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魔引きの魔女  作者: 片桐 楚江
〈反乱編〉
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21/40

エピローグ1/2

「────」

 魔の付く稼業ばりに集中した表情を浮かべ、一心不乱に皿洗いに勤しんでいる灯子。

「ありがとね灯子ちゃん。手伝ってもらっちゃって」

「いえ、お世話になってるのでこれくらいは」

 慈愛に満ち満ちた顔で母さんが話しかける。灯子の返事も謙虚なもので、新しい居候への溺愛ぶりがますます加速していく。

「よく働いてくれる子だね、母さん。子供がそんなこと気にしなくていいのに」

「ねぇ~あなた。あっちで座ってる娘も見習ってくれないかしら~」

「その皿に乗ってた昼ご飯はあたしが作ったんですがそれは⁉」

 そっちこそ普段は座って食べてるだけのクセに、とんでもない棚上げどもだよまったく。

 灯子の暴走と、その救出からかけこれ数日。

 あたしの眼に写る灯子は、いたって普通に生活しているように見える。

 足掻いてもどうしようもないと悟ったのか、はたまた一暴れがいいガス抜きになったのか、どうやら自分なりに気持ちの整理はついている様子。

「……なんだよ?」

「ううん、別に。皿洗いありがとう」

「……おう」

 しかしあたしとのやり取りは変わらず素っ気ない。

『ありがとう……なつめ』

 名前を呼んでくれたのはあの一度きりで、現在もわざわざ近寄ってきて『なあ』だの『あのさ』だの、味気ないものに落ち着いている。

 欲を言えばもう少し日常的に呼んでほしいところだけど、向こうも結構な勇気と気恥ずかしさだったろうし、とりあえず『一度でも呼んでくれた』という事実を大切にすればいいかと己を納得させている。

「ふぅー食った食った。こうもうまいと他所で食べる気が失せるな」

「ええ、自炊するのがバカらしいです」

「だよねー。幸せ幸せー」

「つかなんで今日も今日とて勢ぞろいなんだよ⁉」

 ダラダラまったり気を抜きまくっているお三方に訴える。

「私はバイトしてることになってるからな。家にいると不自然だ」

「自分は一人暮らしですので、ご相伴に。この季節は冷房云々で家にいるだけでお金がかかってしまいますから。光熱費は可能な限り抑えなくては」

「両隣りに同じ~」

と、つらつらと言い訳する一同だか、最後のは明らかに両隣に同じではない。

 確かに一人でボケっとしてるくらいなら誰かと過ごす方がいいってのはわかる。でもだからってこうも四六時中一緒にいるのもどうかと……。会わない時間も大切だぜ?

「そういやケン、来月分の給料明細どうなってる?」

 あたしの追及を聞き流し、詩乃は隅っこで控えているケンに尋ねる。

《抜かりありません。ちゃんと架空企業に偽装してあります。母君にお見せしても問題ありません。税金も納めていることになっていますし》

「それ文書偽造なのでは⁉」

 お水で働く苦学生か! 非合法ここに極まれりだな!

「いちいちうっさいなお前も。そもそも私は飯を奢れって言ったのに蓋を開ければ家で昼飯とか、安く済まそうとすんなよな。うまいけど」

「だったらいいじゃねーか! 食うもん食ってからグダグダ言うなし!」

「姉上は他者に対して厳しいわりに、自身に降りかかる火の粉には存外狡いですね」

「小さい頃からこんな感じだよー。料理上手なのも考えものだよねー」

 唯姉さんと渚の援護射撃が、あたしの気勢を削いでいく。誰もかれもたらふく食っておきながら文句ばかり。なんだこのやり甲斐のない職場は? ……いや職場じゃねーけども。

《灯子、あなたの転校手続きも完了しています。二学期からはこちらの学校に通うとよろしいでしょう》

 さらりと話題を変えてなかった感じにしていく我が家の犬もどき。これまで見せられた数々の手際から察するに、戸籍とか住民票も完璧に偽装しているのだろう。

「ありがとう。そうさせてもらう」

片や、犬っころに躊躇なく乗っかる居候その二。渚の時にも感じたが、魔の付く輩は順応性が高すぎる。生まれ持った性分も適正の内なんだろうか?

