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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第三章 境界を越えし者たち

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第25話 守りたかった者

 夜は深かった。

 結界の外から吹き込む風は冷たく、肌に触れるたびに、どこか生の気配を奪い取っていくようだった。


 俺たちは、西の暗闇へと視線を向けていた。

 そこには、ヴァルデン領から押し寄せた千もの松明が、赤い蛇のようにうねりながら野を染めている。


 その光景は、まるで夜そのものが牙を持ち、こちらへ噛みつこうとしているようだった。


 ラピが静かに佇んでいた。

 その瞳はいつものやわらかさを捨て、ただ前だけを見据えていた。

 背には、小柄な青年――コーハがいる。

 小さな体躯のどこに、それほどの意志と熱を宿せるのかと、いつも思う。


「……本当に、行くつもりなのか」


 喉が痛むほど押し出した声だった。


 コーハは、いつものように笑った。

 あまりにも自然で、息をするみたいに。


「はい。だって、まだまだ作りたいものだってあるんです。発酵食品の試作品、成功させたいですし」

「こんな時にそんな事を言うな……」


 言葉は苦いが、胸が締めつけられるほど、その平常さが嬉しかった。


 ミーノが隣で息を震わせる。


「……いってらっしゃい。無事に、帰ってきてくださいね」

「もちろんです。ミーノを一人になんてさせませんよ」


 俺は胸がきしむのを感じた。


 コーハは、アストレイでやっと居場所を得た。

 笑うようになって、怒るようになって、頼るようにもなった。

 仲間も家族も得た。


 それを俺は――今、自分の判断で戦場へ送り出そうとしている。


「……俺は、まだ行かせたくない」


 そう言ったとき、コーハは初めて、少し困ったような顔をした。

 それから、なにか大切なものを思い出すように、ゆっくり口を開く。


「……クロムさん。僕ね、アストレイで過ごしてるうちに、やっと自分が生きてるって思えたんだ」


 細い指が、胸元をそっと押さえる。


「笑って、叱られて、仕事して、眠って……そんな当たり前みたいな毎日が、すごく嬉しかったんだ」


 コーハは目を細める。


 その瞳は、確かな意志を湛えていた。


「だから僕は、アストレイを守りたいんだ。誰かに救われたからじゃなくて――ここで生きたいと思った、僕自身の気持ちで」


 その声音は、静かで、確かな強さがあった。


 ラピがコーハの肩にそっと手を添える。


「僕が運ぶ。そして必ず帰る。コーハさんも、僕も」


 その声は澄んでいた。


 決意というより、誓いだった。


 俺は唇を噛んだ。

 血の味がした。


「……わかった。だが、限界距離を超えるなよ、ラピ。繋がりが弱くなったと感じたらそれ以上進むな。無理はするな」

「うん。約束する」


 コーハは笑い、ラピは静かに頷いた。


 そして、二人は闇の中へ溶けていった。夜は彼らを呑み込み、何も残さなかった。


 俺は、拳を握り締めたまま、祈るように目を閉じた。


 頼む、帰ってこい。約束しただろう。発酵食品を作りたい──そう言っただろう。


 胸の奥で、細く、細く炎が鳴る。


 まだ消してはならない。


 ◇   ◆   ◇


 時間が過ぎる。静寂が痛いほどに張り詰める。

 その時、ラピとの繋がりがふっと弱くなるのを感じた。


「……限界距離だ」


 俺は息を吸い、叫んだ。


「ミツリ! 虫を放て! 敵陣に混乱を!」

「わかりました!」


 ミツリが両手を広げる。

 闇の中へと、翅音が無数に奔った。夜空を流れる黒い川のように。


「ドロシー、二人が向かったルート以外を泥に変えろ! 追撃を遅らせる!」

「任せて……」


 泥が地を飲み込み、足を絡め取る沼へ変わる。


 しばらくすると敵陣にざわめきが走り、怒声が上がった。


 それでも、コーハたちは戻らない。


 胸が軋んだ。

 喉が焼けるように苦しい。


「……帰れ。帰って来い……」


 願いは、夜へと溶けていった。


 ◇   ◆   ◇


 やがて──


 風を切る音がした。

 闇の向こうから、ラピが駆けてきた。

 息を切らし、肩で呼吸し、全身が傷だらけで。


 そして──その背中には、コーハが、ぐったりと背負われていた。


 コーハの血が、ラピの体を濡らしていた。


「コーハ!」


 叫びながら、俺は駆け寄った。

 ラピは膝を折れながらも、コーハをそっと地面に降ろした。


「間に……合わなかった……ごめんなさい……」


 ラピの声は震えていた。


 コーハはかすかに目を開いた。

 薄い、かすれた声が漏れる。


「敵の……兵糧……全部、腐らせた……成功……しまし……た……」

「そんなことより――!」


 俺の言葉より先に、コーハが微かに笑った。


「ううん……クロムさん。僕はね、ただ……ここに、いたかったんだ……クロムさんと、みんなと……そして、ミーノと」


 ミーノが泣きながら、そっとコーハの手を握った。


「私……死んで戻ってきて……居場所なんてなかったのに……そんな私を、あなたは……お嫁さんにしてくれたんだよ……名前を呼んで……隣に立たせてくれた……手をつないで……笑ってくれた……普通の人みたいに……生きていいって……言ってくれたんだよ……」


