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魔引きの魔女  作者: 片桐 楚江
〈激突編-下-〉
30/40

第一章

《東方面より多数の転移反応! 魔女一派の戦空部隊と思われマス! 距離、55000やーど。数は40──70──なおも増大中!》

 大広間で待機中の静寂を、モズレーの慌てつつも的確な状況報告が打ち破る。

「ヤ、ヤード⁉ 55000ヤードってなんメートル⁉」

「1ヤードは0.9144メートル。この場合は約50000メートル。つまり50キロだ」

 慌てふためいている真夜の隣で、大将がすかさず補則を入れる。

「そ、そっか。50キロか」

「つか暁人がメルーピアルの単位なんか使ってんじゃねーよ。尺間方があるだろ?」

「いや、あたし大工じゃねーし」

 緊張解しも兼ねた軽口のつもりだったのだが、真夜は真顔で否定してきやがった。向こう見ずな性格のクセに変なところで理屈っぽいガキだよな。

「諸君、いよいよ戦闘開始となる。手抜かりはないな?」

『《応!》』

 ゆっくり立ち上がり、私たちを見渡す大将こと木嶌イングリッドに、全員が揃って声を張り上げる。

「では、配置を確認する」

 続き、各自の持ち場が下される。作戦や布陣についてはすでに周知済みだが、決意を新たにする意味も込めて今一度行うのだろう。

「まず真夜、貴様は遊撃だ。島の上でも艦の上でも、好きに動いて好きに暴れろ。小生が貴様に指示をだすのは、これが最初で最後だ」

「ホントいいのかよ? あたしだけ自由すぎないか?」

「貴様のような暴れ馬を、折り目正しい陣立てに組み込もうというのがそもそもの間違いだ。相手の意表を突くには、敵味方関係なく引っ掻き回すくらいがちょうどいい」

「……よし、わかった! ホントに好き勝手にするからな。取り消しなしだからな⁉」

「最初からそう言っている」

 真夜の小学生らしい念押しに、大将が苦笑する。

「そして小生がここから鹵獲した艦隊を操作するわけだが、朝陽、艦隊の守備は任せたぞ。小生ができるのはあくまで大まかな操舵のみ。具体的な行動指針は貴様が頼りだ」

「まかせろ。一騎残らず叩き墜としてやる。テメェらの出番はなんかねぇからな!」

 前半は大将に、後半は島内の防御を担当するアマミヤたちに向けて言い放つ。

「ホタル、エベルハルター。朝陽はこう言っているが、戦場では何が起こるかわからん。島内の守りは貴様たちに一任する」

「うん、わかってる」

《期待に副えるよう、尽力するまで》

 一方の一人と一匹は、私語もなく簡潔に請け負い、頷く。

「モズレー」

《ハッ! 地下司令部は我らが身命を賭してお守りいたしマス!》

 傍らに控えるモズレーもピシャリと敬礼し、旺盛に答える。

《それと我らが代表、コレヲ》

 と、モズレーは背後から何かをゴソゴソと取りだし、大将に差しだす。

「ほう、襷か」

《左様。その外套では戦闘に差し支えマス故》

 大将が広げてみせたのは、鮮やかな葡萄酒色の襷だった。

 確かに本陣から艦隊を操る大将はともかく、私たちは指揮にしろ戦闘にしろ、このゆったりとした外套は何かと取り回しに困る。であれば着なければいいだけなのだが、これは魔獣たちが縫ってくれた『砂漠の薔薇』団結の証でもある。おいそれと脱ぐのは気が引けていた。

 そんなところに気を回し、魔装衣同様手先の器用な連中が用意してくれたというわけか。

「朝陽、後ろを向け」

「は? いいよ、一人でできる」

「せっかく四人いるのだ、遠慮するな。こういうものは誰かの分を持つからこそキッチリできる。緩く掛けてしまったせいで相手に何かあっては、夢見が悪くなるからな」

 つまり仲間の命にも責任を持てって? 面倒なことばかり思いつくな。

「わかったわかった。真夜! お前も来い」

「お、おう。ホタルさんも」

「……うん」

 大将は私を、私は真夜を、真夜はアマミヤを、アマミヤは大将を。四人で輪になり、それぞれの背中に襷を掛ける。葡萄酒の高貴な色合いは、砂色の外套によく栄える。

「ふむふむ、素晴らしい」

「ああ、いい感じだ」

 表情は相変わらずだが、どこか満足そうな大将に同意。強めに身体を締め付ける感触が気も引き締め、士気が上がったように思える。

「礼を言うぞ、モズレー。いい気付けになった」「ホント、いい仕事してくれるよな」「これなら負ける気がしないぜ!」「……ありが、とう」

《お役に立てたなら光栄デス。誂えた者たちも喜びまショウ》

 口々に送られる賛辞を、モズレーは粛々と受け取る。

「では征くぞ。嘘で塗り固められた平等を打ち壊し、我らが真に正しく生きられる場所を作りだすのだ! 自由奪還っ!」

『《自由奪還っ!》』

 大戦時の常套句を持ち出し、大将は力強く拳を掲げ、私たちも続いて咆哮する。

「以降は念話にて適宜通信を行う。貴様らの奮闘と健闘を期待する。以上、解散!」

 大将のご高説が終了し、各自が持ち場へ散っていく。次に全員が集まるのは、勝利の祝杯を上げる時だと信じて。



「おい」

 旗艦へ乗艦するための飛空艇の待つ島内湊へ向かう道すがら、先を行く背中を呼び止める。

「……なん、です?」

 案の定、アマミヤは敵意剥き出しの視線を寄越してくる。我ながら嫌われたもんだな。

「……──」

 同じく振り返り、アマミヤの隣で沈黙している狼に一瞥くれてやる。

《では、私は先に》

 こちらの意図を察したか、エベルハルターは気を悪くした様子もなく先を行く。

「さっきも言ったが、お前らの出る幕はねぇ。お前は精々、洞穴であいつと乳繰り合ってろ」

「っ! そうは、いかない。わたしにはわたしの役割が、あるから」

 ところどころ詰まらせるも、アマミヤはきっばりと私の言を否定する。最初の頃は絡むだけでべそかいてたってのに、毎度毎度かまされたら否が応にも慣れるらしく、自身の言い分はキッチリ伝えてくるようになった。

「ちょいと前のお前なら、気に食わねーが文句はなかった。だけど今のお前はなんだ? 魔獣に吹抜けるような甘ちゃんに、魔獣が殺せんのか? なあおい?」

 だからといって容赦はしないが。

「朝陽さんは、どうしてわたしが……嫌いなの?」

「──く!」

 ポロっと零れ落ちたアマミヤの言葉に、拳がでそうになるのをどうにか抑えた。

 アマミヤは私や大将のような落民の子孫ではなく、正規の手続きで移住してきた名誉レビ=ラルダ人の二世であり、選挙権・市民権等、純粋レビ=ラルダ人と同等の権利を有している。

 純粋レビ=ラルダ人にしてみれば猿混じりには違わないし、差別や偏見にも晒されてきたのだろうが、それでも落民二世である私たちと雲泥の隔たりがあるのも事実だ。

 にもかかわらず、ホタルは私たちとさも同類であるかのように接してくる。まるで大人が子供に目線を合わせてくるように。

 そんな相手を前に普通にしていられるほど、私はできた人間じゃない。

 だからこそ許せない。わざわざしなくてもいい争いに、自ら両足を突っ込もうとしているこいつが。私たちがすべてを賭けて立っているこの場所に、平然と肩を並べているこいつが。

 何より──

「だったら教えてやるよガキ。四六時中幸せそうにしてる奴が、ホイホイ戦場に出てくるな。気が散ってしょうがねんだよ。だから邪魔だっつってんだよ、私は!」

 質問の本質には取り合わず、ただただ感情だけをぶつける。

「大体、今のお前がその魔兵装使えんのか?」

「っ! それ、は──」

 アマミヤは気まずそうに顔をしかめ、髪に差された魔兵装を隠す。

「ほれみろ。抜く覚悟がねーなら、奥でじっとしてろ腰抜け!」

 アマミヤの肩を突き飛ばし、勢いのまま横を通り過ぎる。

「朝陽さん」

「なんだよ?」

「ひょっとして心配……してくれてるの?」

「んな⁉ テンメェ──」

 聞くが早いか、180度方向転換。アマミヤに再度詰め寄り、胸倉を掴み上げる。

「二度と変な口聞くんじゃねぇ。次言ったら今度こそぶっ飛ばす!」

 アマミヤの返事も待たず、私は今度こそ立ち去る。

《意見具申、感謝する》

 アマミヤを振り切ってしばらく、このまま通路を抜けようとした矢先、数歩先からかけられる声に足を止める。

「……聞いてやがったか。節操のない狼が」

 ちょうどよく窪んだ陰から、エベルハルターがぬうっと顔を出してきた。

《あなたは口調ほど荒い性格でない。やはり私の見立てに狂いはなかった》

「け! 勝手にほざいてろ」

 こいつに限らず、魔獣の古株たちを相手取るのは非常にやりづらい。こっちがどれだけドスを効かせても意に介さず、どこか年寄に世話を焼かれている感じが空虚そのものだ。

《ホタルは芯の強い子だ。その時が来れば問題なく決断できると、私は信じている》

「は! だといいけどな」

 言われ続けるのも癪なので、答えてやりつつ足早にエベルハルターの横を通り抜ける。

《此度の戦において、空は最も苛烈な戦場となるだろう。余計なお世話だろうが、あなたの武運長久を祈らせてもらおう》

「安心しろ。少なくともお前たちよりは死ににくいようにできてる。そっちこそ、片割れ残して逝くような情けない様だけは晒すなよ?」

《そうだな。肝に銘じておくとしよう》

 狼の激励を背中で受け止め、歩みを再開する。

「……──」

 十分な距離が取れたであろう頃合いで振り返る。付けられている気配はない。ようやく解放されたようだ。

「ったく……」

 時期に大戦が始まるって時に、なんだってこんな思いしなきゃならないんだ。

「見栄や張ったりじゃねぇ。私が必ず、一人一匹残らず沈めてやる……っ!」

 か細く呟き、私は自身の言葉を実現させるため、飛空艇の待つ湊へと急いだ。


     †


「うおわぁ⁉」

 転移の閃光を抜け、空と海が放つ二種類の色があたしたちを出迎える。

 上半分を埋め尽くす、黄色から青紫に架ける、果てのない夜明色。わずかに放物線を描く下半分を敷き詰めるのは、そのより奥に未知の世界を内包する海色だ。

 高度があるせいか、水面を揺らしているであろう波は止まっているように写り、ザラザラとした表面がキラキラと背後の朝日を反射させている。雲は彼方にいくらかはあるものの、身を隠せるほどの大きなものは付近には見当たらない。完全に丸裸だ。

