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幽閉された生き残り魔女。二百年後に愛を知る。  作者: 黒野 さんぽ
1:シリウス

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3/3

2:実行


 俺が率いる辺境軍ウラノス隊の活躍によって、

 隣国との長きにわたる領土紛争が終結し、不可侵条約が結ばれた。


 勝利した我が国ノルンは戦後の好景気に沸き、産業が発展。

 一方、敗戦国グレティルは財政難と軍崩壊に見舞われ内乱が勃発した。

 そんな中、グレティル王家からノルン王家に、融和と称して王女との婚姻の申し入れがあった。

 グレティル王家の腹積もりをノルンが分からないはずもない。

 逃げ場の確保と王家の血の根絶を回避するためだということは明確だった。


 もちろんノルン国民は敵国救済だと婚姻に反対した。

 しかし、ノルン国王は婚姻による領土拡大を狙ったのか、あっさり申し出を受け入れてしまった。

 国民感情を無視すれば、当然王室への不信感が高まった。

 ノルン国民たちは、王宮に新しい風を求めて新たな主導者を望むようになった。

 そうして白羽の矢が立ったのが俺だった。

 つまり、ノルンのために戦った将軍であり王太子でもある俺を、王宮に戻して王政を担えという話だ。


 これは俺にとってもチャンスだった。

 婚姻に興味はなかったが、国民感情同様に俺も王家には不満があった。

 俺は戦争疲れの残る辺境軍と領地を叔父に任せ、無傷の王宮へ華々しく凱旋した。

 父王もこれ以上国民を刺激してはまずいと思ったのか、俺の帰還を受け入れた。

 


 

 ***

 



 王宮に移ってひと月。

 これから、俺の挙式が行われる。


 「シリウス殿下、準備が整いました」


 仕事が終わり一息つく間もなく、侍従に促された。

 俺は王宮では将軍ではなく殿下と呼ばれるようになった。

 屈強な兵士たちに檄を飛ばしていた軍人も、ここでは小姑のように神経質な侍従に見張られている。

 国民の支持を受けて王宮に戻った軍人王子の動向に、貴族たちはいまだ慎重な姿勢を示している。

 したがって、俺も当面は従順を装って過ごしていたわけだが、それも今日を境に状況は変わるだろう。

 

 鏡を見ながら「今行く」と返事をして、髪を撫でつける。

 普段は着ることのない白く輝く軍服を羽織り、肩から胸にいれたタトゥが見えないようにエリを整えた。

 戦場では無頓着だった身なりも、いまではそれなりに気を使っている。

 軍人としての野蛮な功績よりも、品行方正で知性を纏わせたハンサムな王太子の方が王宮では受けがいい。

 国民は元より、貴族を味方に付けなくては王宮は動かせない。

 

 

 「挙式は非公開なんですからくれぐれも見つからないようにしてください。この時間庭園を散策しているご婦人たちも多いので」


 侍従が真剣な顔で諫めてくる。


 「お願いしますよ」と念を押され、俺は軽く相槌を打ってひとり部屋を出た。

 

 昼間の熱がまだ冷めない庭園を速足で横切る。

 荘厳な白亜の城を背に、陰影の刻まれた彫刻の前を通り過ぎると、艶やかな男女の話し声があちらこちらから漏れ聞こえてくる。


 「平和だな」


 つい自然と皮肉がもれる。

 辺境の城砦と王宮の生活の違いは日々肌で感じていた。

 城砦ならこの時間は厳重警戒の時間だ。

 夕闇に紛れ襲来する敵兵の心配に、いつも緊張が走っていた。

 

 そんな平穏なひとときをかいくぐり、誰にも気づかれずに目的地までたどり着いた。

 だが、そこで出迎えてくれたのは予想外の人だかりだった。


 俺は、茂みの影に身を隠してその様子を窺った。

 群衆を遠巻きに、木立の影に立つ男がこちらを見ていた。

 カイだ。

 幼いころからの相棒を側近にすると、言葉にせずとも通じ合えて楽でいい。

 俺の合図にカイは小さく手を挙げ、めんどくさそうな顔で合図を返してくる。

 

 集まっている面々には見覚えがあった。

 俺を批判している異母弟ライアン派の貴族たちだ。

 王位継承はライアンに決まっていたが、ここにきて覆され戦々恐々としているのだ。

 ライアンから優遇されていた奴らにとっては、王が変われば死活問題だ。

 世の中向かうところ敵だらけ、だということをこの王宮の貴族たちは知らなすぎる。


 カイと裏手で落ち合うため、群衆を尻目に迂回した。


 「盛大にばれてますよぅ」

 作戦失敗にもかかわらずカイは楽しそうだ。


 「すごいな、あれ。まあ、ばれたもんは仕方ない。もしもの援護よろしく」

 カイの肩を叩く。


 本来なら国を挙げての王太子の挙式になるはずなのだが、非公開にしたのは訳ありの新郎新婦ゆえに暴動が起こるの可能性があったからだ。


 しかし、生っちょろい貴族たちの暴動など戦場に比べればどうってことない、というのが俺の持論だ。

 貴族たちが有している巨大情報網の方が俺にはよほど、手強く恐ろしい。

 

 ライアン派たちの集団を尻目に、花嫁の待つ教会の裏口に無事潜入した。


 「花嫁の準備は?」


 カイに準備を任せていた。


 「できてるは(・)ず(・)。もう中にいる」


 は(・)ず(・)、というのも頼りないが無理はない。

 花嫁には介添え人も、侍女もつけていない。

 花嫁をぞんざいに扱っていることに今までは何とも思っていなかったが、

 いざ教会に入ると、その神聖さに結婚の意味を問われ肩身が狭い。


 ーー互いを愛し、助け合うことかあ。

 

