず、ルナが質問するという感じになります。
なので、健康という概念に近い故事成語でユウが言い直す訳です。
こういった言葉や概念の齟齬は、翻訳において時々見られる(翻訳先の言語に該当する言葉がないなど)訳で、時間と共に徐々に低減していく描写になるかと思います。




