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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第二十六章 谷底Ⅸ

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第百九十三話 服がないので、服の材料を取りに行く

翌朝。


イルゼが朝食を終えると。


昨日と同じ三人が待っていた。


アデラ。


レティ。


麗華。


三人とも、今日は館の案内をする格好ではない。


外へ出る準備をしている。


イルゼは三人を見る。


「今日は何だ」


アデラが答えた。


「選べ」


「何を」


レティが指を三本立てる。


「本日の行き先でござる」


一本。


「滝壺」


二本。


「卵」


三本。


「服の材料取り」


イルゼが眉を寄せた。


「説明しろ」


「まず滝壺」


アデラが言う。


「谷底で一番大きな水域だ。漂着物も流れ着くし、巨大魚もいる。ここがどれくらい馬鹿みたいな場所なのか、一度見ておく価値はある」


イルゼは少し考える。


「私が墜ちた場所とは違うな」


「違う」


「私は陸へ降ろした」


「ああ」


アデラが頷く。


「お前の飛行機は森の手前に不時着した。滝壺は別だ」


イルゼの表情が僅かに変わる。


「不時着だ」


「何が」


「墜落ではない」


「似たようなもんだろ」


「違う」


妙に強い。


「最後まで操縦下にあった。機体を接地させ、速度を殺し、正面衝突を避けた。あれは不時着だ」


アデラが少し笑った。


「そこ、リーゼと同じこと言うな」


イルゼが止まる。


「……あの大尉が?」


「昨日、機体見ながら同じようなこと言ってたぞ。墜ちたんじゃない、最後まで降ろそうとしてたって」


イルゼは。


少しだけ。


口元を緩めた。


「見る目はあるらしい」


「そこは本人に言ってやれ」


「考えておく」


レティが二本目の指を示す。


「次は卵でござる」


「何の卵だ」


三人。


黙る。


イルゼの目が細くなる。


「何の卵だ」


麗華が扇子を開く。


「食料用ですわ」


「種類を聞いている」


「現物をご覧になった方が早いかと」


「何故誰も答えない」


アデラ。


「説明すると余計行きたくなくなるかもしれん」


「却下だ」


即答だった。


レティ。


「まだ見てもいないでござる!」


「説明を避ける食料採取に、怪我明けで行く必要はない」


「合理的でござるな」


残る。


三本目。


「服の材料」


イルゼは自分を見る。


今着ているのは。


墜落時に着ていた服ではない。


破損した軍服と飛行服は、洗浄と補修のため別に置かれている。


今の服は館から借りたもの。


だが。


自分の替えはない。


軍服も。


飛行服も。


肌着も。


何もかも。


元の世界から持ち込めたのは、身につけていた一式だけ。


「服の材料だ」


イルゼが答えた。


アデラが頷く。


「そうなると思った」


「何故だ」


麗華がイルゼの借り物の袖を見る。


「替えがございませんもの」


イルゼも袖を見る。


「……その通りだ」


レティが言う。


「では決定でござるな」


「羊でも飼っているのか?」


三人。


少し。


微妙な顔。


イルゼがその反応を見る。


「何だ」


アデラ。


「羊はいる」


「なら羊毛だな」


「そうなんだが」


「何だ」


麗華。


「見れば分かりますわ」


イルゼが。


嫌な顔をした。


「昨日もその言葉を何度も聞いたぞ」


「今日はもっと聞くと思う」


「帰っていいか」


「服がないぞ」


イルゼは黙った。


「……行く」



         ◇



最初に向かったのは。


草地だった。


遠くから。


声。


「メー」


イルゼが少し安心した。


「羊だな」


アデラが答える。


「羊だ」


「普通の?」


「羊ではある」


「その答え方をやめろ」


草地へ出る。


白い毛。


羊の頭。


耳。


四本脚のように見えるもの。


「メー」


イルゼは。


一度。


普通に見た。


そして。


二度見した。


腹の下。


太い茎。


地面へ繋がっている。


羊が。


少し離れた草を食べようと首を伸ばす。


茎も。


ぐにーっ。


伸びる。


届いた。


もしゃ。


もしゃ。


イルゼ。


無言。


レティが言う。


「プランタ・タルタリカ・バロメッツでござる」


イルゼが見る。


「植物か」


「植物でござる」


「羊だろう」


「羊の形をした植物でござる」


「鳴いている」


「鳴くでござる」


「草を食べている」


「食べるでござる」


「植物だと?」


「教授によれば」


イルゼは。


昨日の言葉を思い出した。


自分の常識を押しつけるな。