 涙が、こぼれ落ちるたびにコーハの手の温度が奪われていく。

 コーハは、弱く笑った。


 春の雪が溶けるみたいに。


「……戻ってこれて……よかっ……た……」


 その指が、力を失った。


 小さな手が、俺たちの手から滑り落ちた。


 そして、夜風だけが吹いた。

 コーハの体から、温度が消えていく。


 手を握っていたはずなのに、指先が、触れている実感を失っていく。


 まるで、夜がそのまま形になって、コーハを奪っていくみたいだった。


「……いやだ」


 声が震えた。喉がひりつき、息が詰まる。胸の奥が裂けるように痛かった。


「戻ってこい……コーハ。まだ……お前は、ここに……」


 ミーノがコーハの胸元に顔を伏せて泣き崩れる。

 声にならない嗚咽が震えていた。


 ラピは静かに膝立ちになり、両手を太腿の上で握り締めていた。

 肩が震えているのに、顔には涙は浮かばない。


 泣くという感情すら、削り取られてしまったかのように。


 そんな中、遠方から、鉄を叩くような音が響いた。


 ヴァルデン領軍が、泥の足場を越え始めていた。

 怒号とときの声が、夜を裂く。

 結界の外側に、燃える松明の群れが押し寄せる。


「こちらを攻撃してきます!」


 誰かが叫んだ。

 もう、待つ時間は与えられない。圧力が押し寄せる。


 守りたかったはずの時間は、すでに終わっている。


 俺は、コーハの体を抱き上げた。

 それは、軽かった。あまりにも。


 受け入れたくなかった。認めたくなかった。

 だが、世界は残酷だ。


 胸に押し当てたコーハの身体から、命の響きが消えていた。


「……返せ」


 自分の声とは思えないほど低い声が漏れた。


 俺たちの灯を。

 俺たちの仲間を。

 俺たちが救おうとしたものを。


 ──返せ。


「……返せよ」


 胸の奥で黒い何かが燃え上がる。


 俺は冷たくなったコーハの胸に手を置き、ゆっくりと目を閉じた。


 この命は、終わりじゃない。


 ──俺が、まだ終わらせない。


「――起きろ」


 いつもの願いではない。


 これは命令だ。


 黒い霧が、俺の足元から立ち昇る。

 空気が歪み、影が波打つ。

 黒い燐光が、コーハの胸へと染み込んでいく。

 仲間たちが、息を止めるように見守る。


 やがてコーハは、静かに瞼を開いた。


 その瞳にはいつもの様な、柔らかさはなかった。

 代わりにそこにあったのは、深い闇と、かすかな光。


「コーハ……聞こえるか」

「……クロム……さん」


 その声は、掠れていたが、確かにそこにあった。


「コーハはもう死んだ。それでもまだ、俺たちを守ってくれるか?」


 コーハは、少し考えるように目を瞬かせ──そして頷いた。


「守りたい……そのために戻って来ました」


 コーハはゆっくりと息を吸い、敵に向かい両手を広げる。


「──《《腐敗領域》》、展開」


 コーハの体から黒い波紋が広がった。

 結界の外側、押し寄せていた敵兵の武具が、次々と軋み、錆び、崩れ落ちていく。


 槍が砕け、剣は粉となり、鎧は土に戻る。

 ヴァルデン兵が次々に叫び声をあげ、混乱が広がる。


「撤退だ! 退け! 退け!」


 黒い波は止まらない。


 まだ広げられる。


「コーハ。次は体だ」


 誰かが息を呑んだ。


 俺自身の声は、もう感情の形をしていなかった。


「殺せ。俺たちを奪う者は、全て──」

「クロム様!!」


 リヴの腕が、俺を後ろから抱き止めた。

 耳元に響く泣きそうな声。


「人を手にかけてはいけないと言ったのは、クロム様です」


 その言葉が、刃のように突き刺さった。


 俺が悩みながら言った言葉。

 守りたかったはずのもの。


 守れなくなりかけていた。


 ミーノも泣きながら叫ぶ。


「クロムさん……もう、十分だよ……! コーハさんも、もうアストレイを守れたんだよ……!」


 息を吸う。


 長く、深く、苦しく。


 そして──力が抜けた。


「……そうか」


 世界が滲んだ。

 視界が揺れ、暗闇が満ちてくる。


 残ったのは――リヴの体温だけだった。


「ありがとう……」


 俺を止めてくれた感謝を最後に、俺の意識は闇へ沈んでいった。

※作者からのお願い


投稿のモチベーションとなりますので、この小説を読んで「続きが気になる」「面白い」と少しでも感じましたら、↓の☆☆☆☆☆から評価頂き作品への応援をよろしくお願い致します!


お手数だと思いますが、ブックマークや感想もいただけると本当に嬉しいです。


ご協力頂けたら本当にありがたい限りです。

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