第六話の八
料理回、今回の最後。
「……そんな訳で、まず用意するのは、こういう卵を人数分ね」
レイは卵を手に取り、ヴィッチ達に見えるように掲げる。
何処をどう見ても、普通の鶏卵だった。
「それと、だし汁。本当は、鰹節と昆布ベースのだし汁が望ましいんだけど、今回はケイトが持ってきてくれた鍋に入っている薄いチキンスープで作るよ」
「ふむ……どういった料理を作るのかの、レイ?」
「それはできてからのお楽しみだよ、ヴィッチのじっちゃん……と、言いたいトコだけど、まぁ、教えても差し支えないと思うから、簡単に言うわ。
この料理は昔、あちこちの宿場町なんかで流行った料理なんだけど、廃れちゃってね。少し前まで、『忘れられた料理』だったんヨ。 それをフクロイという場所に居た人が、町興しに使おうと考えて再現したのが復活の切っ掛けだったと聞いてる」
「フクロイとは、何処の土地なんじゃ?聞いた事がない地名じゃのぅ?」
「まぁ、辺境の小さな地方都市としか言いようがないな。昔は主要街道に人や荷物が流通していたから賑わっていたけど……いろいろあって寂れた訳だ。 そこで料理で名産品を作って、少しでも賑わいを取り戻そうとした訳だよ」
「ふむ……興味深い話じゃが、料理一つでそんな状況になるもんかのぅ?」
「ヴィッチのじっちゃんの懸念はもっともだと思うよ。ただ、そこにあるだけの料理や名所に、人が勝手に群がってくるって事はあんまりないからね。 けど、こういう料理にしろ観光地にしろ、コチラが大なり小なり仕掛けてやれば、結構人は寄って来てくれるよ」
「そういうもんかの?」
「そういうもんだよ。とは言え、仕掛けられる消費者側もある程度の経済的余裕がないと、『そこまで行って料理を食べよう。名所を観光しよう』って気にならないけどな」
「それでは今は、領内の人間には無理な話じゃのぅ。大半の者は、レイの言う余裕がない者ばかりじゃて」
「ふっふっふ……何も、領内に限定する事はないはずだけど、ヴィッチのじっちゃん?領地が増えて、景気の良い所もあるんでしょ?」
「う~~む……じゃが、風聞で聞くところによれば、半分位は上手くいっておらんようじゃがの。 領地が増えたと言っても、魔族討伐の戦乱で田畑も荒れておったし、兵役で働き手の農民達が徴兵されておったしの。戦乱が収まって領地が増えたからと言って、ポンと兵士だった者を軍隊から放り出して、農地を耕してサッサと税を納めろと命令しても、そうそう上手くはいかぬのが世の常というモンじゃよ」
「ふ~~~ん……他の領地の為政者って、結構馬鹿ばっかなの?」
「流石に、全員ではないがの。 じゃが、土地を与えてやれば、自然に農民が作物を育てて税を納めるようになると、当然のように思っておる輩が一定数居るのも事実じゃ」
「ふ~~ん、逆にそういう所なら搾り取る真似しても、そんなに良心は痛まないか……」
「いや、領主はともかく、下々の者は無辜の者じゃぞ。日々を暮らすのが手一杯で、悪巧みする暇もないのじゃ」
「そりゃそうでしょうよ。生活に余裕がなきゃ、頭のほとんどは生き抜く事で一杯になるはずだからね。 それに搾り取る対象は、無能な為政者に絞れば問題ないでしょ?」
「できるのかの?」
「表向きは、『名産品や名所の制限付き情報開示とプレミア化、それに伴うブランド化』ができれば、大体喰いついてくれるよ。心理的に……」
「ふむ……具体的にはどうするのじゃ? 今から作る料理を例に、簡単に説明できるなら、説明してくれんかのぅ、レイ?」
「まぁ、それ位なら簡単に説明できるけど……まず、さっき説明した料理の成り立ちを尾鰭を付けたりボカしたりして情報を流す。例えば、『昔流行った料理』とか『一度廃れた料理』とか言って相手の興味をひく。この辺が、情報開示。情報を取捨選択して尾鰭を付けたり端折ったりして『町興しの為に、昔の文献を元に復元した』とか『並々ならぬ苦労を強いられた』とか、その手のストーリー性がある情報を併せてやると、更に興味をひかれるから効果的だよ。
そして、大まかな調理法は広めて認知性を高めると同時に、細かい要の部分を伏せてそっくりそのままは再現できないようにしてプレミア化を図る。
