第二章
ゴゴゴゴドドッッ!
同じ場面をひたすら貼り合わせたように殺風景な雑木林を、魔獣の足音が蹂躙する。
好き放題に生えている木々は元より、その根や大戦時に築かれた堀など、お世辞にも走りやすいとは言えない足元を、どの魔獣も速度を緩めるそぶりすら見せず、躊躇なくすり抜け行軍していく。中には踏み台代わりに木を蹴り飛ばし、パチンコ球のごとく進む猛者までいる。
騎乗している魔獣たちも慣れているのか信頼しているのか、どいつもこいつもどこかの魔女然とした高揚感を漂わせている。これだけの大所帯が密集し、しかも高速で入り乱れているというのに、誰もぶつかって転ばないのが不思議で仕方がない。
「とんでもない奴らだな」
急速に膨れ上がる周囲の物量に圧倒されつつ、視覚共有に地図情報を呼びだす。
一斉転移された地戦隊によって、銃座・砲座・洞窟の位置と数。森林の密集具合。輸送経路候補等々が続々と寄せられ、視覚共有の敵本島概要が怒涛の勢いで更新されていく。
対策会議の時点ではどれも地形からの大まかな推測に留まっており、詳細は現場でコツコツ把握していくしかない。人海戦術ならぬ獣海戦術とはよく言ったものだ。
「第三戦隊、ホの六!」
《承知!》
「第四、第五戦隊、ハの八からニの五!」
《ハ!》《カシコマリマシタ!》
「第六、第七戦隊はロの四から西側に周り込んで砲座を潰せ。可能なら奪い取り、突破してきた飛戦隊と敵艦隊を挟撃しろ!」
《アイサ了解》《ガッテン!》
集められた情報を整理し、矢継ぎ早に指示を飛ばしていく中『イの一番って座標の端からって意味だったのか』と、場違いな納得が脳裏をよぎる。
「残りの戦隊はトの十六。中央部まで前進し、派手に暴れて攪乱する!」
《久方ブリノ戦場!》《来タ来タ来タァァ!》《ヨッシャァ! 腕ガ鳴ルゼ!》《アンタ四足歩行ジャナイノ!》《細ケェコタァイインダヨ!》《ナンデモイイ! 気合イ入レヤガレェ!》
たかだか十一歳の小娘が下す命令に、これ以上ないほど奮い立つ魔獣地上軍の精鋭たち。漫才が織り交ぜられているのが引っかかるが、とりあえず士気は上々らしい。
《姫ちゃま姫ちゃま、妾たちは?》
傍らよりラズチナが、次元の狭間から背びれだけ出して尋ねてくる。
「深戦隊は洞穴を発見次第随時潜入。内部構造を一分毎で視覚共有に上げ続けろ!」
《わかりましたわん》
「あと地下中心部に開けた空間があったら優先で知らせてくれ。仮の司令部を置きたい。負傷者の救護もそこで行う。征け!」
《御意にございますわん。じゃあ姫ちゃま、武運長久をお祈りいたしますわん!》
一通り告げると、ラズチナは魔の付く常套句を残してトプンとあちら側へ沈んでいった。
「よし。……ふぅ、はぁ──」
未届けてから深呼吸を数回。草木が織りなす自然の香りと、突入によって踏み荒らされた土の匂いが肺に流れ込む。天京を離れて数週間、すっかり慣れ親しみつつある田舎の空気ではあるものの、これは濃度が桁違いでせき込みそうになる。
「──進めぇぇぇぇっ!」
《ウォォ応ォォッッ‼》
裏返り気味になってしまったわたしの号令に、耳を劈く魔獣の咆哮が爆発した。
──時は数日前、顔合わせの夜に巻き戻る。
「飛戦隊が陽動⁉ どういうことだそれ⁉」
宮境町のさらに奥、まさしく人里離れた山の中で、キャンデロロと戦隊長と思しき数体の魔獣に囲まれ、告げられた内容をオウム返す。
《どういうことも何も、そのまんまの意味さ。敵本島には小管直属の間諜が忍ばせてある。折を見て転移妨害紋を破壊して、小管たち地戦隊を引き入れる手筈だ》
と、眼の前の一角獣は飄々と言ってのける。
「ま、待ってくれ……整理させてくれ、頼む」
足元がふらつきそうになりながら、今しがたの台詞を頭で繰り返す。
というか、そもそもなんだこの席は?
飛戦隊に同じく地戦隊も顔合わせすると言うからついて来てみれば、いきなり『郷愁作戦』を根底から覆す重大事実。声を荒げるなというのが無理な話だ。
「まず飛戦隊を囮にして、地戦隊を引き入れるって言ったな?」
《おう、言ったぜ》
「てことは、地戦隊が本隊なわけだな?」
《厳密には両方本隊だけどな。まあ、島を占領するなら地上軍を主軸に据えるのが道理だ》
「なら、飛戦隊がわざわざ死に物狂いで突っ込ませる必要がどこにある? 転移した瞬間に爆破すれば、飛戦隊の被害だってずっと減らせるんじゃないのか?」
《身内に間諜が紛れてることくらい、向こうさんも警戒してるはずだ。開戦直後に起爆させちまったら奇襲の旨味が半減しちまう。『砂漠の薔薇』には、飛戦隊と同等ないしそれ以上の援軍は来ないと確信させる必要があるんだ》
「虚を突くって意味ならわかるけど……やけに短気だな。転移直後の迎撃は大したことないんじゃなかったのか?」
《エベルハルターが序盤の砲撃で戦艦の主砲しか使わないなんてお行儀のいいマネ、絶対しねぇなね。必ず何かしらの方法で砲身を改良し、初っ端から一斉砲火で数を減らしにくる》
「んな──⁉ もしそうなったら、本当に飛戦隊は壊滅するぞ⁉」
今回実施する『郷愁作戦』は、鹵獲艦隊の弾幕が薄いうちに加速し、敵本島に接近・上陸するという流れが肝になっている。この前提が序盤からひっくり返ってしまっては、作戦の意義そのものが失われてしまう。
《だからこそ、もうダメだってぐらいに追い詰められてる様を見せつけるって寸法よ》
「……つまり、『砂漠の薔薇』に絶望を見透かされないために、味方を騙すのか?」
《そうだ。欲を言うなら、転移紋破壊前までに艦隊の全方位陣形が崩れてくれてるとありがたいな。あれは外側だけじゃなく内側も監視する意図がある》
次々投げるわたしの疑問に、キャンデロロは淀みなく答える。
会議の時は《さすが姫さん!》とか絶賛してたクセに、なんだこの掌返し? 別に褒めそやされて天狗になっていたつもりはないが、こうまでサラッとあしらわれてしまうと理屈では処理できないムカつきが湧いてくる。
「……多少効果は薄くなったとしても、飛戦隊の損害を減らすわけにはいかないのか?」
もはや疑問ですらない、中身のないお願いを呟く。つまりはただのわがままだ。
《姫さんがそう言いたくなるのもわかるけどよ、それじゃダメなんだ》
感情的になるわたしを非難するでもなく、一角獣は優しく諭してくる。
《飛戦隊との距離が離れすぎていれば、地戦隊が孤立したまま艦隊に包囲されておじゃん。近ければ全軍まとめて包囲されておじゃん。適度に狭くなった戦場に敵味方が入り乱れるからこそ、勝機がある作戦なんだ。わかってくれ》
こればかりは妥協の余地はないと、キャンデロロは突きつける。
「……これを他に知ってるのは?」
《ここにいる連中だけだ。兵卒に関しては地戦隊も含めて誰にも報告しちゃいない》
「まさか、ケンや仁にもか? いいのかよ背信行為だろそれ?」
《勝つためには伏せなきゃならない情報もある。例え上官であろうともな》
「く! ……これを伝えなかったせいで、間違いなく大勢の魔獣が犠牲になる。冷たくなったあいつらの前でも、お前らはそう言い切れるのかよ?」
《闘争で討ち果てるは魔獣の本懐。我らが王も納得してくれると信じてる。陛下だって、我らが王とともに散れるなら本望だろうさ。もちろん、そんな結末にさせるつもりはないけどな》
さも当然とばかりに、キャンデロロはここにはいない者たちの心を代弁する。
《やるからには勝たなきゃ意味がないんだよ。それこそ、冷たくなった奴らに申し訳が立たないとは考えられないかい? 姫さんよ》
「くぅ⁉ お前それでも──」
人間か⁉ と叫ぼうとして、寸でのところで飲み込む。
そうだ、こいつらは人間じゃない。日々の常を闘争に費やし、死を交差させる刹那に生を見出す、魔の世界に生きる獣だ。
時に勝利とは、得難い命を積み上げてでも手に入れるべき価値を持つ。
勝者が正義であり王道。敗者は悪であり邪道。魔獣に限った話ではなく、生き物であれば大抵の者たちがそうだ。人間でさえ、疑う余地なく当てはまる法則だ。
キャンデロロの言葉通り、この作戦は万が一にも悟られるわけにはいかない。
相手方に内通者がいて、機を見て行動を起こすと知っていれば、間違いなく味方部隊は気が緩む。『砂漠の薔薇』にも、手練れの魔獣が大勢いるはず。わかりやすい隙を垣間見せれば確実に見抜かれる。
するとどうなるか? 手を読まれた上で対策を講じられ、こちらはますます不利になる。ましてや捕虜でも取られてしまった日には、まずもって情報の漏洩は避けられない。肉体的な拷問はもとより、思考を読む魔獣がいたとしてもなんら不思議ではないのだから。
それだけ『知らない』という情報は、『知っている』に勝るとも劣らない重要な要素なのだ。
腹立たしい。眼の前にいる一角獣を血も涙もない奴だと罵りながら、こいつの判断は間違っていないと、大局を鑑みて理解できてしまう自分自身が。
《わかってるとは思うけどよ、姫さん。こいつは最優先の重要機密、一切の他言は無用だ。我らが王にも、もちろん魔女さんたちにもだ》
そしてキャンデロロは、まさしくわかっていたことを持ち出して念を押してくる。
「じゃあなんでわざわざわたしに話した? 告げ口されたくなかったら黙ってればよかっただろ⁉ 目的はなんだ⁉」
《んな大層なもんはねーよ》
ただなぁと、キャンデロロは困ったように言い淀み、再び口を開く。
《学んでほしかったんだよ。上に立つ者の矜持と責任ってやつを》
「ま、学ぶ? ……戦争をか? それとも指揮か?」
《両方。これ以上ない英才教育だと思うけどな、小管は》
こんな大事な時に何言ってんだこいつ?
