第13話 学園一の美少女と噂になりました
「水野。白河と付き合ってんの?」
教室に入るなり、聞かれた。
俺は鞄を胸の前へ寄せた。男子が三人、机の前にいる。
「一回、座らせて」
「座ったら答える?」
「……返事は、まだしてない」
鞄を置く場所が空いた。
椅子に座ると、佐伯が机へ身を乗り出した。
「昨日も一緒に帰ってたんだろ」
「当番が一緒だったから」
「昼も食べてるし」
「それは約束してる」
答えるたびに、三人の顔が楽しそうになる。
俺は口を閉じた。
これ、終わらないな。
「白河のいないところで、俺から話すのはやめとく」
「あ、悪い。ちょっと気になって」
佐伯が離れた。
もう一人の男子は、俺の肩を軽く叩いた。
「でも、あの白河だぞ。からかわれてるとか、思わない?」
俺は顔を上げた。
「それは、ない」
男子が手を引っ込めた。俺の声に、俺まで驚いた。
「好きって言うとき、すごく緊張してた。冗談みたいに言うなよ」
言い返してから、声が大きかったことに気づいた。
男子も俺も、教室を見回した。
「……悪い。そういうつもりじゃなかった」
「もう、その話いいから」
「じゃあ、図書室の猫は何?」
「何でそれ知ってる?」
返事をしてしまった。
佐伯が端末の画面を見せる。図書室の展示の写真だった。
「昨日、借りに行ったやつが撮ってた。こっちの猫、白河さんが描いたって」
「猫の話なら答える。顔だけが俺の」
「じゃあ、あの二人が一緒にやってるって、本当なんだ」
「そういう取材の仕方やめろ」
佐伯は笑って端末をしまった。
俺は机に両手を置いた。猫には文句を言えない。
「朝から大変だね」
冬花が隣に立った。
手にはまだ、教科書を持っていた。
「……白河さんのこと、詳しくなったんだ」
「前よりは、話してるから」
「まだ、なんだよね」
俺は冬花を見た。
笑っていたけど、教科書の端を曲げていた。
「互いを知ってる途中なんだ」
「ふうん」
冬花は曲がった角を伸ばして、自分の席へ戻った。
俺も教科書を出した。今の言い方の意味まで、考えたくない。
◇
昼休みは、白河が来る前に廊下へ出た。
待っていると、角から弁当を持った白河が現れる。
俺に気づくと、歩くのが少し速くなった。
「こっちで待っててくれたんですか」
「教室、また質問されそうで」
「……私も、聞かれました」
階段を下りながら、朝のことを話した。
白河は黙って聞き、ときどき俺を見た。
「白河は、何て答えた?」
「まだ付き合ってません。でも、私が水野さんを好きなんですって」
俺は段差を踏み外しかけた。
「そ、そこまで?」
「だって、じゃあ何で一緒にいるのって、聞かれて」
白河は下の段で待っていた。
「私が好きって言っただけですからね」
「分かってる。でも、クラスで俺の名前か……」
想像して、顔が熱くなった。
「そんなに言えるんだな」
「言ったあと、みんなに見られて急に恥ずかしくなりました」
白河は弁当で口元を隠した。
階段を下りたところで、高橋さんに会った。
手に持っていたのは、一枚の紙だった。
「春奈。これ、先生が廊下にも貼っていいって」
「あ、ありがとう」
「本の宣伝だけど、猫が気になって見に来る人いるよ。昨日も、しっぽ二本のやつって」
「一本は足です」
白河の返事だけ、いつもより速かった。
俺は紙を受け取る。展示の写真の下に、紹介する本の題名が並んでいた。
「貼りに行こう。昼飯の前に」
「水野さんまで、猫を見て笑ってますね」
「まだ貼ってないのに目立つなって」
「雨に濡れてるんです」
「足も?」
「足は、少し描き直します」
白河は紙を持って、廊下の掲示板へ向かった。
上の角を押さえる。俺が下へテープを貼ったら、猫まで斜めになった。
「そっち、少し上げてください」
「こっち?」
「それだと、私の猫が水野さんの猫を踏みます」
「そんな配置を気にしてたの?」
高橋さんが後ろで笑った。
「二人とも、楽しそうじゃん」
「今、貼ってるところなので」
白河の返事は早かったのに、俺へ渡したテープは裏返しだった。
俺も指から剥がそうとして、反対の指につけた。
「貸して」
「駄目です。その指も貼られます」
「猫より俺のほうが展示されそう」
俺たちは紙を貼り直した。
通りかかった一年生が足を止め、猫を指して笑う。
白河は一瞬そっちを見た。でも、紙を外そうとはしなかった。
「噂になってるの、嫌だった?」
「からかわれると困ります。でも、ここに水野さんの猫もいるので」
俺の顔だけの猫を、指でちょんと押した。
「一匹にしないでくださいね」
「しないよ。昼飯も、二人で行こう」
中庭へ向かう途中、窓から冬花が見えた。
こちらを見ている。
俺は一度だけ頷き、白河と歩いた。
人に見られているからって、並ぶのをやめたくはなかった。




