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道化師は止まらない  作者: しみず みし
13/21

第五話   移動―――馬車の上の雑談

 今回は、ほぼ道中の二人の会話だけで進行するんで、ユウの出番はほぼ……というか、一言だけで全然ないです。


 バルガ領の城下町から郊外に延びる街道と遜色のない一本の道を、一台の馬車がガタゴト音を立てて進んでいる。

一頭立ての馬車は使い込まれて角が磨り減っている箇所はあるが、手入れが行き届いているのかガタついている箇所が見当たらない。

しかも、馬車の側面に車輪のシャフトに繋がった幾本もの支柱が地面に垂直に立てられて鎖が伸びており、十数本の鎖が馬車の荷台部分を車軸からわずかに浮かしている。


「凄ぇ……原始チックなサスペンション機構だな。もしかして、お手製?」

 城下町を出る際に、初めて馬車を見たレイは、馬車のサスペンション機構をじろじろ見ながら御者席のヴィッチに質問した。

「まぁ、お手製はお手製じゃが、ちゃんと鍛冶師をやっとる者が作ったモノじゃ。その者から『村長になったのだから、自前の馬車位持て』と言われてのぅ。急ぎで作って貰った馬車じゃよ」

「へぇ~、『自家用車』って事か……」

「とは言え、普段は村と城下町の間を物資を運ぶ為に行ったり来たりで、完全に自家用って訳ではないがの。 さてと、何はさておき、荷台に乗りなさい。」

「「へ~い」」


・・・・と、会話を交わしたのが数十分前。

「ふ~ん。 んじゃ、魔族って、昔からいた訳じゃないんだ?」

道中、馬車周りのサスペンションやら支柱を使った幌の開閉機構とか、道沿いの畑で栽培されている作物の種類とかの話が一通り済むと、レイは魔族についてヴィッチに質問する。

「そうじゃな……伝説上では『その昔、魔族の魔王が復活し、呪いや魔法で地上に混乱をもたらす。魔族はその勢力を伸ばし、人々は土地を追われる。 大地は荒れ、人々の心に希望は潰えそうになった時、呪いをかけられた王の娘とどこからともなくやって来た道化の従者が魔王を討ち取ったり……』といった感じで、存在自体は知られておったが実在するとは思われなかったのじゃ。ところが十年と少し前、旧バルガ領に隣接していたヴェルタ領という所で魔族が復活してのぉ。あっという間にヴェルタ領を滅ぼしてしもうだ。 周辺の領主達とこの辺を統括する王国で討伐に出向いたんじゃが……」

「『じゃが……』?」

 レイが若干、(いぶか)しそうな声を上げて続きを促す。

「酷い戦いじゃった……ラルゴ様の領軍に、当時傭兵だった儂らも従軍して討伐に出向いたんじゃが、魔族は魔法で攻撃してきよってのぅ。弓や鉄砲の射程に入る前に、味方がどんどんやられていきおった。 結局、物量による人海戦術で押し切る事になったんじゃが、前面に出たのが主にラルゴ様の領軍と儂ら傭兵団でな。かなりの損耗を強いられたが、数年越しで魔王の城まで追い込む所まで成功しての……」

「ほほぅ……」

「じゃが、その後がイカンかった。 魔族討伐で、当初からいろいろ難癖付けられて何かと矢面たたされておったからの。魔王の城に攻め込む時には、疲弊しきっておった。 そしてその時に気付いたんじゃが、どうも他の領主達や国王達に儂らは良いようにハメられたようでの……儂ら以外の、戦力を温存していた諸侯と国王の連合軍が魔族の城に攻め込んでの。 魔王の娘は何処(いずこ)かへ消えて、魔王は討ち取ったらしい。で、魔王を討ち取った報償として、魔族に滅ぼされたヴェルタ領をラルゴ領に組み入れた上で、バルガ領の半分位を分割、接収されてしまった……」