《姫さんの戦歴は読ませてもらった。先駆けとして『太陽ルチル』を立ち上げ、組織という概念を作り、結成以降の運営も順調。まったく見事なもんだな》
「それは、わたしだけの力じゃなくて──」
《必要な人材を集めるのも、向こうから集まってくるもの手腕の一部さ。元々徳がない奴は何やったってロクなのが来ないからな》
キャンデロロに言われて浮かんできたのは、短い間ながらも苦楽をともにした『太陽ルチル』の仲間たちの顔だった。
常に隣で支えてくれたヒカリ。そのヒカリが半ば強引に引き入れた北斗と侑希那。年長者としてみんなをまとめてくれた紅と青江。どんな役割も確実にこなし帰ってくる詩乃。態度は気に食わなかったけど、実力はあり面倒見のよかった岩野と山口。
現在ではほとんどが討伐され、生き残った者にも裏切られ、袂を別たれと、見事なまでにバラバラになってしまったが、戦闘・折衝・教育・諜報等々、思い返せばどの方向から見ても文句の付けようがない陣容だった。
《結果的には魔女さんたちに潰されこそしちまったが、姫さんたちが魔法少女という業界に多くの革命を起こしたのは事実だ。こういうのだって紛れもない実績なんだぜ?》
「で、何が言いたい?」
まどろっこしすぎるので、流れごと場の空気をぶった切ってみる。まさかただ褒め殺しにするつもりじゃあるまい。
《あんたは間違いなく、人の上に立つべく才媛だ。時には身内を切り捨ててでも、手に入れなければならないものがあるって現実を、早い段階で知識から経験にしておいた方がいい》
「……失う経験なら間に合ってる」
《あー……うん、そこも読んだ》
これまでのスラスラが一転、言葉を濁すキャンデロロ。どうやらわたしの魔の付く来歴は、目的のためなら味方すら欺く魔獣軍の司令すら一歩引かせてしまうほど波乱万丈らしい。
《まあ、姫さんの歳にしたら難儀な運命だわな。小管に言わせれば序の口だけど》
「…………」
励ましているようでその実まったく励ましていない励まし。そりゃあ、幾星霜の歳月を生きる魔獣に比べたら、わたしの十一年ちょいなんて瞬きと大差ないだろう。
とりあえずそれは置いとくとして、納得はできないが言い分は理解できた。良くも悪くも取り返しのつかないアレコレってのは、嫌が応にも身に付くからな。根拠はわたし自身。
「わたしがあいつらに全部ばらしたら、処罰するのか?」
《まさか。そんときゃそん時でまた考えるさ。でも、姫さんはそんなマネしないだろ?》
「……この外道──っ!」
信用を質に入れるとか、策士を通り越して詐欺師のやり口だ。口車にホイホイ乗せられて、気が付くと後戻りできなくなってる類のアレそのものだ。
《落ち着け落ち着け、姫さんは重く考えすぎなんだって》
「お前たちは死を軽く見すぎだ。長生きしてるとみんなそうなるもんのか?」
《姫さんよ~。魔獣ってのは初陣飾ったその日に死ぬも生きるも己の責任だって誓いを掲げるんだ。姫さんが気に病む必要なんてただの一つもないんだからよ》
利己的な話をした舌の根の乾かぬうちに情に訴えてくる一角獣。
《つか、姫さんも何気にすごいよな》
「は? どこが?」
露骨な話題逸らしに言葉尻が荒くなる。騙されないし乗せられないぞ。
《だってさっきから魔獣の話だけで、魔女さんたちの話全然しないじゃんよ?》
「……いや、あいつらなら大丈夫だよ。魔女と魔法少女だから死ぬわけじゃないし」
《それだって立派な信頼なんだぜ。いやぁ~美しいねぇ~》
「ちゃ、茶化すんじゃねーよっ!」
《一緒だよ、小管たちも》
わざとらしい間を一拍挟み、キャンデロロは続ける。
《小管たちも信じてる。必ずみんなで『郷愁作戦』を成功させるってな。だから姫さん! 明後日は一緒にがんばろうぜ!》
「いい話風に締めようとすんな」
ぶった切りパート②。もはや感情論ですらない勢い任せな問いかけに、相手をすること自体億劫になっていく。これがこいつのやり方か。強かすぎて涙がでそうだ。
結局のところ、後半は真面目に打ち合わせをしたものの、キャンデロロは終止掴みどころもないまま埒が明かず、その場はお開きとなった。
「……ふん」
振り返るも一瞬。すぐさま意識が眼前の戦場に舞い戻る。
《初手としちゃぁ文句の付けようがねぇ! やるじゃねぇか姫さん》
指示通り散っていく各戦隊を眺めていると、本日の騎馬役ことキャンデロロから称賛が送られてきた。こいつも他の連中同様、高揚を隠し切れないらしい。
「飛戦隊の犠牲を無駄にできるか。わたしたちだけで制圧する気構えで臨むぞ!」
《応ともよ! あの世じゃなけりゃ、魔界だろうが地獄だろうが駆けてやるぜ!》
鐙を蹴るわたしともども、地戦隊一同は一層速度を上げ、これからいくらでも荒れ果てるであろう戦場へ拡がっていく。
キャンデロロの思惑通り、わたしは誰にも間諜の存在を話さなかった。
この一角獣はわたしが絶対に喋らないと踏んでいたが、家であいつの顔を見る度に、何度ぶちまけそうになったか。それだけじゃない。なんだかんだと目端の効くあいつらの前で、不自然を悟られないよう気を配るのはとにかく骨が折れた。
面の皮が厚い。血も涙もない。目的達成のためには手段を選ばない。感情よりも効率を優先する。軽蔑の言葉が浮かんでは消え、とにかく自分自身が嫌になる。
「何を今さらって感じか」
『太陽ルチル』を率いていた頃は、こんなのは到底生温い智謀策謀、息をするのと変わらない日常茶飯事だったってのに。このままだと心身ともに、あの田舎町の住人たちに骨抜きにされてしまうのも時間の問題だな。
「──それもおもしろいかもな」
自身にしか聞こえないほんのささやかな独り言ののち、わたしは集中を戦場に切り替える。
†
「ど、とうなってんの……?」
後方で沈黙していた艦隊までもが前面に展開し、本格的に磨り潰されてしまうのかと思った矢先、敵本島から散発的な爆炎が上がり、転移紋と思しき発光がここからでも見て取れた。程なくして、同じ場所から相当量の土煙も上がり始めた。
この敵味方関係なく想定外の事態に、向こうさんは相当浮足立っているらしく、先程まで理路整然と組まれた立体鶴翼陣形も、空と地上の両方に対応しようとしてひどく中途半端なものになっている。おかげで砲撃の間隔が開き、想定ほど弾幕は厚くない。
「いったい、どういうこああぁぁぁぁ⁉」
なけなしの呟きが、本日何度目かの急旋回によって掻き消される。異常事態に混乱中とはいえ不利な状況には変わりはなく、回避運動は小休止どころか緩まる気配すらない。
《冷静に考えれば、転移妨害紋が破壊され、地戦隊が突入したようですが》
「いやでも、転移は妨害されてるんじゃ──ぎゃわ⁉ うおっぷ! っひぃ、くひぇ──」
視線の先で起こっている現象と、事前に知らされていた情報との齟齬に理解が追い付いてこない。そもそもこんなグルングルン状態でまともに考え事なんてできるはずもないけども。
《……ふははっ! そうか、よりにもよって間諜とは! キャンデロロ司令も意地が悪い! ははははっ》
自身の推測に自身で納得したらしく、突然笑いだすベルゴースト。怖い。
「間諜って……もしかして『砂漠の薔薇』に内通者がいたって意味?」
《おそらくは。大方、艦隊が陣形を崩すまで引き付けたのち、ことを起こせと言い含められていたのでしょうな》
「でもそんな話会議じゃ一言も──」
《敵を欺くにはまず味方から。『砂漠の薔薇』に策を悟られないよう、我らにも伏せておく必要があった。といった辺りでしょうか。いやはやどうしてあの方らしい!》
説明しながらも、ベルゴーストは至極楽しそうに回避旋回している。
要は味方にも内緒にしていた策が功を奏したって感じか。まあ、ケンも言ってたけど、援軍が来るとわかってたらどうしても気が緩むからな。……だとしてもここまで来るのに相当な数の仲間が墜とされているわけで、納得できるかって言われればできないけど。キャンデロロにしてみれば、こうした感情もひっくるめての奇策なんだぜって話なのかね。
もしかしたら灯子──アカリもこの件を知らされていたのだろうか? だとしたらあたしたちに不信がられないように振る舞い、かつ喋ってしまわないように耐えたこの二日間は、さぞ辛かっただろう。一段落したら甘いものでも作ってやるかな。
《総員傾注! どうやらキャンデロロが一芝居打っていたようです。我々はこの機に乗じ、地戦隊と鹵獲艦隊を挟撃します! 各員、より一層の奮励と努力を期待します。進めぇ‼》
狙いすましたかのように、全体念話からケンの檄が飛ぶ。突入開始から短時間で半数近くが成すすべなく撃墜され、萎みかけていた士気が一気に回復する。
これぞまさに天の助け! いや、この場合は魔の助けか。
《個人的感情はさておき、活路は開けました。今こそ、任を全うせん!》
「だね。よし、征こう!」
ドオオォォン‼
《ぐぬぅぅあぁぁ⁉》
「うおぉ⁉ ベ、ベルゴースト⁉」
改めて気合を入れた瞬間、させるかとばかりに眼前が弾け飛んだ。
油断した。いくら弾幕が薄くなっていようと、撃たれている以上気を緩めるべきじゃなかった。せめてあたしがもっと警戒していれば……っくそ!
「ベルゴースト! 大丈夫? おい、ベルゴースト⁉」
被弾したのは左翼の付け根。羽根は焼け焦げ、露出した傷口から血が湧き水のように溢れ、糸を引いて後方に流れ消えていく。
《……ご静粛に願えませんかね?》
首をわずかに回し、鬱陶しそうにこちらを睨むベルゴースト。
「ああ、よかった……っ! いきなりやられたかと思った」
《なんのこれしき──》
なとど侍風に言っちゃいるけど、あたしの眼には心底辛そうに写る。てか、血が流れて大丈夫なわけがないよな。
《戦隊長!》《大事アリマセンカ⁉》《周囲ニ衛生兵ハイルカ? 衛生兵!》
ベルゴーストの姿を見て、編隊を組んでいた列騎たちが心配そうに距離を寄せてくる。
《固まるな! 狙い撃ちされる! 各員、己が任務に集中せよ!》
《《《……ハッ!》》》
傷付いてなお衰えぬベルゴーストの厳しい一括に、魔獣たちはビクリと身体を震わせ、すぐさま等間隔に拡がり回避運動に戻っていく。
《まったく未熟者たちです。これくらいの傷で慌てふためいて》
「いや普通ああなるでしょ自分んとこの戦隊長が撃たれたら。……そうだ、ちょっと待って」
言いながら腰回りをまさぐり、念のためにと持ってきていた応急処置具を取り出す。人間用だから魔獣相手には小さいかもだけど、包帯で傷を覆うくらいはできる。
《そのような気遣い無用です。それは魔女サマの万が一に使うべきです。大体、わたしくしに使用したら一回でなくなってしまうでしょう》
「いやいやいや! 今必要な奴に使わないでどうすんのさ?」
《第四、及ビ第五飛戦隊長、被弾ニヨリ重症! 副隊長ヘ指揮引継急ゲ!》
「え? 第四と第五って──渚⁉ 唯姉さん⁉」
押し問答に入りかけた時、艦隊の斉射開始から絶えず流れ続けていた被害報告より、覚えのある数字が読み上げられ、息を飲む。第四飛戦隊には渚、第五飛戦隊には唯姉さんがそれぞれ騎乗している。戦隊長が被弾したということはまさか──
『こちら日野渚! 被弾してしまいましたが自分は無事です!』
『中田唯音だよ! わたしも大丈夫。ヨウちゃんたちが守ってくれたから──』
最悪の事態が全身を駆け巡ろうとした刹那、当人たちより念話が届けられる。ホッと胸をなでおろすと同時、入れ替わるようにとてつもない嫌悪感が全身を駆け巡る。
二人が無事だったとしても、被弾した魔獣たちは確実に負傷している。最悪、手遅れかもしれない。傷付いた魔獣を差し置いて、あたしは知った仲間の無事に心底安堵してしまった。……なんて薄情な人間なんだ、あたしは──っ!
《また、余計なことを考えていませんか?》
「え? いや……だってさ」
《近しい者の安否を気に掛けるは、生命であれば当然の理。魔女サマは聖人君子か博愛主義者にでもなったつもりですか?》
口から言い訳がでる間もなく、これまた厳しいお言葉をいただいてしまう。
ヒュン! ピュッ! ヒュン! キィン!
「うわ⁉ なんだこれ……って、まさか」
場違いにもほどがある説教を受ける中、爆発に混じって小さな物体が高速でかすめていく風切音が聞こえてくるようになった。
「ここにきて機銃掃射かよ!」
疑問はすぐに解消した。敵本島接近に伴い、こちらへの迎撃手段に機銃が追加されたのだ。
爆発で吹き飛ばされるのではなく、弾丸で撃ち落とされる。より生々しく残酷な結末を想像し、恐怖が顔を覗かせる。つか、さっきからどんだけ覗いてくんだよ恐怖! いい加減こっち見んなし!
喜ばしくない状況ではあるけど、ものは考えようだ。射程の短い機銃を投入してきたということは、その分だけ敵本島に近づいたという証拠。地戦隊が艦隊からの狙いを受け持ってくれているおかげで、あちらはまだまだ混乱中。十分活路を見いだせる!