最後に相手に『何処其処の卵を材料に使用』とか『出汁に厳選に吟味した材料を使用し、ココでしか味わえない味に仕立てました』みたいな感じでプレミア感を出して『この料理を食べるならココ』とか、『この地域と言えば、この料理』ってブランド化を図って、相手に認知して貰えば成功だよ。
そうすりゃ黙っていても、相手からココに料理を食べに来るようになるって訳だ」
「ふむ……確かに、話だけ聞けば理に適っているような気もするのじゃが、果たしてそんなにうまくいくもんじゃろうか?一部の貴族達は、食べ物に執着しておるから少し位は成功するじゃろうが、大多数の者に対してはどうだろうのぅ?」
「ヴィッチのじっちゃん、その分析と予測は、ある意味で正しくて的確だよ。生活に余裕がなきゃどんなに良い物であっても、見向きもされない。 だから、高級素材とか良い材料を使っている料理は金持ちとか貴族なんかの富裕層向け、今から作るような、ちょっと頑張れば手に入りそうな材料を使った料理はその他の層向けって感じで、ハイローミックスで展開してやれば、大体の層をカバーできるでしょ?」
「そうか!何も、料理は一つに限定しなくても良いんじゃからのぅ……実に興味深い。 これも、ラルゴ様に言って構わんかの?この手法は、いろいろと応用が効きそうじゃしの……」
「その辺も、お嬢と話し合った上で決めとくれ、ヴィッチのじっちゃん。 ホンじゃ始める前に、この料理に必要な道具を紹介しとこうか」
「道具?何だい、特殊な道具が必要な料理なのかのかい? それって、手軽にできる料理とは言えないんじゃないかねぇ?」
「いや、ハンナ、特殊な道具と言っても、慣れていれば作るのは難しくないよ。 それに、似たようなモンは既に存在してるでしょ」
マイバッグの中に手を突っ込んでいたレイは、突っ込んでいない方の手で作業台の上に置かれた物を指差す。
それは、ホーローの鍋だった。
「ホーロー鍋かい?それが、特殊な道具だって言うのかい?」
「ホーロー鍋自体は、特殊でも何でもないんだけどね。特殊なのは、大きさだよ」
ゴトッ・・・
レイが、マイバッグの中から取りだしたモノ。
それは小鍋立てに使うような、小さい土鍋だった。
「ほう……珍しい鍋じゃのぅ。内側は釉薬が塗られておるが、土でできた鍋かの? ちと、素材的に古過ぎぬかの?」
「素材に古い新しいは関係ないけど、確かに粘土とかをこねくり回して作ってるヤツだよ。作ってすぐ食べる分にはホーロー鍋で充分なんだけど、この土鍋にはホーロー鍋より優れている機能があってね。保温性が高いんだよ」
「保温性?」
「その辺の説明をすると長くなるからパスさせて貰うけど、普通の鍋に比べて鍋の中身が温かい状態を維持できるんだよ。あともう一つ、保温性に関連してるけど『火の当たりが柔らかい』んだ。主な原因として遠赤外線が関与してるんだけど、コレも説明が長くなるからパス。 まぁ、それなりの理由があって、この土鍋を使うのがベストなんだけど、作ってすぐ食べるんならホーロー鍋の小さいヤツで代用できるから、もし作る気があるんなら、ミルクパンより少し小さい位のホーロー鍋を作ってやって頂戴。
ホンじゃま、まずこの卵だけど、適当なボウルに割り入れてかき回すんだけど、今回は失敗をなるべくしない為に、黄身と白身に分けてそれぞれのボウルに割り入れるよ……ホンで、黄身の方は潰して混ぜて、ムラがないように丁寧に混ぜてチョ♪
白身の方は……ユウ、メレンゲ作って、よろピく☆」
「ハイヨ」
ユウは返事と共に白身の入ったボウルを受け取ると、自分のマイバッグの中からホイッパーを取りだし、カシャカシャと白身を掻き回し始める。
シャカシャカシャカシャカシャカシャカ・・・(←掻き回している音)
「レイ、ユウは何を作り始めたのじゃ?」
「メレンゲ。卵の白身を掻き混ぜて空気をその中に入れて、細かい泡状にしたモンだよ。本当は銅のボウルとレモンの果汁があるとより良い物ができるんだけど、今回は無いからね。そこそこの品質のモノで作る事にした」
「メレンゲ……もしかしてフランス辺りでで『モランゲ』と呼ばれる、口当たりを良くする為に菓子などに使うヤツかの?」
「ヴィッチのじっちゃん、よく知ってんなぁ。 そのメレンゲで間違いないと思うよ」
「昔、貴族相手に報酬の交渉をした時に、接待の席でメレンゲを乗せた菓子を出された事がある。じゃとしたら、何故レイが知っておるのじゃ? それにその技法を料理に使うとは……」
