月曜日、非リアの昼休み。
魔導士協会、沖ノ鳥島支部。
その廊下を、二つの人影が歩いていた。
一つは、スーツを凛々しく着こなす大人の女性。
もう一つは、筋骨隆々で、着ているスーツがパツパツになっている男性だ。
「本当に良かったのおん? ほとんど嘘しか言ってなかったじゃないのよおん」
神帯がそう言う。嘘、とはつまり、休憩室で須崎が語ったことを指している。
「無駄な混乱は避けたいんだ。お前だってわかっているだろう、ヒルダ」
須崎はしかし、凛とした態度で言った。
「紅ちゃんは真面目ねえん。公崎くんと鹿沼くん……本当のことを話しても良かったと思うけどおん?」
「紅ちゃんと呼ぶな。私は紅だ。……まあ、機密だからな。公崎はともかく、鹿沼に教えれば何をしでかすかわかったものではない」
「あらあら……」
須崎は、はあ、と溜め息を吐く。今年の一年生を担当し始めてから、溜め息の数がとにかく増えた気がする。
「それに、本当のことを話すということは、我々の不手際を晒すことになるだろう? いや、しかし……」
訓練室へのアクセスは悪い。たとえ転移魔法陣があったとしても、だ。いちいち移動するのにも消費する魔力は大きい。
だから、民間の警備会社に委託していたのだ。
「結果、あの会社とは連絡が取れん。くそったれ、まんまと騙されたわけだ」
「そうねえん。しかも、こちらで確認してるユニオンのメンバーの魔力の残滓が見付かったのだから、余計にね……」
「ユニオンをここの敷地内に招くばかりか、開発途中の魔物コピーまで奪われ、結界は消され、生徒を危険に晒したのだ。我々のミスは我々でケツを拭かねばならんだろう? 本当のことをヤツらに話してみろ。鹿沼は嬉々として話から降りるだろうが、公崎は戦闘に加わろうとするだろうよ」
「一年生だから無理よねえん?」
「鹿沼が何かしら屁理屈をこねて無理を通す恐れがある。子供は変な屁理屈を思いつくからなあ……」
「はあ……大変ねえん」
「全くだ」
二人の魔導士は、心労を抱えながら廊下を歩いていった。
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月曜日である。
「ゴールデンウィークの成果を出す時が……来たッ!」
俺は昼休みの教室でメモ帳を取り出した。
「ついに統計が取れたのでありますな!?」
「ああ。計算には手間取った……女子がとにかく多い上に一人五票だからな……。康太にも手伝って貰ってたんだが、それがやっと出た!」
俺の周囲には男子が全員……いや、悠人と康太を除く全員が集まっていた。康太はともかく、悠人は、廊下で幽ヶ峰やアルカニアと談笑している。
そう、リア充なのだ、ヤツは。
「俺たち非リアの楽しみを悠人には分けてやんねえ」
「公崎氏は敵でありますな!」
「そうだそうだ!」と声が上がる。
「では……トップファイブだけ発表しよう。それより下の女子は、後にPDFファイルを頒布するので確認するように」
『おう!』
我がクラスの男子は統率が取れている素晴らしい仲間達です。
で、結局なんのランキングなのかと言うと。
「五位……」
時野が隣で携帯を使ってドラムロールを鳴らす。
デン、と音が鳴ったので俺は目を開き、叫ぶ。
「四組……エミリア=レッセリア!」
おおおお! と歓声が上がる。
そうです。可愛い女子ランキングです。
「見た目から口調から全てが高ポイントだな。俺はぶっちゃけこいつが一位になるんじゃないかと思ってたんだが……」
「いや……ねえ?」
「まあ好きな人がいるっぽいからなー、そこでポイントが下がったんじゃねえの?」
田村がそう言う。なんと、それは知らなんだ。
「マジでか!?」「なんだと!?」「あのつるぺたお嬢様に色恋沙汰が!?」
教室の男子に衝撃が走る!
「え? みんな気付いてねえのかよ? っつか目の前にごふっ」
「え、エミリア!?」
「うふふふ、うふふふふふ……」
田村が崩れ落ちる。その背後には、エミリアが満面の笑みで立っていた。
「わたくし、少しこの殿方に用がありますの……」
そう言って、連れて行ってしまった。
「ま、まさか田村が……!?」「目の前にってそういう意味だったのか!?」「許されねえな!」「もう奴に居場所はないな!」
ヘイトが溜まっていた。勿論、俺も田村を……殺したいほど……妬ましいッ……!
「次行くぞお前らー」
『うぃーす』
切り替えの早さが素晴らしいと思います。
「四位……」
流れるドラムロール。
「担任、須崎先生!」
「かわいい」「かわいい」「踏んで欲しい」「かわいい」「若い」
美人だが可愛いという声が多いのは、きっとイジられた時に出る弱々しいキャラだ。イジられている時の須崎先生は、クラス内では須崎ちゃんと呼ばれている。
「女子生徒じゃねえのにランクインってすげえよな……じゃあ次は三位……」
ドラムロール。
「四組、エリオット=レッセリア……って男じゃねえかふざけんな!」
「可愛いんだからいいだろうが!」「下半身にナニついてても女の顔してんだよ!」「もうメスだよありゃ!」「彼氏でもいい」
可愛いってのは同意するが、彼氏ってそれはどうなんだクラスメイト共。
「というか康太も同率三位だったぞ!? マジギレしながら自分の名前が書かれてる紙を破いてたんだぞ落ち着かせんのどんだけ大変だったと思ってやがる!」
ちなみに、康太は今、シエルと校内探検に繰り出している。
「広城は可愛いよな」「男に見えない」「でも男子制服着てるんだよな」「女装して欲しい」「バカヤロウ男の格好してるからいいんだよ」
康太がこの場に……いなくて良かった……!