 耳からは絶えずごうごうと風の音が吹き荒び、潮の匂いを無限に叩きつけてくる。

 そして真正面約55キロ先におわすは『郷愁作戦』の最終目標、敵本島こと第三八六二号島だ。周囲には鹵獲された艦隊が十字に展開し、鶴翼で迎えられている格好だ。対策会議で予想されたものと寸分違わない。

「くそ。戦艦が手前か」

 残念なのは、左翼内側に戦艦がいることだ。せめて両方とも重巡であれば、戦艦は奥に位置し、例え少しだけでも状況が有利に働いたかもしれなかったのに。

《どうやら、朝日を背にして転移すると山を張られたようですな》

 ここまで来てこの大鷲は、相対する者たちへの称賛を惜しまない。

《各騎第三戦闘速度! 突撃であります!》

 全部隊の転移を終え、共通回線よりザイツィンガーから命令が飛ぶ。

《行きます》

「あいよ──うおっと!」

 増速により、感じていた風が数段激しくなる。手すりを掴む手に力を込め、踏ん張る。

「うっはー! すごい数!」

 振り返り、全騎参集した魔獣飛翔軍飛空部隊を見渡し、感嘆の声を上げる。

 第二飛戦隊のあたしたちは、振り返りさえすれば位置的におおよそすべての部隊を視界に納めることができる。

 陣形は拡がりすぎず固まりすぎず、縦に細長い。

 先陣は第一飛戦隊が務め、あたしたち第二飛戦隊がその後ろに続く。第三・第四飛戦隊が左翼を、第五・第六飛戦隊が右翼を受け持ち、殿は第七と第八飛戦隊に。中央には爆装した第九~第十二攻撃隊を配置し、敵本島と鹵獲艦隊に接近するまではなんとしても守り抜く構えだ。

 全騎が同じ高度帯を飛空しているため、各々の姿が重なり合い、背後で輝く太陽と朝日色の空を天幕のごとく覆い隠している。逆光に照らされた漆黒の戦士たちは闘志を猛らせ、今にも《我コソガ一番槍!》と聞こえてきそうなほどだ。

 椛岳では狭いところに密集していたからわかりにくかったけど、羽根や翼を目いっぱいに広げて広域に展開する魔獣飛翔軍の威容は、圧巻の一言に尽きる。

「お、きたきた!」

 加速してすぐ、視覚共有によって送信される様々な情報が網膜に写しだされていく。

 敵本島は緑線の正方形でおおざっぱに囲われ、『テ三八六二』と表示されている。その下には『53000』とあり、結構な勢いで減少している。おそらく敵本島との距離だろう。

 展開した敵艦隊にも『重三』や『駆十一』という具合に、会議の際に割り振られた識別番号が漢数字で表示されている。速度や距離と混同しないように書体を使い分けるとか、中々良心的じゃないの。

《敵一号戦艦、主砲旋回中》

 と、向こうもこちらの出現に気が付き迎撃に動き始める。転移反応自体は隠しようもないから、対応が早いのも当然か。

 パパパッ! ……ドドドン!

 戦艦の両の端がチカチカと発光し、数秒ほど挟んで打ち上げ花火のような破裂音が届く。砲弾が発射されたのだ。

《敵艦発砲!》

 監視員より遅れて報告がもたらされる。今はまだ戦場を見渡す余裕があるが、状況が切迫してくれば眼前の処理に精一杯になり、必ず何かを見落としてしまう。どんな些細な変化でも、声にして伝えてくれるのは、とても心強くありがたい。

「……う、く」

 あたしたちを墜そうと向かってくる明確な脅威に、心臓が早鐘を打つ。

 大口径とはいえ、この大空から高速で飛来する数個の砲弾を見つけるのは不可能。だが見えないだけで、確実にこちらに迫ってきている。

 弾種は恐らく三式弾。空中で爆発し、内包した数百の弾子を周囲にばら撒く対空兵器。鉄の塊である飛空機すら墜とす砲弾だ。命中すれば生身の身体など跡形も残るまい。

 ベルゴーストの背中に乗っているだけのあたしは、ただただ『当たらないでくれ』と祈ることしかできない。

 ……ドンドンドン!

 初撃は第一飛戦隊よりも先、ここからかなり前方で爆発した。監視員からの報告もなく、被害はないようだ。

「ま……まあ、初撃から当たったりはしないか。……うお」

 緊迫に止めていた息を吐き出すと、硝煙の臭いと金属の粒が風とともに打ち付けてくる。これが戦争の臭いか。

 パパパッ!

 間を置くことなく第二射が放たれる。普通に考えれば、一射目の弾着点を基準にして狙いを調整するので、二射目の精度は一射目より上がるはず──

 …………ドドドン!

「は、え? 後ろ?」

 今度こそ来るかと身構えるも、二射目は後方、それも第八飛戦隊のほぼ最後尾で爆発した。

「なんだ、全然大丈夫じゃん。これなら意外と大丈夫じゃ──」

《挟叉されましたな》

「え? ……今ので⁉」

《一号戦艦ヨリ挟叉! 次発ガ本番! 各騎気ヲ引キ締メヨ!》

 呟くベルゴーストに間髪入れず、監視員より同様の内容が周知される。

 挟叉とは、敵艦の砲撃がこちらを捕捉したという意味であり、この状態が長引けば長引くほど、命中する可能性が高くなる。本来は船同士の戦闘で用いられる言葉だが、そもそもあたしたちは飛空機ですらないし、今回は特別だろう。

「二射目で挟叉って、優秀すぎでしょ?」

 じいちゃんの話じゃ、挟叉ってのは互いにドッカンドッカン撃ち合ってようやく出るか出ないかって感じだったらしい。技術の進歩と魔力の恩恵を織り込んでも神業の部類だ。

《初めに前列と後列の長さを計測したのでしょう。次は来ますぞ》

「う、うん。わかってる」

 ベルゴーストの念押しに、再び全身に緊張が走る。手汗を魔装衣で拭い、取手を掴む。

 補足されたなら避ければいいだろって話だが、一度挟叉されてしまえば針路や速度を変えたところで、上空の観測騎にその諸元を戦艦に伝えられてしまう。ましてや今回は雲さえ皆無な有視界戦闘。観測騎などいなくとも、目視と測距儀でこちらを捉えるのは造作もない。想定された事態ではあるものの、ここまで手際がいいとは。


《テ、敵艦隊! 全艦主砲旋回シテイマス! 副砲モデス!》


「え……ぜ、全艦⁉」

 間抜けにオウム返ししつつ、魔力による視力強化と拡大で敵艦隊を凝視する。短眼鏡では片手が塞がってしまうし、そもそも今日は持ってきていない。

 見てみると、確かに向こうは戦艦だけでなく、重巡と軽巡、さらには駆逐艦までもが砲をこちらに向け、目いっぱいに仰角を取っている。

「ま、まさか……一斉に撃つ気⁉ この距離から⁉」

 戦艦はともかく他の艦は主砲の口径が小さく、撃ったところで大半が届かず海へ落下してしまう。あれだけの砲門が火を噴く以上絵面は派手になるけど、結末がショボければ威嚇にさえならない。マジで何考えてんだあいつら?

 パパパッパパパッパパ! ドドドドドドン! ドドドン!

 疑問符浮かべるあたしなどお構いなしに、こちらに面している八隻すべての主砲・副砲が煌めき、先程とは比べ物にならない規模の爆音が約50キロ先の彼方より生み出される。

「…………」

 聞こえてくるのは、強風と自身の心音のみ。一斉射後の不気味な沈黙に、言いようのない不安が鎌首をもたげる。

 敵本島で演説を披露していた『砂漠の薔薇』代表、木嶌イングリッドの姿が脳裏に浮かぶ。あいつが無意味なこけおどしなんてするわけがない。やるからには絶対、意味がある。

 ──だとしても常識的に考えて、届かないものは届かない。無駄に考えさせて疲労を誘う魂胆なのか? そんな安い手を使うような奴じゃ……いやもしかしたら?

