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ムラムラします


 リールハイランド王国 王族近衛 第四騎士団長


 アリオス・シルヴェストにそんなご大層な肩書が着いたのは二年前の事だ。

 それまでは国境警備の任に就いていたが、手腕を買われての大出世だった。二十六歳と言う若さで隊長に抜擢されたのは彼の実力もさることながら、第四隊の警護対象にも関係がある。

 

 第四隊の主はまだ十代の王女だ。

 リリアンナ王女は華奢な、大人しい少女だった。控えめで我が侭も言わず周囲を気遣い、困らせたり迷惑が掛かるような事は絶対にしない。好奇心より理性を優先するタイプで、警護する側からするとこれほどまでに護り易い人はいないと思わせるくらいに、模範的な優等生。

 更に、性根は真っ直ぐで心優しい少女でもあった。

 

 そんな繊細な十代の少女の周囲を、厳ついガタイの男達で固めてしまうのは如何なものなのか。

 現に、近衛隊員達に対して王女が威圧感を覚えてしまい、相当怯えられた過去があるらしい。

 しかし隊員が怖いなどと周囲に言えず、我慢が祟って寝込んだことも。

 

 どこへ行くにもついて回る隊員達が怖すぎて、そしてこれ以上迷惑を掛けたくないという思いから、部屋から出られなくなった事もあるとか。

 

 それ故、鍛えられた屈強な男達の中でもあまり威圧感を与えない外見の、若い者達が選ばれたのだ。何故若いのかと言われたら、歳が近い方が王女も親しみを感じやすいだろうと考えられたからである。苦肉の策だった。

 そして同じ理由から、女性隊員も含められていた。

 

 アリオスもまた例に漏れず軍人にしては細身で、年頃の女性が好むような甘めの容姿をしている。早い話が美形だ。

 

 冬空を映し出したかのようなアイスブルーの髪も、くっきりとした二重に長い睫毛に縁取られたラベンダー色の瞳も鮮やかで、見る者に強い印象を残す。

 そして計算し尽くして精巧に作られた人形のようなその容姿は、ともすれば現実味を伴わないと思わせる程、完璧に整っていた。

 

 つまり、アリオスは夢物語の中の理想の王子の如き外見の男なのだ。王城内外にも実はファンが多くいたりするくらいの。

 女性に恐れられる要素などない。それがリリアンナ王女の護衛に選ばれた一番の理由かもしれない。

 

 これなら王女も怯えまいという軍上層部の苦心の作戦は功を奏し、王女は現第四隊が再編成されてからは、近衛隊に怯えて体調不良を起こす事も食欲不振になる事も無くなった。

 

 漸く頭の痛い問題が解決して、全員が手放しで喜び合っていたのだが、ここで新たな問題が発生した。

 

 

 四番隊の執務室で、アリオスは顔の前で手を組み、神妙な面持ちをしていた。

 そう、何を隠そうアリオス自身が最近ずっと深刻な悩みを抱えているのだ。

 

「……リリアンナ王女が可愛過ぎてつらい」


 深々とした溜め息と共に吐き出されたその言葉は、悲哀な響きとは全く関係のなさそうな内容だった。

 隊員達は、ちらりと上司を一瞥し、それぞれの事務処理を熟している。

 

「なんだ、なんで落とした栞を拾ってお渡ししただけで、あんなはにかんだ極上の微笑みを浮かべるんだ反則だろう。というかリリアンナって名前からして可愛過ぎだと思うんだが」


 この上ない美形が、なんだかとっても残念かつ危ない発言をかましている。

 このくらいは割と日常的に吐き出される愚痴? なので、誰も気にも留めない。

 

「王女がやたらと良い匂いをさせているのもどうなんだ。甘さと爽やかさを併せ持った、まるで虫を惹き付ける花の香りのような」

「例えがあんま良くないですよ団長。虫を惹き付ける香りって」

「ほんとそういうトコ残念だよなーあの人」


 言いたい事は分かるのだが、例えをもう少しマシにしないと何も悪くない王女が風評被害を受けかねない。

 真面目過ぎる程に真面目なアリオスは、堅物で朴念仁。ユーモアや女性を喜ばせる美辞麗句など持ち合わせていなかった。

 

 仕事は出来るし剣の腕は一流、ついでに容姿も抜群であるがゆえに、尚更に残念だった。

 

「王女の近くにいてあの香りを嗅いでいると……ムラムラす」

「おおっとぉぉぉっ!! それ以上はマジで不敬罪で首刎ねられるぞ団長!? いくらあんたの顔でも許されない一線ってものがあるからな!?」


 バァン! と蝶番が壊れる勢いでドアを乱暴に開け放って執務室に入ってきた男が、危険極まりない上司の発言をギリギリのところで遮った。

 ギリギリアウトだったが、気にしない事にする。

 

 明るい彼の性格をよく表した生気に溢れた金の瞳と、同色の短く切り込んだ髪が特徴の副隊長、ガトーだ。

 アリオスは四角四面で融通が利かないくらいに真面目なのに対し、ガトーはどちらかと言うと大雑把で感覚と感情で動くタイプの人間だ。

 

 普段は適当に流したり感情のままに突っ走るガトーをアリオスが制止する事が多いのだが、こと王女に関してだけはガトーがストッパーの役割を果たしていた。

 彼が居なければもうとっくにアリオスは牢にぶち込まれているのではないかと隊員達は思っている。

 

 アリオスが社会的地位を失わず今もこうして隊長職を全うしているのは、ガトーの功績であるが、残念ながら誰からも褒められないし給料も上がらない。実に辛い仕事だ。

 

「ガトー……許されないのは分かっている。分かっているんだが、王女を前にするとムラムラするのは変えられない事実だ」

「キリッとした表情で言ってんじゃねぇよ!! 無駄にカッコいいから余計腹立つわ!!」


 何故こんな変態がモテるのか。逆にどうして俺は非モテなのか。

 まったくもって世の中の女は見る目が無い。

 

 常日頃からガトーはそう思っていた。

 

「その邪な思いを消し去れ、一瞬でだ。でないとお前」

「無理だな」

「食い気味で即答すんじゃねぇよ! なら団長は王女護衛ローテから除外で!」

「なん、だと……」


 晴天の霹靂だとでも言いたげに目を見開いて愕然とするアリオスだが、大切なこの国の王女に不埒過ぎる想いを抱いている男を傍に置くことなど出来るはずがない。

 

「その顔に似合わない危険極まりない思いが勢い余って、護衛隊長が王女に手を出したなんて、空前絶後のゴシップ事件起こされちゃ堪らんだろうが」

「その点は大丈夫だ、何の心配もない!! 畏れ多くて王女の指一本ですら触れる勇気が俺にはない!!」

「ドヘタレかっ!!!」


 いや王女を押し倒すどころか触れる事すら出来ないのなら、それに越したことはないのかもしれない。

 かもしれないが、どんだけ男として残念なんだ、その顔に産まれた事を申し訳なく思わないのかとガトーは殺意にも似た怒りを覚えた。

 

 

 

申し訳ないとしか言えない

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