火曜日、俺達のお勉強。下
特に意味もなく、目的もなく。ただ、疑心のサードは街を歩く。
単純に機嫌が良かった。イタズラを企んでいる時の、子供の心境に近い。
あとは、これを他のユニオンのメンバーに悟られないようにすればいい。
ユニオンの沖ノ鳥島支部のメンバーは、サードを含めて、代表的なメンバーは七人。
疑心、蠱惑、叛逆、隷属、苦楽、無骨。そして、支部長の夢想。
本土には数千のメンバーがいるとも聞くが、サードはほとんど会ったことはない。会おうとも思わないが。
そもそも、ユニオンは魔導犯罪者集団と呼ばれているが、その実はテロリストだなんだと言うよりも、社会からあぶれた人間の受け皿に近い。
魔法が原因でイジメられた者や、魔法の危険な研究をしようとして学会から追い出された者など、多数居るのだ──と夢想は語っていた。サードは後者になるだろう。
「……まあ? 研究設備は本土にしかねえらしいしなあ……?」
誰にも聞こえないような声でぼやいた。
平日とは言え繁華街。人通りは多い。学校をサボっている高校生や、講義を待つ大学生、外回りのサラリーマンと様々である。
しかし何をしようか……。折角、街に出てきたのだ。何か暇つぶしでもしよう。ユニオンの小間使いで金もあるし。アニメショップにでも言って時間を潰すか。
そう考えて、電気街の方へ向かおうとすると、
「おや、疑心くんじゃないかい」
声が掛けられた。
「うん?」
聞き覚えのある声だ、と振り返ると、夢想が立っていた。
「こんなところで会うとは奇遇じゃないかな」
柔和な笑顔を浮かべる優男。それが夢想の第一印象だった。
「そうだな? 俺は適当にほっつき歩いてただけだが……? そっちは何を?」
サードは警戒する。まさか企みがバレているのでは、と。
「僕は暇つぶしさ。鍵と錠前が捕まるまでは暇だからね」
「……捕まらねえ方がいいんじゃねえの?」
「なんだって?」
夢想は表情を一変させる。理由を話せ、と言外に言っている。
「一応、アンタがやろうとしてることはユニオンへの裏切りだからな?」
「ああ、心配してくれているのかい。何も心配はないよ。全て上手く行けば──」
夢想は、微笑む。自信に満ち溢れた笑顔だ。
「──魔法が世界から無くなれば、魔導士もユニオンも僕らには手出し出来ない」
サードに冷や汗が垂れる。その笑顔が底冷えするほど冷たかったからだ。
「ま、女の子二人を捕まえるだけだしね」
「そういや聞いてなかったんだがよ……?」
「ああ、続きはどこか別の場所で話そうか。防音結界を張るのも苦労するのでね。個室で話せる場所がいい。君も聞きたいことがあるんだろう?」
「……そうだな?」
厄介なことになった、とサードは心中呟いた。
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須崎先生は、教師用の椅子に座っている。
「さて、どこから話そうか……」
ふむむ、と唸って、思い付いたように顔を上げた。
「では、ゲートが開いたところから話そう」
ゲート。こちらと異世界を繋ぐ門のことだ。常に開いているわけではなく、決まった場所に、特定の時間になった時にのみ開く。
「初めて開いたのは、日本だとされている。異世界の人間と交流したという書が残されていてな。年代にして、1602年とされている。場所は江戸……今ではアキバゲートと呼ばれているゲートが世界初だそうだ」
「先生、海外はどうなんですか」
康太が声を上げる。
「残っている文献では、日本の次にゲートが開いたのはアメリカだ。西部開拓時代だから……1860年以降だな。当時のインディアンと交流していたそうだぞ?」
異世界とこちらの世界はゲートで繋がっているが、ゲートは世界を移動するだけで、座標までは変わらない。日本はミオ=アルカニアやエリオット=レッセリアの母国であるアルカニリオス、中国はシャリアルナと交流を持っている。それぞれは座標がほぼ同じなのだ。別時空同座標、というやつだな。
「まあ、今回は日本での歴史だけ話すぞ。密かに交流がされていたこちらと向こうだが、国を挙げての交流とまでは至らなかったのだ。そして年月だけが過ぎ、第二次世界大戦が終わったところまで時代は進む」
そう、この歴史がスッカスカというのは、こういうこと。
何もない時代が長すぎるのである。
「1945年、第二次世界大戦による負の感情の蓄積は、1950年の朝鮮戦争で完全に爆発してしまった。それが君らの知るところの第一次魔法大戦だ」
