半魔たちの夜
〜〜〜〜〜鹿沼大輔の場合〜〜〜〜〜
俺は雨の中、先程の2体の半魔の背後を歩いている。
まるでゾンビのようにヨロヨロと歩く様に生気は感じられない。
しかし……妙だな。さっきから他の誰にも遭遇しない。雨が降っているとはいえ、実際スーパーは混んでいたのだし帰路についている人がいてもいいだろうに。
まあそんなことはいい、むしろ好都合とも言える。さて、意を決して話し掛けてみるとしよう。
「おい、アンタら……」
言い終わる前に、俺は思い切り仰け反った。目の前を肉塊が凄まじい速さで通り抜けてゆく。
「コ、ロス……コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!」
「あーあ……またこのパターンかよ……」
男は俺の方を見て殺意を剥き出しにしている。右腕が巨大な肉塊で象られた丸太のようになっている。
しかし女の方は、我関せずと言った具合に歩き続けている。
俺は買った野菜を道路の端に置いておき、蒼空を顕現して女の方に跳び、進行方向に立ち塞がってみる。
「あー、マトモに会話とかしてみる気は……」
やはり俺は仰け反った。肉塊がまた目の前を掠めたからである。
「……無いっぽいね」
「イ゛、ノ゛ォォォォォォォォ!」
叫んで、女も俺に殺意を向けてくる。女の左腕は肉塊ながら刃となっている。血管が脈動しているのが最高にキモい。
「なるほど、殺意で半魔になった奴も、流石に邪魔されりゃ対象を変えんのか」
俺は蒼空を構え、2体の攻撃を待つ。先に動くよりは後手に回った方が良い。
片方を狙ったとしても、もう片方が俺の死角に回ればどうしたって攻撃が当たってしまうからだ。
ならば、2体が動くのを待てばいい。攻撃を弾くなどして生まれた隙を、所作の少ない攻撃によって的確に突いていく方が俺のリスクは少なかろう。
「来いよ、クソッタレども。……つっても、言葉通じねえのか」
2体の半魔もまた、俺の動きを待っているようだった。なにか、状況の変化を起こすべきだろうか……しかし、どうすれば……。
どちらにせよ対半魔戦であるならば普通の魔導武装の蒼空よりも魔物武装……いや、魔物そのものである蒼天を使った方が良さそうだ。
俺は得物を持ち替える。その瞬間、男半魔が少し反応した。
「ォッ!」
雄叫びを挙げながら、肉塊のハンマーを振りかぶって俺の方へ跳躍してくる。
「チッ!」
見事に一番やって欲しくない択を選びやがった!
上方からの攻撃を、蒼天の柄によって受け止め、できるだけ元の位置へと思い力を込めるが、持っている武器の質量の違いと言うべきか、男半魔は俺の後方へ行ってしまった。
クソッタレ、やっちまった!
これで俺は2体に挟まれる形になる。片方の相手をしている間に後方からもう1体が襲ってくる。なんとかして位置を変えなければ……。
しかし、女半魔はピクリとも動かなかった。
――なんだ?
その一瞬、男半魔は俺に肉薄していた。
「な……!」
「ギ!」
気付いた時には、既に半魔は俺の脇腹に向け右腕を振っていた。
間に、合わな――!
鈍い音がして、俺は吹き飛ぶ。
俺の身体は近くに家の塀に激突する。背中を強く打ったが故か、息ができない。
「――――――ッは!」
うずくまったりして敵を視野外に出してしまえば俺は間違いなく死ぬ! 息が出来なくても敵を視界に入れ続けろ!
目を合わせ、威嚇する。男半魔はたじろぎ、こちらの出を伺う素振りを見せた。
――どうする、どうするどうするどうする!
とにかく今は呼吸を整えろ、思考を戻せ!
「――――っ! はぁ、はぁ……クソ、今日の焼肉パーティに挽肉が出るとこだったぜ」
よし、次は……移動!
少ない所作から、蒼天で突きを行う。男半魔は肉塊となった右腕を器用に使ってそれを防ぐ。俺は突きと同時に半魔の横側に回り込み、少し距離を置いた。視界に2体とも収めるために。
女半魔の方からは、俺への戦意が見えない。興味無さげに突っ立っている。
対して男の方は俺に敵意を剥き出しにしている。
恐らく、女の方はこちらから仕掛けない限りは何もしてこないのだろう。
――男の方を先に殺すしかない、か……。
そこまで考えて、一瞬、思考が止まった。
そうか、殺すしかない、か。俺はもう既に、ヒトのカタチをしているモノを殺すことに躊躇しなくなってきているんだな。
美術館と、コンビニ帰りの夜の2度しか殺していないくせに。
慣れた気になっているのは何故だ。俺が人間でなくなったからか。
美術館の時、俺が、他ならぬ俺自身が放った言葉を覚えている。
『どこに人がいるってんだよ』
今この場に、ただの人間は一人たりともいない。ならば。ならば、俺は。
「お、オオオオオッ!」
気負うことを、やめちまえ。悩むことを、やめちまえ!
元が人間だった? 知ったことか、俺だってそうだ。
なにか苦しんでいた? 知ったことか、知性を失えてるだけマシだろ。
誰かを殺そうとしている? なら、俺が殺したって文句はねーだろ。
どうせアイツらがどんな人間だったかなんて知ったことじゃないんだ、何を気にすることがあるんだ。
今ここには、ただ目の前の敵を殺そうとする奴しかいない。
思い出せ、山での日々を。畑を荒らすイノシシを罠にかけたことを。
どちらが悪いとかではなく、ただ生存競争でしか無かったのだ。それは、今も同じではないのか?
