第二話の一 異世界へ
ようやくここから、主人公二人になります。
「暑い・・・・」
まだ夏にもなっていないのに、強い日差しが容赦なく冬服の学生服を着たレイの身体に照り付け、ただ歩いているだけなのに先ほどから汗ばんでくる。
まだ梅雨の時期でもないのに照り付けてくる太陽の光は、確かに真夏の日光と比べればやさしくはあるが、レイにとって何の慰めにもなっていない。
空を仰ぎながら眩しそうに太陽を見つつ、レイはウンザリしているような口調で呟く。
「そうブツクサ言わないで、早いとこお使いを終わらそうぜ」
隣でレイのボヤきを聞きながら一緒に歩いている少年、遙 悠はツッコミを入れる。
レイより若干上背でスラリとした手足、ガッチリした体型ではないが、かといって痩せている訳でもない。一言で言ってしまうと中肉という事になるのだが、その筋肉は無駄を殆ど削ぎ落とした印象を受けるくらい締まっている。辛うじて細マッチョの分類に入るかなという体型だ。
そして、その身体の上に乗っている気持ち小さめの頭部。
黒と言うより亜麻色よりの整った髪に、気持ち切れ長で垂れ目気味の眼。スッと筋が通ったように綺麗な曲線を描く鼻筋。大きくも小さくもなく、強いて言うなら若干薄い唇。それらが整合性を持って配置された顔の造形は、十人いたら十人は間違いなく美形という印象を持つに間違いない人相をしていた。
しかも、どの教科でも常に上位の成績をキープする器用さと要領の良さ、特に魔術関連の実技は全国レベルで常に上位に居座る実力を示し、魔術実技関連の学費免除を受けている少年だ。
簡単に身も蓋もない言い方をすると、スタイル抜群でイケメンの秀才君と言う事になる。
そんなイケメン秀才君が、初めて邂逅した時以来、何となく波長が合うからと、中肉中背、顔も体型も成績も(一部教科を除く)平々凡々のレイとコンビと言ってもいいほど連んでいたのだった。
そんなユウとレイが、初夏・・・というにはいささか気温の高い暑さの中を、同じ格好で買い物袋(布製のマイバッグ)を抱え、街中の道を歩いていた。
「まぁ、本格的な夏みたいに、湿気が凄くてジメッとしてないだけまだマシだけどな。それよか、こう暑いと、風呂入った後の冷房の効いた部屋でキュッと一杯ってのが凄くうまいんだよなぁ」
「毎度毎度の親父くさい発言だが、俺たちは未成年だから、『一杯』っていっても、酒は厳禁だからな」
「な、何を言っているんだ(あせっ)・・・・モチロン、ふるーつ牛乳ノ事ダヨ(棒読み)」
「何、棒読みになってんだよ?まぁ、酒はともかくとして、確かに暑いから、冷房効いた所で冷たいジュースってのは賛成だな」
納得したように頷くユウを視界に入れながら、レイは心の中で呟いていた。
『いや、『一杯』っていったら、本当に酒の事なんだけどね。キンキンに冷えたビールってのも最高なんだけど、ウィスキーのロックでちびちび飲むのもいいし、冷えた果実酒ってのも健康的でいい感じだ。それに酒の肴次第だけど、スルッと飲める冷燗なんかも夕涼みしながら飲むと最高なんだよなぁ ・・・・ここ十数年飲んでないけど』・・・と。
そう、あの空が割れてから十年余、一応常識から外れない程度に子供として過ごしてきたレイは、普通の高校生になっていた。
この世界で生きると決めてから今まで、細かい事をあげればいろいろあった。
普通の場合なら大事だろうが、レイの場合、前に居た世界と一緒で、ココの世界でも産みの親は居なかった。ただ、住む部屋と、定期的に差出人不明で振り込まれてくる生活費のおかげで、子供の一人暮らしの割りにあまり苦労はしなかった。
それに、生活費を振り込んでくれる匿名希望の差出人の依頼で、どこかの孤児院施設が保護者代わりになっていたので、受験やら免許を取る時やら履歴書を書く時やらに困る事がなかったのがありがたかったのも一緒だった。
まあ、本当に細かい事は割愛するとして、レイはそれなりにつつがなく過ごしてきた。
が、元居た世界と比べ、どうしても違和感を感じてしまう看過できない問題というのも存在した。
それは、学生文明というべき、生涯教育文化を根底とする生涯教育システムを前提とした社会。