アイツはとにかく可愛いとか、女らしいと言われるのが嫌いなのだ。それはもう、怖いぐらいにマジギレする。
「そうは言うけどよ、お前だってエリオットのこと可愛いって思ってるからエリーって呼んでるんだろ?」
クラスメイトの橋山が俺に言う。
「そうだそうだ!」「前にエリーちゃんって呼んだら本気で鳩尾にパンチ喰らったぞ!」「俺もだ!」「女子がエリーちゃんって呼んでたら割とマジギレしてたんだぞ!」「お前だけずりーよ!」
マズい! 俺にヘイトが!
「そもそもお前、エミリアちゃんともエリオットとも仲がいいじゃねえか!」「なんなんだよお前!」「公崎のグループ所属だとやっぱ違うのか!?」「ハーレムは感染するのか!?」
このままじゃ二位が発表出来ねえ!
「みんな、楽しそうだね。何の話をしてるの?」
──その時、巨悪が。世界の巨悪が現れた。
「────殺れ」
『応!!』
男子達は拳を振り上げて悠人に迫る。一斉に、だ。
「ええええええ!? なんで!? なんで!?」
「貴様のようなヤツがいるからッ!」「非リア増殖が止まらないんだッ!」「なんなんだよお前のファンクラブって!」「腐れイケメンめ!」「死ね!」「シンプルに死ね!」
今の俺達は悠人のクラスメイトではない。そう、妬み嫉みによって生きる絶望の戦士だ。
しかし、我ら戦士の攻撃を、悠人は軽くかわし、いなしている。
野郎、化け物か。
「大輔、これは一体どういうこ……うわあ!?」
「オレ、オマエ、コロス」
「松田ァ────────ッ!?」
クラス一の熱血野郎、松田が狂戦士と化していた。
「お前そんなキャラじゃねえだろ!? もっとこう……松岡○造的なタイプじゃねえの!?」
「モテル、オトコ、ネタマシイ。ユエニ、コロス」
「くっ……新たな一面を見てしまった……! 仕方あるまい! お前の迸る熱いパトスで今までの思い出を裏切って神話になれ! 松田!」
「待って! クラスメイトに襲われているこの状況の説明をして!」
「シネ……オンナノコイゴコロヲ……ムネニイダイテ!」
ラスボス感が凄い! これなら……これならあのリア充にも勝てるッ……!
めきょり。そんな形容し難い音が響く。松田が、崩れ落ちた。
「ワガジンセイニ……イッペンノクイナシ……」
「ま、松田ァ────────ッ!」
松田と悠人の間に、女子が二人立っていた。
「なんなのよもう。悠人、大丈夫?」
「…………空気の読めないバカがいて……申し訳ない」
「お、お前らは!」
赤い髪の炎使いのランクSと、青い髪の水使いのランクSである。
「ろ、六位と二位!」
「順位で呼ぶなっ!」
瞬間。俺の視界いっぱいに天井が写った。
「────あ?」
腹部に激しい痛みが走る。
ああ──そうか──俺、鳩尾蹴られたんだ──。
「ごぶぁ!」
机に背中と頭を強打する。女子が俺を見てドン引きしながら離れていった。悲鳴まで上げている。あれ? 嫌われ過ぎでは?
ちなみに、机は床に固定されているので、俺がぶつかったところで倒れたりしない。しかも頑丈だからね!
「あいててて」
「大丈夫? 怪我はない?」
「し、白鷺さん!」
白鷺さん。改め可愛い女子ランキング一位、白鷺飛鳥さんである。
「大丈夫っす! うす!」
「そう、よかった」
笑顔を浮かべた。世界中のどんな景色よりも美しい……!
「飛鳥、そんな変態に近寄ったら妊娠するぞ」
白鷺さんと常に一緒にいる黒鳥夕緋が、俺をゴミを見るような目で見ながら言った。
「しねえよ!」
「ええっ!? ご、ごめんね鹿沼くん」
「謝られた……」
つらい。生きていける自信がなくなった。
「もぅマヂ無理。。。」
俺はそう呟きながら、元の位置に戻る。クラスメイト共も同じだ。
「結局、なんだったのさ」
「校内男子による人気投票。つっても今回は試験的な開催だから、うちのクラスメイトにしか聞いてないがな。来月か再来月あたり、他のクラスの男子からもアンケート取る予定」
「……ねえ、僕それ聞かれて無いんだけど?」
仲間はずれにされたのがご不満らしい。だが、俺が悪意だけでこいつに聞かなかったわけではない。
むしろ、俺なりの優しさである。
「一応、一人五票与えて、同じ生徒には投票出来ない、五票は使いきらなくてもいい、ってルールなんだがよう」
そう、一票だけ入れるのでもいいのだ。そのルールがダメなのだ。悠人にとっては。
「お前、アルカニアと幽ヶ峰に入れる?」
「五票なのかい? そうだね……ミオと葵と、エミリアちゃんと白鷺さんと……あとはどうしようね」
「じゃあな悠人。お前のことは……忘れない……!」
「は? え? なに? み、ミオ、顔が怖いよ? ちょっ、待っ、あっ……!」
……アルカニアに連れて行かれた。きっと「自分にだけ入れろ」とひたすら言われるのだろう。
「……しかしなんであんなにアルカニアは悠人にゾッコンなのかね」
「…………さあ?」
幽ヶ峰もそれだけ言って、アルカニアの後を追っていった。
……昼休みもあと十分である。




