金曜日、突貫する筋肉。
教室が、どことなく重苦しい空気に包まれていた。いや、教室の、一部……鹿沼、公崎、広城の席付近の空気がとてつもなく重い。
時野は思う。どうしてこうなったのでござろうか、と。
朝からおかしいところは沢山あった。大輔も飛鳥も夕緋も登校せず、担任の須崎は「諸事情」としか言わず、悠人も康太も、顔だけは笑っていても、やはり心ここにあらず、といった風体だ。
「松田氏、アレは一体どういうことでござろうか」
「さあ?」
「関わる気は?」
「あっても無理」
「右に同じでござる」
関わりたくないのではない。関われない、が正しい。
月に一度の演習で、悠人達の並外れた戦闘力は嫌というほど見せられている。そもそも、中学生までは戦闘訓練なんて無かったはずで、せいぜい魔導武装の出し方とか、基礎魔法の魔法語とか、そんなことしか教わらなかったはずなのだ。
「別の世界に生きてるでござるな……」
「うんうん」
時野と松田は、気の遣える男である。
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放課後。
悠人達は、会議室に呼び出された。
「よし、集まったな」
会議室には、机が長方形になるように置かれ、部屋の奥の壁には、スクリーンがぶら下がっていた。その前の席に須崎は座っている。悠人達は、椅子に座らず、扉近くに並んで立っている。
「作戦のことですか?」
「ああ、なんだかんだと理由をつけて連れて行くんだ。作戦内容を理解して貰わねば困る」
「……一応、僕らって規律を破って単独行動をしたんですが……」
「前にも言った通りの理由だ。あと、作戦内容こそ最低限の説明はするが、お前らは後方待機だぞ。一年生は防衛以外での戦闘は許可されていないのでな」
「……わかってます。僕らは、見届けるだけですね」
「第一、素人に入ってこられても困る。まあ、救護班の仕事の手伝いでもしてもらうか」
「…………妥当」
葵は納得した様子でうんうんと頷いている。
「これ終わったら停学……ですよね?」
ミオが敬語で須崎に言う。あまり敬語には慣れていないらしい。
「ま、一週間程度の謹慎だな」
「……三人も行方不明者を出して、一週間で済むのですの?」
「事情を鑑みれば仕方あるまい。なにせ、ほれ、黒鳥が裏切ったろう?」
「……知っていたんですか?」
「我々魔導士を無能だとでも思っていたのか貴様ら……。アジトの一つは突き止めている。偵察員が、ユニオンのアジト内に黒鳥がいることを確認していてな。その態度は捕虜のそれでなく、メンバーのそれだったそうだ。脅されて協力させられている可能性もあるがな」
「では、彼女はどうなるんです?」
「さあな。貴様らに教えることではない……というか、状況がわからねば処罰もしようがなかろう?」
「……それはそうですね」
「よし、そろそろか」
須崎がふと腕時計を確認する。
「あー、ドアの前に立ってる奴。そう、公崎。お前そこ動いた方が……」
「グッッッッッダフタヌゥーンッッッッッッッッ!!!!」
ドアは横スライド式。それを勢い良く開け放ち、ショルダータックルで部屋に突っ込んでくる黒い影。
吹き飛ばされ、机の上に落下する悠人。驚愕する一同。
「神帯……何故お前は静かに入室出来んのだ……」
「溢れ出るパトスを持て余しているからよん」
「一人犠牲者が出ているのだが?」
「あらやだ」
悠人は頭を抑えながらゆっくり立ち上がる。
「い、痛い……なんなんですか一体……」
「ごめんなさいねえん。ちょっと落ち着かなくて」
神帯は、悠人に平謝りしてから、須崎の隣に立つ。その服装は、男性用スーツの上に白衣という、なんとも奇妙なものだった。
「アナタ達を監督する神帯よん」
「体育の先生……ですよね?」
「そうよん。ワタシってあまり戦闘向きじゃないのよねん。だから後方に回ってるの。で、今回はアナタ達が後方支援のお手伝いをしてくれるそうじゃない? ご挨拶しておこうかと思ったよのおん」
「ま、そういうことだ。説明の続きは神帯から聞いてくれ。私は職員室で会議がある。後は頼んだぞ」
「任されたわん」
須崎は部屋から出て行く。神帯が、先ほどまで須崎が座っていた席に座った。
「さて、明日、ワタシ達はユニオンのアジトの一つに攻撃を仕掛けるわ。……そもそも、ユニオンというのがなんなのかは知っているかしらん?」
その問いに悠人が答える。
「魔導犯罪者組織……です。ええと、例えるなら、ギャング……でしょうか」
「そう。マフィアみたいに秩序があるわけじゃない、チンピラ集団ね。社会のはみ出し者の集まりよん。ユニオンでは内部抗争も度々起こっているみたいね。リーダーは本土にいるらしいけど、所在も不明らしいわ」
「……続けて下さい」