「ベルゴースト! ここからならあたし一人でも大丈夫だから、そろそろ降ろして」
《何を仰いますか。折り返しを過ぎたとはいえまだ道半ば。ここで職務を放棄するわけには》
相変わらず虚勢を張るベルゴーストだが、回避運動にさっきまでのキレがない。血が減って体力が根本から奪われているようだ。
「ならせめて他の奴にあたしを移して。あんたは回避に専念しなって」
《それもできない相談です。せっかく魔女サマを背に乗せる大役を仰せつかったのです。このような名誉、易々と譲る気はありませんね》
端から相手にする気がないのか、わがままと大差ない暴論を振り回してくる大鷲。
「んなこと言ってる場合かよ! とっとと降ろせっつってんだよ言う通りにしろ!」
《魔女サマこそいたずらに軍規を乱さないでいただきたい! わたくしが問題ないと言ったらないのです! いいから黙って目的地まで乗っていなさい!》
「こんの──っ! だったらあたしも勝手にする! あたしは『兵香槍攘』で突っ込むから、あんたはそのまま離脱し──」
言いながら再度腰回りに手をかけ、お互いに繋がれた安全帯を外そうと手をかける。
「な、何これ? なんで外れないんだよ⁉」
手順通り金具を外そうにもビクともせず、ベルト部分引っ張ってみてもやはりビクともしない。構造的に固定されているのではなく、干渉自体を受け付けないかのごとく硬い。
《無駄です。その安全帯はわたくしが死ぬか、魔力が途切れない限り外れません》
「は⁉ じゃあさっさと外せよ!」
《繰り返しますが敵本島まではまだ距離があるのです。ここでは魔女サマを降ろせません》
「だからそんな身体じゃもう……ひゃ!」
問答している間にも、放たれた弾丸が一発また一発と、ベルゴーストの身体を貫いていく。傷を増やす度に患部から鮮血が跳ね、生暖かい液体が魔装衣に、顔にかかる。
《ほら言わんこっちゃない。わたくしの血で驚いているようじゃ、やはりこんなところで手放すわけにはまいりませんな。いいから大人しくしていなさい。必ずお守りしますから》
一瞬の隙を突かれ、まんまと言い包められてしまう。だからといって状況に変化はない。
減ったとはいえ砲撃も続いているし、機銃による銃撃も密度が増している。比例するようにベルゴーストからは勢いが失われ、傷や欠損がそこかしこに生まれている。そうしてさらに速度が鈍り攻撃をもらう悪循環に陥っている。
出撃前は美しいとさえ感じていた漆黒の双翼は、もはや無事な箇所を探す方が困難なほど傷付き、血に濡れ、高くなった日差しを虚しく跳ね返している。ずっと握っている取手にも血が染みていき、ヌルヌルと手元を滑られる。
「お願い……もういいから……約束したじゃんかよぉ……」
またしても涙が、眼を背けたくなる現実をぼやかしてくる。
種族・役職・地位・年齢。各々を取り巻くしがらみに関係なく墜とされていくこの戦場にあって、ただあたしを乗せてくれたというだけでこいつを特別扱いする。
体裁を整えれば美談にもなろうが、実際はただのえこひいきだ。差別だ区別と罵られても、あたしは返す言葉を持たない。それでも、せめてあたしの近くにいる奴くらいは……そんなことにはなってほしくないと、そう願っていたのに──
《出撃前にお伝えしたでしょう。約束の件、忘れてはいません》
「だったら早く──」
《ですから、まだ『これ以上は無理』ではないんです。まだまだ余裕です》
こんなにもボロボロなクセに、未だにこの魔獣は強がるのを止めない。
「……バ、バカじゃないのあんた⁉ こんな、こんな──」
こんな悲しい嘘があってたまるか‼
叫ぼうにも、心の深いところが言葉を発するのを拒絶する。
あたしではこいつの決意を揺るがせるだけの、決意と覚悟がない。『魔女サマにならまかせても大丈夫。必ずやってくれる』と、こいつを心から安心させてあげられない。
薄情者どころの騒ぎじゃない。ただちょっと魔獣を助けただけでもてはやされ、それを真に受けて調子に乗った、ただの無力な愚か者だ。
《……あ、もうヤバイです》
「…………は?」
ベルゴーストの背中で縮こまり、ひたすら無力感に打ちひしがれていると、ひどく場違いに真の抜けた声が響いてきた。
「な、え? なんて言ったの今?」
《さすがにそろそろ『これ以上は無理』です。意識が朦朧としてきました》
「……は、はあ」
《とりあえず10000メートルを下回った辺りで降ろしますので、準備をお願いします》
「お、おう……」
散々ごね倒した割にはあっさりと白旗を揚げるベルゴースト。なんなんだこいつ? いやホントなんなんだこいつ⁉ ていうかまずあたしの涙を返せと!
「…………あ~もう!」
流れについていけず頭をかきむしる。あっちもこっちも目まぐるしすぎる!
「とにかく来い、『兵香槍攘』!」
感情的な諸々はともかく、ベルゴーストが傷だらけなのは事実なので、早々に獲物を呼びだす。漆黒の炎をたぎらせて、お馴染みの槍が左手に収まる。
そうこうしている間に、視覚共有に表示された敵本島との距離が、ついに10000メートルを下回った。……ホント、ここまで長かったな。
《では魔女サマ、武運長久をお祈り申し上げます。どうかお気を付けて!》
ベルゴーストが告げると、カチャリと乾いた音を立て、さっきまで何をしてもビクともしなかった安全帯があっけなく外れた。同時にクルリと体勢を反転し、背面飛行になる。
「ここまでありがとう、ベルゴースト! 絶対一番槍取ってやるから!」
重力に従い落下しつつ、渾身の魔力を込めて突撃を発動。
下へ向かう力が瞬く間に弱まり、前方へ突き進む力が全身を支配する。最初から全速全身! 未練がましく後ろを振り返るような愚は犯さない。ただただ前を、敵本島とそれを守る艦隊だけを眼に焼き付ける。
「いっけぇぇっ!」
爆炎を躱し、銃撃を躱し、何も成すこと叶わず散っていく魔獣を顧みず、薄汚れた戦場の空気を身に受け進む。
別れ際にかまされたベルゴーストの言葉を思い返す。出だしこそ梯子を外されトサカにもきたけど、好き勝手に喚くだけの重しを背負いながら理不尽な攻撃に耐え、傷だらけになっても文句一つ言わずにあたしを励ましてくれたあいつには、感謝しかない。
あれも最近よく見る魔獣特有の強がりだったのだろうか?
まあ、いいや。戻ってから聞けばいいだけの話だ。今はただ、目標達成に向けて突撃するのみ! それこそがあいつへの、あいつらへの手向けだ!
先陣を切る第一飛戦隊に軽々と追いつき、そのまま構うものかと追い抜く。もう序列とか知らん遅い奴が悪い!
《んな──棗⁉》「え? 棗姉ちゃん?」《ちょっ、魔女サマ待つでありま──》
聞き覚えのある声がいくつか通り過ぎた気がしたが、速度は緩めない。
どうやらあたしは向こうさんの想定をはるかに超える速度で飛空しているらしく、もはや三式弾による爆発はない。手前で起爆させるための、信管の調整が追い付かないのだろう。
ビィン! ヒュン! ビィ──ッ! キュイン!
となれば当然、対処の容易い銃撃があたしに殺到してくる。
弾丸の擦過する音が、ベルゴーストの背に乗っていた時より大きい。周辺の空気をも巻き込み、風をまとって突っ込んでくる感触が直に伝わる。これ、当たったら風穴開くどころか部位ごとふっ飛んじゃうんじゃなかろうか。
「そんな温いヘマしないけどね!」
突撃の発動に使う魔力量を適宜調節し、速度を保ったまま小刻みに進路を変え、弾丸を躱していく。
あたしを狙い迫りくる弾丸の軌道が、手に取るようにわかる。
弾が飛んでくる前、一拍にも満たないわずかな刻に、『墜とす!』という殺気が先行して向けられるのだ。あたしが射線上から軸線をずらすと、遅れて弾が飛来する。幾重にも折り重ねられた弾雨の中、ひたすらその動作を繰り返す。
引き金にかけられた指、照準器に納められた視線。例え機械から打ち出された無機物であろうと、生物の明確な意思が乗っているのなら、あたしは必ず察知して捌ける。
適当にばら撒いて当たったらいいなという段階は過ぎ去った。ここからはお互いに顔を突き合わせてのぶつかり合いだ! やるか……やられるかの!
「────っ────っ────っ」
ここにいる恐怖。戦場の無残さ。墜ちた仲間たちの安否。この世界の命運。
この場所に至るまでに交わり、突き放し、雪崩を打ってきた様々な感情が、先へ進むごとに一枚ずつ剥がれ落ちていく。その度に無駄が排除され、意識が洗練されていく。いつもの狂気のような、全身を満たす愉しさや活力でさえ、今のあたしには存在しない。
そうしているうちに、転移直後は米粒にも満たなかった艦隊たちが、視野に収まらんばかりに埋め尽くしている。そのうちの一隻、最も近い艦に当りを付ける。視覚共有に表示された識別番号は『駆十二』。
「よし」
行き掛けの駄賃だ。こいつだけは沈める!
駆逐艦を中心に螺旋起動を描き、まずは目標を観察する。甲板上で走り回る者、こちらを指差し他者へ知らせる者。機銃座へ弾薬箱を運ぶ者。『砂漠の薔薇』についた魔獣たちの姿が、至近距離にあった。
「悪いけど、今日ばかりは手加減できない……っ!」
この場にあってもなお絡みついてくる迷いを振り払い、覚悟を決める。狙うは左舷の揚力装置、ごうごうと蹴立てて高速回転しているプロペラ!
「『快刀乱魔』!」
位置取りしつつ旋回し、右手にもう一本の魔兵装を呼びだす。
「シッ!」
──キィンッ!
呼吸を整え素早く『快刀乱魔』を投擲。円盤のごとき高速回転を以い、想像通りの軌道で想像通りの位置、回転軸の根元に突き刺さった。
「そぉぉおおりゃぁぁ!」
ガギィィン!
突き立つ『快刀乱魔』めがけ、『兵香槍攘』を打ち付ける。漆黒の閃光が煌めき、二本の魔兵装が一挺の鎌へと生まれ変わる。そのまま力任せに振り抜き、回転軸を根元から抉り取る。
──キィ──キィ──キキィッ!
最初は問題ないとばかりに回転を続けていたプロペラだが、小さな異音が次第に大きくなっていき、破損個所が火花を散らし始める。たちまち白い煙が立ち上がると、甲高い金属音を断末魔にプロペラの回転がみるみる弱くなっていった。
ガクンッ!
プロペラが完全に停止した直後、駆逐十二号は不吉な音を立ててやや左に傾いた。
「こちら四ヶ郷! 鹵獲艦隊に接近! 駆逐十二号の船首左舷側揚力装置を破損させた!」
歓喜に全身が奮い立つ中、早口で全体回線に戦果を捲し立てる。
《ウオオオオォォォォゥゥ‼》
ようやくもたらされた朗報に、魔獣たちは歓喜の咆哮で応えてくれる。『郷愁作戦』開始から一方的に殴られ続けるばかりだった鬱憤を晴らさんばかりの雄叫びに、キーンと耳が痛くなるが、今ばかりはそれすらも痛快だ。
こちらが受けた損害に比べればこんなもの、精々蚊が刺した程度に過ぎない。だが間違いなく、これは大きな反撃への狼煙になる。
わずかな希望を寄り集め、丁寧に編み上げていけば、どんな苦境もはね返す巨大な流れを作りだせる。なんのことはない。あたしたちが今日までやってきたことと、まったく一緒だ。
「見たか『砂漠の薔薇』! これがあたしたち、魔女一派のお家芸だ!」
宣誓し、返す鎌で次に定めるは左舷の横っ腹、艦の端から端まで横一線に描かれた喫水線。
「おおぉぉぉぉ‼」
ガァギィィィィッ!