「ま、まさかね……だって、ここまで届くわけ──」

 ドガァァァァン‼

「──~~⁉」

 願いにも似たあたしの希望的観測は、間近の爆発によって完全に掻き消された。


     †


「うっはーっ! 撃ってる撃ってる」

 東側森林の一番高い木に降り立ち、朝陽さん率いる鹵獲艦隊の一斉射撃でゴリゴリと削られていく魔女一派の飛空部隊を眺める。

 イングリッドに『好きにしろ』と言われたのはいいけど、具体的にどうしようかまったく思い付かなかったので、とりあえず攻めてくる敵を見ようと高台目指して跳んできたのだが、想像以上の大迫力でびっくりだ。

 雷雨のごとく降り注ぐ砲撃に対して、敵戦空隊は上面に魔力障壁を集中し、放物線を描いて殺到する砲撃をどうにか食い止めている。爆弾を積んだ攻撃隊は高度を下げ、戦空隊に守られる形で耐えしのいでいる。

 しかし障壁とて、負荷をかけられ続ければ運用に必要な魔力量は増大し、消費量も比例して激しくなる。根競べに持ち込んだからには、干上がるのも時間の問題だ。

 さらにこちらの砲弾には、数発に一発魔力処理を施しているとかで、波長が噛み合えばその障壁すら貫通できるらしい。隙も生じぬ二段構えだ。

「こんなにうまくいくもんなんだなー」

 魔力で砲身と弾頭を強化し、射程距離を延ばす。そうして増強された火力を以って敵を殲滅し、早期決着を図る。

 戦艦一隻では突撃してくる敵飛空部隊に十分な損害を与えられないと、イングリッドと朝陽さんが指摘して、魔獣たちが《デアレバ!》と魔改造してくれたおかげだ。詳しい話は聞いてもわからなかったけど、いろいろ強化したり無視したりしてできるようになったらしい。

 魔法少女と魔獣が組んで戦う。これぞあたしたち『砂漠の薔薇』のやり方だぜ。

 二人の読みが功を奏し、あちらは対空砲火の嵐に晒され、息も絶え絶えのはずだ。

 こうしている間にも障壁を打ち破り、あるいはすり抜けた砲弾が爆散し、ここからでは点にしか見えない魔獣たちが、さらに細かな粒となって海に墜ちていく。なんとなく、薄力粉をふるいにかけるのに似ている気がした。

 砲撃開始からかれこれ五分ほど。すでに敵部隊の二割近くを撃墜していると、通りかかった小隊が教えてくれた。敵は未だはるか40000メートル──ヤードこんがらがると言ったら変換してくれた──の先。この調子だと朝陽さんの宣言通り、本当にあたしやホタルさんの出番はないかもしれない。

 妙な感慨に浸りながら、ふと気になって根元に待機している地上部隊に視線を移す。

《フウ……》《────》《……アア》

 どっからどう見ても戦況はこちらが有利なのに、その事実に沸き立つ者はいない。誰も彼も遠く彼方で役目を果たせず退場していく元同胞たちを見つめ、悼んでいる。ように見える。

「そりゃ……そうだよな」

 ついこの前まで魔法少女を迎え討つために肩を並べていた仲間同士が、考え方一つ違うだけで敵味方に別れるだなんて。簡単に割り切れる方がどうかしてる。

 この島に、あいつらを恨んでる奴なんて誰もいない。あたしだってそうだ。それでも自らの信念に従い、またそれを守るために、己の我をぶつけ合っている。

 あの魔獣たちをほんの一月前まで狩りまくっていたのが、紛れもないあたしたち魔法少女であり、『砂漠の薔薇』だ。

 仲間同士で争う魔獣たちと、敵同士で手を組む『砂漠の薔薇』。自分と違うものをやっつけてればよかった時に比べて、ずいぶんわかりづらくなった。

「あたしも、似たようなもんか」

 どこか既視感を覚える境遇だと思ったら、あたしも人のことは言えなかった。

 魔法少女になってすぐの頃は、討伐でかち合った連中に誘われていくつかの組織を回ってきたけど、結局どこも馴染めなかった。『だったら違う国の組織行ってみよ』と一念発起して『砂漠の薔薇』を見つけ、なんとなく転がり込んでみた。

 レビ=ラルダが拠点の組織ということは、所属しているのは当然レビ=ラルダ系の魔法少女ばかり。その中に暁人がポンと混ざれば、浮いてしまうのは当たり前なわけで──

『暁人のクセに』とか『高い島から偉そうに』とかとか。

 暁人というだけで嫌な顔をされ、嫌味も言われ、嫌がらせなんかしょっちゅうだった。

『どうせならあたしの悪口言えよ‼』

 そしてその手の悪意を耐えしのぐようにはできてないあたしは、躊躇なく先制パンチを繰り出し、当時いたメンバーとかなりエグいとこまでやりあった。ひょっとしたら、メンバーが減った原因の一つはあたしかもしれないな。うん、少しだけ。

 あの大暴れがきっかけになって、当時から組織の中心だった三人の眼に留るハメにもなってしまった。……眼を付けられたとも言えなくもない。

 いつも同じ調子で何考えてるかわけわかんなかったり。変なきっかけで怒ったり笑ったりわけわかんなかったり。声が小さくて何言ってるかわけわかんなかったり。

 変わり者という言葉では生温い、個性の塊たち。もちろん悪い意味で。あの人たちとの関わりは、そんな下の下の第一印象から始まった。

 クセ者揃いの魔法少女たちも、指導力も戦闘力も抜きんでて高い三人には一目置いていて、虎の威を借る狐みたいで悔しかったけど、あたしがその庇護下に入ったおかげで表立った揉め事もなくなった。

 何より三人は魔獣とだけじゃなく、自身を取り巻く差別や偏見とも戦っていた。

 落民二世で、おまけにレビ=ラルダと暁の混血であるイングリッドと朝陽さんは、その生まれのせいでかなり苦労していると聞いた。親世代が大戦前に移住してきたホタルさんの家とは、到底埋められない格差があることも、朝陽さんが顔をしかめながら教えてくれた。

 どうすればこの状況を覆せるか? そもそも国とは、政治とは? 様々なお題を取り上げては、三人でよく話し合っていた。熱が入りすぎてケンカになりかかった時は、柄にもなく間に入っては八つ当たりされたのもいい思い出だ。

 そんな三人の力になりたくて、あたしは正式に『砂漠の薔薇』へ入った。難しい話はさっぱりだけど、あの人たちと一緒に戦いたいと思った気持ちは本当だったから。

 堅物そうな見てくれのクセにイングリッドは頭が柔らかく。

 朝陽さんは見た目通りの不良少女で見た目以上に口が悪く。

 ホタルさんは大人しそうな見てくれのクセに討伐数はハンパなく、たまに口を開くと気遣いなど無縁でグサグサものを言ってくる。ある意味この人が一番ヤバい。

 結局知れば知るほど、変わり者という印象が重ね掛けされただけだった。今にして振り返ると、あの面子となんだかんだやってけてるって時点で、あたしも結構な変わりもんだよな。

 とくにイングリッドは組織の代表だという自覚が変な方角へ向かっていて、進言されるあらゆる要望や意見を二言目には『ではやってみろ』と次々採用し、一貫性がなくてかなり振り回された。果ては魔獣と手を組むとか言いだしたホタルさんにまで絆され、あれよあれよと戦争にまで出る事態になってしまった。いい加減目まぐるしすぎるっての!

「ふ……ふふ」

 大変な思いをした記憶ばかりなのに、思い出し笑いが漏れてしまう。

 今日まで怒涛と濃密の連続だけど、不思議と後悔はしていない。──と、思いたい。

 三人からは民族的なアレコレを未だに言われるけど、暴力を振るわれたことは一度もない。……ふざけすぎて頭をはたかれたことはあるけど。あれはまあ、あたしのせいだし。

 みんな、個人の意思を大切にしている。国とか生まれとか、身分とか年齢とか関係なく、意志ある者はつながれるんだと教えてくれた。

 あの人たちを助けてあげたい。力になりたい。できるなら守りたい。

「……でも、あっちも同じなんだよな」

 こうしてしみじみ振り返っている間にも、敵飛空部隊は鹵獲艦隊の集中砲撃に晒され、数を減らし続けている。ここからじゃ米粒にしか見えないあの一つ一つに、そいつが進んできた道があって、辿り着いた生き方が、あったはずなんだ。

 この前やって来た魔女一派だって、あの中に混じってるかもしれない。ひょっとしたら、とっくに全滅してる可能性だって──

「これが、戦争」

 生きた意味や証、積み上げてきたものがなんの脈絡もなく失われる。どれだけ死なないように訓練し、努力しても。たった一度『運が悪かった』だけで、これまでの成果を発揮することなく、ただ単調に、ただ事務的に、終わる。

「こんな理不尽な話があるかよ」

 向こうでは一秒先を生き延びるのさえ、困難を極める。対して、ここに立っているだけのあたしは──

 あそこに、あたしみたいにのんびり理屈をこねていられる奴なんて、誰もいないんだ。


     †


 ドォン! ズグゥゥン! ドゥン、ドゥン! ガアァァンッ!

「う! くぅぅ──うぁぁ!」

 爆発が止まらない。

 日の位置も高くなり始め、徐々に快晴色へ近づいてきた大空を、構うものかと幾百の爆煙が汚している。ここからどうするべきかと考えを巡らせようにも、数秒と経たずに死色の爆華が咲き乱れ、どうにか踏ん張ろうとする意志を体力ごと削り飛ばしていく。

《第一・第三飛戦隊、落伍者多数! 全体損害、三割ヲ越エマス!》《障壁ヲ上面ニ集中シロト言ッタロウガ!》《ヤッテマス! デモタマニ通リ抜ケテ──グアァァ!》

 さっきから絶え間なく頭に流れ込んでくるのは、悲鳴じみた被害報告ばかり。

《ヤラレタ! ヤラレターッ!》《アー……コレハダメダ》《ココマデカ、オ先ニ失礼》

 その中に混じって、被弾して堕ちていく魔獣たちの別れのあいさつが聞こえてくる。

鬼気迫る声。悟った声。穏やかな声。

 口調は点でバラバラでも、どれもが等しく胸を締め付ける。

 体裁はともかく、あれも立派な遺言だ。被弾しても海面に不時着できるかもしれないから確実に死んでしまうわけではないが、そんなものばかり延々聞かされ続け、物理的にも精神的にもおかしくなりそうだ。

「くそ!」

 完全にしてやられた。爆発と怒号が飛び交い鳴り響く中、それだけは認識できていた。

 こちらを射程に収められるのが戦艦だけのうちに全軍でもって加速し、一気に敵本島へ突っ込む。これが当初の作戦だった。速度が乗ってさえいれば、例え敵本島に接近してから艦隊の砲火を浴びても損害は軽微で済むと。

 あたしたちは、勝手に見積もってしまっていた。

 そして『砂漠の薔薇』は、そうさせないために鹵獲した艦隊の主砲すべてを魔力で補強し、最大射程を伸ばして先手を打ってきた。

 ケンの言葉を借りるようで癪だけど、魔力に不可能はない。程度の差こそあれ、この力を用いれば大抵の問題は解決してしまう。届かない砲撃を届くようにするなんて、むしろ簡単の部類に入る使い方だ。

「くそ! くそ!」

 なぜこんな当たり前を見落としていたのかと、自責の念に駆られつつも前を見る。ここで自問していても埒が明かない。出先でつまずいたくらいでヘコたれてなんかいられない。不利な状況に置かれようと、必ず任務を達成する。