理解できないだけなら、まず受け入れろ。


深く。


息を吐く。


「……羊毛は採れるのか」


アデラが笑う。


「採れる」


「ならいい」


三人。


少し驚いた。


「早いでござる」


「何が」


「昨日より諦めるのが早い」


「諦めてはいない。目的を優先しただけだ」


イルゼは羊毛に触れる。


柔らかい。


暖かい。


普通の羊毛にしか見えない。


「品質は悪くないな」


「むしろかなりいい」


成熟した部分だけを刈る。


本体を傷つけない程度に。


必要量だけ。


同じ株から取りすぎない。


イルゼは一度見れば手際がよかった。


「軍人なのに慣れてるな」


アデラが聞く。


「遠征で補給が切れれば何でもやる」


「羊の毛も刈る?」


「必要なら」


イルゼは茎から生えた羊を見る。


「これは初めてだが」


「そりゃそうだ」


「メー」


イルゼは。


一瞬だけ羊を見る。


「……鳴かなければ、まだ楽なんだが」


「慣れるぞ」


「慣れたくはない」



         ◇



次。


少し湿った草地。


近づく前から。


音。


「ジュオー……」


イルゼが止まる。


「何だ」


「綿」


麗華が答える。


「今の音が?」


「綿を取る生き物ですわ」


「綿は鳴かない」


「これは鳴き声ではありませんの」


草を抜ける。


一メートルほどの巨大な虫。


地面。


丸い胴。


短い脚。


長い口吻。


その口を。


地面へ深く突き刺している。


「ジュオー……」


吸っている。


大地を。


そして。


尻。


真っ白。


ふわふわ。


巨大な綿花。


イルゼは。


長く。


黙った。


「……綿は?」


麗華が尻を指す。


「あちらですわ」


「虫の尻だぞ」


「はい」


「綿花が生えている」


「はい」


「何故だ」


アデラ。


「知らん」


イルゼがアデラを見る。


「本当に知らないことばかりだな」


「だから昨日言ったろ」


綿雲虫。


以前から館で使われている衣料資源。


尻にできる成熟した綿を摘み取る。


本体は傷つけない。


綿を取っても。


また育つ。


イルゼは棒で一度確認する。


反応なし。


噛みつかない。


毒も今のところない。


臭いもほとんどない。


「ジュオー……」


イルゼ。


「音だけ止められないのか」


レティ。


「地面を吸っている音なので無理でござる」


「何故地面を吸う」


「それも分からぬでござる」


イルゼは。


もう聞かなかった。


手袋。


綿を摘む。


ふわ。


軽い。


繊維が長い。


イルゼの目が変わる。


「いい綿だ」


麗華が笑う。


「でしょう?」


「尻から採れたことを忘れればな」


アデラ。


「皆そうなる」


「完成した布だけ見せろ」


「昨日の麗華と同じこと言ってるぞ」


麗華が少しだけ顔を背けた。


「わたくしは今でも、そう思っておりますわ」



         ◇



次は。


ガチョウバロメッツ。


イルゼは。


名前を聞いた時点で足を止めた。


「待て」


三人。


見る。


「ガチョウと」


「ああ」


「バロメッツ」


「ああ」


「つまり」


レティが頷く。


「おそらく予想どおりでござる」


「見たくないな」


「羽毛が必要でござろう?」


イルゼは。


少し考えた。


寝具。


防寒着。


飛行服の保温。


「……必要だ」


行く。


そして。


いた。


ガチョウ。


ただし。


植物から生えている。


イルゼは。


遠くから確認。


近づく。


茎を見る。


一度。


天を見る。


「どうして鳥まで生える」


アデラ。


「谷底だからな」


「その説明を使うな」


成熟して自然に抜けやすくなった羽毛だけを採る。


ふわ。


軽い。


大量。


イルゼは羽毛を指で挟む。


「これは使える」


麗華。


「寝具にもよろしいですわ」


「飛行服にも使える」


アデラが笑う。


「結局全部、飛行機か」


「空は寒い」


「はいはい」


「馬鹿にするな。高度が上がれば――」


「分かった分かった」


「分かっていない返事だな」


少し。


リーゼとアデラのやり取りに似てきていた。



         ◇



ここまでで。


羊毛。


綿。


羽毛。


三種類。


普通の衣料資源。


普通。


という言葉の意味は。


かなり壊れている。


しかし。


イルゼの世界にも存在する素材ではある。


問題は。


ここからだった。


アデラが言う。


「次は水辺」


イルゼが見る。


「何を取る」


「レーヨン」


イルゼが止まった。


「……何?」


レティが答える。


「レーヨンでござる」


「知っている」


「なら話が早い」


「早くない」


イルゼの顔が険しくなる。