縫い目に沿って鋏を入れるように、再度鎌を突き立て切り進む。
しかし研ぎ澄まされた刃とはいえ、所詮は一本の闘剣。装甲を勢い任せで切断しようとする弊害として、振動と抵抗が手から腕、全身へと伝わっていく。痛い、痒い、熱い。間違ってもいい心地のしない感触が混ざり合い、入れ代わり立ち代わり主張してくる。
「ぐぅぅ──ああぁぁああぁぁっ!」
すぐにでも手を放したい衝動に抗い、渾身の力で鎌を振り抜く。
勢いを利用し、艦から距離を取り振り返ると、魚の下腹に包丁を入れた時のような見事な切り込みが、パックリと口を開けていた。
当たり前だが、映画みたいに爆発もしなければ、船体がひしゃげて千切れたりはしない。ただ切っただけじゃ、燃料にも弾薬にも引火しようがないもんな。
「やっぱ、そう簡単にはいかないか」
冷静になってみると、たかだか魔女一人がいきり立ってみたところで、鉄でできた船が易々と沈むわけもない。一番小さな駆逐艦でさえ、全長は約100メートル、最大幅は10メートル近くもあるのだ。装甲だって決して薄くはない。焼け石に水もいいところだ。
ともあれ足を鈍らせ破孔を拡げと、楔は十分打ち込めた。ここは後続の雷撃隊があそこめがけて魚雷でも放り込んでくれたら御の字と割り切り、先へ進むべきだろう。
「お願い、絶対に沈めて」
誰に宛てたでもない囁きを残し、突撃を再発動させて進撃を再開する。
完全に敵本島と艦隊の間に入り、後方から攻撃もまばら。ここまで来てしまえば、あたしの行く道を遮るものは何もない!
視界に移るのは、もはや敵本島のみ。視覚共有に示された距離は1200。まさしく眼と鼻の先。ここまで来れば初めは緑の塊だった島上部でさえ、木々の一本一本まで確認できる。そう認識している間にも、数値はどんどん小さくなっていく。
500──300──150──50──
ズゥゥウウゥゥンッ!
木がそこまで生い茂っていない開けた場所を瞬時に見極め、そこへ突撃の速度を維持したまま突っ込む。濛々と土煙を上げ、大地に立つ。
「はあ……はあ、やっと着いた……っ!」
戻ってきたぞ。一回目とは比べるのもバカらしくなるほど苦労したけど、とにかく戻ってきてやったぞコンチクショウ!
「どうだベルゴースト……決めたやったぞ、一番槍‼」
未だ爆炎に汚れた大空に向かい、まだ無事であろう大鷲に向けて、あたしは高らかと叫んでみせた。
†
《魔女サマ、単騎ニテ敵本島ヘ突入! 魔女サマ一番槍! 繰リ返ス、魔女サマ一番槍!》
《ウオオオオォォォォゥゥ‼》
念話と自身の耳、両方から魔獣たちが溜めに溜めこんだ歓喜の爆発が届けられる。
さっきまでお通夜かってくらいに意気消沈し、総崩れも時間の問題かと焦りかけたが、ナツが駆逐艦を小破させたとの報告で持ち直し、続いての一番槍宣言で一気に持ち返した。
《アア……魔女サマ。ヤッテクレタヨ本当ニ!》《私タチモ魔女サマニ続クヨ!》《魔女サマ~ッ! アリガト~ッ!》
生き残っている第三飛戦隊の面々も例外ではなく、どいつもこいつも『魔女サマ』を叫び、士気も熱気もうなぎ上りだ。
《敵迎撃部隊出撃! 飛戦隊各騎、戦闘準備!》
共通回線より届けられた知らせにより、緩みかけた雰囲気が一気に引き締まる。
敵本島に眼をこらしてみると、ゴマ粒のようなものが多数、こちらへ迫ってくる。もしかせずとも、あれが敵本島で待機していた飛戦隊だろう。
《某らの仕事はここからでありますぞ! 総員、武運長久を祈るであります!》
続き共通回線からザイツィンガーの檄が飛ぶ。……そうか、こいつらにとってはまだ始まってすらいなかったのか。出社するのも命がけって、イヤな職場だな。
まずは先頭を飛空する第一飛戦隊が会敵し、糸が絡み合うように両陣営が入り乱れる。
激しく高速で描かれる空戦起動。瞬きしている間にさえ立ち位置が入れ替わり、敵か味方か判断する暇さえない。同士討ちを防ぐため、定められた魔力波長が視覚共有に色分けして表示されてはいるものの、認識できた頃には軌道が変わっている。
そうして流星と大差なく飛び交う粒たちを眼で追っている間に、魔力弾で打ち抜かれ、あるいは爪や牙によって切り裂かれ、一体また一体と敗れた者たちが海へ墜ちていく。
続いてナツのいた第二飛戦隊が参戦する。幸いなことに、こちらは比較的眼で追える。
背に騎乗している者は背後を取られながらも魔力弾で牽制し、二体一組の特性を存分に活かしている。中には敵も味方も関係なく飛空魔獣の間を跳び移り、騎乗兵を蹴り落としてはまた次へ跳び移りと、曲芸じみた技を披露する者までいる。
乱戦に移行し、散々私たちをいたぶった砲撃は鳴りを潜め、機銃による援護射撃に徹している。統率的な射撃はもはやなく、ただ眼に付いた敵を追い払わんと、ハリネズミのごとく全方位に鉛弾を撒き散らしている。そんな銃撃をものともせず、血の気が多い奴らが率先して各艦へ乗り込んでいく。どうやら空だけではなく、甲板上でも戦闘は繰り広げられるようだ。その勇士はさながら、大航空時代の空賊を思わせる気迫だ。
空・島・艦・海・時空の狭間。
それぞれの戦場で、それぞれが自身の持ち味を存分に振るい、戦っている。
「これが、戦争か」
「大迫力ね。映画の中みたい」
場の雰囲気に圧倒されていたところに、やたらと平常運転な呟きが耳に入ってくる。
「……余裕じゃないか、青さん」
「私も驚いてるわよ? 頭が追い付いてないのね、きっと」
この期に及んでたくましすぎる青さんの物言いに、思考停止しかけた意識へ喝が入る。改めて気持ちを切り替え、状況を確認していく。
戦況は一進一退。一時の油断や不注意が、積み上げたすべてを崩壊させかねず、綻びがあれば有利にもなり不利にもなる。心臓に悪いことこの上ない状況と相成っている。
「問題は時間よね」
「ああ。のんびりやってると攻撃隊が詰まる」
爆弾にせよ魚雷にせよ、それらを抱いて鈍重になった攻撃隊を軽装の戦空騎が飛び交う戦場に突っ込ませるのは無謀の極み。攻撃を強行するにしても、空域をある程度制してからじゃないと犬死だ。せっかくここまで生き残ってくれたからには、辿り着けなかった奴の分まで、なんとしても任務を遂行してもらいたい。
「詩乃、あれ──」
青さんの指差す先にあるは、ついさっきナツが突撃して小破させた駆逐十二号。左舷の揚力装置が停止し、船体がやや傾斜している。おまけに側面は鎌で切り裂いたらしい破孔がパックリと口を開けている。
「私たちなら、沈められるわよね?」
などと言い、青さんは好戦的な瞳を寄こしてくる。この人も中々どうして、どっかの誰かさんに感化されてしまいつつあるようだ。もっとも、私もとやかく言えた口ではないのだが。
例え魔獣といえども、戦空騎だけで軍艦を──ナツ曰く、駆逐艦は軍艦ではないらしいが、んな細かい話は知らん──沈めるのは難しい。だが私たちであれば、不可能ではないはずだ。ここは無茶してでもド派手な花火を打ち上げ、機先を制しておきたい。
「ナツの手垢付きってのがどうにも気に食わないが……いっちょやるか!」
「ええ、きっといい景気付けになるわ」
「ダーリ、駆逐十二号に接近しろ! 私と青さんで跳び移って制圧する!」
《了解でさぁ! 聞いたなテメェらぁ! 詩乃サマたちの露払いだ! 腹括りやがれぇ!》
《オオゥゥイイッ!》《上ガッテキタァ上ガッテキタァ》《イャッハァーッ!》
ダーリの焚き付けを皮切りに、次々発せられる胴間声。ここまで弾けていると、軍隊というよりむしろ暴走族や紅蓮隊に近い荒くれ感を想起させる。
迫り来る敵飛戦隊と艦隊から押し寄せる銃撃の嵐を、第三飛戦隊の兵どもはこれまで同様恐れ知らずに突き進む。
「ものは相談だがダーリ、身体をしならせて私を弾き飛ばせないか?」
《んなもんお安い御用ですぜ! 照準は駆逐十二号でよろしいんで?》
「ああ。あいさつ代わりに突っ込む。青さんもあとから続いてくれ!」
「わかったわ。いってらっしゃい」
《よっしゃあ詩乃サマ! 武運長久を! 存分に暴れてくだせぇ!》
言うが早いか、ダーリの細長い胴体がパチンコのゴムように湾曲する。
「おいちょ待──ぬうおぁ⁉」
秒読みくらいしてくれるのかと思いきや、なんの予告もなく弾き出される。闘争に汚された二色の青が、不愉快極まりない浮遊感を添えてグルングルン入れ替わる。
「うっ……『君が為、尽くす心は、水の泡、消えにし後は、澄み渡る空』──迅‼」
パチンコ玉気分を味わいつつ風呪文を唱え、足元に陽炎を生み出して姿勢を制御。慣性が重力に押し負ける直前に魔力を操作し、ついに何者の力も借りずに戦場へ飛翔する。
飛んでいるといっても、早い話がとてつもなく強い風に乗っているだけなので、ナツの突撃みたいに目立ったりはしない。魔獣に比べて体積も小さいし、パッと見はゴミと変わらない。
「──いよっと」
《ヘ? ……ア、詩乃サ──》
「迅!」
シャ──ッ!
対空砲火と撃墜された魔獣たちを隠れ蓑にして、難なく駆逐十二号の甲板に降り立つ。ちょうどよく眼の前にいた猿の魔獣に躊躇なく真空の刃、斬撃を放ち、胴から上を切り飛ばす。
《エ……エ?》
状況が理解できぬまま、猿の魔獣は斬撃の強風に流され、そのまま海へ落下。残された下半身は血だまりの中、糸が切れたようにグシャリとその場にくずおれる。
「…………」
何も感じないと答えれば嘘になるが、さしたる最悪感はない。精々、後ろ髪が少しばかり引かれる程度。だとしても駆け出しの頃に比べればとんでもない変化だ。あの頃は小さい魔獣は小銭、デカい奴は札と、本気で思っていたのだから。
実際に数えたわけじゃないが、私がこれまで討伐した魔獣の数と、ナツと組んでから助けた魔獣の数では、まだまだ前者の方が多い。ナツや、あのアマミヤって奴にしてみれば、私たち魔法少女は地獄に堕ちてなお生温い大量殺人鬼なのだ。
そんな輩が一度は悔い改めるも、よくわからない世界の命運とやらのために、再び魔獣を手にかけている。徹頭徹尾救いのない外道だよ、私は。
「気張りなさい、『艱難真紅』!」
そしてもう一人、同じ穴の狢たる魔法少女が戦場に降り立つ。間断ない動作で腰を低く落とし、右手を横に振り払う。
大量の弾倉を抱えて駆けていたゴリラの魔獣。その運び先であろう機銃座と、そこに座っているオランウータンの魔獣。さらに後ろで旋回中である主砲の砲身。
……ゴォォン、ゴガンッ!
連装砲の砲身が二本、野太い音を立てて甲板へ落下し、ゴロゴロ転がっていく。
存在・材質・硬さ、すべてがてんでバラバラの物体が、青さんを起点として例外なく斜めに両断される。私の放つ斬撃とは比べ物にならないほど静かに、鮮やかに、残酷に。
「ふふ……いけそうね」
自らが引き起こした惨状を前に、満足そうな笑みを湛える青さん。
青さんの両手すべての指にはめられた指輪。そこから滴り落ちるのは、今しがた討ち取った魔獣のものではなく、青さん自身から流れでた血だ。
「相変わらずエグい魔兵装だな」
久方ぶりに眼にする青さんの戦闘態勢を前に、呆れ半分な呟きが漏れる。
魔兵装『艱難深紅』。自らの血を魔力で操り、糸のように扱い対象を切断する力。青さんはあの技を血閃と呼び、その絶技は『太陽ルチル』内でも恐れられていた。
《大室青江サマトオ見受ケ! ソノ御首、頂戴シマ──》
掛け声もそこそこに飛びかかろうとしたトカゲの魔獣が、ピタリと動きを止める。極限まで細められた一条の血閃が、魔獣の心臓を貫いたのだ。
《ア……アッ》
「ごめんなさいね」
ブシャアァァッ!
