第四話の二
取り敢えず謁見が終わるトコまでは書きたいと思います。
「お主達にこれから話そうとしている事は、他言無用の話だ。良いな?」
重々しく放ったラルゴの言葉は、
「OK~☆」
という、軽いレイの返答で台無しになった。
「いや、その……多分肯定的な意味合いの返答だとは思うが、『OK』って何? しかも、その軽そうな返答で、大丈夫なのか?ちゃんと、他言無用の約束を守れるのか?」
「領主のおっちゃん、重く言おうが軽く言おうが、約束を守るという内容は変わんないでしょ? 別にどう答えようと、約束を違える事はないから安心しぃな」
「う、うむ。それは、そうなのだが……何か釈然とせぬのぅ」
「ホイじゃ納得したトコで、チャッチャと話してチョ☆」
「……まぁ、良い。これから話す事は、私に関する事なのだが……」
「謁見室に、両脇を支えられて入ってきた事と関係あるの?」
「うむ。実は、徐々に身体の自由が効かなくなってきておってな。ついに先日、足首の力が入りにくくなって、歩くのが難儀になってきた。 ゆっくり歩く分には大きな問題もなく歩けるが、速く歩こうとするとも足がつれやすくなるので誰かの肩を借りて歩かねばならぬ」
「それでこの部屋に入ってきた時、肩を貸されて入ってきた訳か……」
「そうだ。 更に糅てて加えて最近、指の力が抜けてきておる感覚がある」
「つまり……物が掴めなくなってきたと?」
「いや、まだそこまではいってない。公務時に、少しばかりペンを握る手に、力が入りにくくなってきた感覚があるだけだ。ただ、足の事もあるのでな。 関連があるやも知れぬと思っただけだ」
「なるほど……他の症状は?」
「無いな。 食欲も普通にあるし、眩暈や嘔吐感がある訳でもなし。ましてや、身体の何処かに痛みがあるでもない状態じゃ」
「ふむ……領主のおっちゃん、幾つか質問するから、即答して」
「即答?」
「ラルゴ様、問診の一種かと思われます」
スッと、ヴィッチが口を挟む。
その一言で、ラルゴは即座にレイの意図を理解した。
「なるほど。まぁ、良かろう。何でも聞くが良い」
「んじゃ、聞いてくよ?……まず、おっちゃんのスリーサイズは?」
ズパ~~~~ンッ!!
レイの質問がなされた瞬間、コンマ数秒の時間差でユウのハリセンがレイの後頭部を直撃する。
「いきなり、ボケかますなよ!」
「いやぁ、つい……」
「『つい……』じゃないっての!」
「二人とも、待て。今のはドコに、叩いたり叩かれたりする要素があったのだ? あと、スリーサイズって何なのだ?」
「ブ~~~~~~~~ッ!!」
「ヴィッチ!今度はお主か!? 一体、何じゃ?」
いきなり吹き出したかと思うと屈んで腹を片手で押さえながら、もう片方の手で床面をパンパンとタップし始めたヴィッチに、ラルゴが困惑気味に問いかける。
少しの間、悶えるように笑いこけていたヴィッチは、ようやく何とか笑いを抑え込むと、おもむろに立ち上がって口を開く。
「……ラルゴ様。 スリーサイズというのは、『|measurementsの事です。話し言葉で、『vital statistics』とも『vital size』とも言います」
「ぶっ!!」
「今度は、ソーンか!? どうしたというのだ、一体?」
腹を抱えてうずくまり、身悶えするように懸命に笑いを堪えているソーンを見て、ラルゴは訳の分からない表情を浮かべた。
「ラルゴ様、スリーサイズとは、主に服などを作る際、女性の胸囲や腰回りの寸法の事を指し、それは淑女にとって最上級の秘め事の一つです」
「うむ。それは、分かる」
「ラルゴ様の『何でも聞くが良い』という言葉に、レイという者がラルゴ様という『男性』に対して『女性』の秘め事であるはずのスリーサイズを聞くというズレた行動。また同時に、問診するかのように振る舞って、いざ聞き出そうとしたのがスリーサイズという問診とは全く関係のない質問である所のズレたおかしさ……それらが合わさって、笑いを誘われたのです」
「なるほど! そのズレが笑いを生み出したのか? そうかそうか、ふはははは……」
ヴィッチの説明で疑問が腑に落ちたのか、ラダンは口元を抑えて楽しそうに笑い、謁見室に暫し、笑い声が響いた。
「敢えて理論立てれば、そのようになるかと……レイと言ったな? 違うかの?」