「レーヨンを、取りに行く?」


「そうでござる」


「工場ではなく?」


「水辺でござる」


「何故」


麗華。


「魚から採りますの」


イルゼ。


完全停止。


数秒。


「もう一度」


「魚ですわ」


「レーヨンを?」


「はい」


「魚から?」


「はい」


イルゼは。


額を押さえた。


「昨日の妖精より酷いな」


アデラが笑った。


「知ってる物の方がきついだろ」


「そういうことか」


初めて。


リーゼが何度も頭を抱えていた理由を。


少し理解した。



         ◇



浅瀬。


流れは緩い。


水草。


その間。


銀色の魚。


一メートル近い。


泳いではいるが。


一定以上。


移動しない。


腹の下。


緑の茎。


川底。


「……バロメッツ類か」


イルゼが自分から言った。


レティが感心する。


「もう分かるのでござるな」


「茎がある」


魚が尾を振る。


ぱしゃ。


尾びれから。


白銀。


半透明。


細い繊維。


さらさら。


水へ伸びる。


イルゼ。


無言。


麗華。


「レーヨン魚ですわ」


「そのままの名前だな」


「通称ですの」


イルゼが一本取る。


指。


擦る。


引く。


光。


光沢。


柔らかい。


身体へ沿う感触。


「……確かに似ている」


アデラ。


「本物のレーヨン?」


「断定はできん」


イルゼは繊維を見る。


「私の世界なら、植物由来の原料を処理して作る。こんなふうに魚の尾から伸びてはこない」


レティ。


「こちらでは伸びるでござる」


「見れば分かる」


成熟した繊維だけ巻き取る。


根元まで切らない。


数日すれば。


また伸びる。


イルゼは採取しながら聞く。


「魚は傷まないのか」


「問題ないらしい」


「なら優秀だな」


三人。


見る。


イルゼ。


「何だ」


アデラ。


「もう褒めた」


「資源として優秀なものは評価する」


「大尉と同じだ」


「……またあの女か」


少しだけ。


声が面白くなさそうだった。



         ◇



次。


湿地。


「けろ」


イルゼが足を止める。


「蛙」


「そうでござる」


「普通の?」


三人。


答えない。


「答えろ」


草の向こう。


七十センチほどの巨大な蛙。


腹の下。


茎。


地面。


イルゼ。


「……もういい」


蛙が跳ぶ。


びよん。


茎。


伸びる。


着地。


また戻る。


「けろ」


イルゼ。


「本人は逃げられないのか」


レティ。


「そのようでござる」


「可哀想に見えるな」


「本人は普通に暮らしているようでござる」


蛙がもう一度跳ぶ。


びよん。


後ろ脚。


指の間。


透明な糸。


枝へ。


葉へ。


伸びる。


イルゼが近づく。


糸を取る。


引く。


伸びる。


離す。


戻る。


さらに引く。


強い。


「……ナイロン」


麗華が言う。


「ナイロン蛙ですわ」


イルゼは。


今度は叫ばなかった。


ただ。


空を見る。


「慣れました?」


「違う」


「では?」


「一つずつ怒っていたら体力が持たない」


アデラが笑った。


イルゼはナイロン様繊維を引く。


目が。


少し変わる。


「これはかなり使える」


「服?」


「服も」


一本。


二本。


撚る。


「紐」


さらに。


「網。補強。落下防止索の補助」


アデラが。


嫌な顔。


「飛行機?」


「当然だ」


「服の材料を取りに来たんだぞ」


「服に必要な分を取った後なら問題ない」


「教授に言えよ」


「言う」


妙に。


素直になった。



         ◇



最後。


乾いた岩場。


イルゼが聞く。


「今度は何だ」


アデラ。


「蜥蜴」


「そこから何を取る」


少し。


間。


「ポリエステル」


イルゼが止まる。


「……魚からレーヨン。蛙からナイロン」


「そう」


「蜥蜴からポリエステル」


「そう」


「誰がこの生態系を作った」


三人。


「知らん」


「分かっていた」


岩。


日差し。


一メートルほどの蜥蜴。


日向ぼっこ。


尻尾。


途中から植物の蔓。


岩の隙間。


根。


イルゼ。


「はい、バロメッツ」


アデラが笑う。


「適応したな」


「分類上の特徴を覚えただけだ」


蜥蜴。


動かない。


しばらく。


鱗。


ぺり。


薄い皮膜が浮く。


ぺりぺり。


透明。


均一。


丈夫。


イルゼが触る。


水。


弾く。


引く。


強い。


「……確かにポリエステルに似ている」


レティ。


「便利でござる」


「便利だ」


即答。


「乾きやすい。水を吸いにくい。擦れにも強そうだ」