「あら、ごめんなさいねえん。さて、今回突入するのが、沖ノ鳥島支部の一つの派閥よん。確認しているだけでも、沖ノ鳥島にはユニオンの派閥が少なくとも五つはあるみたいなのよおん。でも、今回はシエルちゃんや鹿沼くんを攫った派閥のアジトを突き止めた。いや、攫われてくれたお陰で特定出来た、が正しいかしらね」
「……誘拐がきっかけになった、と?」
「あまり言いたくないけど、そうねえん。むしろ、鹿沼くんが攫われた直後にわかったのよん。タイミングが良いのやら悪いのやらって感じねえん」
「…………鹿沼、もしかして何か……」
「いや、アイツだって流石にそこまでは出来ないでしょ。相手は犯罪者よ。どんな言葉を重ねたって、自分第一な相手に自分の居場所を知らせるようなことは出来ないわ」
「でも、どうやって見付けたんですか? 今までわからなかったのに、そんな急に……」
「転移魔法の痕跡が見つかったのよん。アナタ達が行ったあの建築中のビルにね。あの痕跡を辿ると、オフィスビルに辿り着いたのだけど……そこ、市に申請されてる会社なんて無かったのよ。しかも、黒鳥ちゃんが中にいるじゃない? 他にも手配犯の姿も確認しているわあん。そこで、突入を決行……するのだけど、ワタシ達の仕事は負傷者の手当と、バフ盛りね」
「……バフ盛り? なんですか、それ」
「元はゲーム用語らしいのだけど……業界ではこう呼ばれているわあん」
ゲーム用語か……と悠人は呟いてから、
「大輔は知って……あ」
いつも隣にいてくれた友人に話しかけようとして、いないことを思い出す。
その言葉に、エリオットとエミリア、康太も辛そうに俯く。
「…………バフっていうのは、攻撃力とか防御力が上がるものを指す。…………転じて、身体強化魔法を人に付与することをバフ盛りと呼ぶ」
口を開いたのは、葵だった。
「…………暗くならないで。…………明日、プロの魔導士が全部なんとかするから」
相変わらず声も小さく、無表情だが。しかし、その声は優しいものであった。
「……そうだね。明日になったらみんな元通りになるはずだね」
「そうよおん。そういうお仕事なんだから、魔導士って。……脱線して申し訳ないけど、アナタ達ってどうして魔導士を目指しているのん?」
神帯は、昨日須崎とした会話を思い出しながら、そう聞いてみた。
悠人は少しだけキョトンとしたが、答える。
「とある魔導犯罪者を捕まえるため……です」
ミオも続く。
「アタシは次の跡継ぎだから、魔導士になって経験を積んで、強い女王になるためです」
「…………魔導士になれば……自分のこともわかると思った」
康太も、エリオットもエミリアも続く。
「お爺ちゃんが魔物に殺されたから、被害を減らしたいと思ったので」
「こちらの世界で経験を積むためです。レッセリア家の次期家主なので」
「わたくしも同じですわ。立場は補佐になりますけれどね」
「……やっぱり普通そんな感じよねえん」
命が掛かっている以上、生半可な覚悟では魔導士にはなれない。二年生からの訓練も過酷であるし、魔物にいつ殺されるかもわからないのだ。
「あの子……一周回って逸材かもしれないわ……」
「え?」
「いえ、こっちの話よん」
皆を無事助けだしたら、白鳥の話も聞こう、と神帯は思う。
「さて、話はこれで終わり。準備して、早めに寝てねん」
その言葉で、お開きとなった。
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夜、十時。
悠人の部屋は暗い。
「……そういえば、さ」
口を開いたのは、悠人だ。二人は二段ベッドにそれぞれ寝転んでいる。
「なんで僕を……その、そんなに好いてくれてるのかな」
それはずっと抱いていた疑問だった。悠人は今までの境遇──単に顔がいいせいで敬遠されていただけだが──からか、恋愛に疎い。
「…………女の口から言わせるなんて、悠人は鬼畜」
「えっ!? あ、いや、ごめん……」
「…………どうして急に?」
「……前から気になってはいたんだ。でも、ほら、大輔は元々僕のルームメイトで、今は康太のルームメイトな訳じゃない? ……今、康太寂しいのかなって思ってさ。それで、よく考えたらなんで葵が僕の部屋にいるんだとか、そういうこと考えてね。というかここ男子寮なんだけどなんで君普通に生活してるの」
「…………許可は取ってある」
「なんで許可出たの!?」
「…………秘密。……好きになった理由も、秘密」
そう言って、葵は「…………おやすみ」と言ったきり喋らなくなった。恥ずかしくて黙っただけなのだが、悠人にそんなことは残念ながらわからない。
ともあれ、悠人は決意を固めて眠りにつく。友を、クラスメイトを助けるために。
自分は、どんなことでもしよう、と。




