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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第一章 生と死の境に立つ者たち

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第2話 忌まわしき祝福

 それからの日々、俺はただ黙々と働き続けた。


 誰に認められなくとも、努力をやめることだけはしたくなかった。

 どれほど蔑まれ、どれほど拒絶されても、俺はヴァルネスト家の長男であり、この領地を支える一人であることに変わりはない。


 夜明けとともに机に向かい、書類を読み、政策を立案した。昼には農地や交易路の報告を確認し、夜は領民からの請願書に目を通した。


 誰も褒めない。誰も感謝しない。

 けれど、それでいいと思っていた。


 俺の隣には、いつもリヴがいたからだ。


 彼女は俺の仕事を手伝い、疲れた頃にそっと温かい茶を差し出してくれる。

 夜、書類に埋もれたまま眠ってしまえば、静かに毛布をかけてくれた。

 彼女の存在がなければ、俺はとっくに折れていただろう。


 父も、母も、サリアも――何かを察しているのか、その関係に口を出すことはなかった。

 あるいは、言う価値もないと見なされていたのかもしれない。

 だが、それでも構わなかった。


 俺には、リヴがいればそれでよかった。


 リヴの笑顔だけが、俺を生かしていた。


 ◇   ◆   ◇


 俺がネクロマンシーを授かって一年が経とうとした頃、屋敷が慌ただしくなった。

 不穏な胸騒ぎがして、俺は廊下へ出た。


「どうした。何があったんだ?」


 息を切らせた使用人が振り返る。


「ジーノ様が……成人の儀を終えられました! 神々の前で、【獄雷(ごくらい)】のスキルを授けられたそうです!」


 獄雷(ごくらい)――父の【獄炎(ごくえん)】と並び立つ、雷を司る力。

 その報せは、瞬く間に屋敷全体を祝福と歓喜の渦に包み込んだ。


 執務室の前を通りかかると、扉の隙間から父と母の笑い声が漏れていた。

 父のそんな声を聞くのは、いつ以来だろうか。

 母の目元には涙が浮かび、ジーノは胸を張っていた。


 その光景を、俺はただ静かに見つめていた。

 胸の奥が痛んだが、それは嫉妬ではなかった。


 むしろ、ほっとしていた。

 望まれていた力が、弟に宿ったのだから。


「……おめでとう、ジーノ」


 誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。

 その声は雷鳴にかき消されるように、屋敷の喧噪に飲まれていった。


 ◇   ◆   ◇


 数日後、父から珍しく呼び出しを受けた。


「今夜、家族で食卓を囲む。大事な話がある。お前も来い」


 その言い方が、妙に引っかかった。


 ――何かが起こる。そんな予感だけが、静かに胸に広がっていった。


 食堂の長いテーブルには、豪華な料理が並び、母とジーノがすでに座っていた。

 父はゆっくりとワインを傾け、そして俺の方を見た。


「クロム。この一年のお前の行動を、見させてもらった」


 その言葉を聞いた瞬間、呼吸が止まった。


 父が俺を見ていてくれた――たったそれだけのことが、胸を締めつけた。


 俺はかすかに笑い、震える声で答えた。


「……ありがとうございます、父上」


 父は短く頷き、そして続けた。


「三日後、次期領主の任命式を行う。お前も出席しろ。大切な日になる」


 ――任命式。


 その言葉が、希望の鐘のように胸に響いた。


 まさか、自分の努力が――穢れた力を持っていても、ようやく認めてもらえるのか。


 食事が終わるころ、廊下でリヴがそっと微笑んだ。


「やっと報われますね。クロム様の努力が実ったんですよ」


 彼女の瞳が、ランプの光を映して揺れた。


 その夜、俺は久しぶりに深く眠れた。


 夢の中で、リヴが笑っていた。

 長い冬が、ようやく終わる――そう思った。


 ◇   ◆   ◇


 任命式当日。

 朝から屋敷は賑わい、会場の庭には許嫁のサリア、貴族、教会の司祭や騎士たちだけでなく領民も参加していた。


 父は威厳に満ちた正装で壇上に立ち、母とジーノがその隣に並ぶ。

 俺も緊張しながらに隣に立ち、胸の鼓動を押さえた。


 これまでの努力が、ついに報われる――そう信じていた。


 父が壇上に上がり、声を張った。


「本日、我がヴァルネスト領に新たな時代が訪れる。未来を担う者――次期領主を、ここに定める」


 会場が静まり返る。

 誰もが次の言葉を待った。


「――次期領主、ジーノ・ヴァルネスト」


 その一言で、時間が止まった。


 父の口から出た名は、俺ではなかった。


 母が涙を拭い、ジーノが膝をついて頭を垂れる。

 歓声と拍手が会場を満たす。


 俺の胸の奥で、何かが崩れ落ちていった。


 それでも笑おうとした。

 領地のためになるのなら……弟が選ばれても、それでいいと……


 だが、父の次の言葉が、その薄い希望を焼き尽くした。


「そしてもう一つ、重大な報せがある」


 父が教会の司祭に目配せをする。

 白衣の男が一歩前に出て、低く響く声で告げた。


「神の教えにより、アンデッドとなった者は神の輪から外れ、永遠に転生の輪廻へと戻れぬ罪人と定められている。よって、ネクロマンサー、クロム・ヴァルネストを――ここに、処刑とする」