完全には事切れていなかったトカゲの魔獣は、果実でも握りつぶされたような破砕音を伴って四散する。しかし甲板を染めるはずの鮮血は意志があるかのように空中に留まり、青さんの周囲を守るように展開した。
魔法少女とて元は人間。体内から血液が大量に失われれば死にはせずとも一時的に意識を失ってしまう。その隙に討伐されてはお粗末もいいところだ。
生物であるが故に、放出できる血液量に限界があるという『艱難深紅』の致命的な弱点を、青さんは倒した魔獣の血液を支配下に置くことで嵩を増し、補っている。しかもあの能力、自身の血はあとで体内に戻せるというのだから至れり尽くせりだ。
「せい!」
掛け声勇ましく、今度は左手を無造作に払い、目測で20メートルは離れている上部艦橋をすだれ切りにしてみせる。切断線から中にいたと思しき魔獣たちの鮮血が遅れて飛び散る。そして『艱難真紅』は、さらにその血をすら吸収し、必殺の間合いを拡大していく。
《ヒ、ヒィ!》《タ、助ケ──》
辛うじて血閃の難を逃れた魔獣たちが、次々と退避していく。奥の方では手摺を跨ぎ、海へ身を投げる者も窺える。まあ、人間みたいに簡単には死なないだろうし、賢い選択だわな。
「あらあら。もっと気骨のある子はいないのかしら?」
「……うっぷ」
鮮血色の着物姿で本物の鮮血をまとう青さんを尻眼に、思わず生唾を飲む。残忍なことなら私も散々やってきた口だというのに、上には上がいる。
私の知る限り、青さんの『艱難真紅』は近接戦闘系魔兵装の中でも最強を誇る。
もしも第一次『太陽ルチル』壊滅の時、青さんがあの場にいたら、ナツは討伐こそされずとも身も心もズタボロにされ、今ほど精力的に魔の付く業界に関わってはいなかっただろう。
私もそんな光景をまざまざと見せつけられたら、咄嗟に裏切りを断念していてもおかしくはない。考えれば考えるほどぞっとしない結末だ。
あとから聞いた話では、あの誘い込みに青さんが参加していなかったのは、『お前が強過ぎて他の面子が育たない』と、アカリに釘を刺されていたかららしい。
こんなこと口が裂けても言えはしないが、あの局面でアカリが魔女であるナツを侮ってくれたのは、まさに僥倖という他ない。
「さあ、甲板は私がやるから、詩乃は下をお願い」
「あ、ああ……了解だ」
青さん流の大暴れにあれこれ思い出していると、ご本人様より急かされてしまった。相づちを打って陽炎をまとい、駆逐十二号の下腹へ回り込む。
「『何事も、移ればかわる世の中を、夢なりけりと、思ひざりけり』」
炎呪文を唱えると同時に風呪文が解除され、足元の陽炎が霧散する。残った慣性を利用し破孔へ組み付く。砲塔の真下には弾薬庫から砲弾を届ける楊弾機があるはずとナツに言い含められていたので、大人しくその知恵に習う。
「滅‼」
破孔へ『森羅万唱』を突っ込み、ありったけ火炎を流し込む。数秒ののち、パァン! という破裂音と、ゴオオォォ! という噴射音が聞こえ始め、火炎が何がしかに引火したのを確認し、手を放す。
《詩乃サマ!》
「応よ」
直下で待機していたダーリに飛び移り、青さんもそそくさと合流してくる。第三飛戦隊全騎で一目散に距離を取る。
──ドォガァァアアァァン‼
狙いすましたかのように、駆逐十二号は船首部分から大爆発した。上部砲塔と下部砲塔が、雑草でも引っこ抜くかのように軽々と吹き飛ぶ。船体はくの字にひしゃげ、大小幾千の破片がばらまかれる。天空石の効力がまだあるのか、落下する速度は遅い。断面からは溶解した金属が火山のごとく噴き出し、海面でなんとしても生き延びようと足掻いている魔獣たちへ灼熱の雨となって降り注ぐ。
「うお⁉」
圧縮された風圧と熱波が追い付いてくる。咽かえりそうになり、咄嗟に鼻と口を塞ぐ。迂闊に吸い込んだら肺が焼けてしまう。
「こちら第三飛戦隊、赤岩と大室! 駆逐十二号に攻撃! 大破轟沈だ!」
《ウオオオオォォォォゥゥ‼》
ナツの一番槍に勝るとも劣らない熱狂が、私たちの耳をつんざく。戦局はまだこちらが劣勢だが、士気に関しては追い上げを見せ始めている。
「そうだ……今度はこっちが攻め立てる番だ!」
嫌が応のない興奮と達成感が、身体中を駆けずり回る。内に溜まった激情を持て余す感覚がもどかしい。ナツはこんなものに普段から心身を預けて戦っているのか。
「やったわね、詩乃! じゃあ、このまま戦艦一号もやっちゃいましょう!」
「……どした青さん? 今日はやけに攻めるな」
「だってせっかくなら大物沈めたいじゃない? あれが一番偉いんでしょ?」
「ま、まあ……そうなんだけど」
常に冷静沈着を崩さなかった青さんのイケイケぶりに、逆に頭が冷えてくる。これが戦争は人を変えるというやつか。この場合はむしろ、暴くと言った方が適当かもしれないが。
前のめりな姿勢はこの際置いといて、青さんの提案はわかる。あの日会議で提示された目標は、重・軽巡洋艦いずれかを二・三隻。駆逐艦を三・四隻という話だったからだ。
『へ? 戦艦はやんないの?』
となれば当然、と言うべきなのかは不明だが、案の定ナツが食い付いてきた。
ザイツィンガーが説明するには、大きさ・艤装ともに最大である戦艦には、まず間違いなく最前線司令部が置かれ、防御も容易く破れるものではない。
奪えれば他の艦隊や敵本島の地上構造物を叩きやすくはなるものの、こちらが支払う危険度に対して得られる旨味が、あまりにも釣り合っていないのが現実だ。
なのでここはいっそ撃沈させてしまい、『砂漠の薔薇』全員の精神的支柱を手折り、士気を下げる効果が優先しようという結論に達したのだった。
合戦においても、戦意に満ち満ちた敵を生け捕りにするのは、討ち取るよりもはるかに膨大な時間と危険を伴う。欲をかいた挙句、こちらの犠牲が増えてしまっては元も子もない。艦隊戦はからっきしだが、ザイツィンガーの説明は理解できた。
「つーわけだ、ダーリ。危険なのは百も承知なんだが、戦艦一号に向かってくれるか?」
《は? もう向かってますぜ?》
「お前も大概だな!」
《だって詩乃サマもそのつもりでしょ? 呑気に指示待ってる時間なんてないんですぜ》
正論を前に言い返す気が失せる。ここで言い合ってもそれこそ時間の無駄だ。
思考している間にも、他の飛戦隊が空戦入り乱れる中をすり抜け、ただでさえ巨大な艦影がさらに大きくなっていく。
「いよいよか……よし」
鹵獲艦隊の総本山に突っ込むとあって、嫌が応にも緊張が高まる。
戦艦一号。割り当てられた数字的からもわかるように、一番巨大な船。図体がデカければ、それに見合うだけの装備を大量に搭載できる。さすがに距離的な問題で主砲はもう撃ってこないだろうが、これだけ近ければ銃撃だって相当──
「……撃ってこない、だと」
私の想定は大きく裏切られた。あれだけ絶え間なく撃ちまくっていた主砲は砲身から煙をだして沈黙し、高角砲や機銃も銃口を空に向けて微動だにしない。
「もぬけの殻ね」
「ああ。いったいどうなってる」
細部まで視認できる距離まで接近してみると、魔獣の姿はどこにも見受けられない。甲板・艦橋・機銃座すべて。私たちを散々苦しめた戦艦一号は、もはやただそこに浮かんでいるだけの鉄の小島と成り果てていた。まさか、怖気づいて逃げ出したのか?
「そんなわけあるか」
自身の推測を即座に否定。こちら側の魔獣がそうであるように、敵側の魔獣だって誇り高き兵。少々戦局を巻き返されただけで腰を抜かす臆病者など、一体たりともいるはずがない。
「となると、私たちを誘ってるのかしらねぇ?」
「ど……どうなんだろうな」
不謹慎極まりないのはわかっているのだが、この人が言うとどうにも別の意味に聞こえてしまう。こんな時に何を考えてるんだろうな私は。
「仕掛けてこないならこっちからやらせてもらう。まず私たちが内部に潜入する。お前たちは周囲を警戒! 何かあったら揚力装置を破壊して足を止めろ!」
《《《応!》》》
声を張り上げると、統率の取れた気持ちのいい返しが周囲から届けられる。罠の可能性は捨てきれないものの、相手が留守なら好都合。何もなければ鹵獲し、何かあれば沈めるだけだ。
《それでは詩乃サマ、青江サマ! 武運長久を祈りますぜ!》
全身をしならせて、ダーリが私たちを弾き飛ばす。さすがにもう慣れた。
「──っとと」
「ふ、よし!」
二人ともども、難なく駆逐十二号と同じく艦首に着地。背中合わせになり警戒に努める。
やはり魔獣はどこにもいない。隠れているとか気配を消しているとかではなく、本当にいない。喧騒渦巻く戦場のただ中にあって、ここは不気味なまでに音がない。
「……──」
駆逐艦とは比べ物にならないほどに巨大で、大口径の主砲が眼の前にある。こいつから撃ちだされた砲弾が、魔女一派に属する魔獣の約六割を撃ち落とした。ある者は肉片に、ある者は抱いた爆弾ごと欠片すら残さず吹き飛ばされた。
兵器なら戦国史にもちょくちょく出てくる。だがこれは、規模も精度も桁違いだ。
一度に一人でも多く、より確実に。私は今、この『人を殺す』という目的のために、あらゆる効率を探求した究極の回答に、骨の髄まで圧倒されていた。
「詩乃、集中して」
「わ、悪い」
静かに鋭い青さんの囁きが、逸れかけていた意識を引き戻してくれる。
「おうおうおう! 待ってたぜ、腐れ外道どもが!」
静寂を破る声の方向に視線を上げる。学校の校舎ほどの高さ誇る艦橋の天辺に仁王立ちし、私たちを睥睨する魔法少女が一人。
「朝陽ソイニネン」
「ったく。派手にやってくれたじゃねーか。あとで大将になんて言われるか」
茶色がかったウェーブの髪に、意地悪そうに歪んだ口元。漆黒の軍装に砂色の外套をひるがえし、ソイニネンは説明会の時と変わらない尊大な態度で出迎える。前に来た時はしていなかった葡萄酒色の襷をかけ、いかにもやる気満々な様相を呈している。
「援軍はぜってー来ねーって踏んでたのによ。つか、何匹死んだよそっち? 普通あんな瀬戸際まで引き付けるか? 魔獣ってホント、何考えてんだかわかんねー」
悔しさを滲ませ、頭を掻きながらソイニネンはボヤく。引き付けるも何も、私たちにすら聞かされてなかったからな。そら外野が騙されないわけないわな。
「ここは私が引き受ける。青さんと第三飛戦隊は他の艦を」
「いいの? 二人で挟めばいけるんじゃ?」
「やり過ごされたらこっちが先に干上がる。それだけはダメだ」
ナツが敵本島に殴り込んだ以上、今空で動けるのは私と青さんだけだ。無論、ナギと会長があれで終わるとは思っちゃいない。だとしても移動の脚をやられた以上、戦線に復帰するのはしばらくかかる。この局面で、私たちが両方とも足止めされるわけにはいかない。
「だから、行ってくれ」
「……わかったわ。武運長久を祈るわね、詩乃」
「青さんも、武運長久を祈る」
そうと決まれば迷うまいと、青さんは踵を返して再度ダーリへ飛び乗り、他の艦目指して去っていく。以外にも、ソイニネンは青さんを腕ずくで止めようとはせず、直立不動のままその姿を見送った。
「青さんを追わなくてよかったのか?」
「二対一は分が悪い。私が島のスパイをしゃしゃらせた時点で作戦は破綻してんだ。ここはお前一人止められれば御の字だろ。今更欲張ったところでうまくもないしな」
直情的な言動や見てくれに反して、ソイニネンの考えは堅実そのものだ。無謀や奇策で挽回しようとはせず、自身の能力と役割を心得た上で判断を下している。感情で動いている部分も少なからずはあるのだろうが、決して流されてはいない。こういう外連味のない手合いには、負けないようにするのも勝とうとするのも骨が折れる。
「──ってのはまあ、建前なんだけどよ」
「ほう? なら、本音の方もご高説願いたいな」
「私にもわかんねーんだがよ、お前はなんか気に入らねー。だからお前からぶっ潰す!」
「お、おう……」
一周回って好意すら抱きそうになる正直さで、ソイニネンは私を否定しにかかる。まあ、あいつ.が抱く謎の感情には、私も心当たりがあるんだけどな。
私とソイニネンの組織における役回りは、おそらく大きな違いはない。良くも悪くも代表者に振り回され続け、誰よりも貧乏くじを引かされているわりにそれが認知されず、稀に労いの言葉をかけられたりはしても本当にその程度。毎度毎度『いい加減にしろ!』と憤るも本気にされず、なんだかんだこちらが折れてしまうという歪んだ様式美。
そういったある種の近親憎悪的な性分を感じ取り、あいつは鼻についているのだろう。理不尽な言いがかりではあるものの、私からしたら同情を禁じ得ない。これが被害者の会か?
