第十四話 ポツダム宣言を受けて(後篇)
前回日本はポツダム宣言を受諾して降伏し、殆どの戦線で無事に武装解除されて第二次世界大戦が終結することになりました。
だけど第二次世界大戦篇は(或る独裁者の妄執的な欲望のために)もうちょっとだけ続くんじゃ。
1945年7月8日、満洲国
満洲の空は、もはや空ではなかった。
それは鉄と炎で編まれた、終わりなき天蓋だった。
夜明けとともに響くソ連空軍が奏でる唸りは、もはや警報の必要すらなかった。誰もが知っていたからだ。次に落ちてくるのは爆弾であり、その次に訪れるのは破壊と死であることを。
新京、奉天、哈爾浜――かつて満洲国の中枢を担った都市は、日ごとに輪郭を失っていった。建物は崩れ、道路は抉れ、人の営みは瓦礫の下へと押し潰されていく。
だが、ソ連空軍の攻撃目標は単なる都市破壊ではなかった。
「交換所がやられた!」
地下通信壕に響く絶叫が、事態の本質を示していた。
「増幅所も沈黙……無線も繋がりません!」
報告は次々と絶望へと塗り替えられていく。通信線は寸断され、無線は妨害され、指揮系統は音もなく崩壊していった。
それは“電子戦”だった。ただし、電波ではなく、爆弾によって遂行される原始的かつ確実な電子戦――物理的破壊による情報遮断。
そしてそれは、極めて効果的だった。
1945年7月31日、満洲国
日本政府がポツダム宣言の受諾を決定し、その意思が連合国へ伝えられたその日――満洲の空爆は、さらに一段階激しさを増した。
狙われたのは、もはや都市ではない。
通信そのものだった。
交換所、増幅所、無線基地局、通信隊、郵便局――それらは徹底的に洗い出され、優先目標として爆撃された。まるで、目に見えぬ神経網を断ち切るかのように。
結果は明白だった。
満洲全域は、完全な孤島と化した。
同日、関東軍司令部
「……大本営と、連絡が取れない?」
関東軍司令部の一室で、参謀の一人が呆然と呟いた。
「はい。全回線不通です。代替回線も、ことごとく破壊されています」
「無線は?」
「強力な妨害、あるいは設備自体の損壊により使用不能です」
沈黙が落ちた。
それは、戦場における最も危険な兆候だった。
情報が来ない。命令が来ない。状況が分からない。
すなわち――判断ができない。
1945年8月1日
一方、その沈黙を利用する者たちがいた。
ソ連である。
彼らは宣言した。
『現地日本軍は降伏命令を無視し、戦闘を継続している』
それは事実ではなかった。
だが、それを否定する手段もまた存在しなかった。
なぜなら――関東軍自身が、自らの降伏を知らなかったからである。
1945年8月1日、満洲国
「敵はなお進撃中!
各員、持ち場を死守せよ!」
前線では、命令は依然として変わらなかった。
戦え。
持ちこたえろ。
撃て。
それ以外の選択肢は存在しなかった。
兵士たちは疑わなかった。疑う余地すらなかった。彼らの世界には、終戦という情報が存在していなかったからだ。
銃声は鳴り続け、砲火は絶えず、血は流れ続ける。
すべては、すでに終わっている戦争のために。
1945年8月2日、東京
大本営は、混乱の只中にあった。
「なぜ届かんのだ!」
怒号が飛び交う。
「無線は遮断、有線は破壊、伝令は全滅……!」
「伝書鳩はどうした!」
「運用部隊が爆撃で壊滅しました!」
報告は、すべてが失敗を意味していた。
あらゆる手段が講じられた。
だが、そのすべてが潰されていた。
まるで、最初からそれを見越していたかのように。
「……これは、計画的だ」
誰かが、低く呟いた。
「通信網を徹底的に潰し、降伏命令を届かせない。そして“抵抗している”という口実を作る……」
その言葉に、誰も反論しなかった。
出来なかった。
なぜなら、それが最も筋の通った説明だったからだ。
満洲、朝鮮、南樺太、千島――
そこにいる日本軍は、今も戦っている。
戦争が終わったことを知らずに。
終わらせるための命令を受け取ることもなく。
ただ、目の前の敵を撃ち続けている。
通信が途絶した戦場では、時間すらも意味を失う。
昨日と今日の区別はなく、始まりも終わりも曖昧になる。
あるのはただ、戦闘の連続だけだ。
そしてその戦いは――
もはや国家の意思とは無関係に、独立して続いていた。
戦争は、終わっていた。
だが、戦場は、終わっていなかった。
1945年8月1日、満洲国
その日、満洲における戦いは決定的に性質を変えた。