「驚く程のモンでもないよ、ヴィッチのじっちゃん。今回は、料理に失敗する可能性を低くする為にメレンゲを使うってだけだから。プロの人とか名人級の人は、そんな事しなくてもサッサと美味しいモノを作るからな」
「そうなのか?」
「そうなんだよ……ユウ、できた?」
「(シャカシャカシャカ・・・)……お前な!メレンゲ作るのって、結構労力がいるんだぞ。その辺、分かってんのかよ?」
「一応。 だから、ユウに任せたんじゃないか♪」
「こいつは……(←少し呆れた口調)(シャカシャカシャカシャカ・・・)まぁ、いい。丁度良い具合にメレンゲができたトコだから、渡しとくぞ」
「お~、サンキュー☆ ホイジャ、続きをやるよ。 できたメレンゲの中に、さっき分けて掻き混ぜた黄身を入れます。んで、これもムラが出ないように丁寧に満遍なく掻き回してやる。 で、卵の黄身と白身を混ぜるのと並行して、準備するのがスープね!本当は鰹節と昆布ベースのだし汁に醤油やみりんなんかを加えただし汁が最高なんだけど、そういうモノがないんで、今回はハンナがあらかじめ作っていた味の薄いチキンスープにモルディ……なまり節の極薄く削った切れ端を入れて味のバランスを整えたスープを使うよ。
今回はなまり節みたいなモルディブフィッシュは旨味の出汁と風味付けに留めるんで、なまり節の切れ端を適当な綺麗な布で包んでやってからスープに投入。(ポチャン ←スープの中に入れた音)このまま良い出汁がスープに溶け込むまで一煮立ちさせます」
レイがそう説明したあと動きを止め、ヴィッチ達が鍋を注視する中、静かに時間が経過していく。
カシャカシャと卵を混ぜる音と、クツクツと煮える土鍋に入ったスープの沸く音が静かに部屋に響き、緩やかに立ち上る湯気が徐々に広がって部屋をスープの匂いで満たしていく。
「うむ……先ほどのソース程刺激的ではないが、コレはコレで食欲を刺激するのぅ」(←ヴィッチ)
「そうねぇ。食欲を撫でられるような、優しい匂いね」(←ケイト)
「そうだねぇ。主にチキンとハーブの匂いだけど、隠れるように漂ってくるのはモルディブフィッシュの香りかねぇ。ハムやベーコンみたいなスモーキーな匂いと、少し魚っぽいような磯みたいな匂いが混じっているよ」(←ハンナ)
「このモルディブフィ……もとい、なまり節だけど、グラグラと煮立たせないように気をつけてね。煮立たせると、生臭さや特有の不味さもスープの中に溶け込んじゃって美味しくなくなるから」
「え?モルディブフィッシュって、不味い味がするのかい?」
「いや、少し違うよ。ハムもそうだけど、燻製の食品ってのは製造過程で燻煙する都合上、煙に含まれる焦げや苦みや渋みの他にいろんな雑味が付くんだよ。その余計な雑味を極力スープに溶かさない為に、煮立たせないようにする訳だ」
「へぇ~!そんな細かいトコまで、気を配るんだねぇ」
「少しでも美味しく食べる為なら、これ位の事は何ともないぞ。 ハンナもそうじゃないのか?」
「そうだねぇ……少しでも美味しい物を食べたいって気持ちは、すごくわかるよ」
「だろ? ホンで、スープが煮えてきたから火から外して粗熱を取ってやる。 ユウ、お願い☆」
「ホイよ」
テケテケテン♪(←魔法の音)
「んで、粗熱を取ったスープを適量掬って、卵の中に投~入~☆ より空気を含める感じで掻き回してきます。
その間にスープに入ってる余計なモノを取り除いてやって(←布でスープを漉してやる)、具材をポイポイ入れま~す(元々の鍋に入っていた鶏肉の他、タマネギ、ニンジン、キャベツ、マッシュルーム、セロリなどを少量ずつ適量に刻んで投入)☆
んで、そのスープを、軽く一煮立ちするよ。 ユウ、よろピく♪」
「ハイヨ」
ボワンッ!(←魔法を使った音)
「はい、そんな訳で煮立ってきたスープの中に……」
言いつつレイはボウルに入った卵を、一層早く掻き回す。
「スープを蓋するように、卵を流し込んできま~す♪」
たら~~~~~~・・・
「んで、全部流し込んだら、土鍋の蓋を持ち出して、急いで蓋をします。
後は、火を止めて待つ事暫し………………もうちょいかな?………………んでは、皆の衆、注目~☆ ボチボチ蓋を取るよ~」
レイはヴィッチ達の視線を土鍋の方に促すと、ゆっくり目に土鍋の蓋を外していく。
「じゃじゃ~~~~~ん!