「『砂漠の薔薇』艦隊総指揮! 朝陽ソイニネン! 魔兵装は『信傷必罰』!」
妙な同類意識が一方的に芽生える中、ソイニネンは艦橋から飛び降り、戦活劇もかくやという名乗りを上げ、己の魔兵装を掲げてみせる。
「十文字槍か」
穂先から三叉に枝分かれした剣先が眼を引く、豪壮な槍。戦国史においても、名立たる武将たちがそれを手に戦場を駆け、数多の兵を討ち取りし業物だ。美術的価値も高く、現代でも数多くが現存し、博物館や歴史館に保存されている。早い話がめっちゃカッコいい獲物だ。
「さあ、テメェも抜けよ。安心しろ、この船には私たちしかいねー。存分にやりあえるぜ」
どうやら向こうさんはサシの一騎打ちをご所望の様子。本人は自覚していないようだが、言動が実に魔獣臭い。
「魔女一派! 赤岩詩乃! 魔兵装は『森羅万唱』だ!」
「知ってるさ、裏切者」
せっかく気前よく応じてやったというのに、ソイニネンは冷めた返しで出鼻を挫く。私もナツに負けず劣らず、すっかりその筋の有名人だな。
「にしても『信傷必罰』? ずいぶんとご大層な銘だな」
「お前の『森羅万唱』には負けるぜ」
「ふ、確かにな」
軽口を交わしながら口角を吊り上げ、錫杖をシャンと鳴らし、構える。
立場はてんで逆だが、似たり寄ったりな境遇同士、語り合いたい気持ちもある。しかし、今交わさねばならないのは言葉ではなく、魔兵装を介して交差する絶技のみ。
「征くぞ、裏切者!」
「来いよ、反逆者!」
互いに大差ない罵りとともに獲物を突き合わす。ザイツィンガーの言を借りるなら、ここからがいよいよ私の仕事だ。
†
「うっわー、派手にやってるねー」
敵本島の方角、まるで打ち上がったまま消えない花火みたいに光り輝く駆逐十二号を、両手を緩めることなく眺める。たくさんの魔獣を撃ち落としただろうあの船は、今はたくさんの魔獣を抱えて墜ち行く鉄火の塊と化している。
「みんなすごいなー」
あの光景は、棗が駆逐十二号に突っ込んで弱らせてから、詩乃ちゃんと青さんが止めを刺したものだと、共通回線からの報告で聞いた。
絶対にやってやると根拠なく誓い、なんやかんやで本当に成し遂げてしまう人たち。ああいうのは鍛えようと思って鍛えられるものじゃない。生まれ持った才覚を見つけだし、おごることなく育み続けた、『持っている』人の成せる技。
「比べてわたしは……」
さっきまでは対空砲の破片がパラパラ落ちてきてたけど、それも止んでだいぶ経つ。気が付けば主戦場は遥か彼方。すっかり置いていかれてしまっていた。
対空砲に当たるかどうかは結局のところ運次第らしいけど、大一番で運も味方に付けられないとか、いろいろと差を見せつけられたみたいで肩身が狭い。
「はあ。……ヨウちゃん、具合どう?」
《……これ以上ないほどに最悪ですが、生きてはいます。……とりあえず》
「ははっ、だよねー」
なんたって首を吹き飛ばされてるんだから。
第五飛戦隊隊長、ヨウ・ヨウ。
ザイツィンガーを少し小柄にして、首が二股に別れた双頭の翼竜。
顔合わせの時はその見た目に思わず面食らってしまったけど、いざ話してみると双方の頭それぞれに意志がある以外はまったく普通で、初対面がぶっつけ本番じゃなくて本当によかったと胸をなで下ろした。
戦いに赴くからには楽しいなんて一つもないだろうけど、この子たちの背中に乗るのは『幸先がいい』と感じていた。──わたしが勝手にそう感じていただけで。
砲火の激しい中、運悪く砲撃が直撃し、右側のヨウちゃんが吹き飛んでしまった。どうやら飛空する役目はそっちが担当していたらしく、一時的に制御を失ってしまった。おかげで別の魔獣に乗り移る暇もなく、どうにか海面に不時着して現在に至る。
着水してすぐに『有刺鉄閃』の闘片をすべて外し、剥き出しになった鎖で吹き飛んだ方のヨウちゃんの首を絞めて止血はしたけど、受けた傷は数多く、止まる気配のない出血が辺りを赤く染めている。肉体は海水に冷やされどんどん冷たくなり、眼に見える速さで衰弱していた。
《唯音サマ、ワタシに構わず、お征き下さい》
「でも……そしたらヨウちゃんが。せめて衛生騎が来てから──」
《悠長にしている暇はありません。この瞬間、何を置いても価値があるのは時間。ワタシなど捨て置き、唯音サマは一刻も早く戦線に復帰を》
「……でも」
ヨウちゃんは正しい。この戦いの行方は、魔女と魔法少女がいつどこにいるかが鍵だってケンちゃんも言ってた。魔女の一人として、わたしにしかできない役割がある以上、いつまでもここにいるべきじゃない。……だけどここで『有刺鉄閃』を緩めてしまえば、なんとか止まっている血が再び噴き出し、間違いなくヨウちゃんは死んでしまう。
《お願いです。隣にいたワタシと、散っていった同胞たちのためにも、どうか》
「…………」
意志を託されてしまった。よりによってわたしなんかに。
「……わかったよ」
ゆっくりと、鎖を締めていた手を緩める。噴き出しこそせずとも、勢いのある出血が水に墨汁を垂らすように拡がっていく。
「ヨウちゃん、ゴメンね……ありがとう」
《武運長久を……唯音サマ──》
「ヨウちゃん?」
《────》
返事はない。どうやら、ホントのホントにギリギリだったようだ。一方的に見せ場もなく退場してしまったヨウちゃんだけど、最後の数秒間でも希望を示してあげられたことが、せめてもの救いだと信じたい。
「──いくよ『有刺鉄閃』! 『同盟』起動!」
海水でサッと血を洗い流し、辺りに散らばっていた闘片を呼び起こす。
そうだ。わたしだって『持っている』。他の誰かが欲しいと願い努力しても、まず確実に得られないであろう天性の力を。魔の付く世界でしか活かせないのが玉に瑕だけど。
「みんなもうちょっとだけ待ってて、今行くから!」
闘片の座標を固定し、踏み台代わりにして跳躍。行き先にも先行して闘片を配置して、再び跳ぶ。これを繰り返せば、魔獣に乗らなくても前に進めるし、空でだって戦える。
《オオ、唯音サマ!》《ゴ無事デシタカ》
「ごめんね急ぐから!」
短く謝り、味方が制空権を得るまで待機している攻撃隊も追い抜く。海面からでは高度の差もあったからなのか、いざ空に上がると戦場は思いの外近かった。
現状は前半に撃ちまくっていた下の艦隊と、追い打ちをかけるべく合流した上の艦隊が挟み込むように飛空し、先行した魔獣たちを迎え撃っている。
外側に展開する駆逐艦のいくつかにはこちらの魔獣が我先へと乗り込み、甲板で熾烈な白兵戦を繰り広げている。
飛戦隊同士の飛空戦も、墜とし墜とされ、追い追われ、攻守が瞬く間に入れ替わり立ち替わる。視覚共有で敵味方が識別されていなかったら、間違いなく混乱してしまう。
《オイ、アレ!》《唯音サマヲ確認……迎撃スル!》
敵の数体かがわたしに気付き、向かってくる。編隊の合間から、艦隊の銃撃も続く。
「いよいよだね!」
先んじて迫る銃撃は、わたしを直接狙うのではなく、進路を遮るように撃ち込まれる。
「だったら!」
行き先の闘片を複数配置して進路を偽装。三次元的な軌道を織り交ぜ、放たれる銃撃や魔力弾を躱す。避けにこだわると速度が落ちてしまう場合は、闘片を盾にしてやり過ごす。
「『同盟』!」
敵飛戦隊とのすれ違う刹那、闘片に攻撃を命じ、可能な限り急所を斬りつける。
《グオ⁉》《何⁉》《速イ……ッ》
闘片の攻撃を受けた魔獣たちは、何が起きたのかわからず驚愕している。しかしそこは歴戦の猛者。素早く姿勢を反転すると、わたしの後ろをぴったりくっ付いてきた。
「邪魔だよ」
キィンッ! キュイン!
《……ソンナ》《まじ、カヨゥ》《オ見事……》
闘片に角度をつけて跳弾を誘い、なおも追いかけてくる敵飛戦隊に浴びせかける。
「ふ──っ!」
宙返りついでに後ろを確認すると、翼をもがれ、あるいは首を射抜かれた魔獣たちが、背の騎乗兵もろともきりもみしながら海へ吸い込まれていた。
「いよっし。狙い通り!」
そのあとも迫る魔獣を、薙ぎ払い、撃ち墜とし、やり過ごしとてんやわんやしていき、どんどんと敵艦隊の懐へ入り込んでいく。
「あれって──」
ようやく駆逐艦を抜けた先、一回りほど大きな船に行き当たる。表示されている名前は軽巡五号。会議の時、二・三隻は奪いたいと言っていた種類。
「よし」
あれをもらおう。と、わたしの中でカチリと覚悟が決まる。
《オ下ガリ下サイ、唯音サマ》《コレヨリ先、行カセルワケニハ参リマセン!》《押シ通ルナラバ、我ラガオ相手イタシマス!》
軽巡五号を守っている。鳥系の魔獣が三騎、あいさつもそこそこに突貫してくる。
「えい!」
《グギャ⁉》
その内の一騎に『有刺鉄閃』の先端を魔獣に打ち込み、自身を振り子のようにしならせる。とにかく考えつく限りのやり方で進撃あるのみ。
《ンナ⁉ オ待チヲ、コレ以上抜カセルワケニ──ングヌゥ⁉》
後方より追い抜いた魔獣の呻き声。遅れてやってきた闘片群に全身を切り裂かれたのだ。
背後を取ったつもりでも、わたしの『有刺鉄閃』は『同盟』によってあらゆる場所に闘片を飛ばしてある。わたしが意識している限り、視覚はないに等しい。
最初の魔獣を墜としてからこっち、一切の迷いや躊躇はない。
これまでは助ける存在だった魔獣を相手にするのはどうなんだろうとなんとなく不安だったけど、始まってみるとまったく問題ない。そもそもわたしを墜とそうと向かってくるような相手に、わざわざ手心を加える余裕なんてないし義理もない。
ケンちゃんや直参衆に、第五飛戦隊のみんな。
思い描く未来の違いから対立しているとはいえ、同じ種族相手にこんなにもさっぱり割り切れてしまうなんて、わたしはなんと薄情な人間なのだろう。
「でも、これでいい」
わたしがわたしらしくあることで、棗の荷物を背負えるのなら、薄情だろうと極悪人だろうとかまわない。むしろ望むところだ。
棗のためなら、わたしは迷わず魔獣を狩れる。例えそれが、あの子の守ろうとしている存在だったとしても。どれだけ魔獣の命を積まれても、棗の命には代えられないから。
ヨウちゃんが死んじゃっても、わたしは悲しくもなんともなかった。墜ちていく第五飛戦隊のみんなを見ていても、あったのは偏に『かわいそう』という同情程度の気持ちだけだった。
だからこそ、魔獣のために涙を流せる棗は、本当にすごい。他者の立場に立って考え、迷いながらも手を差し伸べて、想いを共有できる。わたしはとてもあそこまでできない。
「ていうか、みんないろいろ重いんだよねー」
正直な話、魔獣をこんな風にしか見れないわたしに、あれこれ託されても困るんだよ。何より質が悪いのは、どの魔獣も絶対わたしがこういう考え方だってわかってるところだよ。
「よっと。ふう……到着!」
口に出してしまうと言霊に引っかかってしまうので、脳内だけで愚痴を零す。などとやっているうちに、なんとか目的地に辿り着けた。
『こちら中田唯音、軽巡五号に取り付いたよ! 五分で静かにさせるから、工作隊の準備お願いね!』
工作隊というのがどんな部隊かは知らないけど、敵艦に着いたらとにかく呼べと言われていたので、とりあえず呼んでおく。
《ヒ、怯ムナ!》《魔女サマトテ一人。囲メ囲メェェ》《理想ノタメニィィ!》
必死に己の言葉で己を鼓舞し、声を裏返した魔獣たちが、一斉に飛びかかってくる。
「『同盟』」
キイイイイィィィィ!
