24.建国記念祭前日の夜
はあ…本当に嫌だ…
ロバートは今日何度目かのため息を吐き出した。今月はずっと家にいるつもりだったのにまさかの四連泊…絶望的な気持ちである。
城内の業務にしても勉強にしても嫌いではない。ただリアーナの傍にいたいだけである。
ただ我儘が言える状況でもない。相手が相手であるから、迂闊な対応ができないという国の対応も理解できる。
ラナ・ハーヴィーのゲストルームの前に着く。
今日は挨拶と、明日のざっくりとしたスケジュール確認が目的ですぐ終えるつもりである。
〚よろしいでしょうか?〛
ノック後暫く待っていると、城内のメイドが開けてくれた。
少し困ったような表情をしている彼女に違和感を覚えつつも「失礼します」と言い中に入って、目に飛び込んできた光景に思わず足が止まった。
絶句するくらい、大量のまるまった紙などが至る所に乱雑に散らかっている。
よく見ると何かの走り書きだったり、魔法陣だったり、何か書かれている物ばかりである。
そしてその散らかった部屋の中央のテーブルに、濃紺の色の髪を頭の上で適当にお団子にして眼鏡をかけた美少女が座っていて、一心不乱に何かを紙に書き殴っている。
呆然と見つめていると、その少女が顔を上げた。
見る角度によって色が変わる赤と黒の混じった、不思議なガーネットのような色の瞳と目が合った。
〚あ、ごめん。今少し手が離せなくて…ちょっとだけ待ってて〛
彼女はすぐにまた紙に視線を戻してまた書き始める。
「あの…ロバート様、此方にどうぞ」
メイドがわざわざテーブルから一つ椅子を運んで持って来てくれた。確かにあのテーブルに座るのは無理だろう。仕方なくその椅子に座る。
どうしたらこんなにも散らかるのか…?そう思って観察しているとすぐに答えは見つかった。
彼女は書き途中の紙を丸めてすぐにその辺にポイポイ捨てるからだ。丸めていない紙も乱雑に置くせいか、テーブルの周りに散乱していて床にも落ちている状況である。
暫くすると、彼女は腕を上に上げて「うーん」と背伸びして、眼鏡を外して僕を見た。
どうやらひと段落ついたみたいである。
〚忙しいところすまない。明日から建国記念祭の間案内をする事になったロバート・グランだ。明日から宜しく〛
〚ああ…あなたが。私はラナ・ハーヴィー。大統領から聞いているよ。いいとこの御坊ちゃまなんでしょ?〛
〚公爵家です。それよりラナ嬢は明日どういった所を回るのが希望ですか?〛
特に雑談する気もないので、にこやかに微笑みながらも要件を済ませるためにさくさくと本題に入る。
〚パレード後はグルメ!初めて来たし色々食べたいかな。ねぇ、公爵家ってどれくらい偉いの?〛
〚…爵位でいうと王家の次です。グルメで言うと二番街区からの方が多いのでそこから回った方が良さそうですね〛
〚二番街区?ってなに?〛
〚この中央都市は三つのエリアに分けられています。要は爵位などによって棲み分けがされています〛
〚そうなの!?うちは貴族とか制度ないからよくわかんないな〛
テーレ共和国に身分制度はない。みんな基本的には苗字を持たない平民であり、商売人や政治家、資産家などがラナ嬢のように苗字を名乗る事がある。
〚爵位が上の順から王城に近いエリアに住んでいます。ただ貴族は基本的に領地を持っているので、王都にある屋敷とは別に領内にもありますよ〛
〚え~、家が多くて広いと片付けるのとかめんどくさそ…〛
〚使用人がいるので問題ありません。ハーヴィー家でも雇っているのでは?〛
〚ハウスキーパーは来てくれるけど住み込みとかじゃないから多分絶対何か違うと思うよ〛
〚…そのようですね。では明日は9時にまたお迎えにあがります。他に何か確認したい事は?〛
〚うーん、パレードってどこから見るの?〛
〚パレード自体は王城を出た後一番街区をぐるりと回って戻る感じなので、遠くてもいいなら城内からでも見られますよ。一番街区で見る方が近いですね。一応一番街区で場所を抑えてはおります〛
〚それじゃ一番街区!〛
〚分かりました。他になければこれで失礼します〛
〚…あとはまた明日でいいや〛
〚では、失礼。良い夢を〛
足早に彼女の部屋を去った。
部屋を出た後少し安心して息を吐き出した。
特に僕の容姿にも気に留める様子もない少女はある意味珍しくはあったが、面倒くさくなさそうで良かったという気持ちの方が大きかった。来賓だと特に気を遣う。
久々に登城したし、首相室にいる父上の仕事でも手伝おうかと向かって行った。