 空気が凍りついた。

 人々の視線が一斉に俺に向かう。

 鎧のきしむ音。騎士たちが剣を抜く。


「待て! そんな話、聞いていない!」


 思わず声が出た。だが父は、俺の方を見ようとしなかった。


「本来なら、授かったその日にでも処刑は行われるべきでした。しかし当主殿は、長子としての可能性に最後の望みを繋いだ。ゆえに一年の猶予が与えられたのです」


 司祭の言葉が静まり、広間に沈黙が落ちた。

 父は、静かに目を閉じた。

 声は震えてはいなかった。


 ただ、深く、重かった。


「……だが、国も、教会も、そして領民も見ていた。ネクロマンサーは災厄だと──その不安を、私は抑えられなかった」


 父はようやく俺を見た。


「そして……ジーノがヴァルネストを継ぐ力を授かった。ならば私は、領を揺るがす火種を残すわけにはいかぬ」


 ジーノの方を見る。

 ジーノは、ただ、笑っていた。

 勝ち誇った者だけが浮かべる、薄い、乾いた笑み。


「安心してください。僕が立派に領地を継ぎます。あなたが汚したヴァルネストの名も、僕が取り戻してあげます」


 まるで――俺の死を、待ち望んでいたかのように。


 ただ、勝者が敗者に投げる最後の言葉だけがあった。


「父上! 俺はヴァルネストの人間として恥じる事をしたつもりはない! 罪など犯していない!」

「……お前の存在そのものが、罪なのだ」


 その声は炎のように熱く、氷のように冷たかった。

 騎士たちが俺の腕を掴み、押さえつける。

 そして、父が剣を抜いた。


「神と一族の名にかけて、この穢れを断たねばならぬ。……せめて私の手で終わらせよう」


 その時リヴの悲鳴が響いた。


「やめてください! クロム様は何も悪くありません!」


 彼女が俺の前に立ちふさがった瞬間、銀の刃が閃いた。

 赤い飛沫が舞い、時間が止まる。


「……リヴ?」


 彼女の身体が俺の前に倒れ込んできた。

 父の剣が、彼女の胸を貫いていた。


「いやだ……リヴ、駄目だ……!」


 俺を押さえつける手を振り払い、彼女の体を抱きしめる。

 その体から、ぬくもりが急速に失われていく。

 

 リヴは微笑んでいた。

 かすかに俺の頬を撫で、震える唇で囁く。


「……あなたを、愛して……」


 その言葉を最後に、彼女の瞳から光が消えた。


 世界が音を失った。


 胸の奥が裂け、喉が焼けるように痛い。涙が止まらなかった。


 彼女が息を引き取った瞬間、何かが――目を覚ました。


 震える手で彼女の頬に触れ、魔力を解き放つ。


「……死ぬな! 俺を一人にしないでくれ!」


 その瞬間、心の奥から黒い衝動が滲み出した。


 暗く、重く、冷たいのに、どこか懐かしい。


 意識するより早く、俺はその力に身を委ねていた。


 空気が軋み、光が歪み、教会の紋章が砕ける。

 騎士たちが悲鳴を上げて後ずさった。


「やめろ! それは禁忌の力だ!」


 司祭の叫びが響くが、もう届かない。


 リヴの身体を包むように、黒い霧が渦を巻く。

 理屈も恐れもなかった。


 ただ――彼女を取り戻したいという願いだけが、俺を動かしていた。


 リヴの胸がかすかに上下し、唇が震えた。

 薄く開いた瞳が俺を映す。


「……クロム、様……?」


 涙が溢れた。

 彼女の手が、確かに俺の手を握り返す。

 流れる血も止まり、傷も消え、彼女の身体を包み込んでいた黒い靄が、やがて静かに消えていった。


 その瞬間、俺の中で何かが完全に壊れた。


 禁忌でも、神の敵でも構わない。

 彼女が蘇った――それだけで十分だった。


 俺はリヴを抱きしめた。


 人々の視線が突き刺さる。

 恐怖と憎悪が混じった眼差し。

 だが、もう何も怖くなかった。


 リヴの瞳に、再び微かな光が宿った。

 その光を見て、俺は静かに微笑んだ。

 この腕の中で、確かに呼吸をしていること、瞳が自分を見返していることが、すべてを証明していた。


 その瞬間、悟った。


 俺に授けられた【ネクロマンシー】は、呪いなんかじゃない。


 愛する人を繋ぎとめる、祝福だと。

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― 新着の感想 ―
RT企画できました! 悪事そのものは行っていないのに、悪とされる力を持つことそのものが許されないという厳しい世界。そんな世の中でもクロム個人の善性を信じ続けるリヴの献身が美しいですね。
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