「何だよ、それ?理不尽極まりないな……とは言え、滅ぼされた領地だけじゃなくて、領主のおっちゃんの領地に組み込ませた上で、報償として土地を分割した方が貰える土地は多いか?……大方(おおかた)、最初は『貴君が、今回の討伐の最大の功労者だ』とか『魔王の勢力圏にいた住人は、貴君の領への併合を望んでいる』とかさんざん持ち上げておいて、『他の領地への報償は、魔王が関係した旧ヴェ―――何だっけ? そうそう、ヴェルタだよな―――ヴェルタ領と、その関連箇所から接収するモノとする』とか何とか言って、領主のおっちゃんトコの領地まで含めて報償として他の領主や国王に分捕られたんか?」

「まるで、見てきたように言うのぅ。 まぁ、その通りの展開だったんじゃが……よく分かったの?」

「まぁ、『マフィア』とか『YAKUZA』より遙かに程度の低いゴミ(かす)みたいな国家が使う常套手段だからな。良いように上げてから下げて屁理屈こねて、より多く分捕っていくっていうのは、そういう(くず)みたいな国の常套手段だよ。 まぁ、大体予想できたけど、何でそんな暴挙がまかり通ったの?」

「かの有名な哲学者のパスカルも言っておったじゃろ、『力なき正義は無能』じゃと……魔王を討つ時点でラルゴ様の領軍と儂ら傭兵団は、消耗しきっておったからじゃ。戦力を再度整えて対抗できる力を得るには、未だ時間が足りぬ」

「その後に、『正義なき力は圧制である』って言葉が続くけどね。 要は、未だに戦力が足りなくて、国王とか周りの領主から良いようにされてるって事?」

「大体、その通りじゃな。じゃが、レイの言う事と違うのは、国王様は直接関わってないという事じゃ」

「何で?」

「今の国王様は、当時戴冠されたばかりでの。魔王の呪いにより先王が逝去されて、四歳という幼少ではあったが急遽即位されたのじゃ。そんな国王様に一連の判断ができるとは思えぬ」

「そら、そうだろうけどね。 んじゃ、周りの領主達と組んで(はかりごと)図ったのって、誰? 摂政?関白……は、この場合違うから、宰相?」

「……私見になるがの。 宰相じゃと思うておる。先王の頃は、何かと意見をぶつけておったし、儂みたいな傭兵と友誼を持つラルゴ様に度々(たびたび)苦言を言っておったからのぅ」

「ヴィッチのじっちゃんって、傭兵だったんか!?」

「驚くのは、そっちなんじゃ……もっぱら事務方と管理が主体じゃったがの。大きい傭兵団は、戦闘する者が管理運営に携わっていると、いざ戦死した時に支障をきたすでのぅ。後方で支援する者が必要じゃったから、儂が雇われていた訳じゃ。 それはともかくとしてじゃ、儂は宰相が怪しいと睨んでおるんじゃが、如何せん物的証拠がない。それに、儂の思い込みによる勘違いの可能性もあるでのぅ。 それに、宰相も先王が亡くなる少し前までは王を助け、善政を行っておったからのぅ。何故に心変わりをしてしまったのやら、儂にも分からぬ」

「ふ~ん……んじゃ、領主のおっちゃんやヴィッチのじっちゃんは、その宰相とかの圧政っぽい所業も唯々諾々(いいだくだく)として受け入れるんだ~?」

 ポロッと漏らすように呟いたレイの言葉に、御者台のヴィッチの雰囲気が変わった。


「ウヒヒンッ!」

 後ろからの急な雰囲気の変化と急に握られた手綱の張力に戸惑って、馬車馬が情けなく(いなな)く。

 レイの目から見ても、明らかに殺気立って手綱を目一杯握りしめたヴィッチは、御者台で細かく震えていた。

「ふ~ん……どうやら、甘んじて受けてるって訳でもないんだ。 だとすると、現状を受け入れているのは、何故?」

「受け入れてはおらん!…………いや、すまん。少し感情的になったの。 事情を知らぬお主に、怒りをぶつけても八つ当たりにしかならぬのにのぅ」

「いや、こっちも事情を知らずに軽はずみな発言しちゃって、申し訳ない。ただ、現状を良しとしない心情は理解するとして、反抗しないのは何でだ?」

「……レイ、お主、チクチクと痛い所を突いてくるのぅ。 まぁ、良い。ここだけの話で、儂の個人的な主観として聞いておけ……結論として『対抗できる軍事力が無い』(ゆえ)現状に甘んじておるが……心情的な部分で、領民にこれ以上人的負担をかけたくないと言うのが本音じゃ」