 後ろめたさを感じながらも、静かな教会の奥の控室をノックをする。

 石造りの教会にノックの音が大きく響き渡ったものの、室内から返答がなかった。


 「逃げたかも」

 カイが焦って勢いよくドアを開いた。

 

 途端、窓から刺すまばゆい陽の光に一瞬目を奪われ立ちくらむ。

 その先に浮かんだシルエットに目をしばたたかせると、段々と白飛びした色が戻り花嫁が映し出された。


 「よかった、いたわ」


 ごわっとした塊が、恭しく俺に首(こうべ)を垂れている。


 「返答いたしましたが?」


 かすれた小さな声だ。これでは聞えない。覇気もない。

 しかしその声とは対極に、俺を泰然と迎え入れる姿は冷静にこの状況に対峙しているようで頼もしい。

 そのうえでやけに薄汚いドレスが、彼女の存在をより強靭にさせている。

 

 「なんていうか、強烈だな」

 俺のとなりでカイも頷いた。

 「酷いな。あのドレス」


 あまりにもくしゃくしゃで、黄ばんだそのドレスは俺が適当に宝物庫をあさって彼女に渡した物だった。

 自分で多少整えるだろうと思ってそのまま渡したのだが、期待が外れてしまった。

 彼女は他の女性と異なる趣向の持ち主と理解していたのだが、これはまた想像以上だ。

 胸まで垂れたよれよれのベールは頭を傾けただけで今にも落ちそうになっている。

 それを直そうとしないことからも、その無頓着ぶりが窺える。


 ベールを直してやろうと、断りより先に思わず手を動かせば、反射的に交わされた。

 その反動でベールがするすると勝手に落ちてゆく。


 「おっと!」


 差し出したままの手が受け止めようと動いたが、彼女の巧みな揺さぶりでベールは寸でのところで頭の上に留まった。

 そのベールをまた細かに頭を振って、器用に戻すところがすごい。

 

 「まったく器用だな。準備はいいのか?」


 淑女らしからぬ所作を目の当たりにし逆説的に問いかけると、花嫁は無機質にコクリと頷いた。

 まるでアンティークの人形のようで怖い。

 

 「じゃ、いくぞ」


 仕事を始める勢いで花嫁を連れて祭壇へと向かう。

 列席者は王族と神官たちだけのはずだったが、外に集まっていた貴族たちが押し寄せ箱詰め状態だ。

 衛兵も貴族たちに強く言えないのか役に立っておらず、平然と挙式への文句が飛び交っている。

 

 ギンギンに目を剥いている男が、度胸があるのかイッちゃっているのか俺に向かって野次を飛ばす。


 「これじゃ国が傾くのは目に見えている。建国始まって以来の惨事だ。さすが戦争好きの無能将軍だよ」


 無能はむかつくが、国が傾くのは計画予定だ。

 

 「憮然として、気味の悪い女だ」

 

 お次は花嫁だ。

 ぼそっとした男の声が火種となって、あっという間に周囲に火の粉が飛び火した。

 

 「汚れたカーテンを纏っているのか? みっともない」 

 「あんなのと結婚するなんて、シリウス殿下も狂ったか。この国の恥だ」

 「一時でも夫婦になれば、過去の二の舞になるやもしれない。責任とれるのか?」


 こんなに集中砲火を受けても動じる気配のない花嫁には感心する。

 自分を不良だと思っていない、この花嫁のふてぶてしさが俺は嫌いではない。

 

 理路整然と祭壇の前に二人で並ぶと、その手ごたえの無さに騒ぎはより過激になった。

 花嫁のベールに着いた幾粒の真珠がカチカチとぶつかる音や宣誓の声さえも罵声に遮られた。

 

 「結婚反対! シリウス様、やめてください」


 金切り声を上げるのは王妃の座を夢見ていた貴族の息女たちか。

 王妃になる花嫁にすごい圧をかけ続けている。


 「シリウス様を誑かすのはおやめなさい!」

 「もうあなたは必要ない。さっさとこの国から出ていって!」


 神父もこんなのは早く終わらせたいのだろう。

 そそくさと宣誓書のサインを促してくる。

 インクの付いたペンを隣の花嫁に手渡せすと、小刻みに震える色あせた手袋がそれを受け取めた。

 ここにきて、彼女がたじろいだのは意外だった。

 

 「魔女は出ていけ!」

 

 容赦ない一撃に、彼女の肩がビクッと大きく動いた。

 

 「呪いも解けない役立たずの魔女は出ていけ!」

 

 罵声は止まない。


 それでも彼女は堂々とすこし腰を前に倒して宣誓書にサインを記した。

 その際にちらりと半透明のベールから透けてみえたのは、

 表情のない陶器の仮面、魔女の証だ。

 

 俺は肩で息を吐く花嫁に聞こえるように、耳元で言った。

 

 「逃げるなよ。ここで逃げたら俺もお前も歴史に名を残せなくなる」

 

 冗談を含んだ本気に、彼女がペンをしっかりと握り直したのがわかった。


 ノルンの魔女は王に忠実だ。

 はじめて会った時、彼女は忠誠心のもと、ただ俺にひれ伏していた。

 だから俺はそれを利用して彼女に命じた。

 

「お前が俺の妃になれ」と。






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