味付けは本来のモノと違うんでアレだけど、名付けるなら『西洋風 卵ふわふわ』ってトコかな? まぁ、木匙で掬って、試食してみてチョ☆」
土鍋の蓋を取ると、鍋の上面一杯にふっくらと膨らんだ卵がスープの蓋をしていた。
「ほほぅ!珍しい姿をした料理じゃのぅ?」
「まぁ、見た目はねぇ……」
「では早速、頂くとするかのぅ」
ヴィッチの声が合図であったかのように、皆が一斉に土鍋に木匙を差し入れる。
「(ぱくっ)ふぉっ!これは!」(←ヴィッチ)
「あら、美味しい。スープと卵の味が良くまとまっているわね」(←ケイト)
「んんんっ!ふわふわ~~~!!ケイトお姉ちゃん、コレ、凄くふわふわなの!?」(←マルガ)
「へぇ~~!言ってみりゃ卵とスープだけの料理なのに、食感が違うと別の料理に感じるねぇ。 特に卵の食感が良いねぇ。ここまでふわふわしている食感なんて、初めてだよ。それに、卵にスープを混ぜてるせいか、卵の下にあるスープとの相性も良いね。鶏肉の美味しさと野菜の優しい味わいで、ホッとするような味だよ」(←ハンナ)
「これ……どっかで似たようなモン、食べたような………」(←ユウ)
「まぁ、概ね好評のようで、何よりだな」
「凄いの、レイ!卵がふわふわなの!!」
「マルガ、そりゃぁ、卵に空気入れたからだよ。凄く軽い口当たりだろ?」
「うん!」
「……確かに美味しいんだけどねぇ。でも、ここまで手を加える必要があるのかねぇ?」
「ハンナ、コレは誰かが言ってて、俺もそう思っている事なんだが……『食事には二種類ある。生きる為の食事と、楽しむ為の食事だ』ってのがな。この『卵ふわふわ』は、どちらかというと、楽しむ為の食事に入る料理だな。卵がふわふわした感触で、食べてて楽しいだろ?」
「まぁ、ねぇ……」
「生活に余裕ができればできる程、楽しむ為の食事ってのがクローズアップされてくるし、そういう料理の方が名物や特産品になり易いんだ。 それに……」
「それに?」
「経験則で何となく分かってると思うけど、ただ食べるだけより楽しく食べる方が、食事から摂る栄養……滋養分が、体内に取り込まれる比率が多いんだよ」
「へぇ!そうなのかい?」
「そうだよ。 とは言え、食料事情が厳しいこの辺りじゃ、まずその辺から改善していかないと、名物にしたくても見向きもされない可能性が高いけど……まぁ何にせよ、今はどうしようもない問題だけどな」
「あっ!そうか!」
卵ふわふわを食べてからずっと黙って考え込んでいたユウが、いきなり声を上げる。
「何だよユウ、いきなり声を上げて?」
「この料理の味だけど、何処かで食べたような味だと思ったんだけど、それを今思い出した! 明石焼きだ!? 出汁が違って、紅ショウガが入ってなかったから思い出すのに結構時間かかったけど、凄くふわふわした明石焼きみたいな味だよな、レイ?」
「……そら、卵メインの料理だから、味は似るだろうに。でも、具材を変えたり出汁を変えたり食感を変えるだけでも、別の料理みたいに感じるだろ?」
「あぁ、そうだな。でも調理の仕方が違うと、こうまで違う料理に感じるモノなんだな」
「まぁね」
「何じゃ、ユウ。そのアカシヤキというのは?」
「ヴィッチのじっちゃん、その辺は説明長くなるんでパス。 まぁ、卵をメインに使ったおやつにもなる軽食メニューだ。ただ、形を作り出すのに、ほぼ専用の道具が要るよ」
「何じゃ、またそれなりの道具が必要なのかの?」
「とは言え、応用がきくけどね。その道具さえあれば、材料と中の具材を変えるだけで、最低でもたこ焼きとラジヲ焼きができるようになる」
「聞いた事ない名前じゃが、食べてみたい気がするのぅ……レイ、その道具は、この村でも作れるモノなのかの?」
「まぁ、鍛冶ができる人の技術力次第だろうけど、ココでも道具は作れると思うよ……それにたこ焼きなら、ハンナの作ってるソースが味付けの一つとして使えるから、うまくやれば商売に繋げられるんじゃね?」
「ホントかい、レイ?」
「ハンナが喰い付いてきたな、オイ……まぁ、まずは、ソースを完成させてからになると思うけどね」