……いや、この目の前の2体は、見知らぬ誰かを明確に殺そうとしている。どちらかと言えば、人の肉の味を覚えた熊のようなものだ。
ならば、なおさら気兼ねなどするな。
彼らの生前など俺には関係ない。
どうせ救う方法などないのだし。
「ガァ!」
男半魔は右腕を振るう。俺は渾身の力を持ってそれを上に弾き飛ばす。
「ん、ぬ、おォッ!」
体勢を崩す半魔の胸に、蒼天を突き刺した。
槍越しに、核が潰れる感覚がした。
「ァ……」
男は、動かなくなった。その遺体はやはり消えない。
「……。次は、女の方だな」
男が死んだのを見て、しかし特に何も思わなかったのかまたフラフラと歩き出した女の前に俺は立ちはだかる。
「……」
一瞬で済ませようと槍を構え、いざ突き刺さんとして――しかし、俺の身体は止まった。
背後に気配がある。魔物だ、魔物の気配。
そして、圧倒的な魔力の量。わかる、尋常ではない。俺如きでは、相手にもならない。
「やれやれ、困ったな。もう片方殺されたのか」
軽く跳んで、女半魔と声の主が視界に入るように移動する。
人が歩いてくる。街頭に照らされ、姿を見せた。
それは天真のトーレスの父であった。遊園地にて姿を見た、あの。……しかし、髪色はやはり銀髪に変わっている。遊園地で視界にちらりと映った時はブロンドだった、と思う。
「半魔……だったのか」
「そうとも。人工的なモノに過ぎんがね」
人工的な、半魔だと……?
「さて、私は君を殺しに来たわけだが、そこの女はどうするかね?」
「…………」
トーレスの父は女半魔に声を掛けるが、女半魔は黙って歩き出してしまった。
「ふん、殺意のみで動くのか。自己意思もないほどとは驚いたな」
逃がしてたまるかクソッタレ……!
「おっと、動くんじゃない。私はこの間合いからでも君を殺せるぞ?」
「……!」
女半魔を追おうとしたが、その言葉で足を止めざるを得なかった。ハッタリの可能性を考えるが……肌にピリピリとした感覚を感じさせるほどの魔力量があり、なおかつ半魔であるならば……先程の男女の腕のように、武器のように変質させられるとすると俺の居場所まで届くだろう。
「チッ……」
「いや、殺しに来たのだから同じか。好きに動くといいよ、弱き半魔」
さて、どうするか……。できれば戦わずにいたいところだが、ヤツから逃げられる気がしない。
……さっき、突然気配が現れたのはなんだった? 半魔である以上、気配は感知できるはずでは……。そう思い、トーレスの父の背後に目をやると、淡い光があった。魔力の残滓が半魔になったことで見えるようになったのだ、恐らく転移魔法陣だろう。
「…………なるほどな。わざわざ俺なんぞを殺すためにこんなとこまで来るたァご苦労なこったな」
「生徒会に情報を流したろう? このまま罪狩りにも接触されては困るのでね」
エミル、ナルタ……? なんだ、それは?
「ほう、吾を呼んだか?」
声が降り掛かる。
どこから、と思う前に、俺の眼前に先程の男が降り立った。
「アンタ、さっきの……!」
「いやぁ、せいとかいに先を越されてもうたわい。彼奴ら、細かい場所まで完璧に把握しておるでなあ。ま、トーレスの奴が逃げるまで待つかと思うて様子を見に来てみれば……厄介なことになっておるようじゃの?」
生徒会? トーレス……? なんだ、俺の知らんところで何が起こってやがる……?
「して、男。こんな所におっていいのか? 汝れの息子が殺されそうじゃぞ?」
「……そうか、お前が私たちを嗅ぎ回っていた罪狩りということか。ならば……ここで殺しておく。あの子はそう簡単には死なんからな」
「はぁ……」
罪狩り、と呼ばれた男は心底呆れたように溜め息をついた。
「半魔の癖に実力差もわからんとはの。人工じゃと感覚の全てが死に尽くすのかの?」
「なに……?」
「目の前の敵の力量も測れんようでは――」
その時、空気が変わった。
俺はつい身震いした。魔物としての本能が逃げろと叫ぶ。共喰いをする魔物は弱い個体から死んでゆく。だからこそ、喰われる、と。そう感じたのだ。
ローブのフードを下ろした男の黒髪は銀髪に変わる。それ自体は先程も見た光景だ。だが、先程とは比べ物にならないほどの魔力を感じる。
「――半魔なんぞやっておれんぞ?」
「っ……! きさ、まァ!」
トーレスの父は挑発に乗り、両腕をチェーンソーのように変異させて男に向かう。
「……愚かな」
男は武器を顕現させた。それは刃が波打つ長剣。こちらの世界でフランベルジェと呼ばれるものに近い。
「往くぞ、リナリア」
その刃で、チェーンソーを易々と受け止めてみせた。
「行け、若き半魔よ! 逃げた半魔を追うのじゃ!」
「……! わ、わかった!」
俺は急いで置いていた野菜の袋を回収して、気配のする方へ駆け出した。