「…………続き、どうぞ」

「魔王を討ち取った際、ラルゴ様の領軍は既に軍としては稼働不能の状態での。儂らの傭兵団が半ば組み込まれた状態で運営されておったんじゃ」

「? そんなに損耗が激しかったの?……と、言う事は、損耗率三十%越え? どんだけ損耗を無視して、無謀に突っ込んでんだか。普通に考えれば、愚昧な指揮官の典型的な悪手だけど……できなかった理由があったの?」

「うむ。 他の領主軍との足並みが揃わなかった事と、魔王が傀儡を投入してきて一時不利になった時に(魔王の支配地域に)隣接する領主以外、焦土作戦を決行しようとしておったのでな。領民の命と土地を守る為に、多大な損耗を覚悟してでも人海戦術を展開せざろう得なかった」

「あぁ……簡単に言うと『我が軍の戦力を温存ししたまま戦略的後退し、魔王の軍勢を少しでも消耗させる為の焦土作戦だから、焦土作戦は決定事項。それに異議があるなら、自前の軍を動かして撃退しろ。撃退に失敗したら、焦土作戦を始めるぞ』みたいな感じの事を言われたんかねぇ?」

「大体そんな感じじゃ。 レイ、お主、よく分かったのぅ?」

「人の弱みにつけ込んだり揚げ足をとるヤツの思考ってのは、パターンが大体似てるからな。ヴィッチのじっちゃんの言った状況に、そういう思考パターンを当て嵌めて結果と結びつければ、多分こういう事言われたんじゃないかという台詞が予想できる訳だ。 まぁ、外す場合も結構あるから、当たっててラッキーって感じだけど……ただ、それだけだと『領民を守る』という強烈な動機には、今一つ足りない気がすんだけど?」

「レイは本当に、痛いトコを突くのぅ……バルガ領は、代々領主と領民とは良好な関係を作っておってな。それに、バルガ領軍のほぼ全員がラルゴ領内の民なのじゃ。そんな彼らに、『故郷の地を焼き払え』と命令できるかの?」

「なるほど。土着的な結びつきが強ければ、焦土作戦に反対するに足る理由になるか……あぁ、だから、損耗率が限界にきても人海戦術を止めなかった訳か」

「レイは頭が回るのぉ。兵達からすれば、自分たちの敗退が故郷の存亡と家族の命に直接関わってくるのじゃから、例え命令を無視してでも魔族に立ち向かって行く心づもりでいたんじゃ。そんな状態で、儂らにできる事と言ったら……」

「ヴィッチのじっちゃんの頭が禿げる位……悪く言えば効率的に兵を死なせて、ダメージコントロールしながら人海戦術で魔族を討伐していくしかない訳か?」

「禿げたんと違うわい!ちょっと、前髪前線が後退しただけじゃよ!……まぁ、レイの言う通りの事しかできんかったがの……じゃから、魔族を打ち倒した後、『もう、誰一人として失いたくない』と言うのが、ラルゴ様はじめ皆の心境じゃったんじゃ。止むを得ない事とはいえ、犬死に近い事を指示したんじゃ。自己嫌悪や後ろめたいという気持ちもある……そして、その気持ちをより強固にした出来事があったんじゃ」