「ギャグの解説をされる事ほどむず痒いモンないんだけど……まぁ、あとは謁見なんぞという公式のかしこまった場で、少し『ふざけ』混じりの事を言って緊張を崩して和やかな空気を演出しようと思ったんだけどね。 ヴィッチのじっちゃんの言ってる事は、大体合ってる」
「そうなのか? 下手したら無礼を働いたかどで斬られても文句は言えないこういう場で、そこまで考えて発言できるとは……余程の胆力ある「領主のおじさん、ちょっと待って!!」」
ラルゴが感心している途中で、遮るようにユウが声を重ねてくる。
「何だ、ユウ……だったか?」
「レイ……いや、コイツの言う事を完全に信じるんじゃなくて、時々疑った方が良いよ」
「どういう意味だ?」
「ハァ~(←溜息)……確かにかしこまった場で、少し『ふざけ』た事を言おうとしたのはホントだと思うけど、和やかな雰囲気にしようとしてわざと言った訳じゃないと思う。何も考えないで、ついつい条件反射的にポロッとボケただけだから……」
「え?」「なぬ、本当か?」
ラルゴとヴィッチは、思わず疑問形を口にする。
特にヴィッチは、レイの意図を素早く予想し、肯定する言動をしたから尚更である。
「んも~、ユウ、そういう事は空気読んで、言わんで欲しかったな☆」
「その後の展開が読めたから、言わずにいられなかった。また、下ネタに展開するつもりだっただろ?」
「いや、今回はスカトロ系の下劣ネタで攻めようかと……」
「なお悪いわ!」
「てへペロ☆」
「うわぁ……マジ、イラッとくるな」
「ちょっと待て、ユウとレイとやら。 つまり、簡単に言うと、私達を謀ったと?」
「いや、領主のおじさん、そこまでは言ってない。 雰囲気を緩めようとした直感が働いたとは思うけど、考えての発言じゃなかったって事だよ。こい…レイは、直感でポロッとアドリブ入れる癖があるから、気を付けてないとアッサリ騙される時があるよ」
「むむむ……お主達の言葉は、自ら『自分は、厄介者だ』と宣言してるに等しい発言じゃぞ? 私が『そんな者の後見人にはなれぬ』と断るかも知れぬぞ?」
「あっ!……ユウ、どうしよう?そこまで考えてなかった」
「お前は……ホントに、後先考えずにボケる時があるな!『後悔先に立たず』ってことわざを、少しは噛み締めろよ。それに付き合わされて振り回される立場のヤツは、堪らんぞ」
「あ~……前向きに検討し、邁進していきたいと存じます」
「お前は、どこかの政治家かよ!」
「そんな事言ったって、『三つ子の魂百まで』って言うじゃん。ホイホイ簡単に変われるほど、人間、便利にはできてないって」
「開き直んなって……」
「まぁ、そんな訳だ、領主のおっちゃん。あんまり重苦しそうな顔してたから思わずボケちゃったけど、雰囲気が少し緩んだ所で、俺の質問に答えてくれる?」
「いきなり話を戻すな(はぁ~←溜息)……何かもう、どうでも良い気持ちになってきたの。 ヴィッチの予測というかフォローが無駄になってしまっておるが、もうどうでも良いわ。 話を先に進めるがいい」
少しのやりとりで、それなりにユウとレイの性格を感じ取ったラルゴは、これ以上うだうだ言っても話が進まないと悟って話の先を促す。
「じゃぁ、まぁ……幾つか質問するよ」
レイはそう言うと、ラルゴに視線を向けて質問の言葉を投げかけた。
「手足に痺れは?」
「ないな」
「声は普通に出て、喋れる?」
「無論だ」
「目に見える物が、二重になってたりする事は?」
「ないな」
「食事をしてる時に、飲み込み辛い事は?」
「ないな」
「今までで、首から腰までの背中側で、骨が見える位の傷害や関節が外れる位の衝撃を受けた事は?」
「ないな」
「親戚縁者の中で、似たような症状を患った人は?」
「いないな」
そこまで矢継ぎ早に質問した後、レイは右手で顎を軽く撫でながら何やら考え込む。
「ん~~~と……見た目、筋肉が痩せてきてる印象がないから…………」
少しの間目を伏せがちにして何事か思案していたレイは、ゆっくりとラルゴに視線を向けて口を開く。
「あくまで素人判断の個人的な見解だけど……」
「うむ……」
僅かに身を乗り出すラダン。
「……病状と治療法が、分からないと言う事だけは分かった」
「(がくっ←肩の力が抜けた音)大層な事言ってた割に、平凡な答えじゃの?」
「厳密には自分の持っている知識の中に、該当する症例がなかったんでね」
