エピローグ・2 上司に結婚を命じられたら、幸せになりました
パーティーは終盤、魔術披露大会になった。
誰が余興に一番相応しい術ができるかで競い、幻の蝶が舞い、雪が降り、妙なる調べが聞こえ、空中浮遊するものが現れ、大盛り上がり。
最終的にパーティーの様子を水彩画にしたハイデマリー様が優勝した。まだ魔法学園入学前だというのに、恐ろしく技量が高い。テオフィル局長代理を含めた魔法局員が熱心にスカウトをしはじめて、ハイデマリー様もまんざらでもなさそうな様子だった。
そうして盛会のうちにパーティーは終わった。
私は自室に、ライナルトはクラッセン邸に帰る時間だけれど、気分が高揚していることもあって、別れがたい。私たちはなんとなく、連れ立って外に出た。
低木が幾何学的に配置された庭園は、夕刻の橙色の光りに包まれてどことなく幻想的だ。
私たちは手をつないで、どこへ行くともなくそぞろ歩く。
「パーティー、楽しかったわね。魔法局でやって大正解だったわ」
「ああ。クラッセン邸だったら、魔術披露大会なんて始まらなかっただろうな」
あの両親がいたらそりゃね。みんな居心地悪く感じるだろうもの。
「早く新居に移りたい」
そう言ってライナルトはつなぐ手に力を込めた。
「そうね。楽しみ」
あと一週間ほどしたら、私たちはライナルトの新居で暮らし始める。王宮近くの小さな邸宅で、ライナルトが陛下より賜った。
テオフィル殿下をお助けしたときの褒章が、ライナルトの希望年数十年より二年少なくなってしまったので、その分としてのものなのだそう。
今急ピッチで使用人を募集し、家具やファブリック類を揃えている。
「一緒に住んだら、出勤も一緒だな。フリーデのそばにいられる時間が増える」
ほくほく顔のライナルト。
「ほんの少し前まで私たち、本気で嫌いあっていたのにね。不思議だわ」
「ああ。――最近思うんだ。もっと早くにフリーデの素晴らしさに気づけばよかった、そうすれば学生時代のフリーデとデートしたりできたかもしれない」
なるほど……?
ちょっと考えてみる。学生時代のライナルトとデート。学園でも仲良く勉強をしたかもしれない――
「素敵だわ。でも私、魔術の勉強が好きだったから」
ライナルトが大きくうなずいた。
「ああ。お互い勉強時間を優先して、うまくいかなかったんじゃないかと思う。だから、今がベストのイミングだったんだろうな」
「そうね」と答えながら、パーティー会場で抱いた疑問があったことを思い出した。
「ねえ、ライナルト。あなたはいつから私を好きだったの? 全然気づかなかったのだけど」
「ああ……」
ライナルトは片手で口をおおうと、そっぽを向いてしまった。わずかに見える目元と耳が真っ赤だ。
どうしてそんなに照れることがあるのかしら。
「……笑うなよ?」
どういうこと?
「笑わないよ?」
「オレ……恋愛に縁がなさすぎて、フリーデに対して抱えている気持ちが恋だとわからなかった」
「え……」
「だから、いつからなのかはわからない。テオフィルに結婚命令を出されてからなのは確かだとは思うんだけど」
ちらりとライナルトが私を見た。
「――呆れたか?」
「ううん! むしろなんだか可愛い!」
「か……!?」
絶句したライナルトが目を見開いてわなわなと震えている。
「だって悪態をついてばかりで、魔法のことならなんでも知っていて、トップレベルの魔術師であるライナルトが自分の感情もわからなかったなんて。ギャップがすごすぎない?」
「し、仕方ないだろ! 魔術のことだけを考えて生きてきたんだから!」
「私もだけど、自分の気持ちくらいは把握できてたわよ?」
「ならフリーデがオレを好きになったのはいつなんだよ」
悔しいのか、拗ねたような表情のライナルト。それもすごく可愛いんだけど?
でもええと、『好きになったのはいつか』ね。
「マリウス様とデートをしたあとかな」
「なんだよそれ」
「ライナルトと捜査でデートのふりをしたほうがずっと楽しくて、ドキドキしたなって思ったの。――ああ、これじゃ気づいたときね。なら、好きになったのは公園で、ってことになるわね」
「――あれはオレもすごく楽しかった。そうだ、帰るのが惜しい、もっとフリーデと話したいと思ったんだ。そうか、オレもそのころにフリーデを好きになっていたんだな」
私たちは顔を見合わせた。公園デートもテオフィル殿下の指示だった。
「「すっかり掌の上で転がされていたね」」
テオフィル殿下はとんだ策士だ。もういっそのこと、王宮関係者専用の結婚相談所でもつくったらいいのかもしれない。
「でもな、フリーデ」
ライナルトが再び繋いだ手に力を込めた。
「状況を整えたのがテオフィルだとしても、オレがフリーデを好きになったのは、フリーデが素晴らしいからだ」
「そっくりそのまま返すわ。私も、ライナルトと一緒にいるのが楽しかったから、好きになったの」
ライナルトが満面の笑みになり、その顔に私は嬉しくなる。
不思議なものだわ。かつては大嫌いで、天敵だと思っていた相手にこんな気持ちを抱くようになるなんて。
でも私はとても幸せだし、この幸せがいつまでも続いてほしいと心の底から思っている。
「ライナルト。お願いよ。私と生涯を共にしてくださいな。伴侶として。それから魔法局の良き同僚としても」
「もちろんだ。ただ、魔術師としては、ときにライバルになるかもしれない。それは許せ」
「そうね。それは望むところだわ」
ライナルトも私も魔術師で。魔法の発展のために、そういった状況になるときがくるかもしれない。でも私はライナルトに遠慮をしないし、ライナルトに遠慮をされたくもない。
ライナルトは私を向かい合わせに引き寄せると、額をこつんとつけてきた。
「好きだ、フリーデ」
「私も好きよ、ライナルト」
私の目をのぞきこむ黒曜石のような瞳に、熱がこもっている。
目を閉じて、ちょこっと首を傾げれば唇に柔らかな感触が重なる。
短く、ついばむようなキスを繰り返す。
ふと、ライナルトが私を好きだと気づいたのがいつなのかを聞いていない、と気づいた。
けれど尋ねるのは、今じゃやなくていい。
これから先にたくさんの機会があるし、私はライナルトとのキスが大好きだもの。
ほんと、数ヵ月前の私がこのことを知ったら、仰天するでしょうね。
《おしまい》
お読みいただきありがとうございました!
完結記念でマリウスとハイデマリーの番外編を活動報告に載せています。
よかったら覗いてみてください。