「………これは、是が非でも、早くソースを完成させないといけないねぇ」
「まぁ、意気込みはかうから、頑張って頂戴」
卵ふわふわを食べていた木匙を片手に意気込んでいるハンナに、レイは比較的冷静にツッコミを入れる。
そんなハンナや、満足気な表情を浮かべている孫達の様子を見たヴィッチは、ある事に気付いて思わず声を上げた。
「おおぉ! 今気付いたんじゃが、お主達、もう卵ふわふわを食べてしまったのかの!?儂、まだ一口しか食べておらんかったのに……」
「あっ!おじいちゃん、ごめん。あんまり美味しかったんで、つい……」
「おじいちゃん、ごめんなさいなの……」
「い、いや、ずっと食べていたい位美味しいのは分かっとるし、レイに質問しなければ、儂も同じようになくなるまで食べておったろうから……少し、残念な気持ちになっただけじゃよ」
「まあまあヴィッチのじっちゃん、もし何だったら軽いヤツをもう一個作るから、それで機嫌直してよ」
「いや、レイ。儂は、残念なだけで別に機嫌を悪くしてる訳では……じゃが、レイがそう言ってくれるなら、お願いしても良いかの?」
「あいよ。ホンじゃ、何作ろうかな……ん~~(←割かし思案してます)……おし!せっかくだから、パンを使ったヤツにするか。丁度、食パンみたいなパンもある事だし……ちなみに、少し固くなったパンでも大丈夫よ☆」
「ほほう!何を作ってくれるのかのぅ?」
「見てりゃ分かるよ、ヴィッチのじっちゃん。ただ本来は卵を使うんだけど、もう卵が残り少ないんで、使わない方のヤツにするよ。
まず、なるたけ新鮮なミルクを用意して、コレを何かの容器に入れるよ。丁度、キャセロール皿がまだ残ってるから、それを使おう。 んで、そのミルクの中に、甜菜から作った砂糖を投~入~☆
この時ミルクは、常温もしくは少し温めた状態で混ぜてやると、良いと思うよ。(カシャカシャカシャ・・・←砂糖を溶かし込んでいる音)
さて、充分に混ぜ合わせた後、次にパンを持ってきて、適当な厚さに切ってやる……で、そのパンを、ミルクの中に浸らせるように投~入~♪
後はパンにミルクが染み込むまで、放置プレイ☆
だけど今回は……ユウ、よろピく♪」
「ヘイよ」
ピロリロリン♪ポンッ!(←ユウが魔法を使った音)
「こんな感じでパンがミルクを吸いまくったら、今度はフライパンを用意するよ☆
フライパンに火を当てて、充分に熱してやります。 で、充分熱した所で、バターを投入。バターが溶けるまでフライパンを回しつつ、全体にバターを行き渡らせます……こんなもんかな?そんで次に、ミルク吸いまくったパンを、この芳醇なバターの香りたなびくフライパンの園へ投~入~♪」
ジュワアァァァァ・・・(←パンをフライパンに入れた音)
「今作ってる料理は、もう想像付いてるかも知れないけどフレンチトーストの応用ね☆
ホンで、パンの焼いてる面が充分に焼けて焦げ目が付いてきたら、こんな感じで(ひょいひょいひょい・・・)ひっくり返して、反対の面も焦げ目が付くまで焼きまフ……で、待つ事暫し……両面に焦げ目が付いたら完成。
皿に盛って、今回は砂糖を追加で振り掛けてやれば、フレンチトーストならむミルクトーストのできあがり~♪
(シュッシュッシュッシュッ・・・←ナイフで切り分けてます)おやつやデザート用に甘めに味付けしてあるから、食べた後はちゃんと口を濯ぐなり歯ぁ磨くなりで、口の中を綺麗にしとけよ☆」
トンッと目の前に差し出されたミルクトーストの載った皿を、ヴィッチ達は注視する。
仄かに湯気を立たせてしっとりしているパンは、自身で含んだミルクを底の面に滲ませて存在を静かに主張していた。
「では、頂く事にするかの」
ヴィッチがおもむろにそう言って、木匙を持っていない方の手の指を補助にトーストを器用に木匙の上に載せると、そのまま『はむっ』といった感じで口に入れる。
「ほほぅ!コレは美味しい。馴染みの食材だけで作られとるせいか驚くような事はないが、やはり知っとる料理じゃと安心感があるのぅ。 それに砂糖を加えた事で程良く甘くなって、安定の美味しさじゃ」(←ヴィッチ)
「美味しい~の!甘くて、美味しい~の! ケイトお姉ちゃん、お砂糖って、本当に甘いね♪」(←マルガ)