「ほうほう、何があったの?(←合いの手)」

「バルガ領の領地が削られて、泣く泣く削られた領地を撤退する時じゃった……」

「うんうん(←合いの手)」

「儂らの隊列の後から、領民が列を成して続いてきたのじゃ」

「ほぅ……(←合いの手)」

「……何ぞ、レイの合いの手は、どことなく投げやり気味じゃのう?」

「いや、ヴィッチのじっちゃんの気のせいだって。凄いなぁ~って、感心しながら聞いてるじゃん(←棒読み)」

「何故、目を逸らして話しておるのじゃ?」

「…………まぁ、その辺はいいから、続き続き。『三国志演義』の荊州から撤退する劉備玄徳を慕って付いてった農民みたいな状況になって、どうしたって?」

「まったく……何となくじゃが、だんだんお主の性格が分かってきたわい。……まぁ、良い。 領民からしてみれば、『苦戦したら平気で我々(領民)を切り捨てる何処の誰とも分からない領主よりも、例え無茶な戦いをしても自分達の命と土地を守ろうとしたラルゴ様の方が、今まで住んでいた土地を捨ててでもマシだろう』と考えたんじゃろうの。じゃが、儂らから見れば、それでも嬉しかったんじゃ。中には、人海戦術で戦った時に家族を失った者が多数おったのに、それでも儂らの方が良いと思って付いて来てくれたのじゃ。しかも、儂らから出すと言った賠償金を、内心はどうあれ全員辞退しおったんじゃ。そんな領民をどうして見捨てる事ができよう……」

「んでも、領民込みで土地が貰えると思った他の領主達から、反発なかったの? 大概、そういう場合って滓みたいな為政家って自分の都合の良い解釈しかしないし?」

「何ぞレイは、為政者に対して恨みか偏見を持っておるのか? 実際、レイの言う通りで、他の領主達が一斉に抗議を申し立ててきたのじゃが、ラルゴ様や弟のラダン様、それに姫様が『土地は渡せと命令されたがが、領民は渡せとは言われてない』とか屁理屈こねたり、若き国王様に直接ねじ込んで掛け合ったりしたんじゃ。おかげで、定期的に王都へ出向かねばならなくなったり復興支援が受けられなくなったり細かい条件がついたりしたのじゃが、何とか領民の確保はできたんじゃ」

「若い王様って、戴冠時は四歳だったっけ? 今はちょっとは(チッたぁ)、モノの判断ができる歳になってるの?」

「不敬な物言いじゃのぅ、レイ。あれから五年程経っておるから、今は九歳程かのぅ。確か、姫様より二、三歳年下のはずじゃ。 それなりに発言力を持てるよう、努力はされておるのじゃが……」

「ふ~ん……早ければ国をまとめる位の気概は見せるけど、まだまだ実際に国をまとめるのは不安な歳だな。魍魎殿に住んでるような海千山千の為政家達の中じゃ、良いようにやられちゃうな」

「レイは、まるで見てきたように言うのぉ。 実際、その通りなんじゃが……」

「為政者ってのは、古来より口先だけで『武』を動かし『民』を煽って『国』をデカくする輩だからな。良い方向に向いているうちは『国』が繁栄してくけど、悪い方向に向くと足の引っ張り合いや揚げ足取りが目的のヤツが増えて、緩急の差はあれ『国』が衰退していく。 為政者ってのはそういうもんだってのが、俺の認識だ」

「ふむ、実に興味深いのぉ……お主の言う事は納得できる部分もあるが、何よりそういう批判できる精神性というのは、王族や貴族のような上流階級や豪商のような豊かな者で、ある程度の教育を受けねば出てこない発想じゃぞ」

「あ、そうなの?」

「そうじゃ。そういう事を考える事自体、ある程度の知識や知性を背景に持ってないと出てこない発想じゃ。レイ達の言っている事は(はた)から聞けば不敬な発言じゃが、一歩退いて俯瞰(ふかん)的に発言の意図をとらえてみると、それなりに知性っぽいモノを伴った考え方に思える。 些か為政者の(とら)え方がニヒリズム……というか諦観が混じったようなジジむさい見方なのは気になるが、儂にはそういう思考ができるお前さん方が実に興味深く見えるのぅ」

「ヴィッチのじっちゃん、褒めても何も出ないよ」

「別に褒めとりゃせんわい。思った事を口にしただけじゃ。 それはともかく、儂らを慕って付いてきてくれた領民は、屁理屈こねて土地だけの損失で済ませたのは良いのじゃが、新たな問題が発生してのぅ」


