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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第一章 世界の果てⅠ

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第一話 世界の果てから落ちた巫女

シズクが生け贄に選ばれたのは、十八になった年の春だった。


三月ものあいだ雨が降らず、田畑はひび割れ、山から引いた水路も底をさらしていた。井戸から汲み上げた水には泥が混じり、幼子や年寄りから熱を出した。


神がお怒りなのだと、里の老人たちは言った。清らかな娘を捧げれば、神は再び雨を降らせてくださる。そうして選ばれたのが、親を早くに亡くし、神殿で育てられた巫女のシズクだった。


 白い小袖を着せられた。

 長い黒髪を梳かれ、唇には薄く紅を引かれた。

 まるで嫁入りの支度だった。


けれど、その先で待っているのは夫ではない。世界の果てだった。


里から山をいくつも越えた先に、川がそのまま大地の外へ流れ落ちる場所がある。対岸は見えない。底も見えない。ただ白い水だけが、雲と霧の向こうへ落ち続けていた。


 里の者たちは、そこを神の滝と呼んでいた。


滝の底には神の国があり、捧げられた娘は神の妻となる。シズクも幼い頃から、そう教えられてきた。だが、滝から戻ってきた娘は一人もいない。


「お役目である」


長老は言った。


「里のため、喜んで神へ身を捧げよ」


背後では、大勢の里人が地面へ額をつけていた。その中に、シズクと目を合わせる者はいなかった。喜べるはずがなかった。死にたくない。そう叫びたかった。だが、縄を握る男たちの顔にも、恐れと疲れが刻まれていた。雨が降らなければ、彼らも死ぬ。シズクは断崖の前へ立たされた。


轟音が腹の底まで響いていた。

白い飛沫が霧となり、頬や髪を濡らす。

足元の先には、もう大地がなかった。


「神よ。この娘をお納めください」


背中を押された。


空と大地が反転した。


白い袖が激しくはためき、息が喉の奥へ押し込まれる。上を向いたのか、下を向いたのかも分からなかった。里人の姿は瞬く間に遠ざかり、やがて霧の向こうへ消えた。


水が身体を打った。


冷たい。


苦しい。


息ができない。


シズクはただ、死にたくないと願った。


誰にも届かない願いを胸に抱えたまま、意識を失った。


         ◇


目を覚ましたとき、シズクは布団の中にいた。頬の下から、乾いた藺草の匂いがした。


恐る恐る目を開く。


身体の下には、見慣れた畳が敷かれていた。枕元には低い行灯が置かれ、横へ引いて開ける障子と襖がある。壁際には背の低い箪笥があり、その上には畳まれた衣服が置かれていた。


神殿の客間とよく似ている。


けれど、何かがおかしかった。


障子が大きい。


鴨居は、シズクが腕を伸ばしても届かない高さにある。


畳一枚も見慣れたものより広く、天井を渡る丸太の梁は、神殿の大広間に使う柱よりも太かった。


壁の一部は、削った丸太を横に積み重ねて造られている。


和室だけを、巨大な木の館の中へ収めたような部屋だった。


自分が小さくなったのではない。


この館が、大きな何者かのために造られている。


「ここは……神の御殿なのでしょうか」


声を出した途端、胸の奥に痛みが走った。激しく咳き込む。襖の向こうから、重い足音が聞こえた。一歩ごとに、床板が低く鳴る。


襖が開いた。


現れた女を見て、シズクは布団を胸元まで引き上げた。


大きい。


里の男たちよりも背が高く、肩幅も広い。腕には鍛え抜かれた筋肉が浮かび、簡素な上衣から伸びる手足は太く逞しい。髪は、シズクの国では見たことのない、陽に透ける麦のような色をしていた。


大女は木の椀を持ったまま、シズクを見下ろした。


「目が覚めたか」


低く、よく通る声だった。


「無理に起きるな。滝の水を相当飲んでいた。胸も喉も痛むだろう」


「あ、あなたは……神様ですか」


「俺が神に見えるか?」


女は鼻で笑い、巨大な座卓の端へ椀を置いた。


「俺はエヴァだ。滝壺に浮いていたお前を引き上げた」


「滝壺……」


「息を戻したのは聖者だ。お前を見つけたときには、ほとんど息をしていなかった」


「聖者様が……」


「様をつけるかどうかは、本人に会ってから決めろ」


エヴァは巨大な椀から、小さな湯呑みへ温かな飲み物を移した。その湯呑みでさえ、シズクが両手で持つほど大きい。


「水に薬草と蜂蜜を入れた。少しずつ飲め」


シズクは警戒しながらも、湯呑みを受け取った。温かな甘さと薬草の苦味が、傷ついた喉へゆっくり染み込んでいく。


「私は……死んだのではないのですか」


「心の臓が動いているだろう」


エヴァは自分の胸を拳で叩いた。


「俺のも動いている。死者は腹も減らんし、寝汗もかかん。ここは死者の国じゃない」


「ですが、私は世界の果てから落ちました」


「世界の果て?」


「はい。里に雨が降らず、神へ捧げる生け贄として、神の滝から……」


エヴァの眉間に深い皺が寄った。怒っているように見え、シズクは身を固くした。だが、その怒りはシズクへ向けられたものではなかった。


「お前の国では、あれを滝と呼ぶのか」


「川が、崖の向こうへ落ちています。下には神の国があると」


「俺の国に滝はなかった」


エヴァは椅子を引き寄せ、腰を下ろした。


巨大な椅子であるにもかかわらず、彼女が座ると不自然には見えない。


「俺の国にあったのは、底も向こう側も見えん断崖絶壁だ。水なんざ一滴も流れていなかった。俺たちは、そこを魔界の大穴と呼んでいた」


「魔界……」


「悪魔どもの国へ続く穴。落とされた者は、魂まで食われるとな」


「では、あなたも……」


「エヴァでいい」


「ですが」


「俺がいいと言ってる。今は休め」


反論を許さない口調だった。怖いはずなのに、不思議と嫌な感じはしなかった。この女は、シズクを傷つけるつもりがない。それだけは、言葉の端々から伝わってきた。

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