基本、地域ごとに細かい制度の差違はあるが、幼児期から青年期にかけて決まった教育機関に通い様々な教科を履修するのを原則として、一定期間内に規定の単位を修得するのが前提の制度が存在する。ある程度の国では何処にでもある制度だ。
細かく違う所と言えば、個人の力量や思想により一定期間の短縮、延長は可能な事だろう。
要は単位の取得状況により、一〇歳の卒業生や六〇歳の在校生の存在もあり得るという事だ。
そして、単位取得の教育制度のシステムが、自分が死ぬ時まで付いてまわるところが、今までにない特徴の社会だった。
ただ、かかってくる教材費や授業料は基本自己負担(各種奨学金による免除制度あり)の為、未成年の時期はいいが成人後はよほど裕福な家に生まれるか大金を得るられるかしない限り、成人後にもずっと学生を続けていく事は難しい。
そして、卒業後から取得可能になる生涯実践科目が増えるため、九割以上の学生は普通に規定年数経つと教育機関を卒業していくのだった。無論、残りは研究を完遂するためなどで学生を続ける者もおり、それも社会的に認知されていた。
学校などの教育機関を卒業後に取得する単位について、レイも最初は違和感を覚えたが、調べてみて納得した。取得する科目にもよるが、取れば取っただけ恩恵があるのだ。
それが、生涯教育システムの存在するこの世界の醍醐味かと納得した内容だった。
単位を取れば取るほど、税金、社会的ステータス、保険とかの割引率などが有利になっていくのだ。
この世界の人々は、(自分が死ぬまでの)時間の許す限り、一つでも多くの単位を取ろうと、まさに生涯をかけて学習に励んでいるのだった。
そしてもう一つ、レイが元居た世界と大きく違っていた事。
それは、魔法と呼ばれる魔術。
レイが元居た世界には、おとぎ話やファンタジー、アニメやマンガ以外に、魔術なんてモノは存在しなかった。
そんな魔術が、今レイの居る世界では当たり前のように利用されていた。
レイが前に居た世界では、前世紀に科学的に否定されたエーテルみたいな存在の『魔素』または『魔力』と呼ばれるモノが、この世界では前世紀に発見され、当時はマイナーな存在だった東洋医科学のようなジャンルの学問と結びついて、西洋医科学のように論理的に発展、技術として大系化した結果、技術系学問の一ジャンルとして定着していた。
履修すれば殆どの人が『魔法』使えるようになる訳で、簡単に言ってしまうと魔術という技術さえ習得してしまえば三〇や四〇歳までDTでなくとも、誰でも魔法が使えるのだ。
ただしこの魔法、個人が内包する魔力差により効果が歴然と現れるため、科学技術としては、あまり発展しなかった。
極端な例えではあるが、最大魔力を放出して同じ火系統の魔法を使った場合でも、片やゴリラと鯨を合わせたようなネーミングの怪獣が放つ放射能火炎かと思われる威力を放つ者もいれば、片や線香花火程度の火を起こすのがやっとという者もおり、個人差というものが如実に現れるため、例え機械的にブースターのような強化装置を装備しても個人差が埋まらないような技術は世の中の大勢を得る存在にはなり得るはずもなく、ややマイナーながらも他の学問や技術の一つとしてある程度の存在でしかなかった。
平たくいうと、家庭の医学やおばあちゃんの知恵袋のような存在だと思ってくれれば問題ないだろう。
一応、教育機関の授業にも取り入れられ、保健体育(傷害の応急処置、身体強化による健康増進など)と技術家庭科(調理、裁縫、工作術など)の内容を合わせたような『魔術家庭科』が組み込まれており、学校に通う生徒は例外なく履修する事になっていた。
ちなみに、技術的要素が強い為、厳密には『魔術』と呼称するのが正しいのだが、魔素が発見される前の創作物や伝聞などが、ずっと『魔法』と読んでいた為、『魔術』を『魔法』と呼称するのが一般的だ。
「・・・・まぁ、しかし、何だな。先生のお使いとはいえ、買った物が結構な量になったな」
「そうだなぁ。明日の実習がスパイス配合から作るカレーだから、スパイス各種は分かるとして、醤油やらコーヒーやらチョコレート(カカオ八〇%配合)やらまで買う必要があったのかな?」