「……簡単に言うと、食糧問題と、次点で経済的な問題か?」

「その通りじゃよ、レイ。やはりお主は、頭が切れるようじゃの」

「いや、俺とユウの居たトコじゃ、よっぽどの馬鹿か精神的な幼児以外は、ある程度年齢を重ねれば自然と身に付く考え方だよ」

「それが素晴らしいというのじゃよ。 そういう風に考えられる知性を持てているという事実が重要なんじゃ。その為には、『国家百年の計』とも言うべき長期視点に立って教育に力を入れ、領民にすべからく最低限の教養と知性を身に付けさせるべきと進言はおるのじゃがな……」

「なかなか理解が得られないと?」

「うむ。 ラルゴ様や一部の代官や町長、村長は理解してくれて、独自に『読み書き計算』を、子供を自宅に招いたり日曜の休日を使って教会で学習会を催したりしてくれておるのじゃがの。なかなか浸透していかんのが現状じゃ」

「まぁ、そうだろうねぇ。 食うや食わずに近い状況で教育にうつつ抜かしている暇があったら、その分畑に出て麦の一房、山に入ってウサギの一羽でも確保した方がよっぽどマシだって思うのが普通だもんな」

「レイは、本当に見てきたように言うの。昔、説明会を開いた時に、まさにそのままの事を言われたわい」

「『倉廩(そうりん)満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱(えいじょく)を知る』by管仲 ってトコだな。 大方、領民引き取ったは良いけど、削り取られた分の領地で作っていた食料生産量が賄えず、かつ付いてきてくれた領民に新たな仕事を割り当てる事もできず、かといって引き受けたからには責任もって領民を養わなければならず、さりとてお嬢が言っていた『ここ数年の不作』続きで食料の備蓄も心許ない。加えて、周りの領主達や国王……っじゃないか、まだ国政に充分な能力を発揮できない国王なのを良い事に結構好き勝手やってる宰相達や周りの領主達に対抗する為に軍備も整えなきゃならないけど、前述の理由で軍備の予算を捻出するにも一苦労。でも、今現在の領内で資産を増やす当てもなく、まさにジリ貧の状態って感じなのかな?」

「…………その通りじゃ」

「そんで、ヴィッチのじっちゃんがやってる村でアレコレ試行錯誤していて、それが今言った問題点が解決しそうな感触を感じているけど、予算とか周りの理解とかいろいろな要因で目立った成果が出ていないから、俺とユウの知識で少しでも成果に繋がればって、お嬢は考えたんかな?」

「まぁ、多分、そうじゃろぅのぅ……」

「お嬢には悪いけど、俺やユウにそんな問題がパッパカ解決できるような御大層(ごたいそう)な知識なんて、持ってないんだけどなぁ」

「そんな訳無かろうに……今までの会話から、思想的な偏りはあるやも知れんが、幅広い知識が頭の中に入っていると、儂は見たのじゃがな?」

「? どうしたらそう判断できたんだか、参考までに聞いてもいい?」

「さっきも言ったじゃろ? 『批判できる精神性』というのは、ある程度の知識や知性を背景に持ってないと出てこない発想じゃと。 それに、言葉の端々(はしばし)に乗る古典や故事成語などから、かなりの教養も持ち合わせておると判断したんじゃ。『力なき正義』のパスカルの言葉だけでなく、結構な好事家(こうずか)でなければ知らないような、東の大国、China(チャイナ)の古典まで知っておるのだからの」