「そうね……今後砂糖がたくさん作られるようになったら、こういうモノ(注:ミルクトーストの事です)が、毎日食べられるようになるのかしら? そうなったら、とっても素敵ね」(←ケイト)
「そうなると嬉しいねぇ。 でもこのミルクトーストとかフレンチトーストって、カチカチになったパンを柔らかく戻して食べる方法の料理だけど、砂糖が入るとお菓子としても充分通用する味になるねぇ。砂糖が作れるようになったら、店に出そうかねぇ?」(←ハンナ)
「ハンナ、それはあんまりお勧めしないぞ。その場で食べるんなら別だけど、冷めても時間が経っても味が落ちるし、何よりパンに染み込んだ液が零れるからな。それだったら、他の手間がかからないメニューを考えた方が良いと思うぞ」
「マジメに返さないどくれよ。甘くて美味しいから、思い付きで言ったまでさね」
「あれ、そうなの? まぁ、甘い物を欲しがるのは、女性にとっちゃあ本能的なモンだからな。機会があれば、知ってるヤツは教えてくよ」
「頼んだよ、レイ」
「ところで、レイ?」
「何、ヴィッチのじっちゃん?」
「お主、ミルクトーストを出した時、『食べた後はちゃんと口を濯ぐなり歯を磨くなり、口の中を綺麗に』するよう注意を促しておったじゃろ?何故じゃ?」
「答えは簡単だよ。砂糖は甘くて美味しいけど、多く食べてると虫歯になり易いからだ。 虫歯の病状が進行して歯の奥の神経まで侵されると、最悪死ぬからな」
「死ぬのか!?」
「死ぬよ。 だから、少しでもそうならないように、食後は口の中を綺麗にしておく必要がある訳だ」
「成る程のぅ……砂糖を使う時の注意として、触れ回った方が良さそうかの?」
「まぁ、砂糖を作って、放出する時で構わないんじゃない?」
「そうか。 では、そうするとしようかの……さてさて、試食だけのつもりじゃったが、存外いろんな種類の料理を食べられてお腹が満たされたのぅ。 また機会があれば、やって欲しいんじゃが?」
「気が向いたらね……こっちが欲しい食材とか調味料がありゃ、教えがてら実演するけど?」
「是非、そうしてくれ。さっき料理してる時に話に出た、道具も作れるようなら職人やら材料はできる限り揃えようじゃないか」
「そらありがたいんだけど。ヴィッチのじっちゃん。道具よりも先に紹介して欲しい人(?)がいるんだけど……」
「ほぅ、誰をじゃ?」
「チキンライス作る時にも言ったけど、米を作ってる人を紹介してチョ。あと、大豆を作ってる人もついでによろピく☆」
「直接は、村の人間が交代で、畑で栽培したんじゃが……陣頭指揮は、植物関係の話じゃから、その辺に詳しいティータという者に任せておる」
「……誰?」
「まぁ、レイには、明日にでも紹介するとするかのぅ? 作物や薬草、あと養蜂や養蚕を研究している村の者じゃ。壊滅したヴェルタ領で、『森の民』と呼ばれた集落民の一人じゃ。そこの集落では昔から、絹や蜂蜜、良質の肥料や虫除け草、ハーブやスパイス、それに少量じゃが石鹸なども特産品として作っておっての……」
「石鹸!?」
「そうじゃよ。じゃが、魔族のヴェルタ領襲撃時の折に集落も壊滅しての……この村を作る少し前に、その集落の生き残りを見つけて保護できたのじゃ。 以来、ディカップ山の近くに居を構えさせて、集落で作っていた生産品を作って貰ったり、試験的に栽培する作物などの研究や栽培指導の仕事をして貰っておる。で、その者達のまとめ役をやっておるのが、集落の長の娘だったティータという訳じゃ」
「ふ~ん……って、『Dカップ』!?」
「何じゃ、レイ?驚いたのは、そこなのかの?」
ヴィッチの話で突然ツッコミの声を上げたレイに、疑問の言葉を口にするヴィッチ。
会話の前後の流れから、元集落の者や特産品関連ではなく、ポロッと出た地名に突っ込みが入ったのだから当然と言えば当然である。
「ぷっ……だって、Dカップって言うから……」
「? 何が可笑しいのか分からぬが、レイ。お主の言葉の発音が、微妙に違ってるぞ。ディカップじゃぞ、ディカップ! Dカップって、何の事じゃ?」
ズパ~~~~~ンッ!