《魔女サマが気に病む必要はありません。誰も指摘しなかった以上、みなに責があります》

 こんな時でもこの大鷲は、変わらずあたしを察してくる。

「うん、わかってる。でも──」

《言い訳などよしなさい。そもそも、魔女になって精々数か月のあなたに、このような重大な責任を押し付ける外道などおりません。ゆめゆめ、思い上がらぬように》

「……ごめん、ありがとう」

 生命の大先輩に諭されてしまった。あたしが自覚している以上に、あたしはまだまだ未熟な小娘なのだと痛感してしまう。

 そうして少しだけ冷静になった頭で、周囲を見回して状況を調べる。

 後手に回ってしまったとはいえ、こちらも一方的に殴られ続けているわけではない。攻撃隊は高度を下げ、飛戦隊が上空にて障壁を張り、迫る砲撃をどうにかしのいでいる。

 しかしどうやら向こうさんは砲弾にも仕掛けを施してあるらしく、数十発に一発は障壁をすり抜け、内側に損害を与えられている。

 そうでなくても砲撃によって障壁に負荷がかかり続ければ、それを維持するための魔力量も相対的に増えてしまう。どう考えても戦況はジリ貧だ。

 何よりこれだけの被害にもかかわらず、敵本島との距離はようやく40000メートル台に入ったばかり。永遠にも感じられたこれまでさえ、全行程の半分にも届いていない。

「…………」

 右に視線を移す。

 巨大な燕が前を見据えて必死に飛空している。羽はところどころ焼け焦げ、胴体下の白い毛は真っ赤に染まっている。その背に騎乗していた猿は上半身が跡形なく吹き飛び、残った下半身は安全帯につながれたまま、まるで引き回されているような状態で吊るされていた。断面から溢れ出る血は後方へと流れ、戦場の空に虚しく消えていく。

「…………」

 左に視線を移す。

 片翼を大きくもぎ取られた鷹が、きりもみしないように角度を調節し、高度を落しながらもどうにか水平を保っている。騎乗している狸は全身に破片が突き刺さっているのも構わず、鷹の耳元で声を張り上げて励ましているように見える。

《…………》「あ」

 狸と視線がぶつかる。

《……──ッ》

 開きかけた口を引き結び、狸はピシっと敬礼し、力尽きた鷹ともども高度を落していく。

「おい、待て! そんな、まだ──」

 ドオォォゥゥンッ!

「うあ! う、後ろ⁉」

 直後、とびきり大きな爆発が背後から轟いた。規模はこれまでで最大。どうやら攻撃隊の爆弾か魚雷に誘爆したらしい。紅蓮の爆風が背後から押し寄せ、気流が乱れて揺さぶられる。

 灼熱の爆炎からは焼けただれた塊がいくつも吐き出され、これまでの例に漏れることなく海へ落下していく。

《第十攻撃隊、爆撃騎編隊壊滅!》《第七飛戦隊長負傷! 指揮権ヲ副隊長ニ移行!》《衛生騎ヲ寄越シテクレ! マダヤレル奴モ大勢イル!》

 今しがたの大爆発による被害と対策が、続々と寄せられていく。

 これほどまでの損害を被ってもなお、泣き言を言う奴は皆無。無事な者たちは去りゆく仲間に眼も暮れず、まだまだ先の遠い敵本島を目指して飛翔している。

「……く、うう──っ」

 狂ってる。

 安全な場所から相手をただ一方的になぶっている向こう側も、傍らの仲間がいなくなっても顔色一つ変えないこちら側も。全部……全部!

「おかしいだろこんなの⁉」

 爆煙咲き乱れる空に問い叫ぶ。もはやあたしの想いも爆発しそうだった。

「仲間だろ? 家族だろ? なんでこんなことできんだよ⁉」

《…………》

 喚き散らしたところで返ってくるのは、等しく降り注ぐ爆発の雨ばかり。明らかに聞こえているはずのベルゴーストさえ、黙して語らずだ。

「なんで……なんでなんだよ? あたしは……あんたたちに、こんなことさせるために助けたわけじゃ──」

 言いようのない虚脱感に、思わず顔を伏せる。眼が熱くなり、視界が歪む。どうやら泣いているらしい。

 あたしがケンと契約し、魔女となって魔獣を助けているのは、あたしの内にある狂気を発散させるためだ。自分本位で身も蓋もないけど、入り口は確かにそうだったんだ。

でも、今は違う。断じてそれだけじゃない。

 あたしはこいつらを……あいつらを、同じ人間だと思っている。ただ本能の向くままに生きる『獣』ではなく、言葉を紡ぎ、縁を結び、絆を芽生えさせる、『人』なのだと。

 考え方や価値観が違うのは、人間同士とて同じ話。食い違いすれ違い、時に拾い上げ、時に蹴り飛ばしながら進み続ける争いの歴史。それがこの世界における人間の姿だ。体裁を整えているだけで、人間にも『獣』の一面がある。

 なら、人間と魔獣を分け隔てて考える必要が、どこにあるというのだろうか。

 死んでほしくない。死なないでほしい。できるのなら生きてほしい。一筋縄ではうまくいかない場面ばかりだったけど、そう思いながら今日までやってきた。

 間に合った時は純粋に嬉しかったし、間に合わなかった時は無性に悔しかった。救援が間に合わず、あるいは気付くのが遅れ、無力を噛みしめた場面は数えきれない。それでも一柱・一体・一匹でも多くの魔獣を救うため、眼の前のやれるだけをしてきた。

 あたしにとって魔獣を守り、助け、ともに戦うということは、もはや切り離せない心の一部であり、あたしを動かす明確な理由の一つになっている。

 その結果が……これ?

 かつて味方だった仲間になんの感慨もなく墜とされ続けるこの光景が、あたしがこれまで積み上げてきたものの……結末?

「これが、戦争」

 道徳など塵に等しいキレイ事に成り下がる。個々の意志や希望に一切の耳を貸さず、逆らいようのない濁流に押し流されていく。

 お互いの正義がぶつかり合い、殺し合うのが戦争だと思っていた。

 それとて数ある側面の一つには相違ない。しかし本当に怖いのは、みんなの作り上げた雰囲気に、みんなが知らず知らずのうちに逆らえなくなり、誰一人否定する者もいないまま、行くところまで行ってしまうことなんだ。こんな恐怖が他にあるか?

『死ぬつもりで死ぬ人なんていないんだよ!』

『もしあなたたちにもしものことがあったら、私たちは……みんなの親御さんに、なんてお詫びしたらいいか──』

 父さんの怒鳴り声と、母さんのすすり泣く声が頭の中で反響する。

 ここまできてようやく、二人の想いが理解できた気がする。もし自分の子供がこんな場所に赴こうとしていると知ったら、血相変えて止めるに決まってる。もし逆の立場だったら、殴り倒してでも行かせなかった。いや、きっとこの光景さえ、父さんたちが体験してきた戦争の、ほんの一部にも満たないのだろう。

「…………帰りたい──あぁっ!」

 か細く零れ落ちた一言に、唖然となる。

 どれだけ叫ぼうと、弱音を吐こうと、心の中だけなら構わない。誰にも聞き咎められず、ただ束の間の気の迷いと、自らに言い訳もできる。

 だが一度口に出してしまったが最後、言葉は事実として固定されてしまう。誰かに聞かれていれば、なおさら。それほどまでに言霊とは、自身と世界を縛る重要な事柄なのだ。

「く──そう……くそ」

 放課後にからかってくる唯姉さん。寝起きする部屋。じいちゃん連れ回された思い出。風になびく稲穂。静かに茶々を入れてく渚。毎日通う学校。買い物で通る商店街。腕の中で泣く灯子。夕焼けを切り取る山々。図書室で本を読みふける詩乃。台所で野菜を刻む感触。

「みんな……っ」

 まるで夢を見ているかのように、脈絡も時系列もぐちゃぐちゃに再生されていく日常。

「父さん、母さん──」

 そして締めるように浮かび上がってくるのは、今日に至るまであたしを育ててくれた、父さんと母さんの顔だった。

「ちくしょょぉぉ──」

 ガァァンッ!

「ぐぅぅ⁉ う……ああぁぁああぁぁ‼」

 目まぐるしく移り変わる戦場の中、叫びさえ、新たに生まれた爆発に上書きされる。

 戦いはまだ、始まったばかりだ。


     †


『ああぁぁ────』

 そこらじゅうで爆炎が乱れ咲く大空で、鳴き声とも叫び声ともつかないナツの感極まった訴えがプツリと途切れる。大方、ナツを乗せたベルゴーストが、見るに見かねて念話を遮断したのだろう。こんな極限状態だってのに気の利く奴だ。

「ねえ、詩乃」

「んん?」

 後ろで同じく掴まっている青さんが、遠慮がちに尋ねてくる。

「そうなんだろうなとは思っていたけど、想像以上ね。あの子、優しすぎるわ」

「知ってる。なんたって筋金入りの魔女だからな」

「……ああいう子だから魔女になったのか、魔女になったからああいう子になったのか」

「間違いなく前者だな。あいつは元からああいう奴さ」

 艦隊からの一斉射撃により、あっちもこっちも次々と脱落していく中、不自然なまでに自然な会話が交わされる。

 今に始まったことじゃないが、ナツの魔獣たちに対する感情移入は、私から見ても尋常じゃない。あの様子じゃ『魔獣もあたしたちと同じ人間だ!』ぐらいは考えているだろう。

 そういう部分が魔女の素質であり、あいつの性分だというのも理解しちゃいるが、危いとも常々感じていた。それが今日、撃ち込まれてくる砲弾みたいに弾けてしまったわけだ。

《魔人族でもあっしらにあんな親身になってくれる人なんざ、そうはいやしませんでぇ。それこそ陛下ぐらいなもんでさぁ》

 どこか城下訛りのある念話で、私たちの命を預けている第三飛戦隊隊長のダーリが話しかけてくる。これまでの魔獣とは違う意味で聞き慣れない、独特な口調だ。

「あんたも災難だな、ダーリ。こんな裏切者ばかりの貧乏くじ引いちまって」

「四ヶ郷ちゃんの手前、申し訳ないわねー」

 あちらさんとの温度差に居たたまれなくなり、他の隊長より一人分余計な荷物を背負ってくれている、大変ありがたい龍の魔獣に詫びる。

 龍と言っても、ザイツィンガーのような胴体に手足、背中に翼が生えている、いわゆる翼竜(ドラゴン)と呼ばれる種類ではない。首から胴、尻尾にかけてほぼ均等に細長く、むしろ蛇と呼んだ方がしっくりくる体躯。翼もあるにはあるものの、コウモリのように申し訳程度の大きさだ。