「いや、その辺は、普通に隠し味として使うから」
「え、そうなの?」
「まぁ、全部一遍にドバドバ入れたら、味のまとまりがなくなるけど、選択して少量入れれば味が良くなるよ」
「へぇ~、さすが自炊生活十数年やってるヤツの言葉だな」
「いや、普通に授業でもやったじゃん」
「え?いつ?」
「初めての調理実習の時・・・・」
「それって、何年前だよ?」
「四、五年前だったかな?」
「それじゃ、俺、まだお前と会う前じゃないか。その頃は多分、親父に付いて海外の遺跡を漁ってて、調理実習よりサバイバル実習の方が重要だったから、習ってないと思う」
「そうか・・・・んじゃ、知らなくて当たり前か」
「そういうこった。でもまぁ、隠し味の事を聞いたから、機会があったら試してみるわ」
「そうしてみてくれ。ただ、あくまで隠し味なんで、入れすぎに注意しとけよ。やり過ぎると、逆に不味くなるから」
「ハイよ・・・・ところで、一つ気になってる事があるんだけど、質問いいか?」
「何だよ、改まって?」
「いや、さっきからどうしても気になってしょうがない事があってな。どのタイミングで聞いていいか迷ってたんだが・・・・」
「だから、何?」
「その・・・・腰にぶら下がってるモノだけど、さっきの店で買ったんだよな?」
「ああ、そうだよ」
「何で、わら人形なんだ?」
「いや、このわら人形だけど、ただのわら人形じゃないよ。国産のわら一〇〇%のわら人形だよ。他にもタイ産や中国産、カンボジア産のわら人形もあったけど・・・・」
「何故に、国産のわら人形を?」
「カタチが一番馴染みのあったのが、国産のわら人形だったから」
「原産国によって、何か効果に違いがあるのか?」
「さぁ?気分の問題じゃない?わらなんて、どこも大体同じだし」
「だったら、原産国を気にしないで、一番安いので良かったんじゃね?」
「いや、材料の原産国はどうでもいいと思うけど、こういうのはカタチが重要だから。カタチが良ければ、材料の品質に問題があっても効果に影響しないから」
「ふ~ん・・・・そういうもんなんか?」
「あぁ、そういうもんだ。それに、再来週の呪術家庭科の時間に、亥の刻参りの実習で使うだろ?丁度いいと思ったから買ったんだけど、もしかして忘れてた?」
「忘れてた。というか、再来週なんてそんな先の事、考えながらそういうモンを買うなんて・・・・数日前に買うか、自分で作ればいいじゃん」
「まぁ、そうなんだけどねぇ。このわら人形が、何か『ボクを買っておくれよぉ』って自己主張してる気がしてな」
「どんな主張だよ。まぁ、レイがそう言うなら、そういう気がしたんだろうな。まぁ、そういう話はもういいとして、相変わらず、好きな教科に対しては優等生っぽいよな、レイは・・・・」
「あんま、褒めなくてもいいぞ」
「どちらかというと、褒めてねえから。レイは、好きな教科はほぼ上位の成績に食い込むくせに他の教科は平均点かそれ以下で、好きな科目でも魔術系の実習科目の強化系魔術以外は成績低いんだから、その辺を何とかすりゃ、もっと成績が上がるだろうに」
「人間、誰しも得手不得手があるからな。魔術の実習系は今までやった事がないから、苦手じゃないけど苦労はしてる。まぁ、その辺は知識でカバーしてるけどな」
「強化系の魔術だけは、成績いいじゃん。その調子で魔法系の魔術も取り組めば・・・・」
「残念だけど、強化系は自分の身体を媒介しているからイメージ湧きやすいけど、魔法系とかは想像できるけどイメージとして流れがつかめないんだよねぇ」
「魔力の経路とかは似たようなモンなんだけどねぇ。やっぱり、いつも言ってる相性ってヤツか?」
「・・・・というよりは、ココに来る前の数十年、魔術なんて創作物以外に存在してるトコがあるなんて思ってなかったからなあ」
「またいつもの、厨二病的発言かよ(溜息)。今はいいけど、そのうち自分の黒歴史として、もの凄く痛い思いするぞ」
「いや、ホントの事なんだけどな」
「ハイハイ(棒読み)・・・・まぁ、いいや。それよか、先生に頼まれたお使い、もう買い漏らしとかはないよな?」