高速で回転した闘片群が、突っ込んでくる魔獣たちを容赦なく切り刻む。関節を集中的に狙ったので、受け身も取れぬままその場で折り重なる。微妙に色の異なる鮮血が、絵の具のように混ざり合い、おどろおどろしい水溜りができあがる。
《アレガ……唯音サマノ同盟機工》《アンナノ、勝テッコナイ!》《話ニハ聞イテイタガ……ココマデトハ》
戦々恐々。今しがた生まれた小さな地獄絵図に、他の魔獣たちは身を強張らせる。
「死にたい子からかかってきなさい。わたしは、棗みたいに甘くないから!」
ここへ立つまでに証明されてしまった事実を反芻しながら、わたしは向こうの返事を待つことなく闘片に攻撃を命じる。
†
「やっていますね、中田会長。さすがです」
自分の頭上を軽やかに通り過ぎていった年上の後輩魔女に、陰ながら賛辞を贈る。
「……負けてはいられませんね」
その姿を見て、対抗心に火がつく自分に驚きつつ、足を止めるずに進み続ける。
足が海面に付いた瞬間、『村雨』から反発された魔力を下半身に回し、足回りの海水を氷結させる。同時に位置情報も固定し、踏ん張りに耐え得る氷塊を作り上げ、それを蹴って海面を疾駆する。
誰しも一度は考える『片足が沈む前にもう片方を動かせば水面走れるんじゃね?』を、無理くりに再現してみた結果、形になってしまった。まあ、『村雨』の魔力反発がいつもより激しいのが辛いところであるのだが。
第六飛戦隊ともども吹き飛ばされた瞬間はダメかと思いかけたものの、やはり魔力は万能の力。使い方次第で如何様にもできる。
どうやら艦隊全体の操作は魔法少女が担当していても、回避は個々の艦にまかせているらしい。そのせいで均整の取れていた鶴翼陣形は統率が失われ、かなり入り乱れている。
「気付かれましたか」
などとカッコつけて分析していると、直近の駆逐艦数隻より、下腹部の主砲と機銃がこちらに向けられるのが確認できた。
パパパパッ! ドドン! ドドドドン!
瞬間、駆逐艦の下腹部が明滅。遅れて発砲音が轟く。
バシャャーーンッ! ドオオォォ! ドォン!
「うぅ⁉」
大小様々な水柱が、自分の行く手を阻まんと屹立していく。命中こそせずとも巻き上げられた海水が大雨のごとく降り注ぎ、一瞬でずぶ濡れになってしまう。
「こんなところで……終わりませんよ、自分は」
速度を緩めないギリギリの舵切りで駆け抜ける。
このまま進めば艦隊と敵本島の内側に入ることは叶う。問題は島にせよ船にせよ、あれだけの高低差を移動する手段がない点だ。この不利点を潰すため、中田会長と連携する機会が多いのだが、すでにかの方は目標空域で大活躍中ときた。さて──
ドオオォォォォン‼
「ぶうわはぅ⁉」
眼の前に特大の水柱が爆誕し、回避の間もなく突っ込んでしまう。先の心配をするあまり、足元をすくわれるとは不覚の極み。
「ふがぁ⁉ ぐふぅ⁉」
上下左右が一瞬でわからなくなり、手足があらぬ方向へ引っ張られる。これが洗濯機の中で掻き回される洗濯物の気持ちか。
「うはぁ!」
もがくことすらままならないでいると、運よく、本当に運よく、外へ放りだされる。
頭上に海。足元に空。自分の知る世界とは真逆の光景ではあるものの、この世界を形作る不変の二色を確認できたおかげで、マヒしていた方向感覚が瞬時に戻る。
「んぐぅ──『御神渡り』!」
水柱の先端に『村雨』を刺し、叫ぶ。
キィィィィイイッ!
反射された魔力が、そそり立つ水柱を氷柱に変えていく。
「まだだ! 行け……行けよ、『村雨』!」
反発も構わず『村雨』に魔力を供給し、海水を媒体に氷柱の高度を上げる。
駆逐艦の合間を縫い、見えてきたのは重巡二号。戦艦一号の次に大きな船。会議の折、優先して鹵獲したいと話していた艦種。
「では、あれをもらうとしましょうか」
その姿を認め、即座に方針が決まる。
「うあぁ⁉ くぅぅ──」
かつてない大技に、両手から全身に魔力の照り返しが波及する。
姉上たちが使いこなす魔兵装と違い、堕溺兵装は魔力と相容れない天力媒体を使用することで魔力を高反発させ、瞬間的に魔兵装では実現できない高威力を発揮する。
当然、都合のいい話には裏があり、起動させれば全身が反発した魔力の煽りに晒されるという、まったくもって本末転倒な代償を伴う。
氷柱を伸ばすほど海面から遠ざかり、形成に必要な魔力が比例して多くなる。海面忍者走りの痛みが引かないうちから変態技の連続に、意識が飛びそうになる。
「これは……戦う前に燃え尽きそうですね」
弱音がポツリ。誰も聞いていない時ぐらいいいだろう。言霊なんて信じない!
別に失敗したところで、自分を責めたり咎めたりするような人など一人もいない。そんなこと、これだけみんな一緒にいれば考えずともわかる。しかしだからこそ、ここで自分が足を引っ張るわけにはいかないのだ。
接近するにつれ、艦の輪郭が大きく鮮明になり、視覚からくる情報量が急激に増えていく。
ドォン! ガンガンガン! ドォン! ──シャャァァン!
あらゆる砲火が自分目がけて殺到し、ガラスが砕け散る不快音が後方で弾ける。
「おのれ──んぐぅあ!」
破砕された箇所に魔力を流し、即座に補修。同時に堕溺兵装故の反発も増加する。
どこかが手折られただけで氷柱は崩壊し、再び海へ真っ逆さまだ。そうなる前になんとしてでも高度を稼がなくては。
ヒュュゥゥン──
「うぅぅ⁉」
自分めがけて一直線に迫る砲弾に、全身が総毛だつ。このままでは氷柱どころか自分まで打ち砕かれる!
「──ええい、くそ!」
跳ぶ。氷柱を形成していた勢いと、氷柱を破壊する砲弾の爆風を利用して、残り二十メートル余りを一気に蹴上がる。
「届け……っ! ふん!」
船体の下部側面、窓枠が打ち付けられたわずかな突起に指をかける。
艦に触れている左手と両足に魔力を流して固定し、そのままノソノソよじ登る。戦場のただ中故に『村雨』をしまえず、不格好な体勢で鉄の大壁を上っていき、最後の方は両足に魔力を集中。半ば駆けるようにして跳躍し、念願の甲板に足を付ける。
「ふう。着きました」
難なく、というには際どすぎる道程だったが、どうにか目標には辿り着けた。
『日野渚、重巡二号に到達。これより同艦を殲滅しますので、工作兵の準備願います』
手順通り念話にて、敵艦の魔力回路を破壊・再構築する専門部隊を要請する。
「……あ、救助を頼めばよかったのか」
念話を飛ばす頭の片隅で、遅まきながら思い至る。何をやってるんだろうな自分は……。
《渚サマトオ見受ケ! 着イテ早々デスガ、御首頂戴イタス!》
軽く後悔している自分を余所に、配備されている魔獣がゾロゾロと湧いてくる。時代劇然と襲い来る先鋒は、ワニの頭を持った人型の魔獣。口を大きく開き、幾本もの鋭い牙がぬらりと光る。絶対毒とかあるやつだ。
《ウウオゥ⁉ ヒグゥ──ッ》
人間であれば心臓があるであろう位置に『村雨』を突き刺し、さらに三十度ほど捻り込む。ワニの反応を見るに、急所の見立てに間違いはないようだ。
《オイ!》《ヨクモ!》
仲間の絶命に掻き立てられた魔獣たちが、一斉に飛びかかる。
「『御神渡り』」
バァァシャャァァン‼
我が愛刀必殺の戦技により、体内の血液を氷結させ内側から肉体を破裂させる。同時に飛散した血液を氷針の媒体へ流用し、全周囲に拡散。自分を包囲していた魔獣すべてに浴びせかける。ここまでの大技に比べれば、この程度の反発など痺れにしか感じない。
《グァァ! 痛ェヨゥ……》《ヒィ──ヒィ》《ア゙ア゙ア゙ア゙‼》
ある者は激痛にのた打ち回り、ある者は変わり果てた姿となった同胞に絶句している。これぞまさしく、阿鼻叫喚の地獄絵図といったところか。
戦場の熱気で血の氷針が溶け、自分を中心に血の海へと変貌していく。
《ヒ、ヒィ! タ、助ケ──助ケ、テ》
腰を抜かした魔獣の一体が、絶命した魔獣を背中に乗せたまま、匍匐前進で逃げていく。
「……──」
若干の哀れみが浮かびかけるも、とくに心は動かされない。
姉上に指摘されていた『相手に情が移ってしまう』も、当の昔に克服している。
新王と契約して魔女になってからというもの、魔法少女や魔獣と相対するよりも、むしろこちらの方が厄介な足枷だった。
相手も自分と同じように、何かを背負って生き、戦っている。
一度考えてしまうと、どうしても剣先が鈍った。だからこそ、相手と深く関わり合わないうちに、すべてを済ませるようになった。
そんな自分なり生き方をあっさり否定してみせたのが、魔女こと四ヶ郷棗だった。
相手の宿命から眼を逸らすのではなく、知った上で向き合い、踏みにじれと。例え自己満足と断ぜられようと、考えるのを止めたらお終いなのだと。本当に守りたい人がいるのなら、どんな相手にも躊躇わないはずだと。
魔法少女を討伐する行為の先に、園で暮らしているみんなの平穏と安定がある。どんなに無関係と思われる因果も、巡り巡ってつながっている。そう自身に言い聞かせる。
ここで迷うのは、兄弟を、姉妹を、家族を危険に晒していると同義。改めて心に誓い、どんな障害にも迷いはなくなった。
自分が討伐数で姉上たちの先頭に立てているのも、すべてこの考え方のおかげだ。対象が魔獣になったとしても、もはや一寸たりとてブレはしない。
魔獣の屍が醜く積み上がる向こう側に、家族の平和があるのなら、自分は迷う暇なくこの手を返り血に染める道を選び取れる。
「死にたくなければ下がって下さい。自分は、姉上のように甘くはありません!」
なおも戦意衰えぬ勇士たちに向けて言い放ち、自分は『村雨』を刺突に構え、踏み出した。
†
「……どうしてこうなった?」
聞きとがめる者もいない孤独の上級会議室にて、ただただ一人ごちる。
「……まあ、すべては小生の下した決断の結果なのだが。……はあ、どうしたものか」
自問自答が虚しく溶けて消える。この場が静寂に包まれているせいか、心臓が奏でる鼓動がやたらとうるさい。
朝陽の意見具申を受諾し、西側に展開していたΓ・Δ両艦隊を敵飛戦隊の迎撃に当たっているΑ・Β両艦隊に合流させ、火力を集中して一気に叩く方針に切り替えた。そのタイミングを見計らったように転移妨害紋が破壊され、手隙となった西側から敵地上部隊が現出した。
奴らは転移するや否や、成す術なく散って逝った同胞の無念を晴らさんがごとく進撃。機動は苛烈でありながら的確であり、各所に設けられたトーチカを着実に潰し、地下施設へ通じる洞窟もいくつか抑えられてしまった。
報告によると、敵地戦隊を率いているのは魔法少女アカリ。かつて『太陽ルチル』のリーダーであり、組織運営の基礎を作り上げた先駆者だと聞いている。であれば当然、用兵も心得ているはず。魔の付く界隈において、これほどの適任な人物はいないだろう。