 要はガキの頃テレビで見てた『暁昔話』の冒頭に出てくるあの和龍だ。

《いやいや、気にせんで下さいって。こちとら手ぇ貸してもらってるだけでも大助かりなんですから。背中に二人も乗せられるなんざ、あっしにとっちゃ身に余る名誉でさぁ》

 などと気前よく答え、ダーリは年の功というべき懐の大きさを見せつけてくる。さすが百戦錬磨の兵。戦況が不利な程度でいちいち動じたりはしないか。

《どんな生き物だって、多かれ少なかれ欲があるって話でさぁな。いいじゃないですかい欲望に正直で。あっしは好きですよ? わかりやすくてね》

「そう言ってもらえると気が楽だけど、何事にも限度があるからねー」

「まったくだ。ガッツリ私利私欲で生きてるからな、私たちは」

 青さんの願いと報酬は聞いたことなかったが、なんの捻りもなく金銭をせがむ私と、動機はさして違わないだろう。同じ穴の狢とはよく言ったものだ。

「誰かに対してあんなに泣いてあげられるなんて……年下ながら尊敬しちゃうわ」 

「私だってあいつの取り乱した声なんて初めて聞いた」

 泣き叫んだ量で情が計れるわけではないが、常々世話になっている連中に対する心持でここまで差を見せつけられてしまうと、どうにも立つ瀬がない。

《その点、お二人は存外落ち着いてますなぁ》

 ナツを肴にあれこれ言い合っているところに、ダーリも一石を投じてくる。

 確かに、これだけの砲火に晒されているのに、私も青さんも出撃前と変わらず会話できている。神経が太いというより、むしろ神経そのものがないのかもとさえ考えてしまうほどに。

 実際のところ、現実味がまったくないってのが率直なところではある。

 上下前後左右でどれだけ爆発し、砲弾が障壁を抜けて至近距離で炸裂しようと、驚きはしても取り乱したりまではない。まあ、自分より混乱してる奴がいると冷静になるっていうし、ある意味ナツのおかげで大丈夫なのだと言えなくもないが、ひとまずそこはいい。

 問題はまさにこの瞬間、命を燃やし、あるいは散らしている魔獣たちに対してだ。

 砲撃でどの部位かもわからなくなるまで粉々にされようが、壮絶な断末魔をあげながら海へ墜ちていこうが、悲しいなどとは微塵も感じられない。

 現在位置は敵本島から約30000メートル地点。すでに損失は四割を超えている。軍隊であればとっくに全滅と定義されてもおかしくない数値だ。

 これだけ大勢の仲間を失ってもなお、私の中にあるのは、『友軍がやられた』『どう穴埋めする?』『そもそも辿り着けるのか?』などなど、どこか他人事のような感想だけだった。

 現在進行形で泣き叫んでいるナツには悪いが、本当にそうなのだ。

 あいつが普通なのか? おかしいのは私や青さんだけなのか? ってことはナギや会長も今頃泣き叫びまくってるのか? ──いや、あの二人に限ってそれはないか。

「私たちって……どこまで行っても魔法少女なのね」

 似たり寄ったりな考えに至っているのか、青さんが不安そうに私の背中をさすってくる。

 青さんの気持ちはわかる。違う種族とはいえ、同じ言葉を使い、意志の通える相手の死を、ここまで切り離して考えられるとは、薄情なこの身に嫌悪感すら抱きそうになる。

《お二人は魔獣に近い思考をしていますな》

「……そうなの?」

 ダーリの一言に、青さんが尋ね返す。

《はい。素晴らしいじゃありませんの。刹那主義と断ぜられてしまえばそれまでですが、闘争の渦中で価値を見出すのが、我らの魔獣の生き様なんでさぁ》

「魔獣の生き様か」

 その手の言葉は、以前ナツにも言われた覚えがある。

 できうる限り私情を取っ払い、最小の対価で最大の利益につながる決断を下す。とどのつまり、損得勘定がうまい奴のことだと私は解釈している。この考えを地でいくケンや仁に対し、ナツは何かとチクチク言っているが、私に言わせれば何が悪いんだって話だ。

 感情が人を揺り動かす原因の一つなのはわかる。だが時には感情を抑え、本当に必要な選択をできるのが、人間と動物の決定的な違いだと私は思う。明確な線引きはもちろんないが、私とナツでは重きを置いているものと位置に大きな違いがある。

 無論、その差異が悪いとは思わない。

 頭のてっぺんからつま先、果ては脳みその中身まで、すべてが同じ人間などいない。十人いれば十通り、百人いれば百通りの考え方や感じ方がある。時に絡み合い、時に弾き合い、かと思えばまた絡み合い、関係の輪は拡がっていく。

 私たち魔女一派も、魔法少女・魔女・魔獣・魔人と、異なる立場と種族が十把一絡げに入り乱れている。ある者は魔獣を救い、ある者は魔女を支え、ある者は魔獣を鼓舞した。

 個々の小さな力を持ち寄り、補い合って、様々な食い違いを噛み合わせてきた。ほんの少し互いに歩み寄りさえすれば、より良い関係を築くことができる。これこそが、私たち魔女一派が今日までやってこられた真理の形なんだ。

 そしてその対極、食い違いの究極系と言っても過言ではないのが、まさにこの場で行われている戦争だ。

 奇しくも『砂漠の薔薇』も、魔法少女と魔獣が手を組む混成組織。

 ここまで大事になる経緯に、色恋沙汰が絡んでいるらしいと知った時は面食らったものの、異なる者同士が手を携え、同じ目的に進むという点では、奴らと私たちに差ほど違いがない。

 しかして不思議なもので、その『差ほど』が問題なのだ。

 どんなわずかな違いでも、互いに譲れぬ矜持があるからこそ拮抗し、こうしてぶつかり合っている。……現状を鑑みるに摺り潰されていると言った方が適当かもしれないが。

「結局、知恵があるほど愚かになるって話か」

《お! 深そうなこと言うじゃないですかい詩乃サマ! それ今度使わせて下さいよ?》

「んあ? ダメだダメだ。私の台詞だ」

《いいじゃないすか減るもんじゃなし。さすがは噂に違わぬケチんぼですな》

「私は倹約家であってケチではねーよ! ──つか噂ってなんだ⁉」

 戦の真っ只中で日常色豊かなツッコみが自然と口を付く。

「──ぷ! んふふふ!」

「……なんだよ青さんまで?」

 と、問答している後ろから、青さんがかわいらしく吹きだす。

「ごめんなさいね。こんな死と隣り合わせの場所で、何やってるのかしら、私たち」

などと今更に呟き、青さんは口元を押さえて笑いを噛み殺している。

《まあまあ、ここは鉄火場のど真ん中ですし、気ぃ張ってるだけかもしれやせんよ? 終わってからプツリと糸が切れて大泣き、なんて可能性も否定できませんぜ?》

「「いやそれはないな」ないわね」

 即座に揃って否定。私や青さんみたいな性格では、ここで泣かなきゃどこでも泣かない。どうやら魔女・魔法少女に関係なく、私たちがただ単に薄情なだけのようだ。

《ま、難しく考えないで気楽に征きましょうや。どんだけあれこれ思案しても、ここじゃ弾一発飛んできただけでおじゃんですから。下手な考え休むにナントカってやつでさぁ》

「だな」「そうね」

 幾分スッキリした面持ちで、私たちは改めて未だ彼方にある敵本島を見据える。

 悲しみと苦渋を絶賛放出中であるナツの後方で、私たちは隣町に買出しでも繰り出すかのような気安さで事態に臨んでいた。


     †


「────」

 島地下施設の最奥である上級会議室にてただ一人瞑目し、ひたすら鹵獲した艦隊の制御に徹する。大層な名前を冠されてはいるが、つまりは『もはやこれまで』と、基地の司令官が自らを処する間をオブラートに包んだだけの殺風景な小部屋だ。

 魔兵装『驚天慟地(きょうてんどうち)』。

 木製の棒に金属の先端を付けた、桜華公国で棍棒と呼ばれる獲物だ。装飾を誂えているわけでもなく、本来であれば棍棒と呼ぶことさえはばかられる、ただの簡素な棒切れである。

 こいつは地中深くに眠る浮遊結晶──暁では天空石、メルーピアルでは奇跡鉱とも呼ばれている──に干渉し、掌握する力を持つ。効力を高めて自在に操作するのも、逆に弱めて海に叩き落とすのも、範囲内であれば思いのままだ。

 我ら『砂漠の薔薇』がレビ=ラルダより島と艦隊を奪い、魔王・獣王を要する魔女一派に対し、有利に状況を運べているのも、すべてはこの魔兵装あってこそ。

 ……というより、こんな大層な代物が手元になければ、国を相手に独立戦争を吹っかけようなどとは夢にも思わなかっただろう。

 外では今頃、魔獣たちが操作する砲から続々と打ち出される砲撃と、それらを身に受けてなお突き進む、生きとし生ける者たちの悲鳴と怒号で溢れかえっているはず。

 比べてここは正反対に、耳が痛くなるほど静寂だ。むしろ静かすぎて、自らの心音がやたらとやかましく聞こえてくる。

 別段賑やかにされると集中できないというほど繊細な性分でもないのだが、重要な奴割を担う小生に気を遣い、みな距離を置いてくれているようだ。

 視覚共有により送られてくる情報によれば、鹵獲艦隊の一斉射撃により魔女一派率いる敵飛翔戦隊群は、現在その半数余りを損耗せしめている。攻撃は継続中であり、この数字はさらに増える見込みだとのこと。

