木曜日、大人の夜。
数分ほどで、全員が集まった。
「……さて、僕らは一度撤退する。とはいえ、収穫はあったみたいだし、成功、と言っていいんじゃないかな」
「当初の目的だけでしたら、そうかも知れませんわね」
悠人の言葉に、エミリアが噛み付くように言った。
「大輔、だね。発見したのはエリオット君だけだそうだね。話を聞かせてくれるかな? 勿論、立ち話もなんだから、戻り話としようじゃないか」
平然としているような態度に、エリオットは少し疑問を抱く。しかし、今どうこう言うべきでは無いと判断して、黙っておくことにした。
一行は、歩き出した。時刻はもう8時を回っているが、バイトをしているエルゼラシュルドの一年生も多く、制服を着ていても不審がられず街を歩くことが出来る。魔導士候補生は魔法を使う警察のようなものなので、パトロールのような効果を生む。ちなみに、エルゼラシュルドの寮の門限は十時である。
「さて、物騒な話をするのに都会の喧騒ってのは便利といえば便利だね。なにせ全員が全員、他人に無関心だからさ」
悠人が言う。確かに、何を話しても意識しなければ他人の話など聞こえないだろう。声が大きくなければ、だが。
「じゃ、エリオット君。簡単に、で構わないから、状況を教えてくれるかな」
エリオットは頷いて、口を開く。
「敵の魔導武装に心臓を貫かれて……殺されて、いた」
「それで蘇生もされずに連れ去られたってことは……命を捕獲するビンがあったね?」
「……そうだね。その後、目の前で……中に入っている魔力を使って逃げられた」
「…………なんだって? ビンの、中身を……使ったって言うのかい!?」
悠人が、ここへ来て初めて狼狽した。
「それは……マズい。非常にマズいぞ。魂っていうのは自我や神経、記憶と関係してくる。つまり転移魔法なんて結構な魔力消費量の魔法を使われれば……」
少し区切って、悠人は言う。
「大輔が生き返った時……今まで通り接することが出来ないかもしれない」
「…………それは、どういう、」
「言葉通りの意味さ。自我にあたる魂を……魔力を使われていれば大輔は自我を失っていることになる。神経を失っていればどこかが動かなくなっているかもしれないし、感情を失っているかもしれない。記憶を失っていれば……僕らのことを忘れているかもしれない」
「……そん、な」
エリオットは立ち止まる。他の面々も立ち止まり、心配そうにその顔を見つめる。
「……僕のせいだ。僕が敵の挑発を受けて動いたせいで……」
「……挑発? どういうことだい?」
「敵が動くと魔力を使うと言ってきて……動けなかったんだけれど、挑発されて、ついカッと……」
「…………ともかく、起こってしまったことは仕方ない。魂も修復出来ると聞いたことはあるし……だから、そう泣きそうな顔をしないでくれ」
「……うん」
エリオットは再び歩き出した。
「ねえ」
康太が、エリオットに話し掛ける。
「なんだい?」
「いや、その……今更なんだけどさ」
「うん」
「僕らこれ……なんて報告するの?」
「あっ」
ルール違反、である。一年生は、魔物及び、魔導犯罪者に関する事件への関与を禁止されている。二年生になると仮免許が発行され、許可がある範囲でのみ魔導士と同じ事件に関わることが出来る。
「須崎先生にもかなり念を押されていたけど……」
「……大輔くんがいたら、それっぽいことを言ってくれたんだろうね……」
「…………私に任せて」
しんみりとしていた康太とエリオットの間に、葵がにゅっと現れた。
「…………真似をしてみる」
なんだか、心底不安になった。
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「……ほほう。街を歩いていたらビルの上を怪しい人影が駆け抜けていったので追いかけていたら魔導犯罪者に遭遇した上に黒鳥、白鷺、鹿沼の三名が加えて連れ去られた、と?」
ふんふん、と無表情で葵が頷く。
場所は、学生寮前の庭の芝生の上。一行は正座させられている。その前には、須崎が引きつった笑顔で、仁王立ちしている。
「その言葉を信じるとして、だ。……何故その時点で魔導士協会に電話をしなかった? 貴様ら一年生は、正当防衛以外での交戦許可は無いというのに、だ」
「…………もうだめぽ」