面識がないので人となりまでは知る由もないが、魔女一派に与しているような輩が只者でないわけはあるまい。そんな可能であれば即刻お引き取り願いたい存在が、よりにもよって小生らの庭先で暴れ回っているのだ。頭の一つも抱えたくなる。
奴らを殲滅しようにも、東側に移動させてしまった艦隊が敵飛戦隊の妨害に遭い、対応が遅れている。おかげで陣形は崩れる一方であり、その影響が損害として表れ始めている。
魔女の突撃により、駆逐艦一隻が撃沈。三隻が敵魔獣の侵入を許し白兵戦闘中。重・軽巡洋艦は一隻ずつに魔女が取り付き、このままでは魔力回路を書き換えられ、再鹵獲は必至。旗艦たる戦艦には裏切者の悪名高い赤岩詩乃が降り立ち、朝陽が応戦している。空の戦闘では先王と獣王が陣頭に立ち、士気は最高潮。そこにこれまた元『太陽ルチル』の大室青江も参戦し、後方で魚雷と爆弾を抱いた敵攻撃隊への肉薄が叶わない状況だ。
この調子のまま推移してしまえば、各所の防衛も長くは持たない。ジリジリと制空権を削り取られ、生き残った敵攻撃隊が艦隊に攻勢をかけるのも時間の問題。敵に与えた損害で見ればこちらにまだ利があるものの、戦況は完全にひっくり返されてしまった。
「いやホントに、どうしてこうなった?」
我ながら情けないことこの上ないが、とにかくこれに尽きる。
小生とて楽に勝たせてもらえるとは思っていなかった。こちらもあちらも、人と魔獣とが手を携える組織。であれば無論、秘策なり奇策なり、何かしらの抵抗があると覚悟していた。
「だがこれは……あり得さなすぎだろ?」
そもそも七割という、全滅と定義して差し支えない損害を出してまでこちらの油断を誘い、スパイを使って地戦隊を引き入れるなど、こんな費用対効果の悪い作戦、頭の隅をよぎりはしても実行に移そうなどとはまず考えない。やはり魔獣の思考ルーチンは理解できない。
朝陽からの念話も途絶えて久しい。赤岩詩乃相手に忙殺され、念話に意識を割く余裕がないのだ。討伐こそできずとも、奴は対魔法少女戦のエキスパート。我々も散々修羅場を潜ってきたつもりだが、この分野に関しては向こうに一日の長があるのは疑いない。
《焦っているようだな、木嶌殿よ》
「……エベルハルターか」
エベルハルターより念話が入る。見透かしたような澄んだ声色に、つい背筋を正す。
「面目ない、判断を誤った。すべて小生の責任だ」
《別にあなたを責めているわけではない。なんせ向こうには我らが王と陛下がいるのだ。どれだけ準備を整えようと、一筋縄でいかぬは承知の上よ》
糾弾の一つもあってもいいだろうに、エベルハルターは温和な口調を崩さない。これが世に言う年の功か。まあ、人間と魔獣では生きる尺度そのものが違うわけだが。
《して木嶌殿、まさか降伏するとは言うまいな?》
「戯言を。これより各部隊を再編し、応戦する。魔女一派とてこれまでの傷が癒えたわけではない。やりようはいくらでもある」
《その息だ。そなたが落ち込んでいてはみなが動揺する。どっしりしていればいい》
「あんまり横柄な態度だとどの道嫌がられるだろ?」
《そこはそなたの裁量次第よ。先頭に起つ者の器というのは、こういう局面でこそ真価が問われるのだ。勝っている時は上官の話など聞かずとも勝てるからな》
中々に心理を突いてくる老将。日常でどれだけ応用できるか不明だが、勉強になる。
「肝に銘じておこう。地上部ではかなりの激戦が予想される。いざという時は貴様の力を借りることになる。大口を叩いていた身として図々しい限りなのだが、準備はしておいてくれ」
《戦って散るは魔獣の本懐よ。そなたが気に病む必要はない》
「しかしこの戦いは元々──」
《私は私の幸せのためだけに戦うのではない。これからの未来、私と同じ苦しみを抱く者たちを出さないために戦うのだ。理想を掲げた者たちが当代でそれを成し遂げるなど、そなたらの歴史でもそう多くはあるまい?》
「……確かに」
古今の歴史を紐解いても、個人が抱く野望の成就に、本人が立ち会うというのはほとんど見かけない。多くの場合が子や孫、家臣や部下が志を受け継ぎ、様々な思惑を絡ませて変質していく。当人たちが成そうと決めた野望の趨勢を、当人たちは見届けられないのだ。
「歴史がそうだからといって、貴様がわざわざ倣う必要はあるまい? 言葉を返すが、焦っているのは貴様もではないのか?」
《……なるほど、そうかもしれんな。ふふ》
一本取られたとばかり、念話の向こうで笑うエベルハルター。
「これは戦だ。勝つことは絶対条件ではあるが、必ずしも死ぬ必要はない。貴様は生きろ。ホタルのためにも」
《まったく。手を貸せとか生きろとか、何気に注文の多い小娘よな、そなたも》
「小生は魔を冠して以来、この弁舌を頼りに立ち回ってきた。小生にとってはこんな棒切れより、よほど頼りになる魔兵装だ」
《自身の得意を知るは大切なことよ。ではな。…………あ、自由奪還》
「ああ、自由奪還」
念話の声が遠退き、再び空間が静まり返る。世間話の域を出ない雑談ではあったが、他者と苦悩を共有できたおかげで、いい意味で力が抜けた。
「さて。モズレー、いるか?」
《こコニ》
当然とばかり、無音で傍らに現れるアルマジロ。
「地上の防衛線はどこまで突破されている?」
《第三ラインまで破られていマス》
「では第四ラインに殿を置き、第五ラインまで後退して部隊を再編させろ。あの辺りのトーチカは頑丈だ。防御に徹すれば、十分持ちこたえられる」
《了解しまシタ。直チニ》
「空の布陣も変更する。Γ・Δ両部隊の駆逐艦を西側へ強行突破させる。西側へ回り込んだのち、敵地戦隊を索敵、砲撃する。応戦している地戦隊に座標を報告させろ」
苦戦している戦場を強引に横断する以上、損害は出るがやむを得ん。一隻でも多く突破し、一機一門でも多く砲が無事でいてくれれば、高所から敵を牽制し、動きを大幅に鈍らせることができる。
「あと、全員に念話を送りたい。回線をつないでくれ」
《……少々お待ち下サイ。──お待たせしまシタ》
首を傾げながらも、モズレーは粛々と従い、席を用意してくれた。
「すまないな」
小さな秘書に小さく詫び、各所で奮戦してくれている同胞らに想いを送る。
『諸君、木嶌イングリッドだ
『戦況は先ほどから流れている報告の通りだ
『我々『砂漠の薔薇』は、魔女一派に序盤の有利を見事覆され、劣勢に陥っている
『すべては目先の欲に囚われ、判断を違えた小生の責任である。──申し訳ない
『諸君らを束ねる者として、小生はどんな処断でも受ける覚悟だ。無論、魔を降りろと言うなら、甘んじてこの力を──
《フザケンナァァーー‼》《自惚レンジャネェゾコラァ!》
「え、ええ……」
念話越しにもビシビシ刺さるブーイングの嵐。誠心誠意謝罪し、角が立たない程度に鼓舞しようとしたのだが、どの辺がふざけていたというのだ?
《シオラシイコト言ッテンジャネーッ!》《ソウダソウダ! アンタハイツモミタイニ、踏ン反リ返ッテリャイイダヨ》《ムシロヨウヤクオモシロクナッテキタトコロジャネーカ!》
「その、なんだ──」
こちらから呼びかけたのに、小生が逆に励まされてしまった。
『……ありがとう。小生が、諸君らが、『砂漠の薔薇』でよかった』
自然とでた感謝に、心身が和らぐのを感じる。
『諸君らの言葉、小生はとても嬉しく、誇らしい
『が、この力を諸君らに返そうという気持ちも本気だ
『しかしそれは今ではない。戦いは終わっていなければ、決着もついたわけでもない
『敵は圧倒的ともいえる苦境を耐え抜き、跳ね返し、這い上がってみせた
『その行為を魔女一派に許した小生が語るのもおこがましいが、我々にも同じ芸当ができない道理はあるまい。違うか?
《ワカッテンジャネーカ!》《最初カラソウ言ッテリャイインダヨ!》
これまた気持ちのいい返事が次々と。
『では征くぞ! 諸君、ここが正念場だ。魔女一派を打倒し、我々の描く未来を勝ち取るために、今一度力を貸してくれ!』
《ウオオォォ応ゥゥウウ‼》
小生の締めに、野太い歓声が本日最大ボリュームで響く。念話だけでなく、自身の耳にも届きそうな勢いだ。
『小生からは以上だ。自由奪還!』
《自由奪還‼》
聞き届けてから念話を切断し、一気に静かになる室内。
「ご苦労だったモズレー。配置に戻ってくれ」
《ハ、失礼しマス》
再度音もなくいなくなるアルマジロ。
何はともあれ、できうる限りの手は打った。あとは己の役割を果たしつつ現場の仲間たちを信じ、天命を待とう。
「まったく、気持ちのいい連中だ」
静まり返ってもなお残る高揚感に、口元が綻ぶ。
おそらく魔女一派の連中も、自軍の魔獣たちに似たような文句で励まされ──あるいは煽られ──踏み留まったのだろうな。
我々『砂漠の薔薇』と、奴ら魔女一派。
人と魔獣という異なる種族が、時に否定し肯定し、異なる価値観に悩み惑い、互いの打算や損得を織り交ぜながら、ともに定めた理想のために突き進む。
奴らもまた然り。考えれば考えるほど鏡写しのような存在だ。
「残る問題は……奴の居場所か」
誰にも聞きとがめられる心配のなくなった空間で呟く。エベルハルターやモズレーにも言わなかったが、ことここに及んでもなお、小生には払拭しがたい懸念事項があった。
戦艦で朝陽と対峙する赤岩詩乃。巡洋艦で戦闘中の日野渚と中田唯音。空で暴れている大室青江。憚りなく我々の敷地を踏み荒らすアカリ。そして、もう一人──
「どこにいる? 四ヶ郷棗」
魔女一派の人間勢の中で唯一、奴の所在だけが掴めていない。東の突端に乗り込んで来たまでは確認しているものの、以降の行方がわからなくなっている。
こちらの真夜と同じく指揮系統に組み込まれていないのか、はたまた本人にその気がないのか、奴の動きはとにかく読めない。勇猛果敢に攻めかかるならまだしも、尻尾も掴めないというのが精神衛生上非常によろしくない。
最悪、なんの前触れなく天井をブチ破って参上などという、考えるだけでもゾッとしない超展開とて、起きても不思議ではない。あの手の性格が隠密に長けているとは思えないが。
「ええい。何を弱気な……っ!」
にじり寄る悪寒を言霊で振り払う。
答えのでない問いを続けても仕方がない。朝陽も魔獣たちも命を賭け、戦場に身を投じているのだ。一番安全な場所で引きこもっている小生が、可能性だけで慄いてどうする。
そうだ。可能性というなら、何も不利なケースだけではない。奴はこれまで、多くの魔獣を救い、導いてきた。そんな輩が内輪揉め程度で敵対する魔獣を相手取れるか甚だ疑問だ。
ここまで来たはいいが、いざ魔獣と対峙して「やっぱダメだ」と戦意が萎み、木の上で縮こまっているなどという状況の方が余程想像しやすい。
「このまますんなりいくとは思わないことだ、魔女一派よ。我々とて貴官らと同じ、魔法少女と魔獣なのだからな。勝負はまだまだこれから」
各所で奮戦している者たちに見えない虚勢を張り、小生は艦隊の操作を再開した。




