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幽閉された生き残り魔女。二百年後に愛を知る。  作者: 黒野 さんぽ
1:シリウス

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1/3

プロローグ

 さっき殺した男が銃を構えて立っている。


 痩せた身体に擦り切れたズボン、貧困を絵にかいたような男。

 肩口にこびりついている生々しい鮮血は俺から受けたものか。

 

 男はやたらめったら乱発して銃の扱い方がお粗末だった。

 今だって俺に向けている銃口は、的(まと)が定まらず手から零れ落ちそうだ。

 男は兵士じゃない、たぶん農夫だ。

 隣国からの不法侵入者か。

 

 ——そうか、だから殺せなかったわけだ。


 民間人はだめだ。

 うっかり殺して今以上の絶望を味わうくらいなら自分が殺された方がいい。

 

 「おい」と男が震える声で呼びかけてくる。

 呼んでおいて不安そうなところが滑稽だ。

 サーベルで体を起こして、睨みつけてやる。

 だがこれ以上戦わない。

 男の前に銃を放ると、ガッと音を立てて壁にぶつかった。

 ぎゅっと肩をすくめた男は慌てて銃を構え直した。


 ——はやく撃て。


 そう思いながら、ふと目に入った光の眩しさに気がそれた。

 カーテンの隙間を風がそよいで、花の甘い香りが触れてくる。

 死の間際でも関係なく日常は続いていることに、自分の存在の小ささを知る。

 どくどくと身体から抜けていく血の音は俺にしか聞こえない。

 世界は俺をゆっくりと切り離して時間を淡々と刻んでゆく。

 

 いまだ揺らいでとどめがさせない男は、

 戦後の混乱に巻き込まれただけの真面目なやつなのだろう。

 仕方がない。

 気を利かせて一歩前に踏み出してやった。

 案の定、男は慌てて引き金を引いた。

 

 ――痛ぇ。

 

 腹が熱くなり視界がぐらりと傾いた。

 サーベルが滑って床に体当たりする。

 不格好に男を見やれば、男の瞳はさっきより光が宿って見えた。

 きっと、やってしまったことを正当化しているからだ。

 殺さなくては殺される、だから殺したのだと。

 戦場ではそんなこと常識だった。

 閉ざされた暴力の世界に踏み込めば仕方がない。


 「……俺の首、持ってけよ」

 

 哀れな男だ。

 将軍のさらし首は敵国ではいまだ大いに歓待されるはずだ。

 強盗で得た金以上の大金が手に入る。

 男の……多分貧困農家のせがれの……生活の足しになる。

 

 なのに男はみるみる理性を取り戻して、俺の心遣いを踏みにじった。

 俺は仕方なく逃げてゆく男の背中を見つめ続けた。

 

 「……だよなあ」

 

 ここはもう何の音も聞こえてはこない。

 先程までの飛び交っていた怒号はどこへ消えたのか。

 連れて来た仲間は無事だろうか。

 身体は冷たく強張ってゆくのに、まだ五感は生きているから無駄に考えてしまう。

 漂う消毒の匂いと、それに交じった硝煙の匂いに刺激された頭が記憶をたどる。


 近郊に建った国立病院の視察。

 なじみの軍医が院長を務め、彼と治安対策を話していた矢先だった。

 二、三人撃った。警笛を鳴らし、仲間が医師や患者を避難させたはずだ。

 

「……くそったれ」

 

 せっかく戦場から帰ってきたばかりなのに、上手くいかない。

 悔しさに深く息を吐く。

 そして、感情は無になった。

 

 ――闇に包まれる。

 明滅する光の中、覚えのある顔や景色を眺める。

 

 相棒のカイ、マリーの下手な踊り、一途な娼婦のローズ、過ごした辺境の砦、助けられなかった仲間。

 

 

 俺の記憶なのに自分ではない誰かの意思に操られている感覚。

 銃で撃たれた痛みも苦しみも感じない。

 身体は常よりも遠くに感じ、あたたかな水の中を揺蕩っているように心地よい。

 

 声が聞こえる。

 それは幾重にも重なり、さざ波のように押し寄せてくる。

 

「俺は何も悪いことしてないだろ。欲しかったのは普通に暮らせるだけの金だ」

「子供の世話なんてしたことなかったけど、俺がいなきゃ不自由させちまう」

「ノルンの連中に出くわしちまった。運が悪かった」

 

 理不尽や不安ばかりだ。

 でも俺のじゃない。

 俺の深層心理じゃない。

 誰の声だ?

 どこへいくんだ?

 俺の横を気配が過ぎ去ってゆく。

 

 「彷徨う魂よ。われの導く、忘却の彼方へと参れ」


 今度は頭上から声が降ってきた。

 どういう意味だ。

 どうすればいい。

 いや、このままでいい。

 ここは温かで心地いい。

 何かあるなら焦らず待てばいい。

 

 しばらくして、俺は押し流された。

 渦を巻く流れに落ちた木の葉のように、何処へと追いやられた。

 






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