葵がそう言って、やはり無表情のまま両手を少し上げる。お手上げ、である。
「貴様らの独断行動により、三名の欠員を出している。由々しき事態だと思わんか?」
「……はい」
「本来ならばルールに従って謹慎を言い渡すところだが……貴様らを部屋で待機させてもロクでもないことになりかねん。出来れば目の届くところに置いておきたいところだ。しかし作戦決行も近く、我々は学校を空けねばならんのでな。よって、謹慎は延期とする」
悠人は首を捻る。何かがおかしい。
「つまり、だ。作戦結構の際、貴様らも連行する。謹慎させて面倒事を連れて来られても困るのでな」
やはりおかしい、と悠人は思う。そう、悠人たちにあまりにも都合が良すぎるのだ。
「先生、何か企んでいるんですか?」
悠人は思い切って聞いてみた。
須崎は、意地悪な笑みを浮かべて言う。
「企みのある奴がそう語るか、バカ」
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午後十時。
「滅茶苦茶な理論よねえん、謹慎したらまた何かやらかしそうだからついて来い、だなんて」
学園の近くにあるバーで、須崎と神帯はグラスを傾けていた。
「聞いていたのか……」
「そりゃ聞いてるわよおん。で、どう上に説明するつもりよん?」
「さて、どうするかな……。実地研修とでも言っておくか?」
「そもそも謹慎と言うのがおかしいのよん。だって、三人が拉致されているのでしょう? もっと重い罰が与えられるところよおん」
「謹慎と言ったって、停学だぞ、要は。退学にするほどでもあるまい?」
「退学にするには充分だと思うのだけれどん?」
「貴重なランクSを退学にするのは難しいな。上が認めん。それに、まあ、退学にするほどのことでもないだろうさ」
「なんでよん?」
「まあ、気になる点が幾つかあるのさ……」
言って、須崎はグラスに入っているカクテルを全て流し込んだ。
「気になる点? あ、マスター、マティーニ追加でお願いよん」
神帯がカクテルを注文し、チョビ髭がチャームポイントである齢四八のダンディーなマスターは頷く。
「鹿沼だ。ヤツは殺された上で連れ去られたとレッセリア兄に聞いたのだが……その状況が妙に引っかかるのだ」
「酒を飲む場で人が死んだ話なんてやめてよねえん」
「酔ったのだから仕方あるまい? まあ、しかし、そうだな。詳しい話は今度にでもしようか。……で、どう思う?」
「……まあ、確かに面白い子ではあるわよねん。今年の一年生の有望株、公崎悠人くんや八組のランクS、ファング=アヌジン君の方がイケメンだし気になるけれど」
「今年最強の呼び声高い二名だな。だが私はやはり鹿沼に注目しているが」
そう言って笑う須崎に、バーのマスターがカクテルを差し出す。須崎は「ありがとう」と一言言って、ゆっくりとグラスを傾ける。
神帯は、機嫌が良さそうに問うた。
「どうしてん? モブ・オブ・モブみたいな子よ?」
「見た目の話をしているのではない。まあ、面白さだな。基本、我が校には魔導士の機動官狙いが多い。……というか、機動官志望と魔導士志望はほぼ同義だろう。二年生になってから諦めて監察官になる、と言い始める生徒は数多くいたが、最初から監察官志望は流石に初めてだ。なんというか……変わった奴だよ。正義を掲げていないのだ。誰かのために戦っていないのだよ。前に監察官になりたい理由を聞いた。なんと言ったかわかるか?」
神帯は少し考えて、答える。
「よくある理由だと……魔導犯罪者への復讐とか、魔物への復讐よね?」
「改めて聞くとロクな理由が無いな……。結界の有効範囲のせいで魔物の被害は増えているし、都市内に発生する事件が稀にあるせいで志願者も増える一方だ。しかし鹿沼はなんと言ったと思う? 年収が高いからだと言ったのだ。初めて聞いたよ、そんな理由」
「……ありそうで無かったわよねん、今まで」
「命懸けの仕事だからな。金よりも命が惜しかろう。…………まあ、他に理由があるとは思うが」
「本気で言っているのだとしたら、ある意味大物よねえん」
「ああ。貴重な人材だ。……作戦、踏ん張らねばいかんな」
「そうねえん。白鷺ちゃんとも一度、話したいしねえん。……あの肌の秘訣とか」
仕事に生きる女と、漢女の夜は更けてゆく。