 敵本隊との距離は約20000ヤード。あと少し接近すれば、砲身を強化した主砲・副砲に加えて機銃の射程にも入るようになり、より一層弾幕を厚くできる。

 当然のごとく敵の上陸は何者も許しておらず、こちらの被害は皆無。考えうる限り最高の結果と言える。このまま降伏なり撤退なりしてくれればこちらとしても御の字ではあるが、そう易々と思い通りになってくれるほど、魔を冠する者たちは温い相手ではない。

 こちらが殺すつもりで撃っている以上、向こうも殺すつもりで突き進んでいる。いかに順調に事態が運ぼうと、戦場では何が起こるかわからない以上、どんな変化にも対応できるように一波乱ないし二波乱は覚悟してしかるべきだ。

「……思えば遠くに来たものだな」

 脳内で情報を整理している中、近頃やたらと口ずさむようになった一言が零れ落ちる。それは距離的にも精神的にも、今の自分自身を言い表しているように感じられた。

 小生と近しい者たちを取り巻く、落民に対する偏見と不利益を取り除きたい。

 青臭いささやかな願いを内に抱き、小生は魔法少女としてのスタートを切った。

 一朝一夕に解決できるほど根の浅い問題でないのは理解していたので、ひとまず自身の周囲さえどうにかできればと思いながら、駆け出しの頃は討伐に勤しんでいた。

 そうして契約して間もない時期に、小生は思い知る。

小生が救いたいと願う『近しい者たち』にも、同じように救いたいと願う『近しい者たち』が存在するという現実に。

 結果、誰かを救おうとするとその誰かの誰かを救わなければならず、規模は芋づる式に増大していった。小生の成そうとしている所願がいかに巨大であり、かつ一人で成そうとしていた狭量さを思い知らされた瞬間だった。

 そうした反省を鑑み、他の魔法少女と交流を持とうと考えるに至った。一度立ち止まって視野を広げ、周囲の景色を見てみるもの悪くないという一念発起だった。

 蓋を開けてみると、レビ=ラルダにも暁ほどではないが魔法少女はそこそこおり、小生のような落民二世もかなりの割合を占めていた。

 後日エベルハルターから聞かされた話では、感情の起伏で魔力を生み出すという魔法少女の性質上、常日頃から理不尽や絶望に晒されている者が選ばれやすいらしい。

 一緒に聞いた朝陽は激昂していたが、なるほどどうしてその通りである。飢えや渇きを感じている者の反骨心を刺激してやれば、あとは勝手にやってくれるのだからな。

 話を聞いてみると、契約した動機も似たり寄ったりな者たちも多く、同志を見つけるのに時間はかからなかった。めぼしい者に声をかけ、気の合った者たちと討伐に出ては、各々置かれている現状を語り合った。思えば、あの頃が一番楽しかったのかもしれない。

 小生が集団行動をする上で、もっとも助けられたのが討伐だった。

 今でこそ唯一無二の切札として猛威を振るう『驚天慟地』ではあるが、しかしながらよくできたもので、うまい話には総じて裏がある。

 読んで字のごとく、魔法少女は魔力を用いて魔獣たちと戦う。そのような場所で浮遊結晶を少々操れたところで、実のところなんの意味もない。備わった能力は比類ないが、魔を冠する戦場に関して小生は、紋無しの扱う槍や闘剣にさえ劣っていたのだ。

 挙句にこの魔兵装、操ろうとする浮遊結晶が巨大かつ地中深くにある場合、こちらの魔力が土に遮断されてしまい扱いきれないという、致命的な欠陥も有していた。

 拠点として第三八六二号島を選んだのも、島の大きさと浮遊結晶埋蔵量のバランスが小生の制御できる限界だったからなのだ。

 魔力を小器用に扱えなかった当初はこの非力さ故、高確率で魔獣に追い回されまくり、命からがら逃げ延びる日は茶飯事だった。

 それがどうだ。たった数人と協力し合うだけで、単独では有り得ないほど安全で効率的に成果を上げられるとは。何より近しい者たちだけでなく、顔も知らぬ同胞をまとめて救えるかもしれない可能性に全身が沸き立つあの感覚は、最近でも夢枕に見るほどだ。

 自身で討伐しないからには報酬もなくなってしまうが、小生にとっては些末な問題だ。小生の願いは大まかに言えば落民の救済であり、願いの内容が近い上に小生より強く、しかも複数の魔法少女が前に立ってくれるのなら、何も主務者が小生である必要はないのだから。

 そうして出会った同好の士を取りまとめるため、小生が代表となり『砂漠の薔薇』を立ち上げた。当時から親交のあった朝陽やホタルを含め、たった六人での船出だった。

 元々馬の合う者同士──朝陽とホタルはすでに犬猿の仲──なのに加え、小生が俯瞰的な立ち位置から人を差配するのが得意だったのも幸いし、討伐と組織維持ともに順調であった。

 軌道に乗り、仲間も徐々に増えてきた、そんな時だった。メンバーの一人が、討伐時に割り振られる報酬の一部を歩合制にしようと提案してきたのだ。

 その者は魔獣を質より量、つまり比較的弱い個体を大量に討伐するタイプの魔法少女で、表示された数字だけを見れば、当時は討伐数が頭一つ抜きんでていた。それを踏まえ、少しばかり報酬を工面してほしいとの要請だった。人間どんな境遇だろうと気持ちに余裕がでてくれば欲も湧き態度も変わるものだ。

 戦闘は他の者に一任していた手前、無下に断るわけにもいかず、小生はその案を採用した。さすれば当然、『そんなの聞いてない!』と、新案に対して不満を持つ者が現れる。

 小生はその者をなだめ、どうにか場は納まったものの、似たような揉め事は立て続けに起きた。以降、提案者と苦情者が入れ替わることはあれど、小生の役割は変わらなかった。

 その頃になると、『砂漠の薔薇』は組織力を増強する名目で新メンバーに要求する能力を引き下げており、かなりの大所帯となっていた。組織内部にも派閥が生まれ空気が張り詰め、野望も肥大化していき、必ず果たすと誓った望みさえ、手の届かないところへ霞んでいった。

 そしてふとしたある日、何かがパチンと弾けた。

 みんなの不満や鬱憤が知らず知らずに蓄積し、一気に爆散したのだ。そこからはあっという間だ。あれよあれよと人が抜けていき、気が付けば四人ぽっきりになってしまっていた。今振り返っても、あれはホントに早く速かった……。

 どうしたものかと途方に暮れた時だ。ホタルが魔獣を殺したくないと言いだしたのは。

 小生はここでも下から上奏された案を採用し、エベルハルター率いる獣王とは異なる思想を掲げる魔獣たちを合流させた。

 まったく、目まぐるしいことこの上ない怒涛の展開ばかりだ。

 世界にケンカを売り、国から艦隊を奪い、誘い出した同胞を罠にはめ、魔を冠した事情まで抱き合わせて全面戦争をしている。

 そして今日、ついに血が流れてしまった。これで戻るという選択肢は完全になくなった。

 この方針は全員で話し合った結果だが、代表として先頭に立つからには、責を負うのは小生の務め。敵味方区別なく屍の山を築こうとも、そこに足をかけ、踏み留まねばならない。他者の尊厳を省みず、己が欲望を押し通した小生の、これが唯一許される道なのだから。

「いかんな」

 思考がかなり右往左往してしまい、集中が乱れかける。軽く被りを振り、今一度己を戒めて魔兵装を握る手に力を込める。

『大将、起きてるか? 聞こえてるだろ、おい!』

 と、かなり焦った様子で、朝陽が念話越しに捲し立ててきた。

「どうした、朝陽? 昼休憩にはまだ早いぞ?」

『寝ぼけたこと抜かしてんじゃねぇ。意見具申だ! 西側で遊ばせてるΔとΓ艦隊を東側に合流させろ。火力を倍にして一気に叩く』

「んん?」

 突如飛び出した大胆な提案に、思わず首を捻る。

「敵の損害は半数を超えたのだろう? ここでわざわざ陣形を崩さずとも、現状維持で十分に数を減らせるのではないか?」

『半分は半分でも生え抜きの半分だ! 運にしろ実力にしろ、ここまで生き残ってきた奴らがこれまでと同じ方法で墜ちてくれると思うか? ここは使えるものはなんでも使って、徹底的に叩き墜としておくべきだ。違うか⁉』

「……むう」

 荒い口調のわりには自身を過信せず筋の通った朝陽の主張に、思わず唸る。

「朝陽、鹵獲した艦隊だけで突入部隊を全滅させるのは不可能だ。机上演習でも最低三割は島に取りつかれてしまうと出ていただろう? 無理をせず敵残存部隊をあえて上陸させ、森林地帯でゲリラ戦に持ち込み、逐次空からの支援砲撃で挟撃。これで問題なく殲滅できる」

 朝陽の強硬論も理解はできる。現場にいる者にしか伝わらないものがあるのもわかる。しかし現状はこちらが優勢。向こうとて奇策の類を用意していないとも限らないが、下手に陣形を崩して誘わせる必要もあるまい。

『弱腰だ。私がその案に最後まで反対したのを、まさか忘れたわけじゃねーよな?』

「無論だ。それを踏まえた上で現状案を採用し、貴様をそこに置いている」

『だったら──』

「しかしな朝陽、我らには最大の懸念事項がある。これも以前話し合ったがな」

『……スパイか?』

「そうだ。結局今日まで確証は得られなかったが、必ずいると小生は考えている」

 人は誰しも嘘を付く。保身のため。愛のため。他者のため。自分のため。質や善悪を問わなければ、嘘を付かない人間など存在しない。

 魔獣も同じ人間と断ずるホタルの思考はぶっ飛んでいるが、少なくとも精神や感情に関してだけは、魔獣も人間も大差はないのは小生も認めるところだ。言葉が通じない個体もいるにはいるが、それも人間とて同じ話。