「数個の質問だけで、そこまで分かるものなのか?」
「ん~~。まず、一つ目から四つ目までの質問は、ギラン・バレー症候群とかの初期症状だ。質問に該当する箇所があれば、そこの血管の中に血栓ができてる可能性があったんだけど、該当しないみたいだから除外」
「血栓……それができると、どうなるのだ?」
「血管が詰まって、そこから先に血が行かなくなって、徐々に身体が動かなくなる。最悪、死ぬ」
「死ぬのか!?」
「運が悪いと、そうなるよ。 で、五つめの質問が該当してれば、細菌が入って神経系が異常になっている可能性があったけど、違うみたいなんで除外」
「なるほど」
「最後の質問は、極々稀に、奇病と呼ばれる位珍しい遺伝性の病気の可能性を考えたんだけど、該当してないみたいなんで除外……そうなると、領主のおっちゃんの病状が、俺の知ってる範囲内で該当する病気がないんで、『分からないと言う事しか分からない』という答えしかできない訳だ」
「なるほど……理由を聞けば、お主の答えにも深い裏付けがあっての事だと分かるな」
「医療に関しては、そんなに興味を引かれなかったんで、知識がほとんど無いに等しいんでね。 役に立たなくて、申し訳ないと言う他ないけど……それに、下手に人の命が係わっているから、素人が安易に判断するべきではないと、俺は考えているんだけどね。だから、民間療法とか食餌療法で治る程度の症例程度しか知識を持ってないよ」
レイの言葉に、ユウがピクリと反応する。
「ちょっと待った、レイ。じゃ、何で、ギラン・バレー症候群とか筋萎縮性側索硬化症みたいな、専門的な治療が必要な病気の事を知ってんだよ?」
「ん? そりゃ、昔、背中側の腰の部分に刺すような痛みがあって、一時的に立てなくなった事があってさ……結局、軽い椎間板ヘルニアだったんだけど、その時、動けなくなる症状の病気について調べまくったから、たまたま知っていただけだ」
「また、前世でサラリーマンやってたっていう、厨二病な発言かよ」
「いや、だから……まぁ、いいや。そんな感じだ」
「ん? レイとやらは、以前に塩の行商人でもやっておったのか?」
「領主のおじさん、何を言って……あっ(←察し)、Sal(注:羅語で『塩』)の言葉で誤訳が生じたか……ホイッと☆(ピロリン!←翻訳魔法を修正した音) あ~~、別にレイは、塩商人をしてた訳じゃないよ。サラリーマンって言って、労働力を契約によって金銭に換える仕事をしていたって言ってるだけだから。ただ、一定程度以上の年齢と常識を兼ね備えないと無理だから、俺と同い年のレイじゃサラリーマンにはなれないって事で……」
「では、何故、以前にサラリーマンとやらをしていたと?」
「それがコイt……レイの悪いクセでね。『自分は、前世で冴えないサラリーマンやってた』って思い込んでいる部分があるんだよ。普通に荒唐無稽な話なら馬鹿にして終わりだけど、変にリアリティがあるから『もしかしたら本当かも……』って思わせる所が意地悪い。取り敢えず適当に流しとけば問題ないんで、領主のおじさんもそんな感じで対応しとけば良いよ」
「ふむ……よく分からんが、頭が『少し残念』だという認識で構わんのか?」
「はい。それで、概ね結構です」
「ユウ……地味に酷でぇよ」
「だったら、前世云々っていう厨二病的な発言は控えとけよ。時々、鋭く的確で良さ気な事言うから、まだ流すだけで済んでんだから。普通だったら、退かれておしまいだぞ」
「ふむ……お主達のやりとりから考えると、レイとやらの『残念』な度合いというのは、『少し』ではなく『結構』な度合いの『残念』という認識にしといた方が良さそうじゃな」
「領主のおっちゃんも、地味に酷でぇ……」
「まぁ、それはともかくとしてだ、私の病状はレイとやらの知っている病状には当てはまらなかったが、もし当てはまっていたら、どんな治療法が?」
「ん~と、血液を分離して、血漿成分を交換していく治療法くらいかな? その治療法なら、複数回の交換療法とリハビリで、副作用の心配があまりない程度に治るはずだよ」
「血漿とは、何じゃ?」
「え~と……簡単に言うと、血液から血球って呼ばれる成分を抜いた液体で、作るのに結構手間がかかったはずなんで、それなりの専門的な施設じゃないと質の良いやつが作れないから、俺達じゃ作れないよ」
