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魔引きの魔女  作者: 片桐 楚江
〈反乱編〉
22/40

エピローグ2/2

「…………はあ」

 独立宣言の予定時間が刻々と迫る中、なんとなくじっとしていられなくなり、目的もなく島内をフラフラと徘徊しながら、本日何度目かの溜息が零れる。

《アレ? あまみやノ姐サン?》

《ドウシタンデスカ? コンナ端ノ区画マデ》

「え? ……ああ、こんにちは」

 気もそぞろに歩いていると、通りがかった魔獣たちが声をかけてきたのであいさつする。

「ちょっと落ち着かなくて。散歩、かな」

《アンマリ気負ワンデ下サイ》

《ソウデスヨ。我々モイルンデスカラ、チョットハ頼ッテ下サイ》

 誇らし気に胸を叩く魔獣たち。彼らは関われば関わるいい人ばかりだ。

「うん、ありがとう。みんなもお疲れ様。……じゃあ」

《ハイ、オ疲レ様デス》

 当たり障りのない世話話を交わし、魔獣たちと別れる。

「…………はあ」

 また溜息。

 もうじき行われる独立宣言は、すべてイングリッドが取り行う運びになっているので、わたしの出る幕はない。わたしの役目はむしろ、その後に控えている数々の荒事にある。

 などと気を逸らしたところで、今日は全世界にわたしたちの存在を知らしめる最初の一歩。普段通り振る舞えという方が無理な話だ。

「……結局、ここだよね」

 あと数時間で国家を名乗るとはいえ、さして広くもないこの島だ。本当に何も考えずにいると、つい歩き慣れた道を選んでしまう。

 ここはそんな無意識の果て、決まって辿り着く場所だった。

「ハル、いる?」

 照明の落ちた部屋を覗き込み、彼の名を呼んでみる。

《ホタルか、どうした?》

 奥から、魔獣にしては流暢で渋い声音が返ってくる。

「……入るね」

 心がわずかに軽くなる。わたしはなんて単純なのだろうと、自分のことでも笑えてしまう。

「ふう──っ!」

 声の位置から検討を付け、飛び込む。ポフッと、フサフサの毛並みがわたしを受け止める。心地よい温もりと心臓の鼓動。大きさの差こそあれ、人間も魔獣もこれだけは変わらない。

《イングリッドが独立宣言をするのではないか? 傍にいなくていいのか?》

「わたしがいてもしょうがないし、邪魔になるだけだよ」

《あれは大した御仁だ。これまでの遺恨に眼を逸らさず、我らをまとめ上げている》

「うん。わたしはもう、あの人に足向けて寝られない」

《それは我らとて同じ。あれは間違いなく魔界の歴史に名を刻む英傑。同じ理想を掲げ共に戦える幸運に感謝が絶えん》

「そう……」

 大げさなハルの語りに素っ気なく返し、あとはそれっきり。

「…………」

《…………》

 互いに口を閉じ、ただこの時を共有する。

 この時間が好きだ。言葉などいらないと、心で通じ合っているような静寂が心地よい。

 生まれてきて、今が一番幸せかもしれない。この気持ちを知ることができただけでも、魔法少女になった価値はあったと、胸を張って言える。

《恐いのか?》

「恐いよ。どっちに転んでも、必ず犠牲が出ちゃうんだから」

 戦端が開かれれば、敵味方、勝つ負けるを問わず、魔獣はたくさん死ぬ。魔法少女さえも、今回ばかりは例外ではいられない。当然、わたしだって。

《我々だけの問題ではない。我々は、我々の後ろに続くであろう者たちが、不当に踏まれぬために戦うのだ。決して、我々だけが幸せになるためではない》

「うん、わかってる。でも……」

《やはり、戦いたくはないか?》

「……悪い?」

《戦士としては二流だな。余計な迷いは太刀筋を鈍らせるだけだ》

「どうせ臆病者だよ、わたしは」

《そう不貞腐れたものでもない。臆病とは生き延びるために必要な感情だ。私を見ていれば、わかると思うがな》

「臆病? 死にたがってるとしか思えないあなたが?」

《ああ。私ほどの臆病な者もそうはいまい。私より勇敢だった者はみな、二度とは会えぬ向こう側だ。私が未だに生き恥を晒しているのも、誰よりも臆病だったというだけさ》

 こちらが聞いてもいないのにペラペラと。本当によく喋る狼だ。

《しかし臆病なままでは何一つ成し得ないのも、また事実。踏み出す勇気と決断が、我らを強く、賢くする。私の持論だ。抽象的な物言いばかりで、申し訳ないのだがな》

 自らの言葉を鼻で笑い、ハルは体勢を変える。

 出会った当初は最低限の言葉しか口にしない寡黙な奴だと思っていたが、付き合いが太くなるにつれ、魔獣でも随一の話好きだと知った。

《今日、我々は引き返せないところまで歩を進めてしまう。誰のせいでもない、我々がそれを決めたのだ。例え後悔したとしても、他者のせいにすることは許されん》

「……うん」

 大人しく相づちを打つ。歴戦の臆病者が言うのなら、きっと間違いのない心理なのだろう。

《君は必ず私が守る。だから君も、私を守ってほしい》

「もちろん」

 力強く断言する。これだけは言葉を濁したり、はぐらかしたりはしない。わたしは今、そのためだけに生きてるんだから。

《今や我らも『砂漠の薔薇』の一員。魔の果てだろうと天の果てだろうと、命が消えぬ限り付き合おう》

「うん。わかったよ、ハル」

 可能な限り腕を広げ、ハルの存在を全身で受け止める。

 守ってみせる。ハルも、魔獣も、『砂漠の薔薇』も、この島も全部。

「創ろう。わたしたちの居場所を。わたしたちが、わたしたちでいていい場所を」


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