「ランドセルは棗の使ってたのが残ってるし、他に足りないものがあったら言ってね」

「賑やかになりそうだね、母さん」

「ええ、孫ができたみたいで嬉しいわ」

「そこはせめて娘って言ってくれよ~……」

 意地でもあたしを母親って設定にしたいらしい老夫婦のおちょくりに、反論が尻すぼみになる。端から眺めていると孫にデレデレするおじいちゃんおばあちゃんそのものであり、外堀を埋められている感がなんとも恐ろしい。

「気を付けるんだな灯子。こっちのガキは天京の私学みたいにお行儀のいい奴はいないぞ?」

 皿洗いを終えて一息つく灯子に、詩乃がニヤニヤと脅しにかかる。

「わたしが小学校の人間関係ごときでいちいち躓くと思うか?」

「まさか。お前に限ってあるわけないだろ。言ってみただけだ」

 今や完璧にキレを取り戻した灯子節に、詩乃は肩をすくめて微笑んだ。

 裏切り者から忠義者まで、数多くの曲者を相手取り、『太陽ルチル』を維持管理してきたこの子にしてみれば、学校での友達作りなどお茶の子さいさいのはずだ。

「大丈夫! いざとなったらぼくが守るよ! なんたって一組しかないから!」

「え、一組? ……そ、そうか……一組だけなのか」

 居候その一の挙手に、灯子は論点と違うところで愕然としている。にしても魔界の王と同じ学校に通うとか、今更ツッコむ気も起きないぶっ飛びだな。

「じゃあ冷やかされたりはするかもね。一緒に住んでるのもバレばれちゃうだろうし」

「なるほど、有り得ますね。そのような経験でしたら自分にも憶えがあります」

 生徒会長と集団生活の先達が、新たな一歩を踏み出す少女の学校生活を考察していく。

「まあ、考えてもしょうがないんじゃないの? 第一、そんなつまんないこと持ち出して絡んでくる連中はこの町に──」


 キイイイイィィィィッ──


「ん、んん⁉」

 なんの前触れもなく、耳元から突如甲高い不協和音が響いてくる。

「え、ちょっ──何、これ⁉」

「……嫌な音ですね。何かの警報ですか?」

「違う。こんなの聞いたことがない。てかこれ、頭に直接きてないか?」

「お前たちも聞こえてるのか? この音、念話か?」

 みんなもほぼ同時に、あたしと似たような反応を示す。

 音は黒板を爪で引っ掻くのに似ていた。やられる方はもちろん、やる方も手から伝わる振動が心地悪い、身の毛もよだつあの音に。

「……うう、もう──」

 耳から手を放し、身体中をまさぐる。今のところ、眼に見える部分で大きな変化はない。あくまで高音が耳元で鳴り止まず、たまらなく不快というだけだ。

「え? ちょっとみんな──」

「どうしたの? 聞こえるって何が?」

 父さんと母さんが不安そうにあたしたちを見回している。どうやら二人には聞こえていないらしい。ということは──

《主、これは》

「特一級魔界発令⁉ いったい誰が?」

 魔王と獣王が愕然としている。やはり、これは魔の付く世界に関係するもののようだ。

「ちょっとケン、仁! これが知ってるなら止めて! いい加減おかしくなりそう!」

「ごめん棗姉ちゃん! ぼくたちにはどうにも……」

《確かにこれは魔界の非常警報です。しかし我らが発信していない以上、止めることは──》


 イイィィ……


 あたしたちが怒鳴り合っていると、警報とやらは次第に小さくなり、静寂が戻った。

「止まった……の?」

「というよりは収まった、と言ったところですか」

 騒音が消え、とりあえずホッと胸をなで下ろす唯姉さんと渚。

「おいお前ら! 警報って言ったな? どういうことだ⁉」

「ちゃんと説明しろ! 何が起こってるんだ?」

 かたや詩乃と灯子は、血相変えてケンと仁詰め寄っている。

「みんなまず落ち着いて! もし、規則通りならこのあと──」


『この世界に数多散る、魔にまつわるすべての存在に、報告させていただく』


「──⁉」

 こちらが落ち着くのを計ったように、今度は女性の声が頭に流れ込んできた。はっきりした滑舌で、地域訛りもないキレイな標準暁語だ。

『我々は『砂漠の薔薇』。魔法少女と魔獣が手を取り合う者たちである』

 謎の声は唐突に名乗り、告げる。

「……魔法少女と魔獣が?」

「手を取り合う、だと?」

 何を言っているのかはわかるのだが、何を言いたいのか理解できず、ただただ謎の声が紡ぐ言葉を反芻する。


『本日を以て我らは、レビ=ラルダ平等連合・第三八六二号島において、『砂漠の薔薇』独立を宣言する』


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