「そうか……」
「レイと言ったの。一個質問じゃが、血を交換するなら、瀉血療法を何回かに分けてやる方法では、代用できんかの?」
「あ~~~、ヴィッチのじっちゃん、瀉血療法ってのは、多血症とか一定の(C型)肝炎とか一部の細菌・真菌性の感染症なんかの一部の治療以外に、あまり意味はないよ。気休めにしかならない」
「……そうなのか?」
「今言った一部の症例には有効だけど、それ以外はね……逆にやり過ぎると、血が足りなくなって失血死したり、瀉血したトコから感染症になって最悪死ぬ羽目になるよ」
「ほほぉ!そうなのか?実に興味深い!! 真偽はともかくとして、レイのいた所では、そのような知識が流布されているのか?」
「まぁ、大まかには……」
「嘘こけ!レイみたいに貪るように調べないと、こういう専門的でマイナーな知識は覚えられないっての」
「ほぅ……ユウとやらの言ってる事は本当か、レイ?」
「まぁ、『当たらずとも遠からじ』ってトコかな、領主のおっちゃん」
「ふむ………最後に一つ。今回、私の病状はレイの知りうる病状に該当しなかったが……」
「取り敢えず、経過観察しかないでしょ。 もうチョイはっきりした判断するなら症状が進行しないと分からないし、もしかしたら快方に向かうかも知んないし……ただ、快方に向かった際、『筋力が落ちて歩けません』って事がないように、松葉づ……クラッチ(注:歩行用補助器具。ウ○ルトラ○ンレオで、ダン隊長が持ってた杖状のアレです)でも何でも良いから補助器具使ってでも歩くようにして足の筋力をなるべく落とさないようにしといてとしか、今の段階ではアドバイスできないな」
「そうか……あい分かった。クラッチを手配して、できる限り人の補助ではなく器具での歩行をするとしようかの? それでお主達に、折を見てまた診て貰うような……」
「いや、領主のおっちゃん、当座の金が貰えたらいつ出て行くかも知んない根無し草を当てにされても困るんだけど?」
「ヴィッチの村を見学するんだろ?滞在中の間に、ヴィッチにお主達のその辺の知識も伝えてくれれば良かろう?」
「まぁ……領主のおっちゃんの言う通りだね。滞在中の適当な時に、引き継いどくよ」
「うむ、頼む。 取り敢えず当座の生活費については、二、三日中に用意する。用意できたら迎えを行かせるから、取りに来るが良い。また、それまでに良さそうな仕事の口も幾つか紹介できよう」
「ホイホイ♪なるたけ、楽に稼げる仕事をよろしく頼んますよ、領主のおっちゃん☆」
「何かイラッとくるような、凄い我が侭な空耳が聞こえたような気がするが……」
「イエ、ナンデモアリマセン(←棒読み)」
「そういうボケをする位なら止めとけよ、レイ」
「いやぁ、つい……」
「ふむ……では、ユウとレイ。二人はこれからヴィッチと共に『村』へと赴き、その目で見聞して来るが良い。そして気付いた点があれば、遠慮なくヴィッチなどに告げて欲しい。 できれば、今後の『村』の発展に寄与する意見を期待するぞ」
「あ~~……適宜検討の上、前向きに対処したいと存じます」
「何ぞ持って回った言い方だが、まぁ良い。 ユウにレイ、これで二人の引見を終了する。この後、ヴィッチと共に『村』へと向かうが良い。二人共、大儀であった」
ラルゴがそう言い放ち、ユウとレイの引見の終了を宣言した。
ラルゴの宣言とほぼ同時に後ろに控えていたソーンは、一旦退出していた少年二人を呼び、ラルゴの両脇に控えるように指示を出す。
そしてラルゴは、少年二人に支えられて椅子から立ち上がると、ゆっくりと部屋を退出していった。
「さっ、それではボチボチ行くとするかの?」
ラルゴが謁見室を去って暫し、静かになった沈黙を破るようにヴィッチがユウとレイに声をかける。
「? 行くってどこに行くの、ヴィッチのじっちゃん?」
「何処って、儂の村に決まっておるじゃろ。 今から発てば夕方前には着くじゃろうから、二人共、さっさと行くぞい」
言いつつ、謁見室を出ようと歩き出すヴィッチ。
そんなヴィッチの後を、ユウとレイはお互いの顔を見合わせてから、無言でついて行くのだった。
う~む、何とか端折って謁見自体は終わらす事ができました。
謁見中に語らそうとしたバルガ領の現状とか、魔族とは何ぞやとかの話は、次回以降に回しとこうと思います。