麗華。


「お洋服にも?」


「作業着にいい」


一拍。


「飛行服にも」


アデラ。


「やっぱりそっちへ行くか」


「性能を見れば当然だ」


成熟して自然に浮いた皮膜だけ取る。


本体を傷つけない。


イルゼは。


丁寧に。


使える部分を採取する。


気づけば。


一番真剣だった。



         ◇



帰る前。


収穫を確認する。


羊毛。


綿。


羽毛。


レーヨン様繊維。


ナイロン様繊維。


ポリエステル様繊維。


イルゼは。


それぞれを並べる。


「これだけあれば」


羊毛。


「防寒着」


綿。


「普段着、肌着」


羽毛。


「寝具と防寒」


レーヨン様。


「薄手の衣類」


ナイロン様。


「丈夫な糸。靴下や細い補強材」


ポリエステル様。


「作業着。乾きやすい衣類」


少し考える。


「かなり揃うな」


麗華が言う。


「でしょう?」


「谷底に工場はないと思っていた」


アデラ。


「ないぞ」


「代わりに魚と蛙と蜥蜴がいる」


「そうだな」


「意味が分からない」


「そこは俺たちも同じだ」


イルゼは。


しばらく。


材料を見る。


そして。


「だが」


三人が見る。


「補給地として考えれば、かなり優秀だ」


アデラが笑う。


「軍人だな」


「衣食住を確保できる場所を評価して何が悪い」


「何も悪くない」



         ◇



帰路。


イルゼは採取袋へ手を伸ばした。


アデラが先に持つ。


「自分で持つ」


「まだ肋骨が治りきってない」


「この程度」


「教授から重い物は禁止」


「これは重くない」


「量が多い」


「持てる」


「持たせない」


イルゼが睨む。


アデラも睨む。


数秒。


イルゼが手を引いた。


「……分かった」


レティが感心する。


「素直になったでござる」


「怪我を悪化させて飛行機を見る日が延びる方が困る」


アデラ。


「理由はそっちか」


「当然だ」


麗華が笑った。



         ◇



巨大な平屋の館が見えてきた。


イルゼは。


昨日よりは見慣れた聖者サイズの館を見る。


そして。


その手前。


洗濯場。


干されている服。


羊毛。


綿。


絹。


そして。


少し前に完成した。


新しい化繊様の布。


イルゼが足を止める。


「全部」


「何だ?」


「ここの生き物から取った材料なのか」


アデラが答える。


「大体な」


イルゼは。


採取した袋を見る。


それから。


館を見る。


「……服屋も工場もないのに、服は作れる」


レティ。


「谷底でござるからな」


「それで済ませるな」


麗華が聞く。


「イルゼさんは、どのようなお洋服がお好みですの?」


「軍服に近いもの」


即答。


「普段着も?」


「動きやすければいい」


「寝間着は?」


イルゼが止まる。


「……必要か」


三人。


「必要」


「肌着も?」


「必要でござる」


「靴下も?」


「必要ですわ」


イルゼは。


しばらく考えた。


「三組では足りないな」


アデラ。


「洗濯するからな」


「普段着を三。作業着を二。寝間着。肌着。飛行用は今のものを直しつつ、予備も作る」


麗華の目が少し輝く。


「仕立てるのが楽しみですわ」


イルゼが嫌な予感。


「待て」


「何でしょう」


「お前が決めるな」


「本人が決める」


昨日の話。


麗華は少し笑う。


「もちろんですわ」


イルゼも。


少しだけ。


笑った。


「ならいい」


そして。


ふと。


袋から一本。


透明なナイロン様繊維を取り出す。


引く。


強い。


「……これ」


アデラ。


「何だ」


「やはり飛行機の補修にも使える」


「明日な」


「分かっている」


「教授の許可」


「取る」


「勝手に行くな」


「行かない」


三人。


顔を見合わせる。


イルゼが睨む。


「何だ」


レティ。


「順応が早すぎるでござる」


イルゼは。


鼻を鳴らした。


「軍人は現地の規則へ適応するものだ」


少し間。


「納得するかどうかは別だが」


遠く。


水辺。


ぱしゃ。


レーヨン魚。


湿地。


「けろ」


ナイロン蛙。


岩場。


ぺり。


ポリエステル蜥蜴。


草地。


「メー」


羊のバロメッツ。


別の場所では。


ガチョウバロメッツ。


そして。


「ジュオー……」


大地を吸う綿雲虫。


イルゼは。


全部の方向を一度見た。


「……訂正する」


アデラが聞く。


「何を」


「この土地へ適応するのは」


一拍。


「軍務より難しいかもしれん」


三人は。


誰も否定しなかった。

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