第二次世界大戦によって、負の感情は世界中から一箇所に集まった。それが、太平洋。
「第二次大戦によって生まれつつあった魔物は、朝鮮戦争によって完全に生まれ落ちた。許容量を超えたのだ。目覚めた巨大な魔物は魔大陸と呼ばれ、世界を滅ぼさんとした」
そこで、現れたのが────。
「天空旅団だ」
アルカニリオスで作られたオーダーメイドの魔鎧を纏って集まった、少数精鋭の英雄たち。
性別、年齢、名前。全てが不明。存在だけが確認されている英雄だ。
「聖騎士と呼ばれていたメンバーがリーダー格だったという事実はわかっているのだがな……ともかく、彼らが第一次魔法大戦を終わらせたのだが……残念なことに、大量の犠牲を払った。なんだかわかるか。言ってみろ、公崎」
「はい、朝鮮半島そのものが魔大陸となったことです」
「そうだ。目覚めた魔大陸は、朝鮮半島そのものになり……地図から消し去った。その被害は尋常ではない……あの悲劇を繰り返さぬために、優秀な魔導士の育成が必要とされた。そして生まれたのが魔導士協会だ」
魔導士という職が生まれたのもこの辺りで、ここから日本史にもアルカニリオスは現れてくる。
「で、今に至る。大まかにはこんなところだろう」
「まあ、そうですね……」
「え、そんなものなんですか」
康太が驚いていた。他のクラスメイトも同様だ。
「うむ。そんなものだ。世界規模で見ればまだ交流の歴史こそあれ、魔素が充分に存在していなかったこちらの世界では、ロクに魔法も使えなかったのだよ。結局、こちらの世界の人間が魔法を使えるようになったのは1955年頃だがな」
「魔大陸の討伐によるところも大きいですよね。魔物は魔力の塊ですから、倒すと魔素に還るので」
「その通りだ。……さて、次は魔導士という職のシステムについてでも話そうか。とは言え、何から話せばいいものか……質問がある奴はいるか?」
「はい」
手を挙げたのは時野だ。
「収入を教えてくだされ!」
ド直球だった。
「機動官は平均して1000万。監督官は1200万というところだな。だが、このクラスでは……監督官になれるのは男子では鹿沼、女子は……いないな、うちのクラスには」
「ランクB以上はダメなのでござるか」
「ああ。ランクC以下のみが就ける。このクラスは書類上、ランクSが一人だけなので高ランク者が多く割り振られているが、他のクラスでは3分の1が監督官になる可能性のある人間だったりするぞ」
「何故、低いランクの魔導士しか監督官になれぬのですか?」
「それはだな、ランクが高い人間は現場に出した方が全体の生存率が上昇するからで……」
「数だけ多いからすぐに首切れるだろ?」
「むう、そういうものなのでござるか……」
「鹿沼……お前は……」
ランクが高い人間に「監督官いいな」とか思われたくないのでつい。
「はい」
「うん? 松田か。言ってみろ」
「魔導士ってなんで女子がこんなに多いんですか? いえ、昔から魔導士は女の職だと呼ばれていたのは知っているんですが、何故そうなったのかと疑問に思いまして」
命懸けだし肉体労働だからな。女性が率先してここへ来るというのは確かに疑問だ。
「ふむ……これはあくまで動機の一つなのだがな」
須崎先生は、ゆっくりと言った。
「魔導士の女性は、高確率で医者とか会社経営者だかと結婚している。機動官の年収も思い出すといい」
「……知りたくなかったです」
「正義感や、過去に魔導士に助けられた経験から魔導士になりたがる者も多いということを忘れるな。昔から、魔導士は女の職とも呼ばれていたしな。職業婦人という言葉が流行った時も魔導士は活躍していたのだぞ? まあ、男のお前らからすれば確かに疑問だったろう。身体を張るというのは大変だしな」
そもそも魔法は女性のために作られた技術である。
どこの世界の女性も、魔力貯蔵量の平均は多く、魔素に対する感受性も男性より遥かに高いそうだ。それも関係しているのだろう。
「あ、あの……はい」
白鷺さんが控えめに手を挙げる。麗しい……!
「階級というのがあるって聞いたんですけど、具体的にはどういうものなんですか?」
「ふむ、階級か。アレはだな、警察における巡査長だとかそういうものに近い。一応、警察機関のような立ち位置だしな。具体的には……まあ、来年習うから楽しみにしておけ」
そこでチャイムが鳴った。
「ふむ、今日はここまでだな。次回の物理基礎は訓練だから転移室に移動しておくように」
物理基礎は訓練、って凄い文章だなあ……。