呆れた表情のユウが、無言でレイの後頭部にハリセンでツッコむ。
「レイ、お前なぁ、いくら発音が似てるからって、よりによって下ネタに走んな!」
「ユウ、今のはどの辺が、下ネタなのかのぉ?」
「ヴィッチさん、その辺は聞かないでくれると助かるんですけど……」
「要は、女性用の下着、乳バンドのサイズの事だな。乳房を覆うカップ状のサイズで、小さい方から順にA、B、C、D、E、Fカップで言う具合に、大きさで区分けされている。Dカップとはその中のサイズの一つで、根元と先っぽの長さが大体十五センチ前後の乳房を覆うサイズ。まぁ、主観による解釈の相違はあるだろうけど、個人的にはデカいって訳でも無ければ小さいって訳でも無い標準サイズの範囲内だと思ってるけど……」
ズパ~~~~~ンッ!
再度、ユウは無表情のまま、レイの後頭部にハリセンでツッコむ。
「だから、そう言う事は、気楽に話すなよ!お気楽そうに解説始めやがって!」
「え~~、でも女性には重要な事じゃん? 最適なサイズの乳バンド(注:ブラジャーの事です)をして補正しとかないと、20年、30年後には確実に垂れるし……」
ズパ~~~~~ンッ!
「だからぁっ!」
ユウがツッコんでいる時、会話を聞いていたケイトとハンナは少し頬を赤らめつつ驚きの表情を浮かべながら、両手を胸に軽く当てていた。
この村には公衆浴場があるので(注:開拓村に着くまでの、ルナとユウとレイの会話を参照)、一緒に入っていた女性を思い出し、思い当たる節があったのだ。
無論、マルガはキョトンとしたままだ。まだ、ツルペタのお子様なので・・・。
「……チョッ、チョット待て、ユウ。あんまりぽんぽん叩かれたら、バカになっちゃうだろ?」
ズパ~~~~ンッ!
「それ以上なるかよ! それに、Dカップ如きで目ぇキラキラさせながらメチャクチャ嬉しそうに笑うなんて、お前はやらしい単語を覚えたての小坊(注:小学生の事です)か中坊(注:中学生の事です)かよ!」
「幼稚園児が入ってないぞ、ユウ。 ヴィッチのじっちゃん達が自己紹介した時にも思ったんだけど、多分、この辺りは名字なんて貴族か何かが名乗る位で普通の人達は名前しかないと思うんだけど、そういう人達ってのは名字の代わりに村の名前を付けて名乗るのが一般的だったはずだよ。例えば、『ビンチ村のレオナルドさん』みたいな感じで……だから、想像してみろよ?『Dカップ村のヴィッチのじっちゃん』……なだらかな曲線をしたボディライン、きめ細かい柔肌、適度に膨らんだ揉み心地良さそうなDカップをした……そんなヴィッチのじっちゃんを?」
・・・ぶ~~~~~~~~~~!!
素直に想像してしまったユウは、思わず吹き出した。
柔らかそうな胸をポヨンポヨンさせながら、流し目でウィンクするヴィッチの姿を・・・。
そして、同じように想像したらしいケイトとマルガとハンナは笑い転げて、怒って良いのか笑って良いのか分からないような表情を浮かべて顔を真っ赤にしているヴィッチは、身体をプルプル震わせて佇んでいた。
「……ぷっ…………ブォッファ!ハハハハハハハハハハハ……」
堪えきれず、ゲラゲラ笑い出すヴィッチ。
身体を震わせていたのは、笑いを懸命に堪えていた為だったようだ。
―――――――――閑話休題。
「……成る程、あれがディカップ村命名の経緯なんか、ヴィッチのじっちゃん?」
笑いの沸点が低いヴィッチ達が落ち着いてから、ユウとレイはヴィッチからこの村が何でディカップ村と呼ぶのかを聞き、それを確認して戻ってきた。
何でもヴィッチの話では、村の裏手にある山の形からこの辺りの地名が『ディカップ』になったらしい。
チョット外に出て、何で『ディカップ』という名称にしたのか確認してみたユウとレイだったが、その山を見て二人は愕然とした。
「なぁ、ユウ……」
「……何だ?」
「この辺の土地の命名したのって、もしかしたら俺達と同じ世界の人間じゃないのかな?」
「奇遇だな。俺も、レイと同じ考えになっていたトコだ」
ユウとレイの視線の先にある山。
それは、それほど高くはないものの、『丘』と言うには少し傾斜の付いた、いわゆる双子山だった。
しかも鏡に映したように綺麗な対照形をした山だった。
山のカタチが少し綺麗すぎる気もするが、二つ並んだ山を見てると・・・。
「……マンガっぽいけど、女性の胸に見立てる事もできないではないかな?」
