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小さな天災(死傷者1名)、大きなうねり  作者: G-20
第二次世界大戦末期
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第十五話 進駐

 前回までで第二次世界大戦篇が終わり、愈新章突入です。

 前回ドイツが滅びイタリアが体制転換し日本が占領下にあるなかで、"連合国"内の亀裂が表面化していきました。

 そして今回は本作世界線に於いて極東における"米ソ冷戦"の最前線が確定します。

1945年8月初旬

 長く続いた戦争は、日本の敗北という形で終結した。それはあまりにも突然の終わりだった。


 玉音放送が流れてから数日――日本列島は奇妙な静寂に包まれていた。焼け落ちた都市には黒く焦げた骨組みが立ち並び、崩れた瓦礫の隙間からはかすかに燻る煙が未だに消え残っている。

 かつて昼夜を問わず鳴り響いていた空襲警報も、B-29の爆音も、もう聞こえない。

 代わりにあるのは、風の音だけだった。


 だが、それは平和の音ではない。

 人々は理解していた。この沈黙が「終わり」ではないことを。

 むしろ――何かが始まる前の、不気味な空白だということを。



同時期、朝鮮半島南部・釜山近郊

 同じ頃、朝鮮半島南部では、まったく別種の緊張が張り詰めていた。


 丘陵地帯の乾いた土を巻き上げながら、数両の戦車が停止する。

 赤い星を描いたソ連軍のT-34-85。

 鋼鉄の塊は低く唸り、ディーゼル・エンジンの振動が地面を伝って周囲に広がる。砲塔がゆっくりと旋回し、前方の道路へと向けられる。


 その先にいるのは、別の勝者だった。

 オリーブドラブに塗られた車列。整然と配置された米軍の機械化部隊。その中央に、M4A3(シャーマン)E8中戦車(・イージーエイト)が陣取り、すでに砲を構えている。


 距離、およそ800メートル。

 互いに有効射程内。

 互いに、すでに照準を合わせている。


 空気は、重かった。

 銃声ひとつで崩壊する均衡。


「撃つなよ……絶対に撃つな。」

 米軍の若い中尉は、乾いた唇を舐めながら呟いた。喉が張り付き、呼吸が浅くなる。双眼鏡を握る手は、はっきりと震えていた。

 彼は知っている。

 ここで撃てば、ただの戦闘では終わらない。

 それは、命令違反でも、誤射でもない。

 歴史そのものを動かす引き金になる。


 対するソ連側でも事情は同じだった。

「命令があるまで待て。」

 政治将校が短く言い放つ。声は厳格だが、その額には汗が滲んでいる。背後に控える兵士たちもまた、無言で前方を見据えていた。


 誰もが理解している。

 敵は、もはや「ドイツ」でも「日本」でもない。

 今、目の前にいるのは――次の戦争の相手だ。


 両軍の間には、破壊されたトラックが横倒しになり、日本軍の放棄した装備が散乱していた。銃、弾薬箱、軍靴、軍帽。


 つい数日前まで存在していた戦争の残骸。

 だが、その意味はすでに変質していた。

 これは終わった戦争の痕跡ではない。


 次の戦争の「境界線」だった。


 風が吹く。

 誰も動かない。

 ただ照準だけが、相手を捉え続けていた。


1945年8月18日 東京、連合国軍総司令部(GHQ)

 遠く離れた東京。

 占領下に置かれた都市の中心で、連合国軍総司令部(GHQ)は慌ただしく機能していた。

 広い作戦室の壁一面に貼られた地図には、無数のピンが打ち込まれている。

 北海道、千島列島、樺太、そして朝鮮半島。

 赤と青の線が複雑に絡み合い、まるで意思を持つかのように領域を侵食し合っていた。


「これ以上の接触は危険だ。」

 米軍高官が低く言う。

 その声には、戦争を勝ち抜いた者特有の自信ではなく、別種の警戒が滲んでいた。


「同意する。だが――彼らは既に前進しすぎている。」

 英軍将校が応じる。指先で地図上の一点を叩く。


 そこは、釜山近郊。

 そして道北。

 いずれも、両軍が接触しかけている地点だった。


 沈黙が落ちる。


 誰もが同じことを考えていた。

 ここで誤れば、次は「第三次(大惨事)世界大戦」だ。


 やがて、通信兵が駆け込んでくる。

「ワシントンとモスクワから電報です。」

 同時だった。

 まるで申し合わせたかのように。

 内容は簡潔で、そして重い。

 ――現地部隊は衝突を回避せよ。


 それは命令であると同時に、互いへの牽制でもあった。


 越えるな。

 これ以上、踏み込むな。

 その見えない線が、確かに存在していた。



 数時間後、前線にわずかな変化が現れる。


 ソ連軍の進撃が止まった。

 燃料、弾薬、補給線の問題。

 だが、それ以上に大きいのは政治判断だった。

 これ以上南へ進めば、衝突は不可避になる。

 その代償は、あまりにも大きい。


 一方で、米英軍もまた北上を控えた。

 押せば勝てる可能性はある。

 だが、その「勝利」が何を意味するのか、彼らは理解していた。


 結果として――

 誰も線を引かなかったにもかかわらず、境界は成立した。


 見えない線。

 だが、それは確実に存在していた。



同日夕刻、北海道・稚内南方

 道北の地でも、同じ光景が広がっていた。

 道北最大の都市のすぐ南で、両軍は対峙していた。


 ソ連軍。

 そして、進駐してきた米軍部隊。


 距離は遠くない。

 銃は下ろされていない。


 だが――撃たれもしない。

 ただ、沈黙だけがある。


 それは単なる静寂ではない。

 張り詰めた均衡。


 均衡という名の、危機の先送りだった。

 兵士の一人が、かすかに息を吐く。

「……終わったんじゃなかったのかよ。」

 その言葉は、風に紛れて消えた。


 誰も答えない。


 答えられる者など、いなかった。


 なぜなら――

 誰もが理解していたからだ。

 本当の意味での「戦後。」は、まだ始まってすらいない。


 これは終わりではない。


 新しい時代の、最初の対峙にすぎない。



 世界は、再び分かれようとしていた。

 銃を構えたまま。

 引き金に指をかけたまま。

 撃たないという選択だけで、かろうじて保たれている均衡の上に立ちながら。

 次に訪れるのが「平和」か、それとも「戦争」か――


 それはまだ、誰にも分からなかった。

 前々回で第二次世界大戦が終わったかと思えば、ほぼ間を置かずに米ソ冷戦が始まりました。

 そして本作世界線に於ける冷戦体制の原型が形作られます。その中で日本は最前線として位置付けられることになります。

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