 であれば、魔獣に嘘を付く者がいないと断言する道理はない。

 ここで構築した陣形を崩してしまえば、奴らに蜂起させる隙を与えかねない。

 この十字陣形には、どこかで息を殺しているスパイと、旗色で身の振り方を決め兼ねている魔獣たちが変な気を起さないため、外側から圧力をかける意味も含まれているのだ。

『私だって、あれだけ頭数がいてスパイが一体もいないなんて考えるほど、バカじゃない』

 だがな! と、朝陽は声を荒げたまま続ける。

『あっちには魔女がいるんだぞ? これは私の勘で根拠もないが、絶対まだ全員無事だ。あいつらが揃って島に乗り込んで来たら、魔獣だけじゃ手が付けられねーぞ?』

「……つまり全艦でかかれば、魔女一派を封殺できると?」

『最低二人は止めてやる。大将の言葉を借りるが、全員は無理だ。だがせめて奴らを二手に分断でれば、このままズルズルいくよりは現実的だと思うがな?』

 純粋な戦闘能力では、我ら『砂漠の薔薇』とて魔女一派に遅れは取るまい。役割の有無に関係なく小生はからっきしだが、三人は『砂漠の薔薇』がまだ大所帯だった頃、すでに討伐数でトップを張っていた。

 しかし向こうは対魔法少女戦の大ベテラン。討伐能力のない我らが真正面からやり合うのはリスクが大きすぎる。不覚を取ってしまえば、単に痛い眼を見るだけでは済まないのだ。

『ここで魔女もろとも奴らを撃滅して、一気に士気を挫く。こっちが有利なうちは、スパイもビビッて動けねーはずだ。その間に全部終わらせる! だから──頼む』

 あと一押しとばかり、朝陽は畳みかけてくる。

「はあ……よかろう。意見具申を受諾。ただちに西側の艦隊を東側に合流させよう」

『よし! それでこそ大将だ!』

 出会ってから毛ほども変わらない無作法な声色に、珍しく気色が滲む。

「余計なおべんちゃらは不要だ。大見え切ったからには見合う結果をだせ」

『ったりめーだ! すぐに終わらせてやるから見とけ。自由奪還!』

 気前よく叫ぶと、朝陽はこちらの返事も聞かずに念話を切り上げる。室内は再び耳の痛い静寂が戻る。

「…………」

 嫌な予感がビシビシ伝わってくる。

 一見こちらが主導権を握っているように見えて、実際は敵の掌で踊らされているような。明確な違和感ではなく、どこか引っかかる絶妙に不機嫌な感覚。

 今からでも命令を取り下げるべきか? 艦隊の制御が小生の担当なのだから、朝陽がどれだけ喚こうが動かしさえしなければ問題はないが……。

「ダメだ……それはダメだ」

 再び被りを振り、自身に言い聞かせる。下してしまった指示を違えるなど愚将の極み。そんなことをしてはスパイどころか全体の士気に影響が出てしまう。

 我ら『砂漠の薔薇』は、ここで魔女一派を退けただけで終わりではない。ここを起点として国と……世界を相手に、自由を奪還するために戦わなければならないのだ。

 不安要素は尽きないが、そもそも不安要素がない状況の方が稀だ。むしろ困難を容易く乗り切れないようでは、これから先どの道立ち行かなくなる。

 朝陽の熱に浮かされたようで癪ではあるが、ここはもう少し前のめりになってもいい頃合いなのかもしれない。

「来るなら来てみろ。まとわりつく因果もろとも、我らが蹴り飛ばしてくれる」

 半ば言い聞かせるように呟いた宣誓が、聞き手のいない会議室に響いた。


     †


「おい見ろ棗、飛ぶぞ」

 グゴォォォォ‼

 ここからでも耳を塞ぎたくなるような爆音を轟かせ、大勢の乗客を乗せた飛空機が、夕焼け色に染まった大空へ飛び去っていく。

 滑走路には離陸を待つ飛空機が等間隔に並び、それぞれが微妙に異なるエンジン音を響かせて待機している。反対側の滑走路では着陸してきた飛空機が乗客を降ろすため、ゆっくりとこちらに近づいてきている。

 ちらりと左右へ視線を動かしてみる。

 高そうなカメラを構え、次の被写体を待つおじさん。飛び立つ飛空機を肴にビールを飲むサラリーマン。柵に顔を押し付けんばかりにはしゃぐ子供たちと、危ないからと引き剥がす親。

 飛空機に乗る人。趣味で見に来ている人。大切な人を見送る人。見送られる人。再開を喜び抱き合う人たちもいれば、別れを惜しみ抱き合う人たちもいる。

 何度来たか思い出せなくなるくらい来た、枩科空湊の展望台。人の喜怒哀楽が混ざり合い、様々な感情が交差する場所。

 ──これは夢だ。

 過去にあった光景を脳が再生しているだけだ。眼前の現実に耐え切れず、在りし日の優しい想い出に心が逃げ込んでいるに過ぎない。精神はともかく、肉体は未だこの爆音よりもおぞましい場所にいるはずなのだから。

 見下ろしてみると、身体も縮んでいた。灯子に着せるためにタンスから引っ張り出した服ですらない辺り、小学校一・二年生くらいだろうか?

「今のは迫力があったな。さすがは新型の大型機だ」

 などと呟き、身長が足りず柵にしがみついているあたしを包み込むように立っているのは、あたしをこの場所に連れ出した張本人であるじいちゃんだ。

「あの日も哨戒機は上がってたはずなんだがなー」

 寂しそうに目を細め、じいちゃんはすっかり米粒になった飛空機を見つめている。

「つってもまあ、あの頃は電探積んだ艦の方が少なかったし、人の眼だけじゃどうしたって見逃すよな。俺たちだってその隙間を縫って攻め込んでたんだから、……逆だってあるわな」

 自分で言って自分で答え、自分で納得しているじいちゃん。空湊で空を見る時、この人はいつもこんな感じだった。

 じいちゃんは戦争の時、空母で飛空機の整備士をしていたらしい。

 たまにその血が騒ぐのか、こうして空湊に連れてこられては飛空機を眺め、当時の話を聞かされるのがお決まりの流れだった。戦争の話なんてと母さんは嫌がってたけど、あたしも当時は昔話ぐらいにしか考えておらず、駄々をこねるわけでもなく聞き入っていた。

「現れたのは十二機の爆撃機編隊だった。直掩機も飛ばしてたから丸腰ってわけじゃなかったんだが……まあ、焼け石に水だ」

 まるで初めて誰かに話すように神妙なじいちゃんだが、この話は何度となく聞かされ、結末も知っている。急降下に入る爆撃機を空母の機銃で迎え撃つも、一発が艦橋付近、もう一発が船首甲板に命中。爆弾は格納庫まで貫通し、艦は大炎上するという筋書きだ。

「一発が格納庫まで突き抜けてきやがってな、攻撃機に抱かせてた魚雷に誘爆して大爆発だ。俺はたまたま船尾の格納庫にいて無事だったんだ。もし船首側の格納庫にいたら、お前は生まれてこなかったんだぞ?」

 んなことあたしに言われても困るなー。

「急いで甲板に上がったら地獄でよ。飛空機はぐちゃぐちゃ、甲板はめくれ上がって、士官も下士官も搭乗員も整備員も関係なく燃えてたり死んでたりでよ。あれは地獄だったな」

 わざわざ繰り返す辺り、その場所は正真正銘の地獄だったのだろう。

「急降下爆撃の次は雷撃だ。低空から五機突っ込んできた。知ってるか棗? 攻撃機ってのはな、魚雷を放す直前まで垂直尾翼を左右に振って進路を読まれないようにするんだ」

 知らないよそんな専門的すぎる知識。

「機銃と高角砲を撃ちまくって二機は墜としたんだが、残る三機は悪運が強くてな、結局二発ぶち込まれちまった。そのまま衆寡敵せず総員退艦さ。あっという間だったな」

 再び遠い眼のジジイ。

「あんだけ精魂込めて整備した飛空機も、飛ばしてさえやれずに海へお陀仏だ。暁空軍が誇る技術力の結晶も、飛べなきゃただの鉄屑だな」

 じいちゃんは困った顔をして鼻白む。悟ったように笑っていても、雰囲気から隠しきれない悔しさが滲み出ている。戦争の話をする時、例えその話が何度となく繰り返されたものであっても、じいちゃんは必ずこの顔になった。

「俺は運よく内火艇に飛び乗れたんだが、閉じ込められた奴も大勢いてな。窓から見えるんだよ。あいつら、笑いながら帽振れしてくるんだぜ? こっちも泣きながら帽振れしたよ。艦内はそこらじゅう火災で、いつ爆発するかもわからねってのによ……笑ってたんだよ、さようならって言いながらさ」

 転じて今度は泣きそうな顔。ホント忙しいじいちゃんだ。

「優秀な奴ばかりってわけじゃなかったけど、みんないい奴らだった。任務中に飲む帝酒なんかもこっそり分けてくれたしな」

 ……え? 操縦してる最中にお酒飲むの⁉ それは初耳だ。

「ああ、そうだよ。飛空機ってのはすっげー高いところをすっげー速く飛ぶからめちゃくちゃ寒いんだよ。んで、内側から身体を温めるために酒瓶抱えて搭乗するんだ」

 また毒にも薬にもならない知識が増えてしまった。

「周到な計画。必勝の信念。渾身の努力。こいつらをどれだけ積み重ねても、きっかけ一つで日の目一つ浴びずに終わっちまうなんてのは、珍しくもなんともない」

 だけどな棗と、じいちゃんは念押しするように続ける。

「その日その時に自分のできる何かを精一杯するのは、決して間違じゃない。結局ムダになるとか、どうせ意味がないとか、やる前から諦めてるような奴に明日は来ない」

 うん。と、素直に頷くあの日のあたし。

「毎日を全力で生きる。それが明日に後悔しない生き方を貫く唯一の方法なんだ」

 うん。と、泣きそうに頷くあたし。

「わかったらもう行け。死んだ人間にすがりついたところで一銭にもならんからな」

 よっこいしょと、年寄りらしい掛け声とともに両脇を抱えられ、床に降ろされる。

「はぇ~、でっかくなったなー棗」

 言われ気が付くと、背格好が元に戻っていた。視線もいつも通りの高さになり、まるでじいちゃんが縮んだように感じる。かつて見上げるしかできなかった人を見下ろすという、本来であれば叶うべくもない体験に、嬉しさと寂しさが入り混じる。あの頃は厳つく映ったじいちゃんも、こうしてみると存外小さかったんだな。

「さあ、征ってこい! 久しぶりに話せて楽しかったぞ」

 いや一方的に喋ってただけじゃんとツッコむ間もなく、強引に回れ右させられ、勢いのまま背中を押される。久々に会う孫娘に対して乱暴すぎやしない?

