火曜日、俺達のお勉強。上
暗い部屋に、キーボードを叩く音だけが響く。
「おい、サード。調べはついたかよォ?」
「一応な? ったくよ……?」
「あァ? なンか言いたそうだなァ?」
「いんや? なんでもねえよ?」
「なら良ィ」
フィザンは部屋から出て行った。
サードはぐぐっ、と身体を伸ばす。
「研究者目指してたっつーのに……この仕打ちはねえよなあ?」
愚痴をこぼしながら、サードは、机に置かれていた書類を手に取る。
「ガキから送られてきた情報が確かなら……ふんふん? なるほどなあ?」
サードは考える。ユニオンが有利になるための動きを、ではなく。
自分がどれだけ楽しめるかを、である。
彼にはユニオンに義理などないのだ。ユニオンの沖ノ鳥島支部の支部長に『研究が出来る』と誘われて、他に行き場も無かったので渋々ユニオンに入ったものの、暴れたい、だとか、社会に居場所がないだとかいう他の魔導犯罪者や、ユニオンの理念に賛同したわけでもないのであった。
彼のユニオン内での称号は『疑心』である。
つまり彼は、最初からユニオンという集団を、信用などしていなかったのである。
「ガキはエルゼラシュルドの生徒だったな? ……っつーことは、アイツとコンタクトが取れるっつーことだな?」
普段から嘘っぽい笑顔を貼り付けているサードが、久しぶりに心底楽しそうな笑顔を浮かべた。
──さて、そうと決まりゃまずは『叛逆』のヤツに話を付けねえとな?
サードは部屋を後にする。
真っ暗な部屋に、パソコンの液晶画面から発せられる光だけが輝いていた。
その画面には、エルゼラシュルドのとある生徒が映されていた。
白鷺飛鳥、と。
~~~~~~~~~~
魔導士育成学園機関。
世界各国に姉妹校があり、それぞれが別の名を持っている。
沖ノ鳥島には、エルゼラシュルド。東京にはエイケンヴィオール、大阪にはニファナリッジ、というように、魔法語が使用されているのだ。
そんなことはともかく。
魔導士育成学園機関では、どんな授業が行われているのか。
「鹿沼、寝るな! 氷の弾丸!」
「危なすみませんっ!」
チョーク代わりに魔法が飛んでくる。教師の魔力は半端ではない。そこに俺の魔力の低さが相まって、初歩魔法なのにラスボスに撃たれた魔法ぐらいの威力になる。
俺の意識は一瞬で覚醒し、回避に全神経を注ぐ。額に突き刺さりそうだったそれを、身体全身を撚ることでなんとか避ける。死ぬかと思った……!
そして、後ろから「痛っ」という声が聞こえた。悠人に刺さったようだが、痛いで済んでいるようだ。俺なら多分死んでた。
「はあ……魔導士を目指していて物理基礎の授業で寝るとはどういう了見だ?」
「いや関係無くないですか!? 物理って一年でしか習いませんよね!?」
「ほう? 詳しいじゃないか」
須崎先生は楽しそうにニヤリと笑う。
「こんな退屈な授ぎょ……いや、クソの役にも立たな……いや…………ううむ」
「せんせー、本音駄々漏れでーす」
俺達は魔導士候補生である以前に高校生だ。つまり、文部科学省の言いなりである。俺達は基本的にエルゼラシュルドの大学にエレベーター方式で入る。途中で諦めて一般大学に行く候補生もいる。まあ、いなくても勉強はしなければならない。一般教養だからね!
だが、進級する毎に勉強する教科が減っていく。その分、魔導士に必要な知識やスキルの習得に費やされるのだ。
一年の全教科は、現代文、数学、英語、科学基礎、物理基礎、生物基礎、地理、日本史、世界史、体育、魔法座学、魔法実技……という感じだ。
二年に進級すれば、文系と理系に分かれ、文系ならば地理と、日本史か世界史のどちらかを。理系ならば科学、物理、生物のいずれか二つを勉強する。俺は文系で日本史を選択する予定だ。
三年になると、文系は地理の授業は無くなる。理系も二年の頃に選んだ物の中から一つを選ぶ──と言った感じで、ちゃんと高校として運営されている。勉強しなくていいと勘違いして入ってくるヤツもたまに居るらしいのだが、残念だったな! …………畜生。
勿論、魔導士の役に立つことはほとんどない。いや、高校で習うことのほとんどは日常生活でさえ使わない。でも割りきってやらねばならないのだ。
高校は、そういうことを学ぶ場だと、俺は思う。
割りきって、諦めて、全てを受け入れて、そんなもんだと自分に言い聞かせて日々を過ごすのだ。人生でそんなことはきっと幾らでもあるから、今のうちに痛みに慣れておくためにも。
……まあ、俺はそんなもの、とっくに慣れてしまっているのだが。
「ちょうどこのクラスは他のクラスよりも物理基礎の進行が早い。他のことをしても問題はなかろう。むしろ、テスト範囲的には進行度合いは合わせておいたほうがいいだろうな」
そうだ、テストあるやんけ。
「中間テストは今月の中旬だ。無論、勉強はしているだろうな?」
クラスの中に微妙な雰囲気が流れる。あ、これほとんどやってねえな。
「まあ、最初のテストだ。難しくもなんともないだろう」
「ってか先生、ずっと気になってることがあるんすけど」
「なんだ鹿沼。言ってみろ」
「なんで先生がここにいるんですか」
須崎先生は確かにこのクラスの担任だが、担当科目は魔法座学と魔法実技である。
物理基礎は宗吉先生(30代独身♂。趣味は登山)が受け持っているはずだ。真面目で愛されている先生なのだが……。
「産休だ」
「30代独身男性が!?」
「冗談だ。宗吉先生は風邪だよ」
「……」
先生ってこんな冗談を言う人だったか。なんというか、お茶目で可愛い。須崎ちゃん降臨か?
