1 薔薇の茎
「薔薇だわ」
思わずといった風に冴子は囁いた。私は、真正面にある姉の顔を見つめた。
「やっぱり、そうなのね」
「そうなのねって……気づいていたの」
「茎の棘が、喉にちくちく刺さって痛いの。鏡を見なくても、薔薇だろうと思っていたわ」
「そう。棘が……」
可哀そうに、と姉は自室から塗り薬を持ってきた。口内炎の痛みを和らげる為のチューブ型の薬だ。喉の痛みには効かないだろうが、その心遣いが嬉しい。
ありがとうと呟き、薬をポケットに滑り込ませた。
口を大きく開けて、睨みつけるような角度で鏡を見る。暗いが、口蓋垂のさらに奥で植物の茎が蠢いているのは微かに見てとれた。茎が動く度に、ちくりとした痛みが走る。小さな棘が肉を刺すのだろう。
そうか、薔薇だったのか。
花は咲くのかしら、と冴子が言った。
「さあ。体の中で植物が育つなんて、聞いたこともないから。分からないわ」
「そりゃそうよね。私だってびっくりしたもの。お医者さまには診てもらわないの」
「どの本で調べても、こんな症状なかったわ。お医者さまでも放り出すんじゃない」
「それこそ分からないわ。今はいいかもしれないけど、茎が伸びてきたらご飯も食べられないわよ。お母さんが働きに行くときに、ついでに連れて行ってもらいなさい」
大学の冬休みで実家に帰ってきている姉は、去年よりさらに大人びて綺麗になった。肌は透き通るように白く、切れ長の目を睫毛が覆っている。群青色のセーターに包まれた体躯は、風で吹き飛ばされそうなほど薄く細い。
私じゃなくて、姉さんの体に薔薇が根付いたほうが余程似合っていただろうに。同じ母親から生まれた筈なのに、私が受け継いだのは、コシが強い黒髪くらいだ。
再び鏡を覗く。しなやかな薔薇の茎は、唾液に塗れていた。
どうして、薔薇が育ったのだろう。知らず知らずのうちに、種でも食べたのだろうか。
いや、薔薇は接ぎ木か挿し木でしか育たない。芽が出る種なんてそもそもないのだ。
「学校が始まったら、マスクをして行きなさいね」
姉の顔には、三歳年下の妹に対する素直な心配が浮かんでいた。
「あと、茎が伸びそうになったら病院へ行くこと」
はあい、と返事をして。もしこのまま薔薇が成長して花を咲かせたら、私は窒息するのかしら、なんてぼんやり思う。
どうせいつか死ぬのなら。
どこかで野垂れ死ぬより、鮮やかな真紅の花弁に溺れて死ぬ方が、きっといくらかマシだ。