「……ヴィッチのじっちゃんは、何でそんな事知ってるの?」

「たまたまじゃの。 お主も謁見の時に会った宰相のソーンじゃがな、かなり個人的な趣味で東洋の文献にかぶれ……ハマっておるのじゃ」

「ソーンさんって、あの、如何にも貴族っぽい髭と毛先が良い感じにカールした小太り気味のじっちゃん?」

「『良い感じ』って……レイは、どういう目で人を見ているのじゃ?」

「ん?こういう目☆」

 ヴィッチに答えつつ、レイはニマニマした目を自分で指さしながらヴィッチに見せびらかす。

「まったく……とにかくソーンは、養子にした子供に『三国志演義』の登場人物からもじった名前を付ける位、東洋の古典などにハマっておるのじゃ」

「へぇ~……誰に、どんな名前を付けたん?」

「養子の方も、レイは会っておるぞ。ラルゴ様に介添えしておった青年がおったじゃろ?」

「あぁ、マルっとした愛嬌のある兄ちゃんと、俺みたいなモブキャラ並の顔面偏差値が低い男からすりゃ『コイツは敵だ!』って思う位イケメンの兄ちゃんか?」

「レイの言う所の『マルっとした』方がヴォート、『イケメン?』の方がコーメンという名前じゃ」

「ヴォート? コーメン?」


「あ~~~……確か、若い頃、『寝てるドラゴン?』とか『神のヒヨコ?』とか呼ばれておった登場人物。 ほれ!誰じゃったかいのぅ?」

「あぁ……『臥龍(がりょう)』に『鳳雛(ほうすう)』じゃね?」

「そうそう、それじゃ!」

「っつう事は、コーメンの兄ちゃんが『(しょ)(かつ)(りょう)(こう)(めい)』、ヴォートの兄ちゃんが『(ほう)(とう)()(げん)』からインスパイアして名付けられたって事?」

「そうそう、そうじゃ!確か、そんな感じの名前じゃったと思うぞ。そのままだと発音し辛いから、もじって付けたとソーンが言っておったがの」

「ふ~ん……でも、良いんかな?特に龐統の方なんて、志半ばで死んじゃうじゃん。あんま(り)、縁起良いとは思えないんだけど?」

「それを言ったら、孔明の方も物語終盤、志半ばで死ぬじゃろう?」

「まぁ、そうだね」

「それよりも、『ガリョウ?』『ホウスウ?』と呼ばれるような子になって欲しいという願いを込めて、ソーンは付けたと言っておった。 まぁ、半分こじつけじゃろうがの」


「へぇ~、まともな親っぽい感覚で名前を付けたんだねぇ……それよかヴィッチのじっちゃん。じっちゃんも結構詳しく『三国志演義』とかの事、知ってるじゃん。 ヴィッチのじっちゃんも、結構な好事家なクチなの?」

「違うわい!ソーンのせいじゃ!? あやつは休日とか暇になると、誰かをひっ捕まえて水滸伝とかマハーヴァーラタとか孫子とか論語とか、延々語り続けるのじゃぞ!? 今でこそ同じような趣味を持つトーマス神父が赴任してきてから周りに(るい)が及ばなくなったものの、影のように側に張り付かれてひたすらウンチクとか解説を聞かされ続けられてみよ!? 嫌でも頭に残るわい……とは言え、ソーンにとってはそれが、昔から唯一のストレス発散も兼ねた楽しみじゃからのぅ。あまり無碍にもできんのじゃよ。 領内の(まつりごと)ほぼ全部を直接間接何らかの形でソーンが関わっておるから、かなりストレスが溜まっておるようじゃでのぅ」

「ふ~~~ん……」

「レイ達は、その辺の知識も深そうじゃから気をつけるんじゃぞ。今日は余裕がなくて教会へは寄らんかったが、教会に居るトーマス神父にガリア戦記とかホメロスのオデュッセイアとかイソップ寓話とかデカメロンとか千夜一夜物語とかコペルニクスの『天体の回転について』とかの話をするんじゃないぞ。休息日であれば間違いなく、半日は拘束されるはずじゃ」

「ほぉ~、わりかしノンジャンルでいろんな書物を読んで知識が豊富そうな人だねぇ」

「それと、特にプラトンの『ティマイオス』の話はするんじゃないぞ。『クリティアス』まで知っておったら、徹夜で語られるのを覚悟せねばならんからの」

「ファンタジーもイケるんかい、その神父さん!? 凄えなぁ、オイ……」

「レイは、今まで言ったモノを全部知っておるのか?」

「ほとんど名前だけだけどね。イソップとか千夜一夜は子供向けにアレンジした内容しか知らん。プラトンは、アトランティス大陸関連の内容が書かれているって知識しか知らんよ」