もはやそれは、防衛戦ではなかった。
“孤立戦”であった。
「弾薬、残りわずかです!」
塹壕の中で、若い下士官が叫ぶ。土と煤にまみれた顔は、すでに年齢の判別を拒んでいた。
「補給はどうした!」
「連絡が取れません! 司令部とも、隣接部隊とも……!」
言葉は途中で途切れた。すぐ近くに着弾した砲弾が、空気そのものを叩き潰したからだ。
土砂が降り注ぎ、視界が奪われる。
だが、敵は止まらない。
赤い星を掲げた戦車群が、煙の向こうから現れる。歩兵がそれに続き、機関銃の掃射が地表を舐めるように走る。
「撃て! 撃ち返せ!」
命令は単純だった。
そして、それしかなかった。
同時刻、ソ連極東部、ソ連軍極東戦線司令部
ソ連軍司令部では、別種の戦いが進行していた。
「日本軍は依然として抵抗を継続中」
参謀の報告に、司令官は静かに頷く。
「記録せよ。全戦線において同様である、と」
「はっ」
事実の確認ではない。
事実の“形成”だった。
通信が断たれている以上、日本側に反証の手段はない。現地の戦闘行為そのものが、彼らの主張を補強していた。
撃てば撃つほど、戦えば戦うほど――
「降伏していない証拠」が積み上がっていく。
1945年8月3日、東京
焦燥は、もはや限界に達していた。
「まだ届かんのか!」
「はい……全て失敗です」
外務省、大本営、内閣――それぞれが独自に手を打ち、そして全てが無に帰した。
航空機によるビラ散布も検討された。
だが、制空権はすでに失われている。仮に飛ばしたとしても、投下地点は限定され、確実性は皆無だった。
「……打つ手が、ないのか」
その問いに、答える者はいなかった。
1945年8月5日、満洲北部
ある歩兵中隊は、すでに三日間、上級司令部との連絡を絶っていた。
「中隊長殿……これは、おかしいです」
古参兵が、ぽつりと漏らす。
「何がだ」
「敵の進み方です。あまりにも……急ぎすぎている」
確かに、ソ連軍の進撃は異様だった。包囲よりも突破を優先し、占領よりも前進を重視する。まるで、時間そのものと競争しているかのように。
「……考えるな」
中隊長は短く言った。
「我々の任務は、ここを守ることだ」
それ以上の思考は、許されていなかった。
だが、その“違和感”は、確実に広がっていた。
なぜ敵は止まらないのか。
なぜ補給線を無視するのか。
なぜここまで強引に前へ出るのか。
そして――
なぜ、こちらに新たな命令が一切来ないのか。
答えは、誰も知らなかった。
1945年8月6日、南樺太
通信壕の奥で、一人の通信兵が、壊れた受信機に向かって必死に呼びかけていた。
「こちら第七通信隊……応答せよ……応答せよ……!」
ノイズだけが返ってくる。
意味を持たない雑音。
世界との繋がりを完全に断ち切られた証。
彼は拳で機器を叩いた。
「くそ……頼む、誰か……!」
だが、その願いが届く先は、どこにもなかった。
同時刻、満洲国
ソ連軍の爆撃隊は、次なる目標へと向かっていた。
地図上に記されたのは、わずかな通信拠点の残骸。
それすらも、見逃さない。
徹底的に、完全に、不可逆的に。
“沈黙”を維持するために。
やがて――
満洲全域は、完全な情報の空白地帯となった。
命令は届かず、報告も届かない。
戦況は共有されず、戦略も存在しない。
あるのは、各地で独立して続く戦闘だけ。
それはもはや、「軍」としての戦いではなかった。
個々の部隊が、それぞれの判断で戦い続ける――
分断された戦争。
「……我々は、何と戦っているのだ」
ある将校が、誰にともなく呟いた。
敵か。
命令か。
それとも――
終わったはずの戦争、そのものか。
答えは出ない。
出るはずもない。
なぜなら、その問いに答えるべき“上”は、すでに存在しないのだから。
こうして――
戦争は、意思を失ったまま継続する。
終結という事実と、戦闘という現実が乖離したまま。
そしてその乖離こそが、さらなる悲劇を生む土壌となっていく。
沈黙は、なおも続く。
誰にも破られることなく。
誰にも知られることなく。
今回侵略を継続したいソ連は、日本を降伏させたくないので日本からポツダム宣言を受諾するという通知を受けて「電子戦(物理)を行って降伏命令を遮断することで『降伏していない』と強弁し侵略を継続する」というとんでもない暴挙に出ました。
日米英華の4箇国はそのような暴挙に果たしてどう対処するのでしょうかね。