「レイがそう言うんなら、そうなんだろうな……あの山が女性の胸に見えない事はないけど、海外生活が長かったせいか日本人としての変態的な『見立て』の感覚が、レイと比べると劣っているから、『何となく、そんな感じかなぁ』程度だけど」
「ユウ!俺も大概だけど、日本人は、ユウの言う程変態的じゃないぞ?」
「そうか? 海外で生活してても、連山を裸の女性に見立てたり海を女性に見立てたり楽器(例:アコースティックギターなど)を女性の身体に見立てたりってのは現地の人でもわりかしやってるけど、日本では………まぁ、『枯山水』で石と砂で山や川を表現したりモノを擬人化したりして『人』に見立てたり茶室や数寄屋造りの建物で『侘び寂びの空間』を見立てるって感覚は分かるけど……腐女子的な意味でカップリングで『鉛筆×消しゴム』を見立てたり、そのものの姿形で軍用機やお菓子を手込めにしたりする見立てのセンスは、どうしても完全には理解できない」
「まぁ、それは、俺も少しついていけない感覚はあるけど……(作者注:大抵その手の類いは、ギャグやネタ枠で取り扱い、話の内容と外見のギャップで笑いを誘う作品が多い印象があります)」
「まぁ、何にせよ、この辺りが『ディカップ』って呼ばれている訳は分かった。ホンじゃ、確認できたトコで、戻ろうぜ」
「そうだな……」
そんな会話をしながらハンナの家に戻って、さっきの台詞である。
「そういう事じゃ。何せこの辺の土地が命名されたのは大分昔の事じゃから、誰が命名したかは分からんがのぅ」
少ししたり顔のヴィッチが、白湯(注:沸かしただけの水の事です。ただのお湯です。辺境なんで、お茶はまだ高級品の部類に入ります)を啜りながら、呟くように話す。
「ヴィッチのじっちゃん、その辺を詳しく知りたいんだけど?」
「とは言えのぅ……山の形から地名を採ったという伝承も口伝のものじゃしのぅ」
「おじいちゃん」
「ん?何じゃ、ケイト?」
「もしかしたら、山の上にある石の祠に、何かあるかも知れないんじゃない?以前、読めない文字みたいなモノを見つけたって言ってたじゃない?」
「おぉ、あの祠か……まぁ、確かにユウとレイなら、儂らの気付かんかった何かに気付くかも知れんのう」
「何、祠って? ヴィッチのじっちゃん?」
「うむ。ディカップ山の頂上近くに、誰が作ったかは知らぬがそれぞれ祠があるんじゃ。もしかしたら、そこに詳しい説明が書いてあるやも知れん」
「ヴィッチのじっちゃん、何で、推測形(の言葉)?」
「……祠の一部に書かれている文字が、儂らには読めなかったからのぅ。 お主らなら、もしかしたら読めるかも知れん」
「そうなの?」
「そうじゃ。 まぁ、明日、山の方に住んでいる主立った村の者を紹介しがてら、案内しようかの。ついでに、試験的に実施している農場や施設を見て貰おうかのぅ? お主達の意見が、何かしらのヒントになるやも知れぬ」
「……んじゃ、そんな感じでよろピく、ヴィッチのじっちゃん☆」
「うむ、分かった。 では明日の予定が決まった所で、白湯を飲むかの? 食後の白湯は、気分が少し和らいで、なかなか良いモノじゃぞ」
「お茶じゃないのかよ、ヴィッチのじっちゃん。 まぁ、取り敢えず、頂けるモノは頂くけど……」
「お茶なんぞ、まだまだ高級品じゃ。辺境の田舎なんぞで、そうそう毎日飲める訳ないじゃろ。 まぁ、明日案内する予定の農園で、試験的に栽培はしておるがの」
「それは、興味深いね。茶飲み話じゃなくて湯飲み話がてらに、その辺を詳しく聞かせて貰おうかな?」
そう言いつつ、レイはケイトが差し出した湯の入ったカップの一つを手に取って、おもむろに口を付けるのだった。
リ.……現実が、リアルが……『生活してくのって厳しいのぉ』という昨今です。
宝くじでも当たんないかなぁ……と思う今日この頃。 宝くじ買ってませんが……。
料理回は、これで一旦終了。
とは言え、まだ味噌や醤油を出してないので、確実にまたやる予定ですが(笑)。あと、料理のローカライズネタ。
取り敢えず、俺TUEEEネタを前に持ってこようとしてるので、次回は小説版『Ζ』の二巻の出だし風にしてみようかと・・・。
卵ふわふわは文中にもあるように、昔(江戸時代)、主な宿場町で供されていたようです。記録では、四国だか九州の宿場町でも供されていたとかいないとか。
ちなみに、フクロイ=袋井市(静岡県)です。
作者はまだ未食なので、材料から推測して想像で書いてます。(実物の味と)違っていたら、ごめんなさい。
ブログやらPRのHPやらでは美味しいと書いてあるので、機会があれば食べてみたいなぁと・・・。