「まぁ、その辺は、メモ書きしてきたから、買っていたから漏れはないと思うけど(ガサガサ)えっと、、メモメモ・・・・・・うん、漏れはない」
「でも何で、今回に限って、同じハーブや香辛料も、乾燥物の他に生の鉢物も買わなけりゃいけなかったんだ?それに、普段は、買い物は女子に行かせてるくせに」
「あみだくじで当たったのが俺らで、俺らが二人とも男子だったからじゃない?ハーブでも香辛料でも乾燥物と生は、種類によって別物だって言ってたし、買い物行くのが男子だったから、いい機会だって先生は思ったんじゃないか?」
「ん~、何か納得いかないが、その通りの気がしている今日この頃だ・・・・」
「まぁ、それはとにかく、早いとこ学校へ戻って先生に荷物とお釣りを渡しちまおうぜ。そうすりゃ、今回のお使いミッションは、終了なんだから」
「そうだな・・・・荷物をずっと持ちっぱなしだから、いい加減腕が疲れてきた」
「そういう事・・・・・・と、その前に、ユウ」
「何だ?」
「・・・・サキサカさん、アレ、何ですかね?」
「・・・・い、犬の糞・・・・ですかね?」
「古いネタに付いてきてくれて、ありがとう。マジな話、あの水溜まりみたいなヤツ、何だと思う?」
「珍しいな・・・・『魔溜まり』だよ」
「何、それ?」
「遺跡とかパワースポットとか未開地なんかで稀に見られるヤツだけど、大気中の魔素が澱んで溜まって、空間を歪めたり魑魅魍魎を発生させたりするらしい。昔、遺跡の現場で一度見た事がある。でも、こんな平地で人の多い都市部に発生するなんて、聞いた事ないな」
「へぇ~・・・・」
「何、他人事みたいな返事をしてるんだよ、レイ。この道通らないと、学校に帰れないじゃん」
「いや、そんな事はないぞ、ユウ」
「どういう事?」
「昔読んだ本の中で、未来から来た猫型ロボットが言ってた。『同じ目的地にたどり着くにも、いろんな手段がある』とか何とか、そんな感じの事言ってた」
「・・・・だから?」
「この道がダメだったら、他の道を探して行けばいい。ことわざでよく言うだろ?『一寸先は闇』って」
「意味違うじゃん!」
「あぁ、違った。『全ての道は、何処かに通じる』だった」
「ことわざと違うわっ!・・・・まぁ、言いたい事は分かるが、ことわざじゃないぞ、それは」
「まっ、何にせよ、この道が通れないなら、他の道を通るか?」
「そうだな。それがいいと思う」
そう言ってユウとレイが、元来た道を引き返そうとした時・・・
『・・・・・・・・・・・・きゃ~・・・・』
微かにではあるが、悲鳴らしき声が聞こえた。
「おい、レイ」
「あぁ、ユウ。お前にも聞こえたの?」
「聞こえちゃったけど、気のせいか空耳じゃないかな?聞こえてきたの、『魔溜まり』からだし」
「そうだね。『魔溜まり』の向こうから声が聞こえるなんて、考えられないよな?」
「あ、でも、何か、『魔溜まり』の向こうに、風景っぽいのが見えるんだけど?」
「え?そんなはずは・・・・本当だ。林か森かな?」
「分からん。だけど、あんま近寄るのは得策じゃなさそうだな」
「そうだな。警察なり何なりに知らせて、後はおまかせにしちゃおうか」
そう言ってユウが一歩後ろに下がった時、ユウの足下が何かを踏んで、いきなりバランスを崩した。
ずるっ!「のわっ!」
レイの視界にチラと掠める、ユウ踏んづけたモノは、黄色い色をしていた。
「ユウ、危なっ!」ずるっ!
バランスを崩したユウの腕を取ろうと、レイが一歩踏み出した時、レイも何かを踏んづけて思いっきり滑る。
すると突然、何の脈絡もなく『魔溜まり』がいきなり膨張し、ユウとレイの居る辺りにまで範囲を広げた。
『えっ?』
レイが状況を把握する間もなく、二人は『魔溜まり』に落ちていく。
「うっそおぉぉぉ!」
「んな、ばなな~~~~!」
どっちがどっちともつかない叫び声を上げて、ユウとレイは膨張した『魔溜まり』に落ちていった。
ちなみに、ユウとレイが踏みつけてしまったモノ。
それはきれいな黄色い色をしたバナナの皮だった。
やはり、足を滑らせるお約束と言えば、バナナの皮だろうと思う今日この頃です。