「振り返らないで歩け。そのエレベーターに乗れば戻れる」

 という言葉を背後からもらうと、不自然なまでに都合よくエレベーターの扉が眼の前にあった。こういう脈絡なくてチグハグなとこはさすが夢だな。

 扉はボタンを押してもいないのに勝手に開き、警戒しつつ中へ。

「眼が覚めたらとりあえず思い出せ。お前は誰の孫なのかってな」

 じいちゃんのそれっぽい捨て台詞を合図に扉が閉まり、エレベーターは下降していく。

「ありがとう。じい……ちゃ──」

 我慢しきれず振り返ろうとした刹那、急速に目蓋が重くなり、その場に膝をつく。あたしはそのまま、再び無意識の淵へ落ちていった。



《──サマ! 魔女サマッ!》

「うお! ──ふぇ⁉」

 わずかなまどろみを吹き飛ばすベルゴースト大声に、反射的に声を上げ我に返る。どうやら向こうに行っていた間、羽根の中に顔をうずめていたらしい。

「ご、ごめん! どうしたの⁉」

《あと一分ほどで障壁に回している魔力が切れます! ここから回避運動のみになります! 荒っぽくなります故、舌を噛まないよう留意して下さい!》

 矢継ぎ早に告げられるベルゴーストの報告に周囲を見回すと、そこは平和な時間が流れる夕焼けの空湊ではなく、死と恐怖が際限なく襲いかかるこの世の地獄だった。

 ガアァァンッ!

「ひぃ……っ!」

 悲鳴が漏れる。故人に励まされたとはいえ、所詮は一時の逃げ。現実を容赦なく告げる爆発を前に、またしても恐怖が這い上がってくる。

 家に帰りたい。帰れなくても、ここより安全な場所に隠れたい。……いや、例え夢の中であっても、一度は戦場から背を向けた身。ここであたし一人いなくなったところで大勢に大した影響はない。ケンだって言ってたじゃないか。あたしたちはお荷物だって。なら──

「……ダメだ、ダメだ!」

 無理矢理否定して自身を叱咤し、にじり寄ってくる言い訳を振り払う。同時に浮かんできたのは、じいちゃんが空湊で垣間見せた、あの物悲しい表情だ。

 あれは後悔した者の顔だ。あの日あの時あの場所で、自分にはまだやれることがあったんじゃないのかと、終わってからも何十年もずっと考え続けてきた者の顔だ。

「嫌だ!」

 そしてあたしはこの日この時この場所で、これから一生あの顔をするかもしれない分かれ道に立っている。

「あたしは絶対! 後悔しない!」

 戦場を埋め尽くす音に負けじと、想いを解き放つ。

 後悔のない人生なんてない。むしろ魔の付く事柄に足を突っ込んでからは、毎日が後悔の連続だ。

 努力すれば結果はおのずとついてくるなんて理屈は、平穏の上に成り立つキレイ事だ。眼の前にある出来ることを精一杯こなし、自身の生を全うしたじいちゃんでさえあんな顔をしてしまうのだ。告げられる運命に、下される因果に、あたしたちはあまりにも無力だ。

 あらゆる可能性から眼を背け、できない理由ばかりを並べ立て、訳知り顔で生きていく。

 それとて尊重されるべき生き方の形ではある。……だとしても、あたしはそんな人生まっぴらごめんだ。あんなにも辛く悲しい代物を抱えてこれから先も生きていくなんて……。

 なら、やるしかないじゃないか。どんだけ無様でみっともなくても、足掻いてでも進むしかないじゃないか。

 だからここで選び取る。どんなに残酷な現実に直面しても、例えそれらを打ち破れずとも、後悔したことを後悔しないための選択を。

 せっかく故人の脛かじったってのに、ただ泣きじゃくって縮こまる奴があるか!

「ああやってやる‼ やってやるよ! 見とけよクソジジイッ!」

 爆炎轟く空の中、遥か最果てを指差して、そのさらに最果てで物見遊山に興じているであろうご老体に言い放つ。口角吊り上げてほくそ笑んでいる顔が空に浮かぶようだぜ。

「ああ、腹立つなもう! 安全なとこから好き放題いいやがって!」

 大体なんだ『お前は誰の孫なのか』って? 夢の中だからってカッコつけんなしあんたどこにでもいる普通のジジイだったじゃねーかアホか!

《ま、魔女サマ? え、どうしました?》

 沸々と湧き上がる怒りが、怯えによって萎縮した心身を根こそぎ解きほぐしていく。いきなりの豹変ぶりに唖然としている大鷲さんには触れないでおく。

「ごめん、ベルゴースト。みっともないとこ見せた。もう大丈夫だから」

 勢いに任せ、強がってみせる。

《……ホントに?》

「あー……やっぱ嘘。大丈夫ではないんだけど……とりあえず泣き喚いたりはしないから」

《でしょうね。我々としても、簡単に馴染まれては立つ瀬がありませんよ》

実際のところ、大声張って息巻いて見せたのも、ほとんどが虚勢だ。恐怖もなくなったわけじゃなく、精々少しばかり薄まった程度にすぎない。

《初陣など誰でもそんなもの。どれだけ優れた英傑も、生まれた時は赤子ですから》

 数秒で崩れたあたしの牙城に、ベルゴーストは攻めるでも落胆するでもなく答える。その辺はさすが歴戦の兵といったところだろうか。

《いいですか魔女サマ。魔女サマはまず、肩の力を抜いて下さい》

 えらく場違いな説教口調で諭してくるベルゴースト。

「いやだって、みんなこんなにやられちゃってるのに──」

《屍の数だけ気を張っていたら、我々はとっくに正気でいられません》

「いやでも、詩乃たちはなんともなさそうにしてるし──」

《それは魔女サマが先に大泣きしたせいでいろいろと引っ込んだからですよ》

「お、大泣きとかやめてよ~……」

 突入が始まってからこっち、すっかりグダグダだ。漏らしこそしていないものの、キャンデロロの軽口はあれで中々確信を突いていたんだな。

「うう……なんかごめん。さっきから頼りなくて」

《いや何、年頃らしい言い訳を聞けて、こちらとしてはホッとしています。我らが王ほどでなくとも、我々とて魔女サマの何十倍という歳月を生きているのです。それを思えば、たかが小娘一人が魔獣を救うなど片腹痛い》

「え? あたしってそんな生意気なクソガキみたいに思われてんの⁉」

《ぶっちゃけた話、はい》

「え、ええ……」

 肩の力どころか生きる気力を根こそぎ持っていかれた感がヤバい。すでに後悔したことを後悔しているあたしがいるよ。

「マジかようわぇやぁ⁉」

 情けない嘆きが急降下によって掻き消される。ベルゴーストの警告通り、障壁に回していた魔力が切れたようだ。

「うぎぃ──くあぅ──ああぁぁ!」

 上昇下降を繰り返し、さらに旋回や回転までもが織り交ぜられ、眼が回る暇もなく全身が揺さぶられる。安全帯をつないでいるとはいえ、取手から手を放してしまえば瞬く間に空中に投げだされる。まさしく命綱だ。

「ううぅぅ⁉ ……うっぷ」

 胃から一気に込み上げてきた衝動を、気合と根性で強引に押し戻す。泣きこそすれ、どうにかここまで来たんだ。下で漏らさなかった以上、上からも漏らしてたまるかっての!

 あたしの願いが通じたわけではないだろうが、敵本島の姿がようやく鮮明になってきた。視覚共有に表示された距離は約19000メートル。残り半分を切った、もうすぐだ!

 と、わずかながらに光明が見えた矢先、砲身から煌めく光の横一閃が、ゆっくりとだか下がり始めた。こちらに面して攻撃している艦隊が高度を下げているのだ。いったいなぜ?

《後方で待機している艦を我々側に展開させるのでしょう。火力を倍増させ、完全に磨り潰すつもりのようですな。いやはやさすがにこれはウマくない》

 全方向から間断なく揺さぶられて口を開けないあたしの疑問に、ベルゴーストが的確に答えを導いてくれる。

『砂漠の薔薇』は鹵獲艦隊を十字に展開させることで、自軍が守りやすく敵軍が攻めづらい布陣を築いていた。事実、この陣形はあたしたちを壊滅寸前まで追い詰めている。

 これまでその陣形を崩さなかったのは、恐らく別動隊を警戒していたのだろう。しかし本隊が半数近く損耗している状況で、未だなんの動きも見せないことに援軍はないと確信し、位置的有利を捨ててでもすべてを終わりにする決断をした。というところか。

 実際、待機している地戦隊は敵本島外円部にある転移妨害紋を破壊しなければ戦場に呼びだすことさえできない。悔しいけど、向こうの判断は的確だ。

 このままされるがままでは、単純にこれまでの倍の砲火を浴びてしまう。頼みの綱であった魔力障壁もなくなった。いくら卓越した技量や稀に見る幸運で生き残ってきた面々でも、数の暴力にただただ叩き潰されるしかなくなってしまう。

《さて、ここから先は……まさに死地ですな》

『でもやるしか、ないんでしょ?』

 口が使えなきゃ念話で喋ればいいじゃないと、遅まきながら思い至り即実行。

《生易しい回避運動では済みませんぞ? 速度も上がりますが、覚悟はいいのですか?》

『誰に言ってんのさ。あたしは魔女だよ? どこまでだって食らい付いてやるってのさ! 気なんか遣ってんじゃないよ本気だせ本気!』

《ふふ! その意気やよし。では、参るとしましょうか!》

 半ばやけくそで煽りまくると、向こうさんもやけくそ気味に乗っかってきた。こういうとこは役付きとか関係なく魔獣だな。ホントに気持ちのいい奴。

 改めて前方を、立体鶴翼に再展開した敵艦隊と、敵本島を見据える。


 ──ボン。


 よし征くぞと気合を入れかけたその時、敵本島の左端で小さな光が瞬いた。


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