すぐに出ていくロバートの後ろ姿を見送りながら、ラナ・ハーヴィーはまた「うーん」と腕を上げて伸びをした。
急に面白いアイデアが降ってきて、ともかく形にしようとたくさん魔法陣を描いてみたら何とか良さそうな図案が考案できた。これは帰国後に生産部門の長にアイデアとして出してみて実用化の検討をしよう。
やっぱ国外だと、テーレと違う物が置かれたりしているからとても刺激的で楽しい。
スッキリしたからもう少しロバートと話したかったのにな…
めちゃくちゃいい笑顔なのに、あんなに愛想の悪い人間は今まで見た事がない。
普通であればラナ・ハーヴィーという人間を好奇心から、色眼鏡で見てきたり、色々聞いてくる人、中には厚かましくも直接依頼の相談をしてくる人たちなど様々であるが、彼は私に対して一切関心がないようであった。
上位貴族であるし、案内役だから遠慮した…というのとまた違った雰囲気であった。面倒がなさそうでそこだけは少しだけホッとした。
本来はリアタタール王国にお忍びで来たかった。
護衛も案内もつけずに自由に旅行をしたかったのだ。国内外問わず遠出をする時は必ず申請をしないといけないが、まさか国外の場合は制限がかかるとは思わなかった。もしかしたら国内外問わず大勢の人々が集まるイベントだからかもしれないが。
来賓という形で大統領と一緒であれば、護衛付きで建国記念祭の参加の許可がでた時は正直がっかりだった。
ただ結果オーライかもしれない。
色々捕まって、根掘り葉掘り聞かれたりするくらいなら一人でひっそり回りたかったが、そうでなければ土地勘もないので案内して貰える方が良いのかもしれない。
魔力はあって魔法も使えはするが、周りに魔法使いは滅多にいないので他者の魔法を見る機会もなければ、きちんと勉強をしたこともなかった。
魔法を組み合わせた魔法使い用の魔道具作りも最近は好んで行っているので、実際に使う魔法使いの多いリアタタール王国には前から興味があった。平民もほとんどが魔力持ちという国で魔法使い用の魔道具も独自に発展している国だ。
何かインスピレーションを受けられたらいいなという気持ちと、魔法をもう少しちゃんと知ってみたいなと思ってやってきたのだ。
先程の様子を見る限りはロバートの案内であればその目的も達成できそうである。
難点としては雑談にどれくらい付き合ってくれるかだろう。
上位貴族であれば魔法についても詳しい可能性が高いし、できれば色々聞いてみたいのだが。特に自然魔法が独特に発展しているリアタタール王国の魔法には興味があった。
〚あっちゃー…そーいえば散らかしすぎたかな…〛
改めて部屋内の周囲を見渡してため息を吐き出した。
書いている時はいつだって夢中なのでこんな惨状でも気づかない事が多々ある。片づけるのは大の苦手である。
〚あの、ラナ様。どれが捨てていいかとか分かれば片付けさせて頂きます…その間に「湯あみ」もお手伝いさせて頂きますので〛
どうしようかなと悩んでいると、部屋の隅で待機しているメイドが少したどたどしい古代語で声をかけて来た。
そういえば先程のロバートの話し方は共和国にいるような自然な話し方だったなと今更ながら気づいた。あまりにも流暢すぎてテーレ人みたいであったから気づかなかった。
大陸内は混血が激しいので肌や髪、瞳の色で判別するのは難しく、基本的には服装であったり、使用の言語でどこの国なのかを推測するしかない。
〚丸まっている紙はいらない。ん?「湯、あ、み」って?〛
聞きなれない単語に首を傾げる。
古代語にはない恐らくタタール語の単語みたいである。
〚入浴のお手伝いになります〛
〚え?手伝う事なんてあるの?〛
あまりにビックリしすぎて聞き返してしまう。
お風呂って基本一人で入って、一人で洗うよね?確かに公衆浴場みたいな所であれば大勢の人と入ったりする事はあるけれども。
〚髪などを洗ったりなどさせて頂きますが…どうされますか?〛
〚…折角だからお願い〛
生まれてこの方、人に洗われた事なんて…赤ちゃん時代を除けばない。
貴族としての生活も気にはなっていたので、とりあえずどういったものなのか経験してみたくなった。
翌日まさか着替えまで手伝われるとは思ってもみなくて、朝からひん剥かれて叫ぶのをこの時はまだ知らない。
ラナちゃん割と好きです。黒髪美少女キャラはこの世界観では珍しいですし…大和国が出てくればまた少し変わるかな?
テーレ共和国はあらゆる人種が混じっているので色々な人種の人(混血)が住んでいます。