1・1 上司に結婚を命じられました
ライナルト・クラッセンとの出会いは最悪だった。
忘れもしない魔法学院入学式、開式直前。
私はとても焦っていた。
登校途中、乗っていた馬車の車輪がぬかるみに車輪がはまり、立ち往生してしまったのだ。
なんとか学校に到着したときには、周囲に生徒の姿はなく。「急いで!」と叫ぶ門衛の声を背に、式が行われる講堂を目指して全力で走った。
そして目の前の角を曲がれば講堂の入り口がある――というところで、その角から出てきた人物に私は激突し、吹っ飛んだ。
「わ、すまないっ! 大丈夫か?」
慌てたようなテノールの声。
地面に転がる私に差し出されたのは、紺色の学生服に包まれた男性の手だった。
「こちらこそごめんなさい」
彼の手を握って、立ち上がる。
頭をペコリと下げてから、改めて自分がぶつかった相手を見た。
――え、大きい。
それが、私を跳ね飛ばした男子学生に抱いた最初の印象だった。
私は小柄なほうとはいえ、彼は頭ひとつ分以上背が高い。目を合わせるためには、空を見上げるぐらいに首を反らす必要がある。
でも彼は私と同じ制服を着ているし、学年を表すタイの色も同じ。
――こんなに大きいのに同級生なの!?
驚いている私を見下ろした彼は、戸惑ったように首をかしげた。
「ええと、そのタイ、同級生だよな?」
「そのようね。私はフリーデ・キューネル。よろしく」
「はっ⁉」
私が名乗ったとたんに、男子生徒は血相を変えた。
鋭い目でにらみつけられ、訳が分からない。
「君が主席のキューネル⁉」
急に刺々しくなった声音に不安になりながらも、「そうよ」と胸を張って答える。
魔法学院は入学前に適性テストがある。魔法についての知識や技量がどの程度あるかを確認し、クラス分けの参考にするのだとか。
そしてこのテスト結果はもうひとつ、大事な役割がある。入学式で代表の挨拶をする主席を選ぶというものだ。
魔法が大好きで、いずれは魔法で身を立てようと考えていた私は寝る間を惜しんで勉強をし、主席の座を勝ちとった。
どれほど嬉しかったことか。
私の両親は『貴族女性には魔法の知識も自立も必要ない』という、古い考えだ。
一定の魔力を持つ場合、魔法学院への通うことが義務付けられているから私は入学できたけれど、そうでなければ、通わせてもらえなかっただろう。
だから主席になったことを伝えたときも。『女の子なのに、なにをやっているんだ』とため息を吐かれて終わりだった。
けれど私は結果に誇りを持っていたし、晴れがましい気持ちと溢れんばかりの期待を持って、入学式に来たのだ。
なのに目の前の男子生徒は、険しい表情を浮かべてわなわなと震えていた。あげくに――
「オレはこんな子に負けたのか……」
その無礼な言葉を聞いた瞬間、怒りが爆発した。
「『こんな子』とは失礼ね! 初対面の相手に暴言を吐くようなアタマだから、負けたんじゃないの?」
「っ⁉」
男子生徒の顔色が変わった。目つきは更に鋭くなり、額には青筋が浮かんでいる。
次はいったいどんな非難をされるのかと私は身構えた。
口論をするなんて生まれて初めてだったけれど、恐怖心より怒りのほうが大きい。
絶対に言い返してやろうと思った。
けれど、ここで私を探しに来た先生がやってきて、私たちの諍いは終わったのだった。
この無礼で最悪な男子生徒がライナルトだった。
あれから約十年。
ライナルトと私の関係は出会ったときのまま、なんの変化もない。
入学後すぐに、無礼な男子生徒が多くの宰相を輩出している名門侯爵家の長男で、家族の反対を押し切って魔術師になろうとしていること、そのためにどうしても主席になりたかったことを知った。
だからといって、『こんな子』と見下げた発言をされたことを許す理由にはならなかったし、ライナルトも許されようとはしなかった。
在学中は常に座学でも実技でも、彼と主席の座を巡ってデッドヒートを繰り広げ、勝率は五分五分。もちろんほかの誰かに明け渡したことはない。
私が首席ならライナルトが次席、ライナルトが首席なら私が次席。三年間、入学から卒業までそれが続いた。
そう、今思い出しても悔しい卒業式。あの栄えある場で、主席を勝ち取り卒業生代表の挨拶をしたのはライナルトだった。
……もっとも。私たちの代には第二王子殿下が在籍したというのに、代表挨拶を実力で選んでくれた学校と殿下には感謝しかないけれどね。
とにかくも卒業後、お互いに狭き門を突破して王宮魔法局所属の魔術師になってからも、私たちの関係は変わらなかった。
学生のころからそのままに、私はライナルトを傲慢で鼻持ちならないでくのぼうと、ライナルトは私を生意気で品性のないチビと呼んで敬遠している。
局長も同僚たちもそれをわかってくれているから、不必要に私たちを近づけることもなく快適な職場生活を送っていたのだけど……。
「「今、なんて言いました?」」
驚いて聞き返し、すぐにライナルトと声がかぶったことに気がついた。こんなことは人生で初めてだ。嫌悪を感じたけれど、今はそれどころではない。
魔法局局長の執務室。
目の前のデスクでは、先日局長代理になったばかりのテオフィル第二王子殿下が眉間にしわを寄せて、ライナルトと私を見上げている。
テオフィル殿下は魔法学院の同級生で、ライナルトとは今でも仲の良い友人のはずだ。
私との関係も悪くない――と思う。
その殿下が今、ありえない発言をしたような……。
「わかった、もう一度言うよ」
テオフィル殿下は澄んだ青い目で、私たちを見据える。
「ライナルト・クラッセン。フリーデ・キューネル。君たちは一ヵ月後に婚約を、半年後に結婚をすること。これは局長命令だ」
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