「よし、では……」
先生は教卓にあるパソコンを操作する。黒板代わりのモニターに、パソコンの画面が映し出される。
アプリケーションが起動している。その名も──。
「くじ引き?」
「なに、打ち込んだ複数の物の中から一つをランダムで選出するだけのアプリケーションだよ」
まあ、その名の通りの機能だな。問題はそれを何に使うか、だ。
「宗吉先生は結構な重体でな。風邪をこじらせて気管支炎になっているのだとかなんとか。つまり、あと数回は物理基礎の授業がないわけだ。この学校では、担当教師が休んでいる教科は担任がやらねばならんのだが……あと三回程度は自習にしてもよい、と吉宗先生にも言われていることだし、その三回で何をするかをこのくじ引きで決めよう、というわけさ」
遊び心に溢れた素晴らしい提案だ──と手放しに褒められない。
────なんだか、すっっっっげえ嫌な予感がする!
「では幾つかを私が書いて……と」
画面に幾つかの選択肢が表示される。
『須崎と戦闘演習』『対魔物戦の心得』『自習』
「ふむ、残り時間は40分か。ならば戦闘系は今回には含められんな。おい鹿沼、公崎。なんか出せ」
「俺達ですか?」「わかりました」
「鹿沼なら生徒が喜びそうな楽なものを言うだろうし、公崎は多分面白い回答が得られそうだからだ」
「ええー……」
悠人が不服そうにしていた。確かに、面白そうかもな。
しかし……残り40分で出来ること、か……。出来るだけ楽をしたいので、簡単な物を……そうだ。
「じゃあ『こっちの世界での魔法の歴史』で」
「……またペラッペラな物を持ってきたな」
「もっと褒めていいんですよ」
「一言足りとも褒める気にならん」
予想に則しただけなのにっ!
「ええと……じゃあ僕は『魔法語クイズ』とか……」
「却下」
「何故!?」
「公崎と鹿沼が強すぎるだろうが。入試の魔法座学で点数を荒稼ぎしていただろう」
「楽でいいと思ったんだけどなあ……」
それ楽なの俺と悠人だけだから。もっと言うと魔法語に関しては悠人の方が知識は上だろう。
「他の生徒は基礎の魔法語の段階だぞ。高ランク魔法に禁呪を合わせて撃ちまくっている自覚がないとは言わせんぞ」
悠人は平気で十単語詠唱とかやるからなあ……。
魔法の詠唱で大事なものは、詠唱の長さと魔法語の“意味”である。
詠唱が長い──つまり使用される魔法語が多ければ、その分、効果を上乗せ出来る。多くの魔法語を覚えなければならないし、そもそも言語が違うので覚えにくいし発音しにくいし、しかも言い間違えると思いもよらない魔法になりかねなかったり発動しなかったりするし、詠唱時間が長くなって隙だらけになるし、消費魔力もとんでもないことになるし……と、高ランク長詠唱魔法は簡単にポンポンと簡単に撃てるようなものではない。
悠人にはそれが出来る。しかも禁呪を合わせて詠唱しているのだから消費される魔力は俺には予想も付かないほどだ。
先生が『こちらの世界の魔法の歴史』『魔導士について』と打ち込む。本当に却下されてるじゃねえか。悠人がちょっと落ち込んでいる。でもまあ、流石に不公平だし?
「では……何が出るか楽しみにするがいい」
くじ引きが開始される。画面が暗転して、ドラムロールが回り始めた。あ、いや、ドラムを叩く音ではなく、スロットを回している感じだ。わかる人にしかわからないと思うが、MOTHER2のHP欄の感じ。
そして結果は────。
──こちらの世界の魔法の歴史、であった。
「……もう一つ……魔導士について語ることにするか……」
中身がペラッペラだからね仕方ないね。
俺達は話を聞く態勢を取った。