「それだけ知っておれば充分じゃよ。 あと、ソーンと神父が二人いる時は、充分に注意じゃ。あの二人に囲まれたら、完全に拉致監禁状態になる」


「ヴィッチのじっちゃんは、(二人に)囲まれた経験あるんだ?」

「……一回だけの…………次の日、黄色い太陽を見ながら村に帰る羽目になったのじゃ。もう、二度と御免じゃ」

「まぁ、肝に銘じときます……で、話は戻すけど、お嬢との約束もあるから、滞在中は知ってる範囲内でやれる事をやらせて貰うけど、本当に、あんまり期待しないでよ?」

「構わんよ。正直、問題解決のヒントになれば儲けもの位の気持ちじゃて。『あともう少し』の状態で煮詰まっている案件が多くての。そういうモノに限って、ちょっとしたヒントで解決する場合も間々あるでのぅ。どんな少ない可能性でも、今は縋ってみたいというのが本音じゃよ」

「それが、他に情報が漏れちゃうリスクがあっても?」

「……まぁ、そうじゃな。 それ位、煮詰まっておるからの」

「了解。 そう言ってくれると、少しは気が楽になるわ」

「そうじゃろぅのぅ……とにかく、一つでも二つでも村で試している案件を実用化して、領民を貧しさやひもじさから遠ざけたいのじゃ。 国が富めば民が飢えずに力が蓄えられる。力が蓄えられれば更に国を富ませて民に余裕を持たせる事ができる。余裕ができれば勉学に勤しみ子をなして国の礎が築かれる。そうすれば、もう領地を削られたり兵を無駄死にさせるような、(ほぞ)をかむ思いをせずに済むんじゃ。 ヒントでも何でも得られる可能性があれば、それで良い」

「さいですか……」


「それはそうと、レイ」

「何?ヴィッチのじっちゃん?」

「一つ、気になる事があるんじゃが……」

「ん、何?」

「街を出たあたりからユウが全く喋っておらんが、乗り物酔いでもしておるのか?」

「あぁ、別に気にしないで良いよ。 ユウは今、地形とか何とかいろいろと頭の中でマッピングしてる最中だから、それに気を取られて会話に加わってないだけだから」

「……何?」

「そんな、凄味を含んだ声出さなくても大丈夫だって。マッピングっつっても、万が一に備えて、どんな状況でも目的の場所まで位置を把握できる程度の地図を頭の中に描ける程度で、あと強いて言うなら隠れられそうな地形とか水分補給ができそうな河川があるかとか、その辺もついでに覚えているだけだから、ヴィッチのじっちゃんが心配するような軍事的な測量とか隠密的なヤツとかの意図はないって」

「充分、軍事的じゃろ!」

「まぁ、ここは一つ、俺の顔を立てて、スルーしといて」

「何で、レイの顔を立てるマネをする必要があるんじゃ!儂に、そんな義理はないぞ」

「まぁ、そう言わんと……俺もユウから話を聞いただけなんだけど、コレ(注:『頭の中でマッピング』の事です)をしてたおかげで命を拾った事が何回かあったらしくて、例え会話をしてても、黙っている時より精度が落ちるとはいえマッピングは止めるつもりはないって言ってたよ。 だから俺と一緒に(つる)んでいる時は、自然と俺が相手との会話担当って訳☆」

「……レイがずっと会話をし続けてたのは、それが理由か?」

「『当たらずとも遠からじ』だけど、当たっている部分は二割も無いよ。人は誰しも、初めての土地じゃ、少しでも情勢や情報を得て『自分の立ち位置』ってのを判断しようとするでしょ? ユウと連んでいる時は、俺がその辺の担当をしてるって訳だ」

「むぅ……そう考えれば、お主達二人は良いコンビじゃの」

「まぁ、褒め言葉として受け取っとくよ。 そんで、ヴィッチのじっちゃんの村って、着くまでにまだ時間かかるの?」

「そんな訳無かろう。 今移動しているこの坂道を登り切れば、村が見えてくる所まで来ておるわい」

「あ、そうなの?」

「それに、坂の向こうに見える小高い山も、村の一部じゃ。 馬車なら、あと二十分もせんうちに村の囲いの中に入れるわい」

「ほほぅ……」


 そんな会話をしながら三人を乗せた馬車は、坂道をゆっくりと上って行くのだった。


 そんな訳で、馬車に揺られながらの会話で、状況の説明だけで終わってしまいました。

次話から、